あなたが抱えていたもの(3)
不器用なりにマネージャーを一生懸命続けていた彼女を好きになった。
「和宮さん、今日もお疲れ。ええと……」
「お疲れ様です、安積くん」
俺が次の言葉に悩んでいると彼女は微笑みながらねぎらいの言葉をかける。彼女はすぐに今日使ったビブスをたたむ作業に集中している。マネージャーを始めたときは簡単そうなたたむ作業に手間取っていた彼女は、もう2年近くも続けて慣れてきたようだった。過去の彼女と今の彼女を見て比べてなんだかほほえましい気持ちになっていると、その場を離れない俺を不思議そうに彼女は見つめてくる。
「……あ、あ、あの、安積くん? 見られていると、その」
てきぱきしていた手が止まり、彼女は少しほほを染めて困惑していた。
「あ、いや、お、お疲れ……」
結局言いたいことを言えないまま俺はその場を後にした。ほほえましい気持ちになっている場合ではなかったと反省する。 少し暗い気分でロッカーに戻ろうとすると後ろから誰かに飛びつかれる。
「滉一郎、お前ヘタレな」
チームメイトで幼馴染の糸瀬だった。ダークブラウンの髪の毛はスポーツマンらしく切ってあるが、さわやかと言うよりやんちゃに見える。糸瀬はにやにやしながら俺の方を組んで一緒に歩き始めてきた。
「……うるさい」
「頑張れよ。明らかに和宮、お前のこと好きだろ」
「……うぬぼれは良くない」
「まっじめー」
隣でケラケラ糸瀬は笑っていたが、内心嬉しかった。彼女が自分の事を好きかもしれないと、少し希望が持てたからだ。言葉では否定していたものの「本当に!?」と、聞き返したいぐらいだった。 この時の俺は、貴女の抱えているものを何も知らなかった。
彼女、和宮すみれがマネージャーを辞めたのはそのあとすぐだった。3年生になって、もうすぐ引退と言う時期に彼女はマネージャーを辞めてしまったのはおかしいと感じたが、個人の問題で俺が深く突っ込まない方がいいと思っていた。
「和宮さん、引退試合あるんだけど、せっかくだから来な――」
「ごめんなさい」
2 年間も彼女はマネージャーとして頑張ってくれた。それだけではないけれど彼女に引退試合のお誘いをする。しかし、よそよそしい態度で彼女は返した。マネージャーを辞めてからずっとそうだった。自分だけが避けられているようで、その理由も分からなくて、もやもやする。 引退する時、最後の試合。俺は彼女が座って応援していたベンチをそっと見やる。当然のことだけれど、彼女はそこにいなかった。
そして知った、彼女がいじめられているという事実。
「滉一郎、聞け」
糸瀬から聞いたのは信じられない事実。マネージャーを辞めたのも、よそよそしい態度だったのも自分と関わる彼女が気に食わなかった者たちからのいじめが原因だった。糸瀬はさらに衝撃的な事を言う。俺は聞いた瞬間走り出した。 日も暮れ始め、寒くなっていく廊下。握りしめる携帯電話は使えない。電話は彼女につながらなかった。一番人気のなさそうな場所をしらみつぶしで当たる。
理科準備室の扉を開けると小さくなっている彼女を見つけた。
「和宮さん」
俺の声に顔を上げた人は、まぎれもない和宮すみれだった。 助かったという安堵からか彼女の目からは涙がこぼれた。俺はただ彼女の隣にいることしかできなかった。小さく震えている隣にしゃがむ彼女。少し冷えた彼女の体温を感じて俺は自分のふがいなさに悔しくなった。
「誰にやられたの?」
彼女の涙が収まってきたときに俺は声をかけた。許せなかった。こんなことをして彼女を傷つける人間が。彼女はぽつりぽつりと話てくれた。
「和宮さん、今からあなたをいじめていた子を懲らしめに行くんだけど何か伝言はある?」
俺は数日たったある日文句を言いに行こうと決めた。彼女も言いたいことがあるだろうし伝言を預かりに彼女の元を訪れる。
「……それ、私も行く」
意外にも返ってきた答えはこれだ。
今まで彼女はこんなこと言う人間だったのだろうか。少し違和感があったが、俺は彼女を連れていく事にした。
「強いね。じゃあ、行こっか」
文句を言う彼女を見て、変わった、と思った。そう思うのはどうやら、俺だけじゃなかった。だんだんと分からなくなっていく。和宮すみれと言う人間が。
そして、たった今言われた言葉。
好きになったきっかけ。本当にその時だったのか。彼女には悪いと思ったけど疑ってかかるしかなかった。だからあんな嘘まで吐いて。ひどい奴だと思う。
うん。本当にひどい奴だ。