03 同じ名前の伝説
昼休み、購買で昼を買って、さてどこで食べようかと悩んでいる時、すぐ後ろから声がかかった。
「レヴァン、放課後練習に付き合ってほしいんだけど……放課後時間ある?」
「あー、ごめん。放課後はちょっと」
「え、用事あった?」
「まあ、そんなもんかな」
質問に答えると、ふうん、と不思議そうにしながらも頷いたのは、幼馴染の女子、ミラノだった。と言っても、小さいころにすこし遊んでいただけで、実際仲良くなったのは中等部に入りたての頃だった。ミラノは大人しい真面目な子で、「催眠」などの補助呪文や補助魔法陣を得意とする魔法使いだ。炎や水などの通常呪文が苦手なため、必修科目である魔法を使った対戦で成績を落としていたミラノ。彼女とは、その補助魔法を生かした戦い方の練習を手伝ったことで、再び仲良くなったのだったか。それ以降はクラスも三年間同じで、一番近くにいる女子だった。思えばレヴァンは昔から、人を手伝ったり助けたりして友達になった場合が多い。
(………今回も然り、ってわけか)
「……で、レヴァン。今日は誰のお手伝いなの?」
「え」
「レヴァンのことだから、きっと誰かのお手伝いでしょう? 私も手伝おうか?」
いまや補助呪文を使いこなした戦い方で、それなりに高い成績をたたき出すようになったミラノが、髪飾りについている鈴をしゃらんと鳴らしながら問いかけてくる。……完全に見破られている。べつに隠しているつもりでもなかったが、なんとなく黙っていたことをぴたりと言い当てられると妙な気分だ。
そうこうしているうちに、食堂のテラス席についてしまった。なんとなく歩いてきた結果だが、今日はミラノと昼を食べることで確定なのだろう。返事をしながら、席に座ってパンを机に置いた。
「………いや、大丈夫」
「そう?」
「うん。別に難しい相談じゃないし、俺一人で十分だと思うよ」
そっかー、と言って頷いたミラノ。一瞬後、レヴァンは今、なぜ自分がミラノの誘いを断ってしまったのかと思い直す。難しい相談じゃないなんて嘘に決まっている。“呪文を噛む”ことによって失敗するだなんてほぼあり得ないし、直しようもない癖だ。それの矯正を手伝う時に、ミラノがいたって何の問題も、いや、居てくれた方が問題が早く解決するかもしれないじゃないか。
………どうして俺は、先輩と二人で練習したいとか思ってるんだ? 先輩の役に立つならミラノとふたりで行ったほうがいいし、俺一人でいてもデメリットばかりじゃないか?
食べ始めた昼ごはんを一口齧り、租借しながら考える。これは、と応えにたどり着くかたどり着かないかのあたりで、ミラノの声がレヴァンを貫いた。
「レヴァン、聞いてる?」
「……えっ、あ、ごめん何?」
「だからね、高等部の部活の話。私は魔法対戦部に入りたいんだけど、レヴァンは?」
「俺? 俺はまだ決めてないかな」
「あれ、そうなんだ? レヴァンのことだしもう決めてるのかと思ってたよ」
「決めてないよ。ていうか、そっちこそ魔法対戦部なんだな」
「うん、そうだよ」
よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげに瞳が輝く。楽しそうに話し出したのは、高等部にいるらしい先輩の話だった。
「あのね、高等部には、とっても強い人がいるんだって。伝説って呼ばれてるらしくって、一年なのに三年の先輩を倒して、去年の夏の部内トーナメントは一位だったんだって。私、その人にあこがれてるんだ」
「へえ、そんな人がいるんだ。それは俺も会ってみたいかも」
「聞いた話だと、可愛いらしいよ? ぴょんぴょん岩の上を飛んだりするんだって。戦っているときが楽しいらしくって、いっつも笑ってるんだって。それが可愛いって聞いてる」
そんな人がいるのか、アカシア先輩とは大違いだ、なんていう失礼なことを考えながらミラノの話を聞く。そんな人がいるなら是非、話してみたい。好奇心も向上心も旺盛なミラノにしたってそう思うのは当たり前だろう。
「アカシア先輩っていうんだけど」
「………え?」
ミラノの話を興味津々で聞いていたら、耳を疑った。アカシア? 現在高等部一年のアカシアといわれて思い浮かぶのは、放課後に会っているあのアカシアだが、
(………いや、ありえない。呪文を使わずに魔法対戦を勝ち抜くなんて無理な話だし、そもそもそんな実績があれば進級試験だって余裕だろう)
可愛い、と言う部分では否定しきれないが、同姓同名の別人で間違いないだろう。実際、レヴァンの学年にもレヴァンと同じ名前を持つ人はいたはずだ。大人数となれば、アカシアはさして珍しい名前ではないはずだから、同じ名前の別人だろう。……と自分で納得して、レヴァンはミラノの話の続きを聞く体制に入る。おもわず、驚いて昼食をのどに詰まらせるところだったとため息をついた。
「レヴァンと戦ったらどうなんだろう、レヴァンも相当強いよね?」
「いや、そうでもないよ」
「謙遜はよくないよ~、クラスマッチではクラス代表に選ばれたくせに。ふたりしか枠はないんだよ?」
「いや、その後の代表戦では14人中11位だからな?」
「………そうだっけ?」
「自分のクラスの勝敗くらい覚えててくれよ………」
確かに自分は弱くはないが、特別強くはない。その伝説の先輩のような才覚は持っていないよ、とミラノに念押しする。すると、教え方はうまいのにね、と言われた。