第五話 無欲の精霊様
秋の女王様はさらりと恐ろしいことを言ってくれました。はっきりと言えば理不尽極まりないほどの苦痛を受ける羽目になってしまっていました。ですが、そんなことを思っているのは私だけのようです。秋の女王様も夏の女王様も何食わぬ顔で平然としています。相棒であり妖精のピットはそもそも関係なし。さて、私のこのモヤモヤはどこへやればいいのでしょうか? 悔しいです。
「あの、あとどれくらいこの階段を上ればいいんでしょうか? かれこれ、一時間くらいは上り続けているような気がしているのですが」
「あと一時間ほどですかね」
秋の女王様がそう答えました。
一時間……! さすがにきついです。さて、そろそろ本格的に引き返すことを考えます。一人でも引き返します。
「私……そろそろ戻ってもよろしいでしょうか?」
「いまさら何を言ってるいるんですか? 駄目ですよ」
「はあ……怠惰の私ですらまだ息も切らしていないのに……だらしないね……」
どうやら、逃がしてはくれないようです。諦めましょう。一時間は辛い……。
そして、なんとか残り一時間上り続けた。
「し……死ぬ……」
階段を上った先は大きな円形の空間に出ました。正面には大きな扉が一つに両脇の壁には窓が二つあるのみで、天井に大きなシャンデリアがあり、他には何もありません。私は階段を上りきったところで力尽き、そのまま倒れ込み階段の傍で寝転がります。なんとか意識だけは保てているので耳だけは傾けておくことにします。
「冬の女王いるか!?」
この声は秋の女王です。その直後にバン!と大きな音が鳴りました。恐らくドアを開く音でしょう。ものすごい勢いで開けたんですね。私は僅かに顔を上げ視線も向けます。ちょっと姿勢として辛いです。しばらくしたらまた耳だけ傾けようと思います。
「騒々しいようですが、なんですか? ……あなた方は秋と夏の女王ですね。何の用ですか? 見たところ、春の女王を連れてきたわけではないようですが……全くあの人はどこで何やっているんでしょうか? あっと、あなたたち二人の女王は絶対にこちらの部屋に入らないでくださいね? 逆に私はここから出ることは出来ませんが」
夏の女王様が一瞬、ほんの一瞬だけですが眉を吊り上げました。夏の女王は後ろの方で立っていましたが珍しく、前へと歩み出てきます。どういう風の吹き回しでしょうか?
「はあ……まだ春の女王は探し途中さ……。それで……あんたが何か知ってないかって思ってね……話を聞きに来たってわけさ……」
夏の女王は相変わらず気怠そうにそう説明してくれました。冬の女王様は部屋から出ないようにゆっくりとドアに近づき夏の女王をじろりと見ました。
「その割には大分やる気はないようだね。全く、怠惰は相変わらずのようね」
「そう言うあなたこそ、強欲は相変わらずかしら?」
「何を言っているのかしら? 私ほど無欲な人間もいないでしょうに」
冬の女王はニヤリと不敵に笑います。なんだか怖いです。
「ああ……もうめんどくさい問答は……なしにしよう……面倒だからね…………単刀直入に聞く……」
「何かしら? 怠惰の精霊さん?」
ゆったりと面倒そうに冬の女王様がいる部屋のドアまで夏の女王様が近づいていきます。決して部屋の内側には入らずにドアの境目ギリギリに立っています。そのダボッとしたぼろぼろの服を無造作に扱いながら冬の女王を見ます。
「春の女王……どこに隠した……?」
えっと……どういうことでしょう? 冬の女王様が夏の女王様を隠した? 意味が分かりません。ちらりと秋の女王様を顔を伺います。ですが、秋の女王様は平然としています。彼女も同じことを思っているのでしょうか? ピットは…………ピットは無表情です。ピットも何を考えているのかはいまいちわかりかねます。
「何を言っているのかしら? 私が春の女王を隠した? もう一度言うわ、何を言っているのかしら?」
「あたしだって……何度でも言う……春の女王をどこに隠した……?」
「何を言っているのかしら? 私はずっとこの部屋にいたのよ? どうして、春の女王を隠すなんてまねできると思うのかしら。いくら事件解決を優先させたいからと言って、犯人を擦り付けるのはやめてもらえないかしら」
春の女王様は私たちに背を向け部屋の奥へと戻ろうとしました。歩きながらこう言いました。
「早くお戻りなさい。夏と秋の女王が出張っているところを見ると時間もあまり残されていないのでしょう? さあ、分かったらお引き取りください」
ん……? 何か唐突に違和感が覚えました。何でしょうか? 具体的には分かりませんが冬の女王様の発言はどこかおかしいです。先ほど夏の女王が眉をあげたのはそういうことでしょうか? 一足先に違和感に気が付いた。とそういうことでしょうか? ちらりとピットを見ると彼女も納得したような自信のある笑みを浮かべていました。ピットには具体的におかしな点が分かっているのでしょうか?
「待ちな……冬の女王」
夏の女王が引き止めます。
「あんた……どうしてそれが……分かるんだい? 今、私達が出張っているのを見て時間がないということを……判断したね?」
「ええ」
冬の女王様は背中を見せたまま、肯定します。夏の女王様は冬の女王様を指さしました。――あ、よく考えれば夏の女王様の指は初めて見ました。長くすらっとしていて白い美しい肌をしていました。怠惰とは対称的な美しい指です――夏の女王様は言いました。
「なら何故、春の女王様がいつまで経っても……現れていないことに……気が付いているんだい? この部屋の中じゃ、時間の流れが分からなくなる……。……時計もないからね。だから、次の女王がやってくるまで……今が何月の何日かは……分からないんだ。それはさっきの私たちの動きを見て時間を予測したことで証明されている。どういうことか……納得いくように……説明してもらおうかね? 今回の事件を起こした本人でもない限りは知り得ようがない」
「それは他の人がここに――」
「この塔が私達の四季の女王の許可がなければ……国王ですら勝手に入れないこと……忘れてるわけじゃないだろうね?」
そういうことだったのですか! 今、やっと違和感の正体に気づきました。つまり、時間が分からないはずの中の部屋で時間が分からなければ判断のしようがない春の女王様の失踪を把握している。つまり、首謀者の一人ということなのですね!
「さて……どうしてこんなことをしたのか……説明してもらう。私の怠惰を……無駄なことに消費させた罪は……重い」
冬の女王様は諦めて振り返りまたドア付近まで近づいてきました。