あなたが抱えていたもの(2)
安積くんはとても優しい人でクラスからの信頼も厚い。隣のクラスである私のところまでその話は来るくらいだ。同じ男友だちからは天然タラシなどと言われていた。その男友だちの言う事は確かだと思う。実際、いつも爽やかな笑顔で紳士的な事をさらっとしてしまうからだ。さり気なく女子の重い荷物を持ったり、進んでクラスが嫌がる委員長をやったり、本人はいつも笑顔で「俺が自分でしたいと思ったから」と言う。
ハートを撃ち抜かれる女子は私だけではないだろう。
私が彼を好きになったのは日常の中ではなく、いじめから救ってくれたという非日常的な出来事の中であった。
今まで友人だった子がEOS契約を果たし、馬が合わなくなった。悲しい事だが、元友人から私はいじめを受けていた。何かものを隠されたり、嘘をまき散らされたり精神的に疲れていた。
ある日、私は理科準備室に閉じ込められてしまう。理由は簡単。安積くんと楽しそうに話をしていたから、だそうだ。元バスケ部のマネージャーという事もありバスケ部の彼とは話す機会が多かった。他愛もないただの世間話。ただそれだけで嫉妬とは、女子は怖い。
日も暮れ始め、寒くなっていく準備室。携帯電話も奪われ体温を保つために縮こまっている他なかった私はだんだんと気持ちも暗くなっていった。
「和宮さん」
聞こえないはずのその声に私は顔を上げると、そこにいたのは安積くんだった。
助かったという安堵と緊張の糸が切れ私の視界は歪んだ。しゃがんだ彼はただ私の横にいるだけだった。隣から微かに感じる人のおんどにこれほど嬉しくなったのはその時が初めてだったのかもしれない。私はこうして安積くんが好きになった。
「誰にやられたの?」
私の涙が収まる頃に、彼はそう言った。その言葉はいつもの彼の優しい声ではなく、少し力のこもったような声で発せられたことに驚く。私は正直に言うと「分かった」とその場では言って終わった。
「和宮さん、今からあなたをいじめていた子を懲らしめに行くんだけど何か伝言はある?」
これほど笑顔の彼が恐ろしいと思った事は無い。
「……それ、私も行く」
恐ろしい笑顔の安積くんはそう私が言った時ちょっと驚いた顔をした。
「強いね。じゃあ、行こっか」
私が思い切って言った文句と安積くんの貼り付けたように動かない笑顔は、きっと怖かったのだろうな、と後々思った。
結局、明日で安積くんの契約が果たされる。どうしたらいいかと私は考えるだけで何もしなかった。このままでいいわけないのに、このままでいいと考えてしまう。
私は意を決し、安積くんを放課後呼び出した。
「きちんと話すのは1週間ぶりだね」
明日で変わってしまうと言うのにいつもと変わらない彼の様子に気持ちが揺らぐ。
「言いたいことがあるの」
なるようになってしまえばいい。ここで言わなければきっと私は後悔すると思った。この想いを打ち明けないままではやはりいけないと私は手を握りしめる。
「あ、安積くんの事が、好きです! 私をあの日理科準備室から救ってくれたのが嬉しかった。いじめから救ってくれたのが嬉しかったの」
好きの一言で終わらせるつもりが好きになった理由までべらべらと話してしまった。話していくたびに私の視線は下に行き、今は自分の足元しか見えない。安積くんの表情が気になるが、私は沸騰しそうでそれどころではない。
「……そっか、その日から、か」
そしてしばらくして聞こえてきたのはその言葉。小さくて、弱弱しい。
私が顔を上げると、彼は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「今、最高に辛いよ」
「え」
ああ、自分はきっと振られてしまうのだろうと思うと同時に、辛くなるほど私が嫌いだったのかと心が痛む。
「和宮さん、言いたかったのはそれだけ? 俺に隠している事があるんじゃないの?」
ドキンドキン、と心臓がうるさい。
私を見つめるその瞳に全てが見透かされている様だった。知るはずがない、分かるわけがない。私は、和宮すみれは学校の誰にも話していない。
「『好きです』っていうその言葉。前の和宮さんから聞きたかった」
契約の時期がもう少し遅ければ、和宮すみれの運命は変わっていたのかもしれない。
『契約の理由聞いてもいい? 初代、和宮すみれ』
「彼のせいじゃない。何も悪くない。苦しいのは自分だけでいい。でも、耐えられなくなっちゃった」
移行期間最終日、魂の交換が行われる直前、苦笑いの彼女は言った。