むかつく女神に鉄拳制裁!
ゲンゴは目を覚ました。
そして今いる場所が普通の場所ではないと気がつく。
上下左右真っ暗な中に星のようなきらめきがある。
まるで宇宙空間。
そんな奇妙な部屋の椅子にゲンゴは座っていた。
「何だここは……」
ゲンゴは思い出す。
ここに来る前の出来事を。
「俺は確か駅のプラットフォームで……」
そうだっ!
完全にゲンゴは思い出した。
駅に自殺を図ろうとしていたい人がいた。
若い、スーツを着た女だった。
到着する電車にふらふらと身を投げ出そうとしていた。
「命を捨てるとはどういうことだっ!」
ぶん殴ってやろうと思った。
もちろん、助けた後にだが。
しかしいろいろあってゲンゴが変わりに落ちて……
「つまりここはあの世というわけか」
日本人らしくあまり宗教観のなかったゲンゴだったが、自分に起きている現象を説明するにはそれが1番早いと思った。
「まぁ地獄行きなんだろうけどな」
ゲンゴは自嘲気味に笑う。
自分では悪いことをしてきたと思っていない。
だが、周りからどう思われているかを知らないほど鈍感でもない。
むかつくやつらをぶん殴ってきたのがゲンゴの人生だ。
教師になれば体罰という名のもとにむかつくやつをぶん殴れると思って教師になったぐらいだ。
教師人生ではいじめっこを殴り、居眠りしてるやつを殴り、いじめられっ子を殴り、気弱な教師をからかうやつをなぐり……
一言で表すなら鉄拳制裁人生だ!
体罰は問題にはなったが、意外と生徒からの評判はよかった。
「あれぇぇ?」
そんなゲンゴに奇妙な声が聴こえる。
そして目の前にぱっと手品のように女が現れた。
女は白と黄色を基調とした、高そうな衣を身にまとっていた。
長く、綺麗な金色の髪の毛に真っ白な肌。
容姿も美人という言葉が物足りなくなるぐらいのもの。
まさに女神という印象をゲンゴは受けた。
しかし……
「あれぇぇ? とは何だ」
とても初対面の人間に出す声ではないと思った。
むかつきはしたが、それぐらいでは鉄拳制裁の対象外だ。
「普通はここに来てみんな驚いて腰抜かしたり泣いたりするんだよね」
何ともつまらなさそうな顔をする女神。
「それが楽しみでこの仕事やってるのよね。特に前回来たやつの顔といったら思い出しただけで……」
ぷぷぷぷぷ……。
思い出し笑いをする女神。
女神じゃなければただの性格の悪い女だ。
「……つまりお前は死んで狼狽する人間を影で笑って楽しんでるのか?」
ゲンゴは拳をぐっ!と握る。
なんだかいつもより上手く、ぐっ!と握れているような気がした。
死んでいるのに、力が満ち溢れている。
「そうよっ!」
そんなことも気づかずに女神は言った。
いや、気づいていても同じことを言っただろう。
女神にはどんな攻撃もはねか……
「鉄拳制裁!」
「あいたっっっっっっっっっっっっ!」
女神が頭を抑えてのたうち回る!
「なっ、何するのよっ!」
女神は混乱していた。
自分は絶対無敵のはずだと。
「俺が気に食わなかったからぶん殴った!」
「女神にそんなことしていいと思ってるの!」
「女神とか知ったことか!」
「何よそれっ! もっと敬いなさいよっ! 女神なのよっ!」
「他人に尊敬されたいなら、まず自分が他人を尊敬しろっ!」
言いながらまた
鉄拳制裁!
をした。
「いったーっっっっい!」
涙目で女神が頭を押さえる。
もっともそう叫ぶ余裕があるぐらいには手加減がされているみたいだ。
「っていうかなんでアタシに攻撃が通るのよっ!」
「俺が知ってるはずないだろっ!」
「ふん! あんたのステータスを調べてみるわっ!」
女神はじっとゲンゴを見る。
「あんたなかなかイケメンじゃない。目つきが悪いのと性格がゴミそうだから彼女は……」
鉄拳制裁!
「あいたっっ! な、なんで殴るのよっ!」
「真面目に仕事しろっ! あと性格がゴミなのはお前だっ!」
「分かったわよっ! 爆発しろっ!」
爆発しろという言葉は個人の感想なので、ゲンゴは鉄拳制裁の必要はないと判断した。
判断なき鉄拳制裁はただの暴力だ!
「ふぅん。ステータスは普通だけどスキルが……!!」
女神は驚いた顔をする。
ゲンゴのスキルは2つあり、
スキル:不屈の魂!
心が折れない限り死なない、怪我もすぐ治る。つまり心が折れない限り無敵。
スキル:鉄拳制裁!
鉄拳制裁が必要だと確信できた時のみ使える。バリア等無効。超痛いがどんなに強く殴っても死ぬことはない。
「完全に脳筋じゃない! あんたにぴったりねっ!」
「良く分からんが、俺にぴったりということだな」
結果にある程度嬉しく思うゲンゴだった。
「それで俺はこれからどうなるんだ?」
「異世界に行ってもらいます!」
「異世界?」
「ゲンゴが元いた世界とは違う世界のこと。魔王が支配してる国があって、そこから魔物とかが平和を脅かしてる危険なところよっ!」
「つまり俺はそこでむかつくやつをぶん殴ればいいわけかっ!」
つまり元いた世界と同じだなとゲンゴは思った。
「あんたはぶん殴るしか脳にないわけっ!」
さすがに呆れ気味味の女神。
「魔王を倒せたらハッピーエンドなのよっ! 一生そこで豪華に暮らせるわよっ!」
「魔王のことはよく知らんが、むかつくやつなら鉄拳制裁してやる!」
「っていうか!」
女神様は不満そうに言った。
「鉄拳制裁! 鉄拳制裁! なんて言ってるけどあんたは自分の考えが一番正しいと思ってんの!」
「当たり前だっ!」
即答だった。
光の速さ並の即答だった!
「自分が間違っているかなどといちいち悩んでいたら何もできないだろ!」
「じゃ、もしあんたが間違ってたらどうするのよっ!」
「その時は他の誰かが俺に鉄拳制裁をするから大丈夫だ!」
間違っていたら周りが自分に罰を与える。
だから自分は自分の信じる行いをやればいい。
むかつくやつをぶん殴るとか!
それがゲンゴの行動原理だった。
「あんたは他人にも強さを求めるタイプなのね!」
「求めはいない、信じているだけだ!」
「ふぅん。なんかただの暴力男ってわけじゃなさそうね」
「殴るのは好きだけどなっ!」
「前言撤回っ! この最低暴力男っ!」
事実だし、ゲンゴは傷ついていないので鉄拳制裁!はしなかった。
「じゃああなたを異世界に送るわねっ!」
「まだ説明が不十分だろっ!」
「面倒くさいのよっ! 同じことを何度も何度も何度も何度も何度も繰り返してる身になりなさいよっ!」
鉄拳制裁! される!
女神は身構えた。
「………そうか。女神も大変なんだな」
「殴りなさいよっ! 鉄拳制裁はどうしたのよっ!」
女神として生まれ好き放題生きてきたので、怒られるというのは初めての体験。
なので怒られることが快感になってきている女神だった。
「ほらっ! ちゃんと説明しろっ! みたいにっ!」
むしろ頭を差し出していく女神。
そんなことをするとむしろ殴れないとも気づかずに……。
「……それでは俺を異世界に送ってくれ。行ったらどうにかなるだろう」
「殴ってよっ! アタシを殴ってよっ! お願いだからっ! ねぇ!」
必死に殴ってくれと懇願する。
「何だこいつ……」
ゲンゴはかなりドン引きしていた。
「殴ってくれるまで送らないからっ!」
「送らないといってもな……」
人生で初めでも数度しかしたことがない困り顔を見せるゲンゴ。
ここで殴るのは簡単だが、同時に間違っている気がした。
「叱ってよっ! アタシのこと叱ってよっ!」
泣きながら床をばたばたさせはじめる。
正直、気味が悪いとゲンゴは思った。
「何やってるんですかっ!」
ぱっと光、また新しい女神が現れた。
今度は短めの黒い髪の女性。
「だって! こいつが殴ってくれないからっ!」
「はっ?」
「アタシが殴って欲しいって言ってるのに殴らないなんておかしいから、殴ってくれるまで異世界に送らないのっ!」
「……すみません。あなたみたいな人がいると女は殴られるのが好きだと思われて迷惑です」
もっともだとゲンゴは思う。
「それでは私があなたを異世界に送ります」
なにやら呪文を唱えている。
「よろしく頼む」
「何してるのよっ! このぺちゃぱいっ!」
「ぎゃっっっっっっっっっっ!」
女神が女神の胸を握りつぶす勢いで揉む。
なんというか、痛そうというのが最初に思える勢いだった。
叫び声もまるでカエルの断末魔のようなものだった。
美人が美人の胸を揉む。
サービスシーンだが、不思議とそうは見えない。
「人の仕事のじゃまをしてんじゃねぇ!」
鉄拳制裁っ!
罠だと分かっていてもゲンゴは思わず殴ってしまう。
「いったいっ! 殴られたっ! ……うへへへへへ」
女神が嬉しそうにへらへらと微笑む。
「もうだめみたいですね、これ」
「そうだな。だめみたいだ」
そんなこんなでゲンゴは異世界に送られた。