第三話 怠惰の精霊様
この強烈な個性を持った秋の女王様はひたすらに高揚して食に対する持論を無数に展開させていました。私は一通り聞いてから再度秋の女王様にお尋ねします。
「女王様、女王様が大変この世界のことを心配してくださっているのはよく分かりました。ですが、私達としても同じ気持ちではありますが手掛かりもあてもありません。なにかあてなどはありますでしょうか?」
「何もないわよ。でもこれから会いに行く人がいる。いえ人ではなく精霊ね。あーあの精霊に会いに行くだけで気が滅入る。でも仕方ないわね。今は少しでも戦力が欲しい」
私は疑問に思い、聞いてみます。気が滅入る相手にわざわざ会いに行くなんて不思議です。
「その相手とはどのような方なのでしょうか?」
「夏の女王よ」
これはまたすごい人――いえ精霊の名前が出てきました。私は相棒である妖精のピットに驚きを示します。
「ピット! 夏の女王様だって! すごい人だよ! これから会いに行くんだって!」
「うん、精霊に会いに行くと言っていたから薄々感づいてはいたけど、でもなんで君がそんな喜んでいるんだい? わくわくしてるようにすら見える。ボクにはよく分からない」
そう言ってピットは首を僅かに横に振りました。この妖精の女の子は何を言ってるんでしょうか? 私にはよく分かりません。なぜ私の相棒はこんなに冷めているのでしょか? わくわくしないのでしょうか?
「ピットはなんでそんなに冷めているの? 夏の女王様と会えるんだよ!? 嬉しくないの?」
そう言うとピットは深く、それも思い切り深く溜め息をつきます。なんでそんなことするんでしょう。私には分かりません。私が怪訝な表情をしているとピットは溜息をついて少し項垂れた状態で片目だけ私に視線をくれます。そして、呆れたような声色で私に言いました。
「なんで、君は秋の女王様についていく前提で話を進めているのさ」
…………あ! 盲点でした! そういえばついていくなんて一言も言ってませんでした! 私としたことが早とちりで勝手に勘違いして喜んでしまいました。
「では改めて……。秋の女王様! 私を連れて行ってください!」
「君は馬鹿か!」
ピットが思い切り私の横っ面を張り倒してきました。まあピット自体小さい妖精なので引っ叩かれたところであまり痛くもないのですが、これは少し心外です。今度はちゃんとお願いしているというのにこれ以上何がいけないのでしょうか?
「ボクら妖精ですら畏れ多くてそんなこと口には出来ないよ! 精霊ってのはかなり上級な種族なんだよ! ボクら妖精や君達みたいな人間が同等にいていい存在じゃないんだ。ボクは本当なら今すぐこの場を離れたいくらいなんだ。ボクの気持ちも分かって欲しいよ!」
ピットも女の子なんだからもう少しお淑やかにすればいいのに……。まあ今はそんなこと言っても仕方ないですね。さて、ピットから駄目の指示が出てしまいました。どうすればいいでしょうか。秋の女王様についていけば手掛かりが掴めるかもと思っていたのですが……。
悩んでいると、秋の女王様はいつもの優雅な笑顔で私にこう言いました。そこには先程までの強烈な言葉遣いや食に対する欲など一切見せない、それこそ女王様そのもののような姿がありました。
「いえ、別についてきて構いませんよ。夏の女王を説得するには人が多い方がいいと思いますので」
「女王様!」
ピットが叫びます。私はすっと一歩下がります。ちょっと怖いので……。
「別に構わないですよピット。それとも……私に逆らいますか? 今は食の危機で少々イライラしてますし容赦しませんよ?」
「いえ! そんな滅相もございません! ほら君も頭下げて」
ピットが頭を下げながら私にも頭を下げるように促してきました。どうやらよほど妖精というのは精霊に逆らえない存在らしいです。しょうがないので私も頭も下げておきます。
「では早速いきましょう。時間がありませんので」
「は、はい! ほら、ピットも!」
私は私の肩でふわふわと浮いているピットを促します。ピットは私にだけ見えるように嫌な顔をしていました。いまだに秋の女王様と一緒に行くことを嫌がっているようです。まだまだ子供ですね。
さて、しばらく森の中を進みました。私が来た森の道からも秋の女王様が来た方向からもずれた方向に向かっています。さて、どこにいるというのでしょうか? どこにいるかは見当もつきませんが代わりに別のことを女王様に聞いてみます。
「あの、女王様。夏の女王様はどのような方なのですか?」
「ん? 夏の女王? とにかく相手するのも面倒な相手ですよ。まあ具体的にどんな奴なのかは会ってみた方がいいと思うわ。…………その方が面白いし」
今、奴とか言いましたよ!? 本当に素では言葉が汚いようです、この秋の女王様。それとは別にして、面白いとも言いましたよね? この女王様は。本当に掴めない人です。仕方ないので黙ってついていくことにします。…………ピット静かですね。
それから一時間ほど歩きました。そして、私達の巨大な樹木が目の前に現れました。
「さて、着きましたよ」
はて? 着きました? 見たところ誰もいませんし、先程からまるで風景の変わらない森の中なのですが……。どういうことでしょうか? からかわれているのでしょうか?
「あの? 着いた……とは? 誰もいませんが」
「まあ、見てなさい」
そう言うと、女王様は目の前の太い樹木に近づき手のひらを押し当てます。そして、すうっと息を吸うと女王様がなんと突然、大声を上げました! ビックリして、私は一歩下がってしまいます。どうやらピットも一歩下がったようです。浮いてるので歩けないのですが。
「おいこら夏の女王! だらだらしてないで出てきなさい!」
うわあ……口汚い……。ですが、どういうことでしょう? 夏の女王がこの木の上にでもいるのでしょうか?
「……………………めんどくさい」
どこかから声が響いてきました。その声は透き通っており高く美しい心に響くような心地良い声音……のはずなのですがどこかこの声には気迫が足りていません。どういうことでしょうか? もしかしてこの夏の女王も秋の女王同様に何か変わったところがあるのでしょうか? そもそも何故姿が見えていないのでしょうか? もうずっとピットが無言なのはなんでなのでしょうか?
そんな風に次から次へと出てくる疑問に顔を伏せ、一人で考え込んでると突然目の前から大きな音が響きます。私はびっくりして顔を上げるとそこには目の前の巨大な樹木に蹴りを入れている秋の女王様の姿がありました。それはもう、見事にまっすぐ前蹴りを放っていました。そして、さらに大声をあげました。
「あんた! これ以上、私の食を妨害しようっていうの? 私の食をこれ以上妨害してただで済むと思ってるのかしら!? これでももう二か月も冬が余計に続いているのよ!? 痛い目見たくなかったらさっさと出てきなさい! この怠惰の精霊が!」
もう何も言いません。ええ、言いません。
さて、秋の女王様のこの言葉に声だけが響いていた夏の女王様がついに姿を現しました。」
なんと! 樹木の幹の中からすうっと姿を現しました。半透明からだんだんはっきりと姿が見えてきて体が完全に木から出ると完全に色濃く姿が見え、ストンとゆっくりに地面へと着地しました。
その姿はなんというか女王様とは思えないほど酷いものでした。
服はドレスではなくボロボロでよれよれの大きな布きれを体全体で着ていて、赤い髪はぼさぼさでだらしなくまばらに伸ばしており、今にも地面に付きそうなほどです。これはまた強烈な人のようです。そういえば先程、秋の女王様が夏の女王様のことを怠惰の精霊と呼んでいました。怠惰とはつまりこういうことなのでしょうか? 疑問は尽きませんが夏の女王様はぼさぼさの髪を掻き毟りながら秋の女王様に向かい合います。
「急に呼び出してなんなの? くだらない内容だったら怒るよ? 私は惰眠を貪るのに忙しいってのに……」
「あんた……あんたがそこまでだったとは……」
ぷるぷると震えている秋の女王様をよそに夏の女王様は辺りをぐるりと見渡します。そして、一通り見て再び、秋の女王様を見ます。
「呼んだ理由はこれ?」
「あんた……分かっているならなんで何もしないの!? このままじゃ春は永久に訪れない。国は飢饉に襲われて滅ぶわよ!?」
秋の女王様は言葉が熱くなっています。それとは対照的に夏の女王様はただひたすらにめんどくさそうにやる気のない冷めた声で言い返します。
「正直、少しくらい作物なんてなくなった方がいいよ。世の中は食べ物が溢れすぎている」
「この私の前で食べ物がなくなってもいいとか言うなんて……死にたいの?」
「やってみなよ」
夏の女王様はあくまで冷静に答えます。正直、見ているこっちがハラハラしてきます。止めた方がいいのでしょうか? 私はピットに慌てて相談します。ですが、ピットはどこか余裕のある表情をしています。女王様が仲間割れしようとしているというのになぜこんなに余裕があるのでしょうか。
「ピット! 止めた方がいいよね?」
「え? 別に止めなくてもいいんじゃないかな? 多分、大した事にはならないよ。まあ、君がどうしても止めたいというのならボクは止めないけどさ」
「それってどういう…………」
言い切る前に秋の女王様が夏の女王様に殴り掛かっていました。
夏の女王様が殴られる! そう思っていたら、なんと目の前で信じられないことが起こりました!
「はあ……あんたがあたしに勝てるわけないでしょ……はあ……めんどくさい」
秋の女王様は放った拳をあっさりと受け止められた後に捻りあげられ地面に叩き付けられてしまいました。ううっ、見るからに痛そうです。しかし、夏の女王様……強いです。
「ちっ! 相変わらずダラダラしてるくせに力だけは強いんだから……とにかく!」
秋の女王様は続けます。
「春の女王探しを手伝ってもらうよ! これは私個人のことよりも実際に国の危機なんだから!」
「はあ……めんどくさいなあ……まあ少しだけ付き合ってあげるよ。でも本当に少しだけね……めんどくさいことになったわ」
本当に心の底からめんどくさそうにしていた夏の女王様でした