最終話 偽善の真相
「そうです。白状しましょう。冬に移る直前に春の女王を隠したのは私です」
「そんな説明はどうでもいい……理由の説明をしな……」
夏の女王様が急かします。冬の女王様が深くため息をつきます。そして、ゆっくりと語り始めました。
「報奨金が欲しかったのよ」
ん? どういうことですか?
「はあ……その強欲が……今回の事件を起こしたってわけだね……なんて身勝手なことを……私だけじゃない。この暴食ババアや……そこにいるガキンチョと妖精……この国の大勢が迷惑していたんだ……。その身勝手な強欲のせいでね……」
そこで、先程まで黙っていた秋の女王様が夏の女王様の横に並び立ち口を開きました。
「冬の女王、つまり今回のことはあんたの自作自演だったわけね。報奨金目当てということは本当に危なくなる前に春の女王を返す予定だったのよね? 全く、迷惑な話よ。私の食が二か月も脅かされたなんて一生に一度だって本来あってはならない事態だわ。ちゃんと責任取りなさいよ?」
「身勝手や迷惑って…………私はただお礼が欲しかっただけ! この世にあるものは全部欲しい! 全てが欲しい! そんなことは当たり前のことじゃない! それの何がいけないの!? 私は名誉と金を手に入れるために策を巡らせた! ……ただそれだけのことよ」
「はあ……欲ってのはね。あって当然……誰もが持っているし……欲が大事なのもわかる。まあ春の女王みたいな……例外は置いておくにしてもさ……」
「なら……!」
「ただ……」
冬の女王様が何か喋ろうとしましたが夏の女王様がすかさず言葉を続けます。冬の女王様はやむなく唇を噛み、引き下がります。
「ただそれが人に……誰かに迷惑を掛けていいということには……ならない。あんた……はやっちゃいけないことをしたんだよ。この事件で……どれだけ多くの人が気をやきもきしたと……思っているんだい?」
「くっ……分かったわ。謝るわ……。国王にも謝るし国民にも謝る」
「それでいいんだよ……。……で? 春の女王は……どこにいるんだい?」
「この階段の中腹にある隠し扉に住まわしている。降りる途中で解放するといいわ」
「なるほど……普通の人が入れない……この塔に隠したのね。それなら見つけられるのは私達……四季の精霊だけというわけね。まあいいよ……冬の女王はもう少し待ってな……。この秋の女王が……国王に報告していくから」
そこで、秋の女王様がギョッとして夏の女王様を睨み付けます。それこそ、鬼の形相というか信じられないものを見ているというかそういう目線です。自分に向けられているわけではないのですが、何か私まで怖いです。
「この怠惰……! あなたが解決したんだからあなたが報告に行きなさいよ! なんであたしが……!」
夏の女王様は秋の女王様を見返します。そこでわざとらしく大きくため息をつきます。
「別にいいじゃないさ……。どうせあんただって……同じ結論にたどり着いただろう……? それにこれ以上、私の怠惰を妨害されちゃ……かなわない……。だから春の女王を連れてあんたが……国王に報告しに行きな……。報奨はあんたが全部受け取っていいからさ……」
「はあ、分かったわよ。私の食がこれ以上妨害されることもなくなったわけだし、いいわよ」
夏の女王様と秋の女王様の間で話が付いたようです。これで一件落着ですね! 私も気分が晴れやかです。見ればピットもさっきよりもさらに満足げな様子です。ですが、一人だけ複雑な顔をしている人がいます。人というか精霊なのですが……。
「夏の女王、あなた報奨金がいらないですって? なんでそんなことを……! 貰えるモノすら貰わないなんて、なんて勿体ない……! 理解できない。あなたには欲がないの? 先程、欲は誰にでもあると言いましたよね?」
「これが……私の欲さ……。怠惰を望む欲さね……」
言いながら夏の女王様はもう、階段を降り始めています。私もピットも春の女王様も後に続きます。
「そう、分かったわ」
そう言って、大きな扉は再び閉じられました。これで全て解決です。後は報告のみですね!
「ピット、やったね! 正直何もしてないような気がするけど、解決の場面に居合わせることが出来たってことは幸運だね!」
私は嬉しくなり、ピットに話しかけました。ですが、ピットは先程とは対照的にむすっと頬を膨らましています。どうしたのでしょうか?
「どうしたの、ピット?」
「うーん。正直、こんなに精霊に囲まれて妖精としては肩身が狭いし重圧感が酷いんだ」
私は口元に握り拳を当てて小さく笑いました。妖精は大変ですね。
さて、やはり階段は上るよりも降りる方が楽ですね。一時間ほど降りて中腹まで差し掛かったのですが大して疲れていません。上るときの苦労はどこへやらです。
「さて、ここに春の女王がいるようね」
秋の女王様は階段途中の壁を摩りながらそう言いました。後ろの方で夏の女王様が溜息をつきました。
「いるのは……こっち……そうだろう? 春の女王」
夏の女王様が壁に手を当てて誰かに話しかけています。どうやら、春の女王様相手のようですがどこにいるんでしょうか? 壁の中からにゅっと出てきたりするんでしょうか?
「……夏の女王と秋の女王ですか。それに少年と妖精がいますね……。そう、冬の女王の策略はバレたようですね」
春の女王様は憂いのある声でそう言いました。夏の女王様の傍の壁からすうぅっと出てきて姿を現しました。表情はなんだかどこか寂しそうです。…………ん? バレた?
「なんだい……あんた……知ってて協力したの……? ……てっきり誑かしてるのかと……思ったんだけど……」
「確かに、冬の女王は私を誑かそうとしていましたね。確かに、彼女の企みは予想がつきました」
「なら……何故だい?……」
夏の女王様は目の前の春の女王様を問い質します。
「それでも、叶えてあげたかったんですよ。彼女の願いを。誰かが何かを望んでいるのならできる限り叶えてあげたかったのです……。私は偽善の精霊ですから」
「そうかい……。それが……あんたの偽善かい……。まあいいだろうさ……、説教なら冬の女王に……してやった。あんたはただ国王の所まで……ついてくればいいさ……」
「はい、そうしましょう」
そして、春の女王様も連れてぞろぞろと国王の所へと向かいました。正直なところ、これといって何もしていない私はついて行っていいのかと甚だ疑問ではあったのですが夏の女王様も秋の女王様もピットも反対しなかったのでついていくことにしました。宣言通りに本当に夏の女王様は付いてこなかったのですが。
謁見の間にて国王へと報告をしました。国王は深く溜め息をついて何かを考えこんでいました。いろいろ、考えなければいけないことが多いのでしょう。一通り報告を終えて、結局報奨金は三人で山分けということになりました。畏れ多くて受け取るのが少し怖かったです。
それから、秋の女王様と別れました。私達も別の国に向けて旅を開始しました。途中、冬が終わり春が訪れました。どうやら、無事に季節交代は済んだようです。ちなみに、無駄に進んでしまった二か月分は暦をその分巻き戻すそうです。これで季節のずれもなくなるそうです。今度こそ本当に全てが終わりました。
「ピット、今回は凄かったね。一気に四季の女王全員と会えるなんて思ってもいなかったよ」
ピットは私の肩付近でいつものように浮きながらにっこりと笑い返事をしました。
「そうだね。ボクとしては冷や汗だらだらだったけどね。精霊には本能的に逆らえないから辛い」
「何度も言ってるね、それ」
私はニヤニヤしながらそうからかうように言いました。そうすると、ピットはむっとした表情になりました。それも意外に可愛いのです。
「さてピット、次はどこの国行こうかな?」
私は暖かくなった空を見上げてピットにそう聞きました。ピットも同じく空を見上げています。
「ボクは東の方に行ってみたいと思う。君はどうだい?」
「何を言ってるの? ピットと別れるなんてありえないよ。私も付いていくよ」
「そう言うと思ったよ。じゃあ、一緒に東に行こう。極東と呼ばれる異質な国があるみたいだよ」
そう言って、ピットは少し先行して飛んでいき、私もそれを追いかけます。今度の国ではどんなことが起こるのでしょうか? 少しワクワクしている自分がいます。これはいいことなのか、悪いことなのかはイマイチ分かりませんが、これでいいのでしょう。なんにせよ――。
「人の迷惑になるようなことはしてはいけないよね」
私は深くそう思い、ピットも深く頷いてくれました。