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高天原学園科学部の検証

作者: 紅龍亨

1 科学部へようこそ


僕、黒木暁くろきあかつきが高天原学園に転校してきたのは、高校一年の二学期であった。

父親の転勤で北海道の片田舎から、東京の学校というのはかなりの高いハードルであったが、東京といっても郊外の静かな住宅街で、高天原学園は平凡な公立高校で安心していた。

平凡な僕が安心できるのは大きいよね。

「君、転校生だよね」

不意に声をかけてきたのは美少女。

長い茶髪は自然なウェーブがかり、大きな目は青いというどこか不思議な印象を受ける色白な美少女。

何度も言うが、こんな美少女が平凡な僕になんの用があるというの?

「あたしは、山野木テンコ」

にっこりと可愛い笑顔で名乗ってくれる。

「黒木暁です」

ぺこりと頭を下げると、軽く首を傾げて見てくる。

「暁…アカちゃん?」

「いや、それはちょっとやめて」

いきなり下の名前で呼ばれたのも驚くけど、アカちゃん呼びは違う意味で驚く。

「じゃあ、あっちゃん。あたしはテンコでいいよ」

「う、うん」

女の子。しかもこんな美少女にあだ名呼びされるとは、しかも僕も名前呼び。

何度も言うが、僕は平凡な田舎者。

こんな美少女どころか、女の子と会話すら幼稚園以来かも知れない。

「あっちゃん、部活は決めた?」

にっこりと可愛い笑顔でそう言ってくる。

あ、部活の勧誘か、フレンドリーに接してきたのは勧誘しやすくするためか、うん。わかってた。

普通に女の子が何もなく僕に話しかけてくる訳ないよね。うん、わかってる。

「まだだけど、部活は絶対?」

正直、部活に興味がない。

成績そこそこ、運動神経それなりだから文化部に興味はなく、運動部はハードルが高い。

そんな性格からか、転校してきたからこっち上手く友達ができずに居る。クラスでは話かけてくれる奴も居るけど、友達というにはまだといったところ。

しかも熱血もないから部活に集中した事もない。

前の学校では付き合いでサッカー部に入ったけど、幽霊部員だった。

「絶対じゃないけど、部活は入ると楽しいよ」

テンコちゃんは笑顔で言う。

うん、可愛い女の子で勧誘は正しい。

僕もわかってて、あっさりと入部を了承していた。


高天原学園科学部。

新旧の校舎があるこの学園は、二年前からは全ては新校舎に移り、旧校舎の方はほぼ物置、一部の文系の部活の部室になっている。

僕の入った科学部もそんな部活の一つだという。

「自己紹介。あっちゃん」

三階端の理科室に着くなり、テンコちゃんが声をかけた。

室内に居たメンバーは適当な席に座ったまま、入口の僕等に視線を向けてきた。

「あっちゃん?」

一番に反応したのは、入口付近に居た女の子。

テンコちゃんの言動に慣れているのか、驚くでもなく僕を見て聞き返してくる。

こっちも美少女。

テンコちゃんとは別タイプの美少女。

金髪にも見える明るい短めの髪、やや日焼けで浅黒い健康的な肌色、大きな目はエメラルド、たぶんハーフなのだろう。

立ち上がり近付いてくると、小さい。

テンコちゃんは僕とそう変わらないけど、この子は頭一つ以上小さい。

僕を思い切り見上げてくる。

小学生と思うぐらい小さい。

「あっちゃん、きぃちゃん」

テンコちゃんが紹介してくれるが、ジロリと音が聞こえそうなほど見上げてくる。

怖いというより可愛い。

「黒木暁です」

あっちゃんはさすがにない。

「鬼頭いばら」

女の子が精一杯に胸を張って名乗る。

仕草が可愛い。

「あっちゃん、きぃちゃんは上よ」

一瞬、テンコちゃんが何を言っているかがわからなかったが、すぐに年上だとわかった。

ブレザーの制服、僕等一年は胸ポケットとネクタイのラインは青だが、彼女のラインは赤だ。

確か二年生の色。

三年生は緑色のラインだ。

「鬼頭先輩…」

そう呼ぶと、彼女は満足そうに頷いている。

腰に手を当てて胸を張っても、うん、可愛い。

「あっちゃん、あの子がニキちゃん」

テンコちゃんが示したのはまた美少女。

黒髪セミロングの和風美少女。

日本人形的な和服が似合いそうな美少女。

そして三年生。

「猫田きいろですわ」

綺麗なお辞儀。

なぜきいろでニキちゃん?

疑問は聞けないままに次へと移る。

窓際に居るのは二年生の美形。

長めの黒髪は自然体で決まっていて、やや伏し目がちな瞳は深い青。

よくあるゲームの美形キャラが立体化したような綺麗なお兄さん。

「リューちゃん」

テンコちゃんが気軽に呼ぶと、視線だけをこちらに向けてくる。

美少女は無条件で回れ右したくなるが、迫力美形はひれ伏してしまいそうだ。

平たく言うと怖い。

「たつみりゅう」

僕が反射的に身を退きかけていると、囁くような小さな声で呟く。

抑揚のない小さな呟きに首を傾げてしまうが、先輩の方は用は終わったと言わんばかりに窓の外に目を向ける。

「竜見竜。名前よ。漢字で書くと上から呼んでも下から呼んでも竜見竜」

鬼頭先輩が説明してくれる。

竜見先輩か、うん、今はもう無関心だ。

「次はブンちゃん」

テンコちゃんは気にも止めずに次。

一番奥に居る先輩…いや、同じ一年?

遠近法がおかしくなるような大きな人。

一度見たら忘れないような大きな人。

居たの? こんな一年。

「ふかみしんごです。深い海に真実を悟です」

ぺこりと頭を下げてくる。

「黒木暁です」

慌てて頭を下げると、深海君も同じように頭を下げるので、また頭を下げるとやはり頭を下げてくる。

お互いにペコペコと頭を下げるのを繰り返す。

「あんた等、サラリーマンか!」

鬼頭先輩が止めてくれる。

間に入って両手を上げて止めてくれるが、ちっちゃい子がパタパタと手を振りながらは、可愛い。すっごく和む。

「あ、はい」

深海君が頷く。

大きな人だけど怖くない。

縁の下の力持ち的ないい人。

「はっはっはっはっはっ」

唐突な笑い声に視線を巡らせると、前方の教卓の上に人が立っていた。

いつから居たのか、三年生の先輩が教卓の上で仁王立ちしていた。

暫く茫然と見ていると、その先輩は組んでいた腕を大きく天井に広げるとYの字のポーズをびしっと決めた。

「えっ…と…」

言葉が、何一つかける言葉が思いつかない。

「テンコ君、ぐっじょぶ」

ビミョーな発音でテンコちゃんに向けて親指をびしっと向ける。

何がぐっじょぶなのか、というか、誰?

「あっちゃん、部長」

テンコちゃんが良い笑顔で言ってくる。

一瞬、回れ右で帰りたくなった。

部長、この先輩が部長さん?

「そう、あっちゃん」

「そっちで呼ぶの?」

思わず声を上げる。

テンコちゃんや女の子ならともかく、いい年した兄ちゃんがあっちゃん呼び。

「暁…なんかカッコいいから、あえての、あえてのあっちゃんで」

「すみません。名前負けで」

僕も自分でわかっている。

でも、あえてあっちゃん呼びはない。

いい年した兄ちゃんがあっちゃん呼びはわからないです。先輩。

「気にする必要ないわよ。部長はこれが普通」

鬼頭先輩が言う。

これが普通か、もう、なんか見た事のある関節が大丈夫的なポーズで、なんか色んな意味で残念な美形がここに居た。

そう残念だ。

全力で残念ですと叫びたくなる美形が居る。

黙って立っていれば。の典型的な王子様的美形キャラなのに、すでに残念。

「新入部、歓迎しよう」

ごめんなさいと全力で言いたくなる。

テンコちゃんには悪いけど、全力でごめんなさいと帰りたくなる。

うん。関わっちゃいけない人だ。

「部長、行儀悪いですわ。下りて下さいね」

猫田先輩に穏やかに言われて、不自然な立ち姿を止めて素直に降りる。

竜見先輩はずっと窓の外を見ているし、深海君は多少は気にしてはいるが口を挟めないようだ。

猫田先輩は静かに読書に戻り、鬼頭先輩は腰に手を当ててまま部長を見ている。

軽くデスられているのかな…わからなくもない。

普通に出会ったなら全力で見ないフリをした事だろうな…けして、目を合わせちゃダメな人だ。

「あっちゃん、我が部は全力で歓迎しよう」

芝居がかった仕草で再び不自然なポーズ、現実でする必要のない無理な体勢で、腰は大丈夫かと真面目に問いたくなるポーズで言ってくる。

全力で逃走か、反射的に結構ですと叫びたくなるのを止めつつ考えた。

全力で残念な美形を前に、すでに退路はない。

テンコちゃんはもう入部決定とキラキラした目で見てくるし、鬼頭先輩は側でチラチラと何か言いたげに見上げてくる。

猫田先輩は本の端から覗き見てる。

竜見先輩は変わらないけど、深海君の方は心配そうにおろおろしている。

この部、女子のレベルは高すぎるのに、男子がとことん残念。

竜見先輩は怖い感じがするし、深海君はその体格が残念だ。が、この部長が残念すぎる。

美形の無駄、性格が残念、行動は止めて、落ち着かない三年生、そんなダメ要素全部乗せのコンボ。

客寄せパンダが着ぐるみな気分。

「あっちゃん、どうしたのかね」

ぐりんとポーズを変え、こんどは説明しがたい背中越しのようなポーズで訊いてくる。

ダメだ。全てがダメだ。

我慢をしたが、手がつっこむ。

反射的に裏手がでた。

半分、無意識につっこむ。声が出なかったが無意味だよね。態度が全てを物語った。

おのずと視線が手に集中する。

「…………」

説明するのも無理なので黙っていると、部長は器用に大きく頷き、無理の上乗せでブリッジでもしそうな体勢で手を差し出してきた。

関節がきしんでいそうだ。

「えっ…と」

救いを求めてテンコちゃんを見るが、小首を傾げて可愛いね。

「握手」

ふいに声を上げると、僕と部長の手を取ると、ぎゅっと握らせる。

女の子の手なんて何年ぶりなのか、なんて考えている暇がないぐらい、部長の体勢。

ブリッジなのかこれ、腰がおかしな方に曲がっていない、人間の体ってこんなに曲がるもの。関節ってどこまで稼動するのかわからない。

「歓迎する」

パニックになっていると、部長は普通に話しかけてくるよ。

ヨガの達人? 平たく言って気持ち悪い。

「む、無理しなくていいぞ」

くんっと制服の裾が引っ張られると、鬼頭先輩が小さく摘まんで見上げてくる。

「あっちゃん、入る?」

テンコちゃんがニコニコと、実に可愛いい笑顔で訊いてくる。

チラリと猫田先輩を見ると、本を置いて優しく微笑んでいる。

「よ、よろしくお願いします」

うん、無理だ。

部長と男子のだけならともかく、彼女達のお願いには抗えない。

何を言われても、男はバカと思われても、単純すぎるとわかっても、僕には断れない。

彼女達と同じ部活。

男ならわかってくれるはずだ。

ハニートラップに引っ掛かる奴はバカだなと思っていたけど、わかった。 無理なんだ。

男が女の子に抗うのは無理。

反射的に応えた自分をそう解析しつつ、単純にテンコちゃん達と仲良くなるのなら、いいじゃないか。

手を放すと、逆回転のように立ち姿を戻す部長を見ながら、自分にそう言い聞かせていた。

こうして、僕は科学部に入部した。


「ブンちゃん、おせんべい」

テンコちゃんが雛鳥のごとく口を開けると、深海君は手にしたおせんべいを入れる。

もぐもぐとおせんべいを食べながら、テンコちゃんは雑誌を広げる。

いつもの窓に竜見先輩は座って外を眺め、鬼頭先輩はノートに何かを書いているだけで、猫田先輩は本を読んでいる。

部長は居ない。

科学部と言いつつ、ここはどうも部活そのものが幽霊らしい。

「お茶でも淹れましょうか?」

猫田先輩に全員が返事をする。

まあ、返事を返したのは僕とテンコちゃん、深海君で竜見先輩は外を見たままだし鬼頭先輩は小さく頷いているだけだ。

猫田先輩は二人の反応がわかったのか、大きめの急須を用意する。

理科室なのでガスが通っているので、お湯が沸かせるんだよね。

以前はビーカーでコーヒーを淹れている深海君が居たし、フラスコでティーバッグの紅茶を準備していた事もある。

試験管ゼリーは食べづらい。

猫田先輩はお茶担当で、深海君はスイーツ男子ということらしい。

「あっちゃん、どうぞ」

目の前にカップを置かれる。

普通のマグカップは自分で用意した物だ。

最初はビーカーで出てきたから自分で持ってきた。

マイカップは全員用意している。

テンコちゃんは大きな白いマグカップ。

鬼頭先輩は子犬柄のマグカップ。

竜見先輩はアルミのカップ。

深海君は魚の名前の入った湯飲み。

猫田先輩は高そうなティーカップ。

ちなみにめったに来ない部長はビーカーだったりするが、部長いわく理科室だかららしい。

「部活、か」

小さな呟きに反応したように竜見先輩が振り向く。

何かを言うでもなく、ただ視線を向けてから窓の外に視線を戻す。

一週間になるが、竜見先輩が窓の外以外を見たのは初めてだな。

以前何を見ているかとそっと見た事があるが、ここからだと新校舎が見えるだけ、しかもめったに人が通らないほどの廊下側だ。

職員室から最も遠く、人目につかないとかでサボりのベストプレイスで、脱走の名所らしい。

まま、特殊教室や物置的な部屋しかない場所だから、人目はないだろうな。

「あっちゃん、食べる?」

テンコちゃんがポテチを持ってきた。

彼女は主にお菓子を食べながら雑誌を読んだり、こうして誰かとおしゃべりしている。

主に深海君がお菓子を用意しているし、話すのもほぼ彼だったらしい。

話すといっても、テンコちゃんが一方的に話すだけで会話ではない。

僕が入ってからは話すのは分担になったようで、深海君はテンコちゃんが離れると編み物とかを始めるぐらいだ。

鬼頭先輩はたいがい何かを書いているし、テンコちゃんが話しかけると、面倒そうにしながらちゃんと聞いているらしく相槌はしている。

猫田先輩は読書をしている事が多く、テンコちゃんがあまり近付かないのは、猫田先輩が定期的にお茶を用意してくれるからだ。

何かルールを決めているのか、時間ではなく本の進み具合か、へたに話しかけるとお茶が出てこないので話しかけるのはお茶がいらない時らしい。

竜見先輩にも話しかけるが、こっちは聞いているのかいないのかわからない。

たいがい一番最初に来て、ずっとあの状態だ。

一度観察したが、三十分で諦めた。

「でね、ブンちゃんの作るケーキはおいしいの」

テンコちゃんがそう言う。

はて、最初はファッションの話だったのにいつ食べ物の話になったのか、深海君のケーキの話になったのがいつかはわからないが、深海君にケーキを頼みに向かった。

深海君はそんなテンコちゃんの無茶ぶりは慣れているのか、あっさり頷いているのが見えた。

僕の所には戻って来そうにないので、宿題でもしようかな。

東京の学校は北海道より進んでて勉強が遅れてる。

「数学が特にヤバい」

思わず口に出てたのか、鬼頭先輩が近付いてくる。

「バカなの? 少しは教えるわよ」

椅子を引っ張って来て隣に座る。

ちっちゃいけど二年生、教え方も上手い。

先生に訊くよりわかりやすいかも。

「あ、ありがとうございます。わかりやすいです」

素直に感謝を述べると、鬼頭先輩はパタパタと叩いてくる。痛くないけど、可愛いから、すごく可愛いんですけど、小動物的で可愛い。

こちらの考えがわかったのか、力が強くなった。

「きぃちゃん、あっちゃんが痛がるよ」

テンコちゃんの声にぴたりと止まり、椅子を戻すと最初に座っていた席に戻り、何事もなかったかのように書き物に戻った。

普通に可愛い行動に、僕だけではなく、テンコちゃんも深海君も微笑ましいものを見る表情。

猫田先輩も本の上から覗いているし、竜見先輩がチラリと気にしていた。

鬼頭先輩はマスコットなんだな。

「諸君!」

唐突な声はまあ部長だ。

いつも思うが、どこから現れるのか教卓の上でポーズを決めている。

ドアが開いた音もなかったが、いつも唐突に現れるがまあ部長だしな。

「部長、何?」

このメンツで素直に話を進めてくれるのはテンコちゃんだけだ。

他のメンツは僕を含めてあえての無視。

部長の登場に驚くけど、すぐに平静をよそおう。

深海君以外は元々身動き一つしない。

「諸君、喜びたまえ」

ばっとブレザーをひるがえし、某ミュージシャンのごとくポーズを決める。

一応は見るが、鬼頭先輩は耳だけを向けているだけで、竜見先輩と猫田先輩は変わらない。

僕、テンコちゃん、深海君だけが顔を向けている。

「さあ、部員諸君、喜びたまえ」

あまりの反応のなさに、部長はさらにブレザーをバッサバッサと振り回し、ポーズを決め直している。

それでも僕等のテンションは変わらない。

僕も扱いは慣れた。

「部長、何?」

テンコちゃんが改めて訊くが、ポーズを決めたままでチラチラと期待の眼差しを向けている。

一瞬の沈黙ののち、テンコちゃんと深海君は何かを悟ってか、いきなり拍手を始めた。

僕も理由を悟って拍手をしてみる。

まあ、誰一人本気で拍手はしてない。

やる気のない拍手でも気を良くしたのか、部長はポーズを鳥のように大きく手を開く。

ゆらゆらと羽ばたくような動きでゆっくりと回転を始める。

「嬉しく思うぞ」

何がという疑問は飲み込む。

へたな質問は部長をつけあがらせる。

空気は読むためにある。

「我が科学部は存在の存在を確立している」

よくわからないが、僕が入る以前の話かな。

「そして、科学とは存在の立証だ」

まあ、そう言われるとそうかな。

あるという存在を確立させるのが科学かな。

よく科学者が不思議な現象を測るときに言うのが存在の立証、平たく言えば証拠だ。

証拠の存在を求める。

証拠がないと認めないというのだから、存在を確立すれば認めるのだろうか、という考えるのかな。

「そして、科学的に立証することは必要なのではないのかね」

今度はどこへ話が飛んだのかな。

僕にはわからないけど、テンコちゃん達はわかったようだ。

部長のポーズはブレイクダンスのようになっているが、まあそのポーズを止めているすごいが、あえて無視しておく。

「新しき仲間を得た我等は存在を確立するべきであると、私は問いかけよう」

ん、僕の事。

手が開いてないので、爪先で僕を示した。

気付くとテンコちゃん、深海君以外の三人も僕を見ていた。

僕に集中してくる。

「僕?」

「そのとーり」

びしっと回転をしてまるで社交ダンスのような立ち姿で、髪をなびかせている。

窓は閉まっているのにどこから風が、と思えば、足元に小さな扇風機があった。

暫く待つと、部長は教卓から降りて扇風機を止めてから、再び教卓に上る。

扇風機をタイマーで起動したが、それほど風はいらなかったのか止めたようだ。

少し考える素振りで、教卓の上でくるくると回ると天を仰ぐように見上げた。そして、彼はすっとしゃがみ込むと、手を伸ばして宙を示す。

バレエのポーズかな。

「そう、と我等は存在しなくてはならない」

えっと、部長は何をしたいのかな。

僕だけが理解してないようで、皆はただ部長を見ているだけだ。

あの竜見先輩さえも椅子ごと向き直っている。

「部長、早くない」

テンコちゃんがそう訊くと、他のメンツも微妙な表情になる。

竜見先輩は眉一つ動かしてないけど。

「うむ。だが、早めた方が良いと判断したのだよ」

びしっと回転してポーズを決める。

そりゃカメラを気にしているような仕草。

その手は僕に向けられている。

えっと…この手を取るべきなのかな。

などと考えていると、視界の隅で竜見先輩がふるふると首を降ってる。

あの竜見先輩が意思表示している。

これは危険なのか。

「でも部長、あっちゃんはわからないのに」

テンコちゃんが言うが、説明は欲しい。

「ふむ」

小さく頷くと、再びポーズを変えて、高々と右足を上げながら両手は胸元で組む。

バランスと筋力はすごいけど、本当に残念な美形。

「うむ。一理ある」

一理どころか全てです。

後、回転しながら話すのはどうかな。

などと思っていると落ちた。

教卓の幅を考えないから落ちた。

「だ、大丈夫ですか?」

訊くだけ無駄だが一応は心配する。

まあ、ちゃんと着地してたみたいだし、うずくまっているのはポーズなのだろう。

スケートの回転技みたいな起き上がり方で、Yの字からの捻りのポーズで止まる。

「部長は構うと悪ノリするから、放っておきなさいよ。好きに喋るだけだから」

鬼頭先輩がなげやりに言う。

うん。出会ったその日にそれはわかっている。

でも、人として心配するべきだと思う。

「あっちゃん!」

「は、はい」

呼ばれて反射返事をする。

「今日から、この学園の七不思議を集めたまえ」

「な、七不思議ですか?」

七不思議か、学校にはかならずあるものなのか、前の学校にもあったな。

ポピュラーにトイレの花子さんとか、増える教室とかさ…でも七つは知ることはない。

ほら、七つ全部知ると呪われるとか言うし、前の学校は北海道、開拓時代からの学校の流れで七つじゃなかったよな。

同じモノが変化したのか、ともかく聞いただけでも十ぐらいは覚えてる。

トイレの花子さんはともかく、教室が増えるのは理科室だったり音楽室だったり、吹雪の日は廊下を屯田兵が歩いたり人体模型が歩いたり、校庭の屯田兵の像が走ったり笑ったりと、何パターンがあった。

「ウチの学園の七不思議は、ありがちなモノだけじゃないわよ。トイレの花子さん的な噂もあるけど、古い話を集めるの」

鬼頭先輩が教えてくれるが、先輩達も集めたのかな…科学部であってオカルト研究部とかじゃないよね…それとも幽霊なんかは居ないという事の検証。

部長の言う存在の検証、よくあるオカルト否定派が言う証拠を集めるのかな。

「アンタは幽霊は居ないと思うの?」

チラリと上目遣いで訊いてくる。

「そんなことないです。雪女見た事あるし」

そう言うと、鬼頭先輩だけではなくその場の全員が僕を見る。

部長でさえ真っ正面から見てきた。

まともに見ると本当に美形、黙ってそうしていたらモテるんだろうな。

「雪女、見たのかね」

カッコいい状態は数秒で、すぐに変なポーズに戻るよね…普通に立って喋れないのですか。

「見たというか、大雪の日に白い着物の女の人を見たぐらいで、あの雪の中、足が速くて追いつかないんですよ。道は埋まってたのに」

そう言えば、あの人は普通に着物姿、コートも着てなかったような…寒いよね、いくら着物でも吹雪の中、足元は草履で…後を歩いた訳じゃないけど、足跡があったっけ。

思い出すと怖くなってきた。

昔はすごい人だな程度だったけど、あり得ない気がするよ。

スノーブーツで完全装備の僕ですら風邪引きかけたのに、歩けないからコンビニで親呼んだのに、着物で歩いていく。

「あっちゃん、大丈夫?」

テンコちゃんに呼ばれて考えを止める。

そう気のせい、吹雪で良く見えなかったし、きっと着物姿に見えただけ、頑張って歩いてたんだよね。

自分に言い聞かせる。

中学で友達とネタにしてたからそう思い込んだだけだよ、きっとね。

「雪女、そうかね」

部長はハイテンションだから聞いてない。

「いやいや、ないですよ」

言ったところで聞いちゃくれない。

部長に関しては皆が諦めムードだ。

「して、七不思議だが」

話を戻すためか、教卓に手をかける。

「部長、教卓に乗るのはお行儀が悪いですわ」

猫田先輩に言われて、少し止まると、教卓から離れてぷらぷらと手足を揺らすと、体を半分捻ったような立ち姿をとる。

「して、七不思議だが」

話を改めて、びしっと指を指し示す。

「指を向けるのは失礼ですわ」

再び猫田先輩に言われて、すっと指が天井を向く。

部長より猫田先輩が強い。

「全てを集めて検証する。存在が立証されれば、不思議は不思議ではなくなるということなのだよ」

捻りを逆にしてポーズ、そういう話なのかは置いておいて、不思議は不思議だから科学と相容れないのだと思う。

科学で立証されない事もあると思うよ。

心霊現象が全て説明できる訳でもなく、ユーマが全て認識されている訳でもない。

まあ、今でも新種の生物は毎年何百と見つかっているというから、雪男やツチノコが本当にいるかもしれない。

でも、世の科学者が立証できない学校の階段を学生が検証して意味があるのかな。

幽霊は居る検証より、居ない立証の方が早そうだ。

「知るという好奇心が科学の原点ではないかね。重力にしろ雷にしろ、突き詰めれば宇宙の成り立ちを知りたいが科学の原点」

変なポーズでさえなければカッコいいのに、本当に残念すぎる。

「だが我々は宇宙を調べられない、が七不思議はそこにあるのだから調べられるのだよ」

「宇宙と同列」

無駄に壮大なモノになった。

「同列かしら、宇宙も幽霊も原点は同じじゃない」

テンコちゃんが軽く言うけど、なんか違う。

違うと思うが言えないな。

「世界の成り立ちではあるのかしら」

鬼頭先輩まで、猫田先輩に深海君もあり得るという顔をして、唯一表情の変わらない竜見先輩が、いやあの顔は同意してそうだ。

科学部なのに不思議否定派が居ない。

「という訳で、来週までに七不思議を集めたまえ」

すでに決定事項なのか、部長は不自然な体勢のまま器用に出ていく。

「えっと…七不思議を集めるの?」

残されては何も言えない。

テンコちゃん達を見るが、無言で頷いた。

「じゃあ、取り敢えず、テンコちゃん達は何か知っている?」

やらないとならないのなら、まずはテンコちゃん達に聞いてみた。

これで全部集められたらラッキーぐらいだったが、やけに真剣な表情で首を振る。

「これは君が集めなければならない、私達は手伝えるけども教えられないの」

猫田先輩が念を押す。

あれ、なんだろうか、この違和感。

テンコちゃんも先輩達も僕に何か隠している。

深海君を 見ると、体全体を背けているからわかりやすい。嘘が苦手なんだろうな。

竜見先輩は無表情だからわからないけど、じっと見てくるから、何かを隠しているんだよね。

少なくとも、話してくれそうにはないな。

「七不思議は有名なの?」

「すごく有名。ウチの学校では必ず七不思議を探すのよね。でも、あたし達は手伝えない」

テンコちゃんが繰り返して、手伝えないという。

必ず七不思議を集めるの。

「あっちゃん、大丈夫、部長が言うなら大丈夫」

「えっ…と、うん、まあ、頑張ってみる」

何がそこまで心配されているかわからないけど、やってやれない事ではないはず。


こうして、僕は学園七不思議を集める事となった。


2 七不思議集め


天気予報は連日晴れなのに、ここのところ曇り空ばかりだ。

傘を持つか悩むが、まだ転校したてで置き傘をしてないから持って行こうか。

どうも僕は雨男らしく、何かあるたびに雨が降るもので、頑張れば頑張るほど豪雨になったものだ。

そのためか、行事の大半は休んだりしてたからスキーとか下手なんだよね。

北海道育ちなのにスキーとかした事がない。

遠足のたびに吹雪で皆に睨まれたもんな。毎回休んでも先生には何も言われないぐらいに、思い出すと悲しくなってくる。

転校初日はスキーできるはいいけど、ジャンプはできると訊かれるとは思ってなかった。

札幌の産まれでもやらないよね。

スキー場にジャンプ台が常備されている訳でもないし、必須科目でもない、だいたいあんなものは最初にやりたがるのはどうゆう心境なんだろう。

スキー場に小さなコブのようなジャンプできる場所はできてたりするな。僕はスキーすらまともにした事ないけど、ああゆうのでやり始めるのかな。

スケートなら少しはできるけど、ジャンプは無理でも単純なスピンぐらいはできる。

屋内スケートリンクに限るけど、練習してみたものだな…たいがいは本格的な練習を見て諦めたけど。

「黒木、傘持って来たのか?」

無駄に考え事をしてると声をかけられた。

同じクラスの木戸だ。

出席番号が近いから同じ班になって仲良くなった。

「置き傘用だよ。折り畳みとか持ってないから」

母親のはあるけど、赤い傘をさす度胸はない。

「そっか、北海道って傘使わないんじゃないの?」

「雪でささない時はあるけど、雨は使うよ。濡れるでしょ、普通に」

どうも北海道を勘違いというか、思い込みが激しいのか、変な事を聞いてくる。

「北海道の雪は軽くてカキ氷になるんだっけ」

「ならないよ。お腹壊すよ。後、パウダースノーなんて名寄ぐらいじゃないの? 雪質とか言われても降れば重い邪魔者だよ」

「ロマンねえな。ホワイトクリスマスとか憧れじゃんか、綺麗だろ」

「雪国でホワイトクリスマスじゃないクリスマスはないだろ。異常気象だろ。たいがい腰にくるぐらい雪ハネするよ」

毎年、雪のないクリスマスも正月も知らない。

年末年始だから休んでたら家が埋まるのが当たり前で、クリスマスだから逆に降ってほしくない。

パーティーに呼ばれたないしね。吹雪になるからと言われて誘われた事ないよ。

僕は浮かれていられなかったよ。

「そんなもんか、北海道はそんなに積もる」

「吹雪で人が死ぬよ。雪で家が倒壊するよ。豪雪地帯よりマシかもだけど、油断できない」

実際埋まった事あるしね。ホワイトクリスマスとか喜べた試しがないしね。

「そんなもん」

なにやら残念そうに言うけど、雪国なんてロマンのカケラもない。

あるのは雪山的シビアさ、だ。

「北海道は綺麗な観光地なのに」

「観光地と住んでいる場所とは違うよ。地平線を毎日見ても楽しくないでしょ」

僕の住んでたトコは地平線はなかったけど、山に囲まれた盆地だし、実際に観光地ではあるけど、生活している人間には関係ない。

親戚の農家は観光客が邪魔だとか言ってたしな。

「スキージャンプもしない、スケートもしない、それでも北海道人か?」

「なんで全員がジャンプするの? 近所にジャンプ台がある訳でもないのに、スケートはできるけど所詮は遊びだよ」

「そこは北海道人」

「じゃあ、東京の人は皆、芸能人みたいなの、下町町工場的な技術でも持ってるの?」

そんな事は思ってないけど、来る前は全員が全員おしゃれな格好をしているもんだと思ってた。

ファッション雑誌がそのまま広がっているみたいな感じで、田舎者の僕は浮きまくるんだろうなって、東京で服買わないと町も歩けないかと思ってた。

「ないな」

しみじみと言う。

「ないでしょ」

しみじみと返す。

「そっか、で、雨降るかね」

話を唐突に変えると、天気を伺う。

脈絡もない会話が続くが、なんとなく慣れた。

本能で行動するのが木戸だ。

最初からこんな感じで、どうも苦手な方だったが、会話の大半が本気じゃないという事がわかると案外付き合いやすい。

ようは扱いやすいタチなのだ。

クラスの中ではムードメイカーとなっている。

江戸っ子だけど、関西人呼ばわりされているからかもしれない。

「どうだろう。ここのトコずっとこんな天気だし」

降りそうで降らない、ずっとそんな天気。

木戸も頷き、キョロキョロと辺りを見回す。

常にネタを探しているから関西人呼ばわりされるんだろうな。

「そうだ。木戸、七不思議って知っている?」

木戸なら知っていそうだ。

七つ全部は無理だろうけど、一つでも知っていれば十分だよな。

「七不思議? 一応、でもなんで?」

「まあ、知りたいかなと」

部活で部長に言われたからとは、なんとなく言えない。というか、あの部長と知り合いになったと言いづらいから科学部に入部したのも言ってない。

「ふーん、まあ、俺が知っているのは、体育館の転がり続けるボールかな」

木戸が話を始める。


旧体育館が舞台の話である。

旧校舎は残っているが、旧体育館は現在の体育館が建った時に壊されている。

だいぶ昔の話で、木戸も先輩の先輩から話を聞いたという。

旧体育館の頃に一人の少女が亡くなった。

事故や事件ではなく、ある日、少女の遺体が体育館のど真ん中に置かれていた。

そんな状況で事故でも事件でもないと判断された理由はわからない。というか、実際にあった事じゃないと思われている話だ。

ようは、怪談にありがちな友達の友達が的なまことしやかにという話だ。

少女が亡くなった。その少女の霊がといったところなのだろう。

その少女の遺体は身元が不明で、死因も不明、まあこれといった死因は設定されてないだけだろう。

その名もなき少女が、誰も居ない夜の体育館でバスケットボールをついているという。

夜中の体育館でバスケットボールが転がり続け、それを見ていると少女の霊が一緒にやらないかと誘ってくる。

旧体育館がなくなった今は、今の体育館に現れる。

バスケットボールだけはきちんと片付けないと、少女の霊が現れる。少女の霊に誘われると、誘われた者も夜な夜な夜中のボール転がしをし続ける事になるという。

昔、ボールをしまい忘れた男子生徒が、夜中に体育館で少女の霊に出合い、毎日毎日ボール転がしに誘われて倒れた事があるという。


「…微妙に怖くはないかな」

話を聞いてそう感想を述べる。

木戸の話し方もあるかもしれないけど、なんか怖くないんだけど。

「あ、そう思う」

軽い調子で木戸も頷く。

「俺も思ったもの。創作くせえうえに曖昧すぎ」

「まあ、ね」

旧体育館で少女が死んだとして、新しい体育館に出るのはなんでなのか。

身元も死因も不明でって、少女のリアリティーがゼロじゃ嘘くささが増すだけ。

よくある夜中に誰が、的なツッコミで怖くはなくなるもんだよな。

後、なんでバスケットボールなのか、毎日誘われているけど、死ぬとか失踪するとかいうオチでもないんだよね。

「怪談にしても、穴がありすぎる」

「ん、でもさ、話は怖くねえけど、体育館の少女は実在するみたいだぜ」

木戸の言葉に一瞬、思考が止まる。

「はい?」

「実際、先輩がウチの制服姿の見た事のない少女を見てる。すっげえ美少女で今でも探しているけど見つからないって、暫くは毎日体育館で待ってたくらいだぜ」

「へえ…幽霊?」

「さあ」

軽く首をすくめる。

「ただ、美少女は見たけど、特徴を訊くと答えてくれないから、俺等はその美少女が長髪かどうかも知らない。嘘つく先輩じゃないし、体育館の少女は人を化かす狐とかいう噂がついた」

尾ひれはこうしてつくのか。

「狐ね…ボール好きの狐少女…」

これが探す七不思議の一つかな。

取り敢えずは一つとしておこう。

「で、他には?」

「知ってるけど教えられない。ウチの七不思議な一人一つしか話しちゃいけないんだ。なんでかは知らないけど、何個も話と七不思議に出くわすらしい、ちなみに例の先輩が試して違う七不思議の場所で倒れていた」

そんなに体育館の少女に会いたかったのか。

「出くわす七不思議は別なんだ」

「よくわからないけど、そういう事らしい。それに七不思議を果たせなくなる」

そういう事なら仕方ないか、何か妙な言い回しだったような気がするが、別の人に聞いてみよう。

「後、七不思議を全部知ると、神様に会えるらしいぞ。神様が願い事を聞いてくれるとかで、毎年チャレンジャーがいるが、正しい七不思議を集めなきゃならない」

「七不思議で神様が出てくるのもわからないけど、正しくない七不思議って何?」

「ほら、自分が失敗して他人が願い事を聞いてもらえるのが嫌だ。という心根の狭い奴が創作した七不思議もあるらしい」

それを訊くと、体育館の少女はそうなんじゃないのだろうか。

「これは本物だろ。先輩の話もあるし、偽物の方が話としては完成されてるらしい」

「でも、区別がついてもダメでしょ」

「本物の七不思議の場所を夜に巡って、校長室の前までたどり着いたら神様が現れるとか」

「へえ…」

「実のトコ、試したけど校長室が見つからなかったんだよな。神様の校長室は七不思議の先にあるっていうのか、昼の校長室の場所にはなんもなかった」

「試したの?」

「毎年何人も試して、怒られるどころか、OBとかも試しにくる時があるぐらいだ。苦しい時の神頼みなんだろうな。一人一回のチャンスって話だから、俺はもう無理だけど、黒木がたどり着いたら教えてくれよ」

人の背中を痛いぐらい叩いてくる。

これが、部長の検証したい事なのかな。


「七不思議? あれか、南階段の踊り場の大鏡の少女かな…夜中に血塗れの少女が映って、それを見ると狂気の国に連れて行かれるって」

よく聞く話だし、なんか違う気がする。

南階段の大鏡って、最近になって寄付されたモノらしいしね。

「ああ、屋上の人影だよ」

そうさらっとタイトルだけ言われても、それは怪談なのかわからない。

「女子更衣室のトカゲかしら、壁にトカゲみたいなシミがあってそれは常に場所が違うの」

検証しづらい話だよね。

何度か女子更衣室を覗けって事? いくら誰も居ない時でも、ハードル高いよ。

女子トイレと並んで男には立ち入ったとたんに変態呼ばわりされる。

本当か嘘かわからないけど、できれば嘘がいいかな…誰も居なくても入れない。

「七不思議ね。あれよ、旧校舎の理科室」

「理科室?」

よく知っている場所が出た。

「そう理科室。夜中でも明かりがついていて、奇妙な人影が踊ってるらしいわ」

それは確実に部長だな。

夜中だろうとポーズの練習をしている気がする。

「校庭のサッカー少年。午前零時に自分の頭をドリブルしているって話」

「校庭は子供の霊がボール遊びしようって、誘ってくるでしょ」

「俺は、二ノ宮金次郎が走ってるって」

「ウチの学校にないじゃない」

どれもなさそう。

「音楽室のピアノ」

「美術部の現れる不気味な風景画」

「旧校舎の生徒会」

「どんな話?」

タイトルでわからないモノもあるな。

「誰も居ない深夜に生徒会が会議してるって、よくわからないわよね」

「似たようなモノで、旧校舎のお喋りもあるぞ。どっかの教室で女の子の笑い声がするって」

「新校舎の方にも同じ話があるらしいぞ」

違うかな。

「中庭の祟り岩かな…ほら、窓のトコに岩があるだろ。あれを踏むとケガするからな」

忠告された。

岩か、竜見先輩がよく見ている場所にある岩だ。

あの付近は窓が高いからよく踏み台にされてるから、そういう噂が流れたんじゃないかな。

「俺が知ってるのは全部嘘だな」

中にはそう言う人も多い。

「校舎の人魂。月のない日はよく飛んでるって」

「校舎裏山の社。狐が土まんじゅうをくれるって」

「人体模型の幽霊が保健室に出るらしい」

人体模型の段階で嘘っぽい。

「トイレの」

「花子さんはいいよ」

なぜかドヤ顔のクラスメイトを制する。

「違う違う。ウチのトイレには占い師が出るんだ」

「占い師?」

意外なものが出た。

「三階北の女子トイレで」

嫌な場所だ。

「使われてない個室の前で、こっくりさんをすると占いのメールが届く」

「色々混じってる」

こっくりさんするならその場で答えようよ。

占いのメールって、怪談が現代的だね。

「違うわよ。それ旧校舎よ。後、こっくりさんじゃなくて普通に悩み事を三回唱えてから、メールを下さいって空メールを送るの」

「どこに?」

話に加わった女の子に訪ねる。

「それが宛先不明で送れるみたい。まあ、あたしは失敗したけど、実際にメールが来た子が居て彼氏が出来たって」

「どんなメール? 見たのか?」

「人に見せるとダメなのよ。それに自然に消えるみたいよ。消えると願い事が叶うみたい」

しみじみと言う。

「でも、七不思議を集めると神様に会えるんだよね…願い事系が二つあるの」

「トイレの方は恋バナオンリーよ。女の子としてはそっちが重要。まあ、一人きりで行わなきゃならないから、タイミングが悪いとアウトなのよね」

「トイレの前で並んでいる。とか?」

「ダメ。トイレに入るのを見られるのもダメだからさぁ、そのうえ一日一人、鉢合わせすると話合いならいいわよね」

意味深なセリフはいらない。

「ちなみに男子に会うとメールが送れなくなるから気をつけた方がいいわ」

今まで会った事はないけど、部活に行く時は気をつけないとね。

「女って」

ぶるぶると身震いをする奴だけが残った。


「色々聞いたけど、ありがちな怪談も多いね」

元々、七不思議を集めるという事がよくあるので、誰もが簡単に話してくれるが、どれが正しいかはわからない。

ありがちなモノは取り敢えずは放っておいていいかな…別に神様うんぬんではなく部長に言われているだけだしな。

「どうだ? 集まったか?」

木戸が弁当片手に訊いてくる。

昼にはかなり話を集めた。というか、我先にと話してくれた。

「木戸のと、占いはあるのかな…」

「女子は七不思議よりそっちが重要みたいだな」

木戸も知っているらしい。

「昔、鉢合わせた奴が居て語るも無残な…しかもその後で振られたらしく、全てをそいつのせいってより無残な…実のトコ、想い人がそいつの部の先輩だったと」

オチはありがちだが、無残って何をされたんだろ。

「そうなんだ」

思わずごくりと息を飲む。

七不思議よりそっちが怪談だ。

「七不思議ならいいのがあるぜ」

いそいそと来たのは相庭。

某アイドルと一文字違いの名前なためか、思い切り意識したスタイルだが、外見的に残念としか言えない容貌で、女子からは嫌煙されている。

「相庭、いい七不思議って、おかしいだろ」

木戸も突っ込む。

「いやいや、本当だって、見知らぬクラスメイトっていって、見た事のない美少女が居るんだよ」

「俺は知らないな。お前、女子にモテたくて妙な話を生産してないか」

「違う。本当に先輩から訊いてきたんだよ」

相庭は握り拳で言う。

嘘ではなさそうだけど、七不思議なのかな…それに場所がなさそう。

「七不思議の場所を回るんだよね。それが本当としてドコに行くの?」

素朴な疑問はスルーした。

「か、可愛い女の子だと嬉しいだろ」

その声に、クラス中の女子の冷たい視線が向けたられた。

そんな事を言っているからモテないんだよ。

「そういやそうだよな。その手の場所は無視していいんじゃないか」

相庭はスルーして木戸が言う。

「やるのは夜だから、昼に行くのはいいんだぜ」

昼メシのパンに食いつきながら相庭が言う。

昼ね。まあ、見てみるのも 有りかな。

南階段の鏡と体育館はいいか、屋上は今は鍵があるはずで、女子更衣室は無理。

音楽室は明日授業だし、美術室は部活をやってないとダメなのかな。後、岩と社かな…校庭は見えるし保健室はないな。

「岩は見るけど、社ってドコ?」

僕の呟きに二人は顔を見合せる。

「あの七不思議を聞いたのか」

木戸に言われて頷く。

あの七不思議呼ばわりされる場所なの。

取り敢えず、行ってみた方がいいかな。

「ウチの学校の敷地内ではあるけど、結構…いや、かなりキツいぞ」

「キツいって、ドコにあるの? 山奥?」

この学校は山を背にしてるけど、裏山ではなく山奥とかいう。

「正解。しかも林の中で夜だと迷う。何人か迷子というか遭難して夜の立入禁止」

「七不思議だとしたら無理だよね」

「俺は諦めたな。行くなら案内するけど」

木戸がしみじみと言う。

相庭ですら首を振っている。

「それはなさそうだし、いいか」

スルーして置いた方がいいな。

「後で岩でも見てこよ」

改めて岩の方に目星をつけよ。

これはこの学校のオリジナルだしな。

「岩は気をつけろよ。あれは本当に祟るぞ。少しでも触ると蛇が出るぞ」

「蛇?」

「よくわからないけど、あれには蛇みたいなモノが浮き上がっていて、蛇岩とも呼ばれている」

いつもは窓から見てるだけだから気付かなかった。

「へえ…」

蛇がとぐろをというか、これ蛇? なんか手があるような感じがする。

じっくりと見ていると、近付きすぎて慌てて離れた時に上を見た時に竜見先輩と目が合う。

昼休みでも部室に居るんだな。

でも、昼もこの岩を見てるの。

「竜見先輩」

小さく呼ぶと気付いたのか、小さく会釈はしてくれたがすぐに視線は外れる。

「なんか、不思議な人だよね」

部長の次に謎な人だよな。

先輩だから何組かわからないけど、同じクラスの人は大変だろうな。

あれ、そう言えば、テンコちゃんと深海君って何組だったっけ?

七不思議候補に見知らぬクラスメイトとかいうのがあったけど、そんな訳ないよね。単にクラスが離れているだけだよな。

僕が五組だから、一か二か、まだ行った事のないクラスだし、一年全員を知っている訳じゃない。

「あっちゃん、どうしたの?」

ぽんっと背を叩かれて振り返るとテンコちゃんが笑顔で居た。

「七不思議の場所を見ておこうと思って」

内心ドキドキしながら答える。

「この岩に目をつけたんだ」

テンコちゃんが岩に近付く、ふと部室を見上げると竜見先輩の姿はなかった。

「テンコちゃんは七不思議の事を知ってるの?」

部長が七不思議の事を話した時、まだ早いとか言っていたけど、神様に会えるとかいう噂が科学部らしくないとでも思ったのかな。

部長の無茶ぶりはともかく、何が早いのかがわからないよね。

神様を知っても別に七不思議を集めようとは思わないだろうな。

今日一日で七不思議を聞いただけで、男子女子構わずに話を聞けたものだ。それどころか、我先にと話しかけてくれた。

この学校では七不思議は単なる娯楽って訳じゃないらしい。そりゃ、神様が願い事を訊くとかいうんだから、娯楽じゃないのかもな。

でも、木戸や相庭ともより仲良くなった気もするし、クラスでも馴染んだ気もする。

「んー、それはいづれね」

テンコちゃんはなにやら煮え切らない態度で言う。

「そう」

あまりよくわからないが、詳しくは訊くのがためらわれた。

「あっ、黒木君、ちょっといい?」

廊下を歩いて来たクラスメイトに視線を上げる。

「何?」

「次の社会で地図を使うんだけど、重いのよ。日直はどこか行ってるし」

「手伝うから待ってて、テンコちゃん…」

テンコちゃんに断りをいれようとしたが、すでにその姿はなかった。

辺りを見回すが姿はなかった。

足が速い。

「黒木君?」

「あっ、うん。今、行く」

返事を返し、校舎に戻る。


「だ、誰?」

なんとなく昼休みの事が気になって早めに部室に来ると、いつも居る竜見先輩の代わりのように、初めて見る人が居た。

ラインを見ると三年生。

薄い色の髪は金髪みたい、色が全体的に白いからか儚いイメージで、透明な水みたいな双眸が不審そうに見てる。

鬼頭先輩並に小さい先輩が、無言で見据えてくる。

「あっ、あの…新入部員の黒木暁です」

頭を下げて名乗るが、無言でただ見るだけだ。

「あ、あの…」

少し迷うように視線がさ迷うが、無言のままだ。

「せ、先輩でいいんですよね?」

訊くとこくっと頷いたようだ。

は、話せない人なのかな。

「科学部の人ですよね?」

再びこくっと頷いた。

これ以上は何を訊くべきか、どう訊くべきか、無言で見据えてくる美少女に逃げたくなる。

おろおろしている間に、謎の美少女の先輩が視線を外した。

「竜見先輩、いつの間に」

気付くといつもの席に竜見先輩が居た。

謎の美少女先輩に集中してて気付かなかった。

「竜見先輩、いつの間に…えっと…こちらの先輩はどなたですか?」

一応訊いてはみるが、チラリと見てくるだけだ。

居て当然みたいな感じだし、やっぱり部の先輩なんだな…この先輩。

「わかりました。他の人を待ちます」

無口な人は諦め、テンコちゃんか鬼頭先輩は来ないかな…深海君でもいいか。

「あら、瑞吏、久しぶりね」

入ってくるなり、鬼頭先輩が謎の美少女先輩を見て話かける。

「みずり先輩?」

「水野瑞吏、瑞祥の瑞に使いの人偏ない字」

水野先輩か、久しぶりにって事は本当に幽霊部員なのかな。

「瑞吏はは話さないものね」

そう言いながらスマフォをだすと、ピロリンとすぐに着信音がする。

メールらしく、すぐに開くと僕に画面を向けた。

「えっ、ああ」

一瞬、悪いかと思ったが、そこには『よろしく、新人君。みっちだよ』とカラフルな絵文字付きのメールがあった。

水野先輩を見ると無表情なままだ。

中身と外面に差のある方だ。

「話せない訳じゃないわよ」

鬼頭先輩に視線を向けると、そう答えてくれる。

「まあ、人見知りなのよ」

人見知りなのにメールではとてもフレンドリー。

などと思っていると再び着信音。

鬼頭先輩はメールを見てから僕を見る。

「勘は鋭いのよ」

向けられたメールには『人見知りじゃないのよ。みっちは皆のみっちだからよ』などと書かれ、水野先輩に目を向けると視線だけがズレていく。

鬼頭先輩はメールを見て、僕にスマフォを示す。

「自分で登録してくれる」

いちいち間に入るのか面倒になったのだろう。

「メアド、交換しますか?」

僕もスマフォを取り出すと、水野先輩はすんなりと赤外線をこちらに向けてきた。

これ、一日中メールがくるとかいう妙なオチはないよね。それじゃ単なるホラーだな。

「大丈夫よ。めったに姿も見せないから」

「そうなんですか」

「アンタが七不思議を集め始めたから、様子を見に来たんでしょ」

鬼頭先輩がそう言うが、なんでだろ。

「あっ、みっち、お久」

疑問を口にする前に、テンコちゃんが入ってくる。

「テンコちゃん…」

「あっちゃん、よく来たね」

「?」

テンコちゃんの物言いだと、今日は来ない方がよかったのかな。

「七不思議集めをするのかと思った」

「んー、まだクラスの知り合いぐらいしか居ないから、どうしようかなとは思ってる」

今日一日でクラスメイトには話を訊いたし、部活の邪魔をする訳にもいかないから、明日は木戸にでも誰かを紹介してもらうつもりだ。

七不思議集めに協力的でも、いきなり他のクラスで聴き込みとかできない。教室の外で話していると、よく通りすがりに話してくれる人も多かった。

「今日一日でだいぶ集まったよ。えっと、これは言っていいのかな?」

確信もなく話していいものか、それとも話をする事もダメなのかな。

一人一つの制限があるから、そうなると七不思議は答え合わせ的な事ができないよね。

「ウチの七不思議は人に語るのがダメなんだよ。七不思議を語る方はいいけど、訊く方が資格を失うのよ。訊く方がすでに語る話を集めているなら話しても大丈夫よ」

「近くで偶然耳にしたら?」

「それはOKかな。語りを訊いてはダメだけど、ただ耳にしただけならね」

「結構大雑把?」

どうも区別がしづらいよね。

聞いた話と聞いてしまった話を神様は区別しているという事なのかな。

「神様自身が大雑把だからいいんじゃない」

テンコちゃんがぽそりと言う。

「テンコちゃんは神様に会った?」

知っているような口調だね。

「ないわよ。神様はそんなもんでしょ。神話だとそんなもんでしょ」

テンコちゃんが当然のように言う。

まあ、日本の神様は確かに大雑把かな…なんか違う気もするけどね。

「ここの神様は日本の神様なの?」

「神様だもの」

当然のように言う。

神様の一 言で全てが納得してしまう。

「そうだね」

そう頷くしかない。

「あら、皆さん、早いですね」

猫田先輩が声をかけてきて場が和んだ気もする。

これで深海君がくれば全員なのかな。

部長は除きたいぐらいだ。

「この科学部は全員だよ」

テンコちゃんが答えてくれた。

科学部はそうなると僕を加えて八人か、部活としては普通かな。

「皆さん、揃ってますね。みっちさんもお久しぶりです」

深海君が声をかけると、少ししてから軽い着信音がして深海君の携帯にメールが届いたようだ。

送り主は水野先輩だろうから、すぐにメールを開いて深海君が水野先輩に頷いた。

部活で一緒に居たメンツも話す事はないようだ。

水野先輩か、竜見先輩よりは付き合いがいいのだろうかな…でも、竜見先輩はまだ会話をしてくれるよね。たぶん。

「ウチの部の二大根暗」

さらっとテンコちゃんがばっさりと切り捨てたけど、まあこの二人は気にもしない。

「本人を目の前に」

「テンコはいつもの事よ」

言うだけ無駄というように鬼頭先輩が言ってくる。

まあ、テンコちゃんが気を使うのはないんだよね。

「諸君」

ハイテンションな声音は部長だ。

今日はどこのライオンな王様なポーズ。

教卓の上で四つん這いで手を上げていた。

「部長、行儀が悪いですわ」

猫田先輩が言うと、部長は静かに降りてガバッと両手を上げている。

尤も、部長に目を向けているのは僕と猫田先輩ぐらいだが、まあすぐに興味をなくしたように視線を外した。

「今日は善き日だ。皆、何をするべきか」

「えっと…科学部ですよね」

訊くと部長はくるっと回転をし…し続けるんだけどもどうしよう…止まる気配がない。

「放っておいていいんじゃない」

テンコちゃんに目を向けると、あっさりと切り捨てられた。

「気がすむまで回していればいいわよ」

鬼頭先輩も相手する気もないようだ。

「部長、鬱陶しいですわ」

冷たく猫田先輩が言うと、部長が止まった。

「はっはっはっ、実験でもするかね」

初めて部活らしくなるのか。

「また酸素でも作るの」

テンコちゃんの言葉に、実験道具を引っ張りだした部長は珍しく固まり、器具を戻す。

「では、実験は」

「ペットボトルロケットはもういらないわよ」

鬼頭先輩の言葉に、ジュースのフタを開けずに用意したコップに注いでいく。

「では、高度に」

「また偽造ダイヤはダメかと…」

深海君がおそるおそると言うと、懐から取り出しかけた黒い棒をしまう。

今のなんだ…それ以前に偽造ダイヤとか、不穏な言葉がしたような。

炭素の棒だったのか、今の。

「では、この草の」

今度はなんか枯れかけた草を袖口から出す。

手品か、と思っていると、メールの着信音。

このタイミングだと水野先輩。

メールを開けると、やはり水野先輩で内容を呼んで部長に目を向ける。

「トリカブトはダメでしょう。部長」

そう言うと、部長はチラリと見て仕方なさそうに枯れ草を袖口にしまう。

「今日は、これ以上は仕込みがありません」

「仕込み!」

手品なのか、不穏なネタ込みの手品。

「仕方ありません。語りましょう」

ないマントをひるがえすように大きく手を払う。

ムーンウィークでもしそうなポーズを取り、部長が声高らかに言う。

「えっと、何を…」

初めて部員全員が部長に目を向ける。

竜見先輩も見据えているのだから、何を言うんだろう…この人の言動は色々危険。

「部長…」

微妙に猫田先輩が暗く見据える。

部長は槍投げでもしそうなポーズで天を示す。

「語りは騙り、真実を探すのは君だ」

誰に対して言っているかわからないけど、たぶん、僕になんだろうな。

「僕?」

声をかけても、返事もなければどこを見ているかわからない。

「仕方ない」

部長は仕方ない表現なのか、肩をすくめた感じに大きく手を広げている。

「部長…今度はまともですか?」

思わず訊くが、部長は聞いてないな。

僕がなんだというのか、まともな思考回路がほしいですけど、僕には部長の考えがわからない。

「部長の考えがわかるなんて、単なる変態よ」

相も変わらず鬼頭先輩がばっさりと切り捨てる。

「僕は、どうすれば…」

「あっちゃん、何もしなくていいわよ。語り部は別だもの」

テンコちゃんが言うが、わからない。全然わからないんだけど、部長のみならずテンコちゃんの考えもわからない。

「えっと…」

「心配ない」

途方に暮れそうになったが、ぽそりと竜見先輩の声がした。

視線だけを向けると、竜見先輩はいつも通りに窓を見ているだけだ。

ぼんやりと見ているだけのようで、しっかりと話を聞いてはいるんだな。

でも、心配はあるよ。何が心配なのかもわからないのに心配ないと言われても、わからないというか心配しかない。

「部員諸君、では何をするべきか、話をしようではないかね」

ぐるんと体を捻り、びしっと指(なぜか薬指)を指し示す部長。まあ、器用かな。

「いつも通りだから、部長は大人しくしててくれるかしら、邪魔」

とても可愛らしくにこやかに笑いながら、テンコちゃんが言いきった。

部長は少し静止してから、体の捻りを直して、教室の隅で丸くなっている。

「お茶を淹れましょう」

猫田先輩が静かになると立ち上がる。

部長を無視する気だ。

あれ、時々部長が突然に現れるのは、こうひっそりと部屋の隅に居たからか、普段のうざっ、存在感を考えると、ひっそりとされると居てもわからな。

「気にするだけ無駄」

すっぱりと切り捨てる鬼頭先輩、部長の事、本気で嫌いなのかな。

「あっちゃん、このお菓子おいしいよ」

テンコちゃんはあっさりと無視。

「お茶をどうぞ」

猫田先輩はさらっとスルー。

深海君はちょっとは気にしているけど、まあ相手にはしていない。

そして、竜見先輩と水野先輩は初めから無視だな。

あえての無視は正しいのか。

そんな感じで一日は過ぎていく。


3 科学部の不思議


今日の天気予報も晴れていたのに、曇り空で雨が降りそうで降らない。

今日も一日、七不思議を集めていこう。

「他のクラスの人達を当たって、話を検討すればわかるのかな…本物」

でも本物の七不思議があるとして、部長はどうするんだろな。

部長が何を考えているかはわからないけど、テンコちゃんは面白がっているだけとしても、竜見先輩や水野先輩も何も言わないし、猫田先輩も話をしないし、深海君も話してはくれないよな。

鬼頭先輩は話してくれそうだけど、訊いちゃいけない気もする。

部長の思いつきで七不思議集めをさせているのか、本当に七不思議を検証しようとしているのか、どっちもありそうで嫌だな。

七不思議って、一番の不思議は部長だよ。

「黒木、お早う」

バシッと容赦のない張り手が背中を叩く。

木戸が普通に笑顔で言う。

「木戸、今のは痛い」

「そりゃ、すまん」

素直に謝るけど、本気ではないな。

いつもない。

「取り敢えず、お早う」

「お早う。で、なんか悩み?」

「ん」

ぼんやりとしているつもりだったけど、そんな真剣な表情してたのかな。

「悩んでいるように見えるのかな?」

一応で訊いて見る。

「別に、単に訊いてみた」

「あ、そう」

まあ、木戸だしな。

「悩んではないよ。七不思議集め、転校して来たばかりでもないけど、まだ他のクラスに友達が居ないんだよね」

僕も知っている人は居るけど、仲良くはないかな。

「紹介するか、取り敢えずは隣のクラスで、七不思議と叫ぶと教えてくれる」

「叫ぶの? 紹介関係ないよね。それだと」

訊くと、木戸は軽く親指を立てる。

どこまでが本気だ。

「まあ、叫んでも七不思議の事を話をしてくれるけどさぁ、本物かわからないな。信憑性なんかはないから、本物かはわからないが話せる奴を紹介してやるからな。多分だけど」

「ゴメン、まるっきり信憑性ないよね。どっちにしろ。本物がわからないんだから」

どっちにしろ妙な話になりそう。

まあ、七不思議に信憑性というモノがあるモノじゃないよね。

嘘か真かでいうと、ほぼ嘘だろうし、神様が居るとかでここまで活発に伝わっている方が珍しい。

七不思議なんて夏の風物詩のネタか、先輩が後輩に教えるネタでしかないのにね。

本物の七不思議だとか、神様だとか、幽霊が居る訳ないしね。

「それを言ったらおしまいだろ」

「そりゃそうだけどね」

「まあ、だいたいは先輩が春に語り出すからな。七不思議はさ、どうゆう訳か語るモノなんだと」

「木戸は何部だっけ」

先輩が唐突に教室に来て七不思議を話していく訳でもないだろうから、木戸も部活で七不思議を聞いているのだろうと思った。

「俺は美術部だよ」

「なんで?」

思わず真顔で聞き返してた。

木戸は運動神経は良いから、てっきり運動部だと思ってたしね。

「なんでって、美術部は先輩が美人」

納得の答えだ。

「ウチの学校は、女子は多いけど女子マネが少ないんだよな。運動部のマネはたいがい男だぜ。やる気にならないだろ」

ストレートな欲望が来た。

「お前の部活へのモチベーションって」

「女の子」

実にストレートな反応。

悪いとは言わないけど、ストレートすぎる。

「別に好きなスポーツはないし、ウチにダンス部ないから美人の多い美術部」

「ダンス部があれば入ったの?」

あ、でも似合うかもなダンス部も、木戸なら舞台じゃなくても映えそう。

僕は中学で挫折したけど、誰だよ、ダンスなんて科目考えたのはさ、辛かった。

「まあな。女の子と組めるからな。最もさ、高校でダンスって金かかるし、部活としては厳しいだろ。衣装だけでもいい金額」

「そう? あれって、そんなに金かかる? アクセサリーとかか?」

「男はそうでもないけど、女の子は大変だぞ」

「そんなに差があるの。そこらの古着とかでアレンジとかしてんのかと」

「専門店に行くよ。古着って、合わないだろ。自己流にアレンジはするかもだけど」

なんか話が噛み合ってない。

「ダンスの専門店?」

「この辺だと駅向こうだよ。ダンス教室と並んでるから系列かも、俺は俺の学んでるトコの昔馴染みで仕立てるから、行った事ないけど」

「学んでいる?」

想像してたのとは違う。

「そう。まあ、競技ダンスの教室じゃねぇけど、昔から強い選手も多いから若者も多いぜ。昼は年寄りばかりだけど、見学来る?」

競技ダンスって、社交ダンスだ。

「社交ダンスやってたの?」

ようやく気付いた僕に気付いてないな。

最初から社交ダンスで話してたつもりだ。

「当然だろ。他にダンス?」

「中学のダンスのテストは良かった?」

「あんま、一人で踊るのはな」

肩をすくめる。

そんなもんなのかね。

「それにしても、木戸が社交ダンスか…ないな…なんか似合わない」

木戸が燕尾服を着て、の段階で想像できない。

すました顔で踊る木戸はもっとない。

「ひ

でえな。俺は一応はプロ級だぞ。高校入試で休んでたけど、再開が望まれるほどだぞ」

「してないの再開?」

口調から再開はしてないんだな。

「俺はまあ、今は、ねぇ」

「あ、うん。そっか」

なんとなく察した。

話したくない事まで訊く必要はない。

「お前はなんの部に入ったんだ?」

話題を代える。

「えっ、僕は科学部だよ」

話題を代える。

「科学部?」

木戸が何を言っているという表情で見てくる。

科学部がどうしたっていうのかな。

「どうかした?」

「科学部なんてあったか?」

かくっと首を傾げている。

はい? 科学部がなかったら僕は何部に所属してるのかわからないよ。

「科学部だよ」

もう一度いうと、木戸は思い切り頭を捻り、考え込むような表情。

「科学部、そうか、あの科学部か、あの妙な部長が居る部か、部活紹介の時にあまりな紹介で記憶が拒否してた」

「どんなの!」

反射的に声をあげていた。

部活紹介はたぶん入学してすぐだよね。

記憶が拒否するほどの紹介って何したの? 部長。

想像がつくけど、聞きたくはないな。

「いや、なんかあった気がするが、思い出したくない気がするな」

思い出したくないぐらいの紹介。

そりゃ科学部の存在を忘れるわ。

「僕のそんな部に、いやいや、そんな酷くはない」

「そうか、何してるの? 科学部って?」

「主に何もしてない。喋ってるだけ、だよ」

改めて訊かれると 何をしてるのかわからない。

部活そのものが幽霊だよ。

「そんな緩い部なの?」

「たまに、部長が踊っているけど」

「絶対に入りたくないわ」

しみじみと言う。

部長の存在だけで入りたくない部なのか、わからなくもないな。

部長が居ない時は平和。

「いつも居る訳じゃないよ。いや、居るのかも知れない…正直、どう現れるかわからない…」

部長の登場はどうしているのか? 正直、思い出したくないかも。

「よく部室に居るな…」

しみじみと言ってくる。

そう反応するものなんだ。


「部長は、なんで部長なの?」

思わず開口一番に訊いていた。

さすがにテンコちゃんも目を丸くしていた。

「部長は部長だから、かな?」

軽く小首を傾げてはいるが、答えてくれた。

そういや、テンコちゃんも同じ一年だから入部した時はすでに部長は部長だ。

鬼頭先輩に訊いても答えてくれそうにないな。

その鬼頭先輩が無理なら他の先輩は答えてはくれそうにないよな。だいたい、さすが先輩方が部長を部長にしたんだよな。

「あ、そっか」

この先輩達だと、部長以外は部長にならない。

鬼頭先輩が部長にはならないだろうし、竜見先輩や水野先輩は部長は無理だよな。よくて、猫田先輩だけどならないな。

テンコちゃんや深海君はまだマシだけど、一年だもんな…惜しいよね。

部長が居なくなれば、この部は人が増えてまともな部活をやるのだろうか。

「ないわよ」

唐突な声は鬼頭先輩だ。

教室に入って来た鬼頭先輩はいつもの席に座り、雑誌を取り出す。

まあ、この部が部活をやる方が珍しいかな。

鬼頭先輩の行動から、部活をやる方はないようだ。

科学部の部活は何をするのかわからないし、部活をやるとして何ができるかもわからない。

「科学部に、なんで入ったの?」

何気に訊いてみた。

テンコちゃん、鬼頭先輩、竜見先輩がこちらを見てくるのがわかる。

珍しく、竜見先輩まで反応した。

「なんでって?」

テンコちゃんが不思議そうに訊いてくる。

「部活紹介で入ったの? 勧誘されたの?」

部活に入るのはだいたいそんな理由だろう。

普段の活動から科学的な何かをしたくて入ったとは思えないから、そのどちらかだろう。

最初は本当に科学部的な実験などをしたくて入ったのかもしれないが、部活紹介時の話を訊く限り、何よね…あの部長でこの部に入る人。

あの木戸ですら記憶を忘れるぐらいなのに、悪ふざけのレベルが近そうな奴ですら記憶消去希望なのにあり得ない。

「部長が居たからかな」

テンコちゃんが軽く首を傾げて言う。

部長が居たからだって。

これほど衝撃を受ける事があるだろうか、いやない。断言する。絶対にない。

「部長が目的…」

「部長とは昔馴染みよ。楽な部活として入ったの」

納得した。

皆のあの部長に対する馴れは昔から知っているからなのか、部長が何をしても動じないのも凄いななんて思っていたけど、納得した。

子供の頃から知っているの馴れるのかも、馴れなきゃなんなかったんだろうな。

それって、なんて拷問。

「まあ、部活に一つでも入っていれば、他の部には誘われないでしょ」

鬼頭先輩の言う通りで、僕もたまに入部を誘われるが断るのには便利。

正直、運動部には入りたくないので便利。

「そうなんだ」

「部長はね。転がしておくのはいいのよ」

テンコちゃんがにこやかに言う。

それ、一つも部長を尊敬してないどころか、モノ扱いだよね。

「そ…そうなんだ…」

テンコちゃん、時々思うけど、黒いよね。

「あっちゃん、これ食べる?」

いつものごとくおやつを取り出す。

部長の扱いが限りなくゼロなのが科学部。

それでいて部長の存在が限りなく大きいのが科学部以外だよな。

「新作の商品だね」

いつもどこで買っているのか、テンコちゃんの買ってくるお菓子は見た事がないモノばかりだ。

部長の事を考えるだけ無駄なんだろうな。


「ハタキ、居るか?」

木戸について来たのは隣のクラス。

体育の時とは違うクラスなのでまったく知れない人ばかりだ。

昨日は体育時に話を聞きまくったから、今日は別のクラスに来たのだが、こう全然知らない人ばかりとは思ってなかった。

「木戸か、どうした?」

やって来たのはでかい兄ちゃん。

同じ年ではあるのだろうけど、深海君の時並に驚く体格の主。

居たんだ。こんな高校生。

「ハタキ、黒木だ」

「こ、こんにちは」

近付かれると首が痛むな。これはきつい。

二メートルはあるかな。

「八多喜大。八が多い喜ぶと書く」

ニッと笑うと、ずいぶんと印象が変わる。

ごつい岩のような感じが、人なつきのよさそうな大型犬のようだ。

というか、ハタキって本名なんだ。

「黒木暁です」

「あっ、最近、七不思議を集めてる転校生か」

「有名人?」

一切面識のない人も知っているのか、僕の事を知っているの。

七不思議を集めてるのは、そんなに和服になる事なんだね。

「そりゃ、今頃に七不思議を集めるのは目立つ」

「そうなの」

「たいがい、五月がピークかね。部活で先輩に教わってから始めて、七月には終わるぐらい。試す奴は少ないが、そこは失敗談が話題になる」

「どの部でも伝統的な七不思議あるよな。つまり、それはハズレだろ」

真顔で木戸が言い切る。

確かに、伝統的に語られた話はハズレだね。

部の数だけ話があるなら、七不思議以上あるだろうしな…うん、まずハズレ候補だな。

「柔道部の七不思議を聞くか?」

「ハズレネタだよね」

「でも、後で確認しやすくなるぞ」

「それもそうだね。削れるのはいいか、木戸が話したのは部の?」

「いや、美術部ネタはありがちなもんだろ」

そういやあったな…美術部の話。あれが美術部のネタなのかな。

「柔道部は演舞場のネタ、旧校舎の横にあるだろ」

「畳の小屋?」

旧校舎の奥にあるプレハブの事だよね。

教室より少し大きいぐらいの小屋。

中は畳敷で柔道部や剣道部が使用しているという。

新校舎の建築時の工事関係者の事務所をそのまま利用しているらしい。

「うん。入った事はないけど」

体育の時にも使うらしいけど、まだ柔道はやってないから知らないな。

「畳が五年は替えられてないから、きついけどね…でな…」

ハタキ君がぼやきを口にしながら、雰囲気のためか声音を抑える。

「二つの部の部費で、畳替えてるもんな」

木戸の事は無視。

「五年前に畳は替えられた。その時に畳の下には新聞とかが敷かれているだろ」

「湿気とかのためだよね」

僕は畳のある家に住んだ事がないから知らない。

でもその手の新聞とかの怪談は聞いた事ある。

「ありがちだけど、その新聞がコアで、ある殺人事件の記事が目に入ってくるんだと、その事件はウチの学校の生徒の交通事故の記事」

声音を抑えても話方が軽くて、怖くはないな。

「その記事を見た奴が全員、絶対に試合に負けるんだよ。その年の柔道部、剣道部は一月酷い記録だったって話」

「五年前に、その記事は捨てた方がいいんじゃ」

「それが、その記事、畳替えの時にしか見えないんだと、実際、入部の時にその新聞を探して畳を捲ったがなかった。というか、畳替えのたびに捨ててるらしいぜ」

「十年に一度ぐらいだから、お前の代には見られないな」

軽く言うけど、これがネタなの?

「ネタだと思うぜ。だって、ウチの部は弱小だし」

さらりとハタキ君は言う。

「だいたい、交通事故で死んだって生徒は居ない」

木戸がネタバラしをしてくれる。

それはハズレだね。

「ウチの学校って、珍しいぐらいに死者は居ない」

「珍しい、かな」

前に居た学校でも死んだって話はないよな。

「生徒だけじゃない。卒業生もだよ」

ハタキ君が言う。

「卒業生?」

「そう。ウチの学校の卒業生はどんな事故でも死なないんだよね。ほら、八年前か、ハワイ沖の遊覧船転覆事故を覚えているか?」

木戸の言う事故は覚えてる。

ハワイ沖で二百人の乗客が乗った船が座礁転覆し、炎上のうえに嵐が重なり乗客の生存は絶望的だったが二日後に浜に救助挺が流れついた。

「確か、どっかの日本の修学旅行の生徒は全員が無傷で生存、そこの生徒が乗ってなかった船は行方不明とかで奇跡と…か…」

そこまで言ってから気付いて二人を見る。

そう。あの事故の修学旅行生はこの学校の生徒、奇跡の無傷生還の話は当事は大騒ぎだったが、当の生徒は遭難したという事も気付いてなかったという。

事故で救助挺にバラバラになった生徒達は、恐怖する事なく寝ていたら浜に居たと言う。

ちなみに、同じように彼等と同じ船に乗った人達は普通に二日は怯えていたらしい。

「ウチの先輩達だ。その頃からだよな。七不思議がネタになったのは」

「そうそう。噂だけど、中に居たらしいんだよ。神様に皆が無事に旅行が出来るようにって願い事した人が居て、皆が無事だったってさ」

そんな噂があるなら、そりゃ七不思議を探すな。

「それもあるのか、ウチの学校の生徒も卒業生も旅行では何があっても無事なんだよ」

ホウキ君が指を立てて言う。

「毎年のように学園祭の時に卒業生が来て、何々の旅行で事故に巻き込まれても無事でしたとか、なんとかって話するから七不思議が広がる」

木戸が言い切る。

そりゃ、探すよな。七不思議。

誰が願ったか、いつ願ったかもしれない願いをいつまでも叶っているのなら、そりゃ探す。

「強力な実話があるんだ。卒業生でも、探すだろ神様をいつまでも探して願う」

奇跡の発端がここにあるのか、この学校に本当に神様が居ると思える事がある。

「でも、七不思議の事は話題にならなかったよね。聞いた事ないし、確か、生徒は全員が二日の間を眠っていただけとか言ってたはず」

当事の記憶を掘り起こすが、七不思議どころか神様の事も出ていなかったはずだ。

死にかけている時なら神頼みしてもよさそうなものだけども、誰一人神様には祈りはしなかったのか、それとも祈る必要もなく助かると思っていたのか、どちらにしろ信じていたんだ。

「神様の居る場所」

「ああ、いいね。それ」

木戸が呟きに頷く。

うわっ、なんか恥ずかしい。

「ま、取り敢えず、七不思議ネタある奴、バスケ部の佐渡は?」

ホウキ君が次に話をふる。

このクラスは部活ネタがほとんどだけど、似たり寄ったりなネタが多かった。

これでハズレネタがわかるな。

「科学部のネタはどんなんだ?」

教室を出た時に木戸が訊いてくる。

「科学部?」

「そう、科学部のネタ?」

「いや…聞いてないんだ。教えてもらってない。ただ七不思議を集めろってだけ」

「珍しね。普通は部活のネタから七不思議ネタになるもんなのに、科学部にはないのかね。新しい部活だしな…あそこ」

「そうなんだ…」

新しい部活なのか、部長辺りがつくっていたりしてね…あり得るな。

「でもたいがいは部活で聞くもんだし、科学部も七不思議がほしいのかね」

「ほしいって、作るものなの?」

「できるものだよ。新しい怪談って奴は」

木戸が天井を示すので見上げると、なんか小さな足跡があった。

「動物?」

「先輩の話じゃこれは二年前からあるんだと」

「猫? にしても天井に足跡は付かないよな」

しかも数個の足跡だけ、綺麗に肉球の跡、イタズラにしても面倒そうだな。

「ちなみに、それは消えないんだ。まあ、これも七不思議の一つになりそうだけど、二年前だからノーカンってトコだな」

この学校、どこまでも不思議が日常なんだな。

「居そうだろ。神様」

木戸がニッと笑う。


「これで全部活だな」

今日一日付き合ってくれた木戸が指折り数える。

この学校、歴史がある割りに部活が少ない。

全部活で二十四か、意外なのはオカルト研究会みたいなのがなかった。

ここで不思議が当たり前だと必要ないのかな。

「一年の教室だけで、全部活制覇」

「本当に、部活ごとに話があるんだ。バスケ部とバレー部は似てるね」

「同じ体育館だし」

運動部は同じようなネタだな。

「しょうがないんじゃね」

軽く言うな。

七不思議がネタであり、神様が実話っぽく存在するような学校だからな。

「それにしても、これ以上は聞く事もないかもな」

一年を回っただけでも、うん、まあ凄く集まったよね…七不思議。

七不思議なのに百近いネタがあるのは本当にネタなんだろうな。

「そうだね。これ以上聞くと、訳わからない」

メモしたノートを眺める。

「そういや、科学部の奴が居ないのか?」

思い出したように訊いてくる。

「いや、居るよ」

答えてから、全クラス回ってテンコちゃんにも深海君にも会わなかったな。

竜見先輩みたく部室に居たりするのかな。

ありそうだな。

「そのうち紹介してくれ、科学部には関わる気はないが友達は多いといいだろ」

部活というより、部長に会いたくないだけだろうな…テンコちゃんは喜ぶんだろうな…木戸の事だろうからさ。

「おっと、俺は用事があるから、また明日な」

廊下の向こうで呼ばれて木戸が去って行く。

僕も部活に行こうかな。

部長はともかくテンコちゃん達には会いたいしね。

「科学部のネタ、聞いたら話してくれるかな」

なんとなく部活の怪談がうらやましい気がしてきたんだよね。科学部にも伝統的な話があるといいな。


科学部の部室は旧校舎の理科室。

そういや、ここが舞台の怪談もあったな。

確か、会話が聞こえてくるとか…これ、単に科学部の皆の事なんじゃないのかな。

顔広い木戸が科学部を知らないように、ここが科学部の部室と知らずに話し声を聞いて、旧校舎だからで怪談になったんだろうな。

科学部がそこまで知られていないならあり得る。

「部長が卒業したら、増えるのかな…部員」

猫田先輩も居なくなるが、鬼頭先輩にテンコちゃんが居るとなると、部員は来そうだよね。

「部長が何?」

ひょこっとテンコちゃんが現れる。

「うわっ」

慌てて離れるが、テンコちゃんはニコニコと笑っているだけだ。

「テンコちゃん、びっくりさせないでよ」

「驚いた。で、部長がどうしたの?」

コロコロとよく笑う。

「いや、部長は今年で卒業だよね」

「卒業…うん、卒業だね」

テンコちゃんが静かに言う。

「部長が何?」

さらなる声は鬼頭先輩。

「部長も三年生だから、卒業だよねって」

「部長が卒業…そうね」

鬼頭先輩も静かに言うだけだ。

いや、なんか静かな感じだよね。

教室には深海君と竜見先輩が居た。

「そういえば、昼とかにクラス巡りをしていたけど、テンコちゃんも深海君も会わなかったよね。二人とも何組なの?」

そう訊くと、二人は答える事なく僕を見てる。

「えっ…と、そうだ。科学部には、伝統的七不思議はないのかな…」

沈黙に話を変えるが、今度は鬼頭先輩に竜見先輩までも無言で見てくる。

「あっ、あの…」

変な事を訊いたかな。

でも、二人のクラスを今まで訊いてなかったのは僕が忘れていて今更だけど、部活ごとに七不思議があるのを知ったのは今日だ。

今まで友達付き合いが少なかった弊害だな。

「この部はないわ」

答えてくれたのは鬼頭先輩。

テンコちゃんはただじっと見てくる。

「ないのか…科学部は新しい部活だからかな…」

なんだろう、すごく気まずい。

いつものぬるい空気じゃなくて、こうすごく重いような空気が室内を満たす。

いつもの明るい雰囲気ではなく、テンコちゃんが黙ってしまうなんてなかったのに、じっと見てくるのはなんか怖い。

美少女の無言の圧力が怖い。

深海君に助けを求めてみるが、視線を外された。

竜見先輩は窓の外に目を向けて話しかけるな状態だしな…鬼頭先輩も無言の圧力がかかっている。

猫田先輩はドコに、水野先輩でも来てくれないかなと視線をさ迷わせるけど、ドアは開く様子はない、二人の圧力は重くなる一方、このさい、部長でもいいから来てください。

「諸君!」

祈りでも届いたのか、部長の声が響く。

僕を見ていた二人も辺りを見回すが、部長の姿は見当たらない。

「部長?」

呼びかけてみるが、いつものように部屋の隅にも居ないし、おかしなポーズとともに現れない。

「部長?」

もう一度呼ぶがやはり現れない。

深海君も辺りを見ているし、竜見先輩も視線だけで辺りを見ている。

「部長の声、しましたよね?」

訊くが応えてくれる人は居ない。

気のせいではないよね。

竜見先輩ですら教室を見回しているんだし、女子二人は同じように見ている。

部長が現れない事もあるのだろうか。

「何してますの? 部長」

声は外lからした。

猫田先輩の声だけど、部長と言っているのだから教室の外に居るのか、教室に入ってきたなかった。

「部長、入りませんの?」

ドアを開けた猫田先輩の後に部長らしき人が居るが、どうにもよく見えない。

「部長?」

何度目の呼びかけか言って忘れたが、部長は猫田先輩の陰に潜んではいないけど、たぶん本人は潜んでいるつもりだろうな。

猫田先輩はいつもの席に着くが、部長はこそこそと身を低く教卓の陰に入る。

もしかしなくても、部長はどうにかして教室に現れるはずが、上手く入れなくてもたついていただけ。

「えっと…」

全員があえて目にしていない。

いつものごとく、教卓の上に立ち上がる。

「こほん。諸君!」

咳払い一つで場をリセットしたつもりか、背を向けてから腰を捻って顔は前に向ける。

「部長…」

何か言いたい気もするが、部長に常識を訊く方が無意味なんだろうな。

うん、大人しく話を聞く方が害は少ない。

「諸君! 時は来た」

ギリッと音がしそうなほどに逆に体を捻る。

全力で捻ったためにか、一瞬止まった。

全員が生暖かく見据える中、部長は腰を揉みながら前に向き合い、例のごとくびしっと奇妙なポーズを取り、半分顔を隠すように手をかざして、本人的には格好いい表情で見てくる。

「…………」

沈黙を都合良い方向に解釈したのだろう、うんうんと満足そうに頷き、部長はポーズを変える。

今のポーズは辛かったんだな。

「部長、時ですか?」

話ださないなと見ていると、チラチラと人を見てくるので訊いてみる。

「その通りだよ」

訊いて欲しかったのだろう、嬉々として僕を指し示すとバランスを崩して転がった。

それはもう良い音をさせ、頭から落ちたが誰一人心配してないし、僕も一切心配する気もない。

「部長、大丈夫ですか?」

でも一応訊いてみると、部長は何事もなかったように起き上がり、なぜか片足立ちで羽ばたく仕草。

一瞬、全てを見なかったフリをしたかったが、絶対に構うまで動かないとわかってしまうから声をかけないワケにもいかない。

そして、皆してその役目を僕に丸投げしている。

「えっ…と、時ですか?」

またチラチラと伺ってくるので、同じ事を繰り返すと楽しげにバタバタしてる。

うわぁ、面倒くさい。

この人、本当に面倒くさい。

「時は来たのだよ。諸君、科学部が科学部でありえる時が」

「意味がわからない」

反射的に叫んだ僕に対し、全員があえて無視。

僕に全て丸投げされてる。

「部長、何をするんですか?」

この人、気長に訊くしかない。

「科学部」

予想の範囲の答えだよ。

「科学部が何するんですか?」

「科学部するのは、検証だろう」

これも予想内。

「検証って、七不思議のですか?」

これは最初に言われている事だし、七不思議を確認でもするのか、それとも本格的に機材とかを使用して計ったりするのか。

テレビの心霊特集とかでは、霊が居るトコは温度が低くなるとか、磁場が悪くなるとかいうし、そうゆう調べ方するマンガがあったよな。

この事実上帰宅部的な部にそんな設備があるのか。

「その通り」

バッと両手を広げ、Xの形で止まる。

僕以外は相手をしていないので、部長はチラチラと見てくるがどうしたらいいのか、何か訊かないと次に進まないのかな。

ゲーム並に会話スキップ機能でも欲しかった。

その通りなどと言われてどう返せと、これってヘタな返し方をすると面倒な事になるフラグだよね。

「無駄だから」

ぽつりと鬼頭先輩が呟く。

「回避は無理です」

ぼそっとしたのは深海君だな。

このまま時間切れもないんだろうね。

部長はチラチラと次を期待しているし、テンコちゃんですら助け船を出してくれそうにない。

先輩方は相手にしてくれない。

打開策を求めているとメールの着信音。

「ん?」

開くと水野先輩で、辺りを見回すと水野先輩がドアから覗いていた。

『無理ぴょん。部長に会話は無理ぴょん。(/o\)』

無表情に携帯片手に覗きながら、メール内容はすごく軽かった。顔文字がもう軽すぎです。先輩。

「逃げ道なし」

その呟きに全員が頷いているのがわかる。

部長はずっとXのままだ。

「七不思議の検証ですね」

「その通り」

「七不思議の検証ですよね」

「その通り」

これ以上、何かを言えば先行きがわかるが、このままでは話が進まない。

「な…何をするんですか?」

聞きたくないが、訊く以外にルートがない。

部長は待っていたかのように、待っていたんだろうけども素直に諦めよう。

黒板にいそいそと学校の見取り図を張り出す。

こうして見ると広いよね、この学校。

裏の山まで敷地だからか、そこまでの地図になっている。

「さて、見たまえ」

バーンと擬音でもつけそうなポーズで示す。

今度は全員が前に向いている。

竜見先輩は視線だけで、水野先輩は入ってくる様子はないが覗いてはいる。

部長は一通り見回して僕を示す。

「と、いう訳であっちゃん、君の出番だ」

「話が繋がらない」

わかるけど、わかりたくない。

部長が何を言いたいかわかるけど、けしてわかりたくない。

「安心したまえ」

「何一つ安心感がないです」

緩やかに手を広げる部長に声を上げる。

僕が先に声を上げたためか、部長は少し止まって考えているようだ。

「安心してくれたまえ。君が主役だ」

「何一つ安心感がないです」

結局言い直した部長に、同じ事しか言えなかった。

「…主役だぞ…」

何が不満かという表情で見てくる。

「部長、何一つ安心感がないです」

念を押すが、部長はかくんと首を傾げている。

部長が可愛い仕草をしても不気味です。

「主役として頑張ってくれたまえ」

人の話は右から左にスルーだ。

そして、意味がわからない。

「で、何をする気ですか?」

もう話がわからない。

言いたい事はわかるがわかりたくない。

何度も言うが、わかりたくない。

声に出せないがわかりたくない。

「あっちゃん、七不思議はわかっているだろう」

「そこから?」

話を普通に進めた。

何事もなかったように話を始めた。

今までの下りはなし。

「そうだ。七不思議を確認して行こう」

「どうやって」

声を上げるが丸無視。

「すなわち検証」

「会話が成り立たない」

部長は部長のテンポでしか話してない。

完全に無意味。

「では、始めよう」

もう完全に自分の世界。

他のメンツに目を向けるが、全員が視線を外してくれた。

部長は七不思議を話しているし、僕が何かを言う前に七不思議の場所を上げている。

この学校の人ならだいたいの話を知っているからか、七不思議を普通に書いている。

テンコちゃんに無言で示すが、軽く首を振っているだけである。

あっ、これは何を言っても無駄な事だ。

「そう、主役は君だ」

「ああ、本当に意味がわからない」

七不思議といいつつ見取り図には二十ぐらいの不思議が書かれている。

「ようは、君が七不思議を回るんだよ」

深海君が声をかけてくれる。

それで、僕が主役なんだ。

「今のうちに回るトコを決めておきたまえ」

部長が見取り図を示す。

「さあ、今宵に決めよう」

部長が芝居がかった仕草で言う。


そして、夜が始まる。


4 七不思議の謎解き


夜の学校は、夜の学校というだけで雰囲気がある。

どうすればいいのか、僕は何をするべきか、本当なんでこうなった。

「あっちゃん、大丈夫?」

テンコちゃんが声をかけてくれる。

部長の無茶ぶりに、結局のトコ夜の学校探索をする事になった。

「僕は、テンコちゃんはいいの?」

「大丈夫よ。さあ、どう行くの?」

テンコちゃんは本当についてきてくれるだけなんだな…まあ、一人よりはマシなのかな。

「えっと…近いのは体育館かな」

校庭の七不思議は本物とは思えないし、まずは近いトコで体育館。

「第一の七不思議は、体育館のボールの少女」

七不思議のルールみたいなもので、いちいち宣言が必要らしい。

体育館ネタは幾つかあったけど、バスケ部とバレー部のネタは夜中に練習する部員で、ありがちな話でネタだと思ったけど、七不思議となると体育館はありそうだからもう一つの方、体育館でボール遊びに誘う少女の方にしてみた。

ボールを使った怪談だとたいがいは練習や男子生徒だけど、唯一ボール遊びなうえに少女だから、本物か偽者かはわからないけどいいかなと思った。

僕自身は神様はどうでもいいし、単なる付き合いに過ぎない。

少なくもテンコちゃんの前ではみっともない姿は見せたくないよね。

「なんで?」

テンコちゃんが訊いてくる。

「単なる消去法だよ。ありがちな話より学校オリジナル的な話を選んだだけ」

テンコちゃんはただ頷いているだけだ。

体育館の扉の前に来てから、ふと足を止めてテンコちゃんを振り返る。

「何?」

「この学校のセキュリティはどうなってるの? 鍵とか警報とかは?」

開かないと確認はできないし、警報が鳴るとなると大変な事になる。

「この学校、夜のセキュリティはないわよ。七不思議が確認出来なくなるもの」

「無用心だね。本物の泥棒が入ったらヤバくない」

「この学校は神様の居る学校だもの。泥棒が入れる訳がないわよ。七不思議に怒られる」

ニコッと笑うけど、暗闇をバックに懐中電灯の明かりの中だと雰囲気ありすぎて怖い。

「そっか、七不思議があるんだよね」

体育館の中からボールが弾む音がした。

ドキッと心臓が鳴るが、テンコちゃんは聞こえてないのか普通なので、平静を装いながら扉を開ける。

本当に鍵はかかってないし、扉が変な音がする訳でもない。

暗闇の体育館の奥からボールが転がってきた時は声を上げかけたが、すぐに飲み込む。

「ね、猫田先輩?」

ボールを追いかけて姿を見せたのは猫田先輩。

暗闇でも平然と現れた先輩を見て、ボールを見て、そのまま思わず天井を仰ぐ。

「えっ、猫田先輩?」

もう一度訊くと、猫田先輩はボールを拾って僕に差し出す。

「あら、私が居るのは不思議ですか?」

猫田先輩からボールを受け取りつつ、暗闇に目を向けてから首を振ってみた。

この暗闇で僕を待っててよく平気だよね。

それ以前に、この七不思議は猫田先輩って事なのかな…原因が先輩って、これはガセなのか。

「次へ参りましょうか。七不思議はやりとげなくてはなりませんよ」

ニコッと笑うけど、さっきのテンコちゃん同様に雰囲気ありすぎです。

「次は?」

僕の手からボールを取ると、体育館に放ると猫田先輩が視線で後を追いかけていた。

「えっと…次は」

まずは外から回るべきかな。

「中庭の岩かな」

少し回り道だけど、暗闇の学校に入るまでの度胸試しなトコもある。

「岩のトコね」

テンコちゃんも猫田先輩もこんなに暗いのにスムーズに進むよね。

「中庭も暗いですね」

校舎内は誘導灯があるからぼんやりと見えるけど、中庭には明かりがないから何も見えない。

岩は新校舎の方だからあっちの方。

「えっ…」

懐中電灯の明かりに岩があるのはわかるが、今、誰かが座っていた。

足が明かりに入った。

ズボンだから男子生徒。

「あっちゃん、宣言?」

「えっ、ああ、第二の七不思議は、中庭の祟り岩」

そう叫びながら明かりを上に上げると、眩しそうに目を細める竜見先輩が座っていた。

「……竜見先輩」

岩の上になぜか体育座りしている竜見先輩が小さく手を上げている。

踏むと祟られるという岩の上で体育座り。

それ以前に竜見先輩。

「えっ…と、竜見先輩?」

改めて訊くと岩から降りて近付いてくる。

「なんで竜見先輩? というか、祟り岩に座って大丈夫なんですか?」

踏むだけでヤバいというのに、座るって大丈夫。

「別に呪わない」

ぽつりと答えてくれるが、竜見先輩がそう思っているだけだったら、本当に呪いがあったとしたら、神様にでも頼む。

「あっちゃん、呪わないから、祟るっていうのは踏まれたくないから流された噂」

テンコちゃんが説明してくれるが、そうなるとこの岩は七不思議じゃない。

「さあ、次ね」

猫田先輩が明かりを校舎に向ける。

竜見先輩も懐中電灯を待っているし、僕を待っていたのか、この暗闇でヤバい噂の岩の上で、わざわざ待っていた。

もし来なかったらどうするんだろう。

「あっちゃん?」

「次は、新校舎の家庭科室に」

僕が二階を示すと、三人は明かりを追うように見上げていた。


家庭科室のおいなりさん。

部長が書いていた見取り図にも記されていた怪談。

料理研究会のネタだったけど、ありがちな七不思議ではなかったから気になった。

新校舎の家庭科室に、おいなりさんを置いておくと次の日には消えている。

それだけならネタとしてもなんでだが、裏山の社は稲荷で、家庭科室がその社が見える位置らしく、おいなりさんはお供え物として置いておくと、狐が探し物を見つけてくれるらしい。

正直、色々となんでとツッコミたくなる話だが、オリジナルな話だから入れてみた。

実際、試した人がなくしたモノを見つけたという話もあるらしい。


「おいなりさん」

さすがに作れないので、コンビニで買ってきた。

「テンコちゃん、おいなりさん好きなの?」

「大好き」

笑顔で言われるとあげたいけど、まずは七不思議を試してからだよね。

「第三七不思議、家庭科室のおいなりさん」

置く場所がわからないから、取り敢えず教卓に置いて見るが狐が出てくる事はない。

「…食べる? テンコちゃん」

じっと見つめるテンコちゃんに差し出す。

「ありがとう」

本当に好きなんだな…あれ、もしかするとこの七不思議でおいなりさんがなくなるのって、まさかね。

テンコちゃんが犯人だったら、毎回夜の学校に居る事になるし、お供えされるのを毎回知っている事になるしね。

「先輩達も何か食べます?」

おいなりさんの他に夜食代わりのお菓子もある。

「私はいりませんわ」

「必要ない」

二人ともあっさりと首を振る。

「それより、次はどうしますの?」

「上の階で、さ迷う人魂」

上を示すと、三人も見上げる。


人魂系の怪談もありがちだけど、新校舎の三階は少しパターンが違う気がした。

夜の校舎を人魂がは何人かに聞いたけど、この人魂は女の子がついていた。

夜の校舎を見上げると人魂で遊ぶ少女が居て、その姿を見た者はその少女と鬼ごっこをしなくちゃならないというのだ。

その少女は本物の鬼で、鬼ごっこで捕まると人魂にされるという。

この学校の七不思議の中では、実に怪談らしい怪談だと思う。

なんで学校に鬼が居るかはわからないし、三階の廊下なのかもわからないが、ともかく怪談らしいのが気になった。

そして見取り図にも記されていた。

「第四七不思議、三階廊下の人魂」

階段を上りきったトコで宣言すると、廊下の向こうで明かりが点いた。

えっ、まさか本当に鬼が出た。

暗闇に目が慣れてきたのか、ぼんやりと小柄な人影が明かりを揺らしながら近付いてくる。

「ひっ」

喉の奥で悲鳴をあげかけたが、見覚えのあるシルエットが、あれって鬼頭先輩。

小柄な人影は懐中電灯を振り回している鬼頭先輩。

猫田先輩に竜見先輩が居たんだから、鬼頭先輩が居てもおかしくないのかな。

みっともなく悲鳴をあげる前で良かった。

「鬼頭先輩も居たんですね」

「あら、居て悪い」

「いえ…少し驚いただけです」

本当に鬼が出たかと…ある意味鬼ですね。鬼頭ですしね名前。

「なんで皆さん暗闇に普通に居るんですか?」

「肝試しだから」

明るくテンコちゃんが言うけど、僕は肝試しのために来た訳じゃないと思うが、検証でもないけどね。

これだと、七不思議は全部科学部のメンツのせいになりそうだ。

「どこにするの? 五番目」

鬼頭先輩に問われて上を示す。

「五番目は、屋上です」

なんかもう、次がわかる気もするが続けるしかないんだよな。

「屋上の影法師」

順繰りに上に上がって行く方がいいかなと思ったのだが、あれ、皆が微妙な反応。

さっきまでは一緒に上を見上げいたのに、今回は僕を見ている。

何か間違えた。

「あ、あの…」

声をかけると、四人はふいっと視線を外す。

やっぱ、違う。

「あ、旧校舎の屋上」

思い出した。屋上が違う。

僕の言葉に鬼頭先輩がチラリと窓の外に視線を向けてくれた。

「旧校舎?」

声をかけたのは竜見先輩。

初日以来竜見先輩の声を聞いているどころか、会話自体は初めてだ。

「はい。旧校舎の屋上です」

なんか、感無量な感じがする。

「行きましょう」

僕が動くとテンコちゃんが横に並び、先輩達も後に続いてくれる。

これだけ人数が居ると怖くないし、この七不思議からは外れる事もなさそうだな。

でも、七不思議全てがだと、先輩達は普段何してるのかな。

「あっちゃん、どうかした?」

テンコちゃんに 声をかけられて首を振る。

今、不自然な考えが頭をよぎったが、そんな訳ないものだよね。


屋上の影法師。

屋上の人影の発展系の怪談かな。

このフリーダムな学校でも屋上は施錠されている。

昼間に来た時は鎖が張ってあったが、今は何もないのは七不思議待ち。

この怪談が本物かなと思ったのは、単純に変だと思ったからだ。

飛び降り自殺があったとかいうバックがあるならわかるが、この学校では人は死なない事になっているようだし、屋上の施錠はかなり昔からで鍵を開けて出る奴というのも居ないという。

屋上に幽霊が居る事自体があり得ない状況。

影法師と呼ばれるのもおかしく思った。

人影ならわかるけど影法師っと、屋上に影が映るって事だよね。

色んな意味でおかしい、まさしくオカルトっぽかったんだよね。

「これ、外に出た方がいいですか?」

ノブは簡単に回り、この時間の方が鍵がかかってないのはわかった。

七不思議待ちで開いているのか、外に出た人間が開けたのか、後者の方だろうな…なら外に出る方がいいんだろうな。

テンコちゃん達は視線を外すので、ドアを開けて屋上の外に出る。

「第五七不思議、屋上の影法師」

聞こえるように声を上げると、もそっと隅の方で大きな人影が動いた。

あれ、思ったより大きい。

光源がないけど人影が動いているのはわかるが、なんだか大きいような。

「良かった~来た」

聞き慣れた声がしたと思うと、懐中電灯が点されて深海君が小走りに近付いてくる。

あっ、いつもの深海君だな。

影が大きく見えたのは暗闇でそう見えただけ、気のせいだよね。

「どうしたの? あっちゃん」

くいっとテンコちゃんに裾を引かれて我に返る。

「な…なんでも…次、行こうか」

二度深海君を見てしまったが、いつものそう、いつもの深海君だよね。

僕、おかしな事をやってはいないよね。

「あっちゃん、次に行こう」

テンコちゃんが 手を引っ張ってくれる。

僕の内心を見透かしているかのように、テンコちゃんは先を示す。

後、二つ。


「トイレの占い師」

本当は別のモノを考えていたが、口に出たのは関わる気がなかったが、五人に注目されているとそう言っていた。

「トイレの?」

テンコちゃんが可愛く首を傾げる。

知っていても訊いてくるんだろうね。

「うん。女子トイレの…」

待って、僕はこのメンツで女子トイレに入るの?

竜見先輩や深海君はともかく、美人から美少女を連れて使われている女子トイレに行くの?

この三人が見守る中、女子トイレを覗くの?

「どうしたのよ?」

鬼頭先輩が怪訝そうに訊いてくるけど、女子の許しがあれば女子トイレに入る事は正当化されるのだろうか、変態にならないのだろうか。

女子トイレなんて、ドアの前に居るだけで変態扱いされる場所だよね。

チラリと竜見先輩を見るが、無表情が憎い。

女子トイレの前でも無表情に立っていられる剛胆さであろう。そして絶対に変態には見られない美形のお得さだな。

深海君の方に目を向けると、気まずそうに視線を外してくれた。

僕の内心をわかるんだね。

女子トイレに入るという苦行を理解してくれる。

さすがフツメン、普通の男は女子がつく場所に堂々と入れないんだよ。

「入口、入口でいいんだよ」

深海君が絞りだすように言ってくれる。

僕の内心を少しでも軽くしてくれるためのセリフが嬉しいよね。

女子の方がわからないという顔しているけど、免罪符が目の前にあっても罪悪感がハンパないんだ。

「着いてしまった…」

目的のトイレ前で思わず呟く。

誰も居ない事になっているとしても、女子トイレのドアだけで怯む。

わかっている。変態扱いはされる事はないが、女子トイレというだけで、チキン男子は強固な金庫を前にするようなものだ。

絶対に侵せない神域のようなものだ。

「何してるの?」

「あらあら、大丈夫ですわよ」

「朝になっちゃうよ」

女子三人の追い打ちと、深海君の応援視線に女子トイレに手をかける。

「第六七不思議、女子トイレの占い師さん」

何を見ないように下を向いたまま、トイレの奥へと声を上げる。

キィと小さな音に顔を上げかけるが、視線は下固定のままで後退りする。

女子トイレのドアから離れると、メールの着信音。

一瞬心臓が飛び出しかけるが、予想していたから悲鳴は上がらない。

案の定、水野先輩からだ。

『みっちだよ。なんで入ってこないのかな。みっちは悲しいぞぉ。゜゜(´O`)°゜』

うん、ホラーとは無縁なメール内容。

少しして水野先輩が女子トイレが顔を見せる。

顔文字と現実のギャップがひどい。

「こんばんは、水野先輩」

『こんばんは。元気かな』

声をかけるとメールはすぐに返る。

水野先輩の徹底的なメールを見て、女子トイレを覗くという罪悪感は減った気もする。

何より、軽くメールで返事する先輩に感謝なのかな…この場合。

「それにしても、皆さん、七不思議をわざわざ使って肝試しですか?」

六人を見てしみじみという。

部長が居ないウチに訊いておこう。

「他の部活でもこんな事やっているのかな」

この学校では肝試しが必要なのかな。

「そうでもないけど、七不思議は七不思議だから」

テンコちゃんは普通に言ってくるけど、部活で検証しようとしているのは科学部ぐらいかな。

「全部、ウチの部が関わるっていうのはないよね」

そう言ってみると、全員が視線を外す。

そっちはガチなのか。

「さて、あっちゃん、七不思議の最後は?」

テンコちゃんが笑顔で訊いてくるけど、本当にウチの部が関わっているの?

「えっ、最後?」

「そう、七不思議は校長室に行くまでが七不思議なのよ」

遠足ですか、まあ最後まではやらないとならないんだろうな。

部長が待っていそうなだけに、もう帰りたいけど、ダメなんだろうし、次の場所に居るとは思えないから行こうと思う。

「じゃあ、校長室です」

僕のセリフに全員が目を丸くした。

「七不思議じゃないよ」

テンコちゃんがかくんと首を傾げる。

「ですから校長室が七不思議の最後かと…他で七つ集めると、校長室の神様が八つ目になっちゃうから七つ目が校長室の神様」

ずっと思ってたけど、七不思議を集めて神様にというけど、七不思議に神様そのものが入るとしっくりくる気がした。

だから、七番目が校長室の神様そのもの。

ただ問題なのが校長室がドコだか知らない。

見取り図を見た時も思ったけど、校長室がなかったんだよね。普通に、当然に、校長室がドコにもなかったんだ。

つまり、校長室はないんだ。

「この学校、校長室がないですよね。ドコに行けばいいのか、七不思議を集めるって、校長室を見つける事が最重要?」

僕の問いに全員が視線を外す。

校長室を探す手掛かりすらない、七不思議は何も示してないよね。

「校長室は新校舎にも旧校舎もない。学校としてそれはどうだろうと思うけど、七不思議で隠されているのか、もとからないってないよね」

ふいに竜見先輩が窓の外に目を向けると、雨が降ってきた。

「ここのところ天気が悪かったけど、ようやく降ってきたって感じですね」

じっと見ている竜見先輩に話かけると、僕を見てくるだけだ。

「竜見先輩?」

「早く気付くべき」

ぽそりと竜見先輩が言う。

僕が何かに気付くって事?

何かを見過ごしている。

「校長室のある場所?」

部長が居ないのは七番目の場所で待っているとしても旧校舎に居る。もし、校長室に居るとすれば、部長が居そうな所。

というか、部長が校長室に居ると思う訳? 僕は校長室を知らないし、テンコちゃん達が僕が校長室に向かうとは思ってなかったはずだ。

「部室に行ってみていいですか」

部長の居そうな場所はあそこしかない気がする。

校長室がわからないけど、部長を探すべきって思ったんだけど、どうしたらいいのかは部長が知っている気がする。

「あれ、なんだろう。部長に会わなきゃならない気がしてきた」

雨の音が強くなるたびにそう思う。

「決めるのは、あっちゃん」

テンコちゃんが微笑む。

「あなたが決める事ですわよ」

猫田先輩が静かに話かけてくる。

「自分で決意しなさいよね」

鬼頭先輩が強めに言いつけてくる。

「大丈夫ですよ」

深海君が窓の外を気にしながら言ってくる。

『君なら大丈夫だよ。 みっちは信じてるの(^^)b』

水野先輩のメール。

「自分で知るべき」

竜見先輩も声をかけてくれる。

なんだろう。

僕は何を知るべきなんだろう。


七不思議を集めると神様に願い事が言える。

七不思議を集めて行くと神様に会える。

七不思議を集めて神様を検証する。


でも、七不思議は皆だったよね。

体育館に居たのは猫田先輩。

岩の上に竜見先輩。

家庭科室はテンコちゃん。

三階廊下で鬼頭先輩。

屋上の深海君。

トイレでは水野先輩。

そうすると部長が居そうな所が校長室。

七人で七不思議なの。


「部長は、部室?」

訊いても誰も答えない。

雨の音だけが耳に届く。

「行ってきます」

先輩達は動く気配がないので、理科室へは一人でと歩きだす。

いつの間にか僕以外は懐中電灯を消しているから暗くなった廊下を、理科室へと歩きだすが、遠いんだけども、ねえ、理科室が見えないんだけど。

暗いから遠く感じるのではなく、リアルに遠い。

トイレから教室までは数メートルのはずが、五分は歩いているよね。

非常口の明かりはドコにいったのか、先が見えないんだけど、一体どうなった。

後には皆が居るはずだけど、振り返れない。

どうしよう。皆が居なくなっていたら、消えていたらどうしたらいい。

雨の音だけしか聞こえない。

この廊下、こんなに長かったっけ、理科室はドコ?

僕は歩いているのか、進んでいるのかな。

「テンコちゃん?」

背後に呼びかけてみるが返事がない。

さっきまで後に居たはずの気配がない。

あれ、これって肝試しじゃなく、リアルに不思議体験になっている。

そもそも、テンコちゃん達は本物だったの? 僕は一人で検証してたっけ、七不思議の場所に居た皆は本物ではない七不思議だったのかな。

狐に化かされたようなもの。

検証しようとしたバチ、それなら部長に当てて欲しいんですけども。

自然と早足になるが理科室が見えない。

気付くと走っているのに、理科室も廊下の先も見えない。

「何これ、なんで、理科室がないの?」

皆は居なくなっている。

七不思議は本物、怪奇現象が本当にあるなんて、幽霊が実在するなんてあるの?

あの時の雪女も本物だったのかな。

僕はいつから七不思議に取り込まれたのか。

「テンコちゃん達は、偽者だったの?」

足を止めて懐中電灯で周囲を照らすが何もない。

ずっと廊下が続いているだけである。

意を決して後を振り返るが、誰も居ない。

「皆、偽者…いや、最初から居なかったとか、テンコちゃんも皆嘘だったとか…」

科学部自体が嘘で、僕は最初から七不思議に化かされたのかな。

どこまでが本当? どこまでが本物なの。

僕がこの学校に転校してきた時は当然本物だよね。

友達が上手く作れずに居た僕が、ここまで友達ができたのは七不思議のおかげなんだよ。

そう、 テンコちゃんはいつも明るくて、彼女が声をかけてくれなければ科学部に入る事もなく、部活に入る事もなく七不思議も知らずに一人でいたのかも知れない。

木戸はよく話かけてくれるけど、違うクラスのハタキ君とは会う事もなかったかも知れない。

こんなに早く友達が増えたのは七不思議があったからだよ。

「そう、この学校の七不思議は人をキズつけない」

神様が居る場所なんだ。

「テンコちゃんに感謝こそしても、怖くはない」

科学部に居るのは楽しかった。

猫田先輩はいつもお茶を用意してくれる優しい先輩で、大人っぽい美人。彼女に憧れる事はあっても怖くはない。

鬼頭先輩はいつもキツいようで気遣いの人で、ちっちゃいけどしっかりしたお姉さん。小動物的に可愛いうえに常識人。

竜見先輩はよくわからない人だけど、寡黙でカッコいいよね。本当はきちんと話してみたい。

深海君は大きいからか優しい。いつもお菓子を用意してくれる。時々手作りしているらしいし、同じ一年だからすごく話しやすかった。何よりも常識人。

水野先輩は会う事も少ないし話しもしてないからわからないけど、メールだとテンションが高い不思議な人だよね。でも悪い人じゃない。

どちらかというと面白い人。

「メール」

スマフォを取ると水野先輩のメールを開く、ちゃんとここにメールがある。

「トイレの占い師…水野先輩、僕は理科室へ行けますか?」

そうメールを送ると、すぐにメールが戻ってくる。

『もちろんだよ(゜∇^d)!!』

いつものように顔文字付きのメールが戻ってきた。

そうだよね。

僕が皆を怖がる事はないし、今更知らないなんて寂しいよ。

七不思議の最後、神様に願い事なんてなかったけども…いや、願い事がすでに叶っていたから神様に会う必要がなかったけど、願い事ができた今は神様に会いたい。

そして、彼女達が七不思議なら神様は、最後の七不思議はあの人なんだろうな。

「部長、聞こえてますよね。今、理科室に居るんですよね」

僕の声は暗闇に溶けていくだけだ。

「お願いします、僕は七不思議でも皆と一緒がいいです。友達と一緒に居たいです」

大声で叫ぶと、目の前に理科室のドアが見えた。

走り込む勢いのままにドアを開けると、見慣れたいつも通りの風景。

いつものメンツがいつもの席に居る。

違うのは水野先輩が普通に居る事と、竜見先輩が窓ではなくこちらを見ている事ぐらいだ。

窓の外は夜だから暗いというより、何もなくて暗いといったところだ。

「テンコちゃん、先輩方」

僕が理科室に入ると、ドアはかってにしまった。

「七不思議は見えたかね」

教卓の上に部長が仁王立ち。

いつも通りの部長がそこに居て、思い切り脱力感が襲ってきたよ。

長く暗い廊下も、かってに閉まるドアも、何もかもがどうでもいいぐらいに脱力感。

「部長が、神様なんですか?」

一応、できれば違って欲しいななどと思いつつ訊いてみる。

今まで色々と神様について聞いてはいたけど、部長が神様ってないよね。

「残念ながら、神様なのよ」

鬼頭先輩が何かに耐えるように言う。

「部長は神様ではあるのよ」

猫田先輩が白々しい微笑みで言ってくれる。

「そう、神様と呼んでくれてよいのだよ」

「嫌だな。色んな意味で」

即座にテンコちゃんが言う。

「嫌よ。認めたくないもの」

鬼頭先輩が容赦なく切り捨てる。

「遠慮しますわ。精神衛生上」

さりげなく猫田先輩がディスってる。

「断る」

竜見先輩も即答。

「す、スミマセン」

苦渋の表情で深海君が視線を外す。

水野先輩は無言でそっぽを向いた。

メールすら送るつもりがない。

全員がディスってますね。

「部長、僕も無理です」

神様だとしても、認めたくありません。

僕としても無理です。

「ふむ。それではあっちゃん、願い事は先程の願いで良いかね」

「あっ、はい。僕は皆と友達で居たいです」

「あっちゃん、良いの? あたし達は、ようは人間じゃないのよ」

テンコちゃんがそう言うけど、部長が神様な段階で気にならない。

「いや、部長がに比べれば全然OKだよ」

そう言うと、部長以外は納得の表情だ。

「テンコちゃん達は、妖怪とかいうの」

一応これだけ確認しておきたい。

「少し違うかしら」

「この中で妖怪と呼べるのは、きいろと瑞吏ぐらいかしら」

テンコちゃんと鬼頭先輩が見回す。

「あたしは鬼神、俗に言う悪神だし」

鬼頭先輩がさらりと怖い事を言った。

鬼の神か、確かに悪神なのかな…鬼頭先だとそれでもよしって感じだな。

「あたしは稲荷の神使」

「しんし?」

「神の使いよ。稲荷神社の狛犬は狐でしょ、アレがテンコよ」

鬼頭先輩が説明してくれる。

「ああ、テンコちゃんは裏山の社の狐さん?」

「そう、社の神様は元の神社に帰ったけど、あたしはうっかり帰りそびれて、部長に拾ってもらったのよね」

よくわからないけど、部長が主人になるの。

「りゅーちゃんは竜神だし」

「正確には、元」

ぼそっと言う。

「元、ですか?」

「ほら、あの岩に竜が浮かんでいるでしょ」

テンコちゃんが言うのは岩にある蛇みたいなモノの事だよね。

「アレがりゅーちゃんの本体。昔、昼寝してたら日本に輸入されちゃったのよ。どこかの庭園で岩から抜け出そうとして怖がられて、部長が引き取ってウチに来たのよね」

「輸入? 抜け出すって、今も居るんですよね?」

岩には蛇じゃなく竜が浮かんでいるから、まだ岩の中に居るんだよね。

「竜は中国の生まれよ。岩に馴染み過ぎなのよ。人間を怖がらせないようにしてたら、岩から出れなくなったのよ」

鬼頭先輩が飽きれたように言うけど、岩になった理由はマヌケだけど、優しいよね。

竜見先輩がいつも窓の外を見ているのは、岩を見てたのか納得。

「でも、祟る…」

「りゅーちゃんは祟ってないって、単に人間の方が不注意なのにりゅーちゃんのせいにしてんの」

テンコちゃんは怒っているいるようだが、竜見先輩は気に止めていないようだ。

「きいろは普通に猫又よね」

「猫又ですか?」

それでボールを気にしていたんですね。

「水野先輩は?」

尋ねるとメールがきた。

『みっちは、人魚だよ。d=(^o^)=b』

「人魚ですか?」

人魚がメールで、人魚姫みたいに声が出ないとかいうのかな。

「喋れるわよ。ただ人魚は声が不吉なのよ。特に予知能力持ちは、言った事が全て本当になるから声を出せないだけよ」

「昔は筆記で面倒だったけど、今はメールで簡単に可愛く話せるから良かったよね。みっち」

テンコちゃんが言うとメールで返事をしている。

本当に占い師をやっていたんだ。

言った事が本当になるとなると、ヘタな事は言えないよね。だから喋れるのに喋らなくなった。

「でも、少し寂しいですね」

言うと、水野先輩は携帯を手に首を振る。

携帯という現代ツールが妖怪を救う。

「でも、なんでトイレに居るんですか?」

「人魚だから水に近いトコが好きなだけよ。後、七不思議の場所になったというか、女の子トークが好きだから、有名になったら動けなくなった」

鬼頭先輩が言うように、女子の間で結構真剣な七不思議だったよね。単体で神様をしのぐほどの真剣さは動けなくなるよね。

「えっ…深海君は?」

「僕は、だいだらぼっちです。この付近の田んぼの神様だったんだけど、土地開発で宿る田んぼがなくなって消えかけたトコを拾ってもらったんです」

「土地開発で神様が消えるの?」

「消えるわよ。あたしみたいな移動できる神や、テンコのトコみたく帰る場所があるならともかく、移動もできない宿る場所もないじゃね」

鬼頭先輩が当然の事のように言う。

「まあ、でも仕方のない事だし、人間世界にはもう僕等みたいな神様は居なくても大丈夫」

「じゃないわよ。土地神が消えたトコは災害が起こりやすいのよ」

「そうなんですか?」

初耳というか、知るはずのない事だよね。

普通に暮らしていたら、神様を気にしていない。

田んぼの神様が居るからでは開発は止まらないだろうし 、止められない。

「でも僕は運が良いよね。土地神は消えるだけなのに拾ってもらったから、七不思議になる事で存在していられるし」

「?」

一瞬、首を傾げる発言があった。

「あたし達はいつ消えてもおかしくないわよ。神であったとしても、人間に忘れられたら消えてもおかしくないの」

「だって神様なのにですか?」

「正確には消える訳ではありませんが、人間は自分に必要がないものは認識しませんもの。居ても居なくてもかかわるものではないでしょう」

猫田先輩が笑顔で言う。

「アンタも、知らなければ幽霊は見ないでしょ」

確かに、僕も居なくてもいいモノ、そう幽霊が目の前に居ても見たくないものは見ないか、見てしまえば幽霊を認めるかも知れないけど、見ないふりはするんだろうな。

幽霊と神様は違うけど、どちらも積極的にかかわるものじゃない。

今の僕はテンコちゃん達を知ったから友達で居たいのであって、知らなければ幽霊のように嫌煙していたかも知れない。

普通の学校なら、七不思議を調べようなんて思わないよね。

「でも、なんで僕?」

「何が?」

テンコちゃんがキョトンと見てくる。

「いや、他にも人が居るのに、なんで僕を科学部に誘ってくれたの?」

僕が転校生だとしても、今までも居るよね転校生。

「それはあっちゃんだから」

「僕だから?」

「たまに居るのよね。人間に混じる神が」

鬼頭先輩の言葉が理解できない。

人間に混じる神って、僕がそうだとでも言うの?

「違いますわよ。暁されは先祖返りですわ」

猫田先輩が説明するけど、それって、僕の祖先が神って事。

「珍しくないわよ。ほんの数百年前まであたし達は隣合わせで生きてたのよ。人間が神の伴侶になるのもよくある事。まあ、子供はどこまでも人間だけども、まれに先祖返りがあるのよ」

「僕、神になるって事」

「ならないわよ。神の末裔が神になるって本当にないわよ。単に一時的に血が影響する程度で、神の力なんてないわよ」

テンコちゃんが軽く言ってくれる。

「影響…」

「俺だ」

竜見先輩が言う。

「竜見先輩?」

「たぶん、アンタは竜の血をひいてはいるのよ。それで竜の側に居るから、影響を受けて先祖返りがあるからテンコが声をかけたのよ」

「うん。あっちゃんがりゅーちゃんと同じ感じがしたから、大丈夫かなと思って」

テンコちゃんが軽く言ってくれる。

「影響を受けていると、まずいの?」

「まずい訳じゃないわ。学校から離れていけば、普通の人間なだけよ」

「学校に居る間は?」

「大丈夫ですわ。人間は人間ですよ」

猫田先輩が太鼓判を押してくれるが、何かありそうな言い方に聞こえる。

「竜神って、基本水の神なんですよね」

深海君がぼそっと言ってくれた。

「こ、ここ数日というか、転校してきてからずっと天気が悪いのって…」

思いあたる事を口にすると、全員が視線を外す。

「この雨僕のせいですか?」

「ち、違うわよ」

「鬼頭先輩、僕を見て言ってください」

そんな視線を外して言われても、絶対に関係ありますよね。

僕は雨男状態、この先、イベントキラーになるって事ですか。

「竜の影響だから範囲外は大丈夫、旅行は天気」

「体育祭や文化祭はアウトですよね」

鬼頭先輩、全然大丈夫じゃないです。

「大丈夫」

ぼそっと竜見先輩が僕を見てくる。

「一時的だろうから、自覚するならコントロールできるようになる」

「コントロール?」

聞き返すと頷く。

竜見先輩がまともに喋った方がちょっぴり驚いたがそこは飲み込んどこ。

「でも、コントロールって、僕が雨を降らせているのもわからないのに」

「お前が自覚するのは、俺と違う事、人間は雨を呼ばない事、今のお前は血が俺と混同しようとしているだけ、あまり俺と混同すると竜になる」

うわぁ、竜見先輩が喋っているけど、言われている事がわからないです。

淡々と言われても、僕は何がなんだかですよ。

「平たく言うと、竜とは違うと思いなさい。人間と思いなさい」

「違うのわかります。人間ですよ」

同じな訳がない。

「あっちゃん、部長を見てどう思う?」

「変な人」

あっさりと即答できる。

「りゅーちゃんは?」

訊かれて首を傾げる。

改めて訊かれると、わからない人だよね。

部長は変な人でまとめられるが、竜見先輩は変な人ではまとまらない。わからない人ではあるけどね。

「同族に近いから惹かれるのよ。竜は特に同族の繋がりが強いから、血がかってに竜に近付くのよ。まあ、慣れれば血が区別するわよ」

「それは、僕の意志でどうなるものなんですか?」

「基本どうにもなりませんわね。人間は血に命令できませんもの」

猫田先輩、丁寧に軽いです。

「僕、雨男のまま」

「大丈夫。お前は人間」

竜見先輩、言葉が単語すぎてわかりません。

「あっちゃんは人間だから、すぐに慣れるって言いたいのよ」

テンコちゃんはよくわかるな。

「竜はあたし達より古いから、人の言葉に慣れてないのよ。人間に近い種なのに遠いのよね」

「あっ、わかります」

なんとなくでわかる。これが血が近いって事かな。

「さて、諸君」

唐突に部長が声をあげた。

部長の存在を忘れていたかったな。

それにしても、部長を含めていつも通りだな。

「部長、もういいんじゃないの」

テンコちゃんが声をかけると、部長は全員を見回すと奇妙な踊り? を始めた。

「夜も深まりモノノケの刻、人の世の闇裏を」

「夜遅いから、帰った方がいいって」

まだ部長が話をしているが、鬼頭先輩がさっさとドアを開けていた。

「えっ、でも…」

「構いませんわ。人の子は寝る時間ですわ」

部長は気にせず話す中、猫田先輩も言ってくれる。

「夜の学校は危ないけど、りゅーちゃんの血が守れるから」

テンコちゃんも部長を無視して、ドアの向こうを指し示す。

「大丈夫」

竜見先輩が一言だけ言ってくれる。

「帰った方がいいですよ」

深海君が部長を示して言ってくる。

部長の話はトコトン長くなるというところなんだろうな…たぶん、朝まで続くんだろうな。

水野先輩も手を振ってくれている。

部長が何か言っているが、僕は頭を下げて出ていく事にした。

「また、明日」

ドアを閉めるのをためらったけど、テンコちゃんが小さく言ってくれた。


戸を閉めると、部長の声も何も聞こえなくなった。

いつもの廊下が、夜の学校の廊下が目の前にあるだけであり、背後の理科室に人の気配はない。

戸を開けてみたいという気もしたが、テンコちゃんがまた明日と言ったから振り返らずに旧校舎を出て帰路についた。

外は雨が止んでいた。

「また、明日」

学校を振り返らずに呟く。


終 今日もまた、変わらぬ日々


朝になっても曇り空で、雨が降るのか降らないのかわからないような空模様。

「僕のせいと言われてもな…」

空を見ても自分のせいなどと思えないよな。

雨男とかならいいけど、本当に天気が自分のせいで悪いってないよね。

「今日も悩みか?」

ぐいっと後に襟首を引かれた。

「木戸、苦しいよ」

なんか、もうこれが日常になってきた。

「そうか、悪い」

軽い調子でも木戸だからで許せるんだよな。

「空見上げて、雨でも心配?」

「あっ、いや、まあ」

歯切れ悪く頷くしかない。

雨が心配というか、雨を降らせてしまいそうな事が心配とは言えないよな。

「大丈夫だろ。たぶん」

「そうかな…そうだね」

僕が僕であれば大丈夫って、竜見先輩が言ってくれていたしね。

「そういや、七不思議はどうした?」

木戸がニヤニヤ顔で聞いてくる。

「ああ、無理だった」

神様が部長でしたとは言えない。

失敗でいいよね。

実は、部活が七不思議でしたなんて言えないよね。

「そうか、科学部の七不思議ってあったのか?」

そういやそんな話題もあったな。

「科学部の七不思議、ある事はあるよ。旧校舎の理科室の女子会とか」

もう適当に作っておこう。

案外、部活に七不思議があるのってこんな感じで作られた話だから、部活ごとにありがちな話になっているのかもしれない。

「ああ、それって、科学部の七不思議だったか」

元々あった話だから、すんなりと信じた。

「昼にホウキ達がメシがてら話を聞きたいってさ「「話って、七不思議に挑戦を知られている訳」

「だいたい、じゃなきゃずっと七不思議を聞かされるぞ」

それもそうか、七不思議を集めている時はいいが、七不思議を集め終わったら終わったと告げないと、ずっとは大変かもな。

「でも…わかるんだ」

「部活の七不思議を聞き終わると、七不思議を確認したくなるんだよ。俺は一学期中に集めて夏休みに挑戦して玉砕」

明るいな。玉砕しても、軽いな。

そんなもんなんだろうな。

「ホウキ君とかも玉砕済み?」

「ホウキはまだじゃないかな。相庭は五月に先走って失敗したんだよ。あいつは、入学時から彼女が欲しいと叫んでたから、今では女子が寄らん」

「それは確かに、女の子も嫌がる」

神様に彼女を願う事自体が女子が嫌がりそうだな。

誰であろうと構わないと宣伝していたようなものだからな。

「まあ、お前がなんの七不思議を巡ったか、教えてくれよな。先輩達の代でダメでも、俺の代には成功させるのは楽しそうだ」

「木戸は何を願うつもりだったの? 」

木戸はよく七不思議を気にかけているけど、願い事がなんだったのかは聞いた事ない。

クラスで初めて話した時から木戸は自由に話をしている気がするけど、七不思議に関しては何か執着に感じるんだよな。

木戸が本当に願い事があるなら、部長になんとなく頼めないかななんて思う。

「俺、俺は別に何もないけど、七不思議があるなら楽しいだろ」

なんとなく嘘だなと思うけど、いつかは聞けるかなと思ってみる。

「俺はいいんだよ」

これも嘘っぽいな。

「そうなのか」

適当に返事をすると、木戸は別に気にしていないような感じだ。

「さて、学校に急ぐか」

さっさと走って行く。

「まあ、いいか、神様とはいつでも会えるからな…会いたくはないんだけどね」

僕としては、部長と会話ができるかがわからない。


「あっちゃん、入らないの?」

理科室の前で立ち尽くしていると、後からいつものように声がかかる。

「テンコちゃん」

いつもと変わらぬ様子のテンコちゃんが居た。

おお稲荷さんの神使の狐と言われても、可愛い女の子だよね。

「いや、なんでもないよ」

ドアを開けて中を見ると、全員が揃っている。

猫田先輩はいつものように本を読み、鬼頭先輩もいつもの席で待っていてくれているようで、竜見先輩は窓の外を見ているだけ、深海君はお菓子を準備しているし、水野先輩は携帯を眺めている。

いつものように変わらぬ部の姿。

皆がいつもと変わらないから、僕も気負う事なく室内に入る。

「あっ、今日は」

今更ながらの他人行儀で深海君が声をかけると、竜見先輩がこちらを見る。

何も映してないような瞳が何かを訊いてくる。

天気が悪い事を示しているんだろうな。

でも、僕だってどうしていいかわからない。

「諸君!」

もう驚きもしない部長の登場に、自分も席に着いて見てみる。

「新たに、仲間入りしたはあっちゃん」

「僕は妖怪入り?」

「違う違う」

鬼頭先輩が手を振って否定してくれる。

「あっちゃん、部長の話はスルーしていいわよ」

「そうですわ。部長はろくな事を言いませんもの」

テンコちゃんも猫田先輩はさらりとディスった。

「えっと…部長の話がいつ本題に入るかわからないから、先輩達が答えてくれるんですか?」

「まあ、仕方ないわね」

鬼頭先輩が頷く。

猫田先輩がお茶を用意し、深海君のお菓子を囲む形で話をする。

竜見先輩は窓側から動かないし、水野先輩は携帯を見ているだけ、部長は何か長々と話しているがあえて無視しておこう。

「まず、あたし達は普段は生徒に紛れて学校で暮らしていて、人とはあまり関わったりしないわ」

テンコちゃんが説明を始める。

テンコちゃん達は部長が学校を設立した頃から生徒に紛れて七不思議をやっていて、時々は人に混じって勉強をしていたりしているらしい。

七不思議の一つである見知らぬクラスメイトは、ようは彼女達がそうなのだ。

竜見先輩や水野先輩はずっと動かないで七不思議をやっていて、違う七不思議の元になってそうだけどね。

科学部自体は昔からあるが、普通の生徒は部活紹介時の部長の行動で、誰一人入部する事がなかったらしいが、僕も部長に誘われていたら入らないな。

「あっちゃんを見つけたのは、偶然よ。りゅーちゃんが気にしてたのは知ってたけど、人間だからわからなかったもの」

「偶然? わからないの?」

「りゅーちゃんが同族の気配を感じてたけど、人間の血が強いからわからないのよ。でも、あの時はあっちゃんがそうだってわかったから声をかけたの」

「えっと…それって」

僕がわからないのに、僕がわかった。

「りゅーちゃんの影響?」

テンコちゃんも理解してないのか、竜見先輩を見るが竜見先輩も首を傾げる。

「アンタ、あの時に何かあった訳?」

鬼頭先輩に訊かれて考えるが、別に変わった事はなかったと思うけど、あの日は、転校してきてからうまく友達ができずに木戸が一方的に部活の話をしてきていて、部には入る気はないな…と考えてた。

「転校してきてから、似たような事しか考えてないよ…たぶん」

「でも、あっちゃんがそうだってわかったのよね。りゅーちゃんに似たような感じ、前から見てたけどもあの時は同じと思って、部長に合わせてみないとって思ったのよ」

「竜に合わせて血がって訳じゃないわね。ここに来る前に気付いたもの」

鬼頭先輩も言うし、竜見先輩も頷く。

何かあったと訊かれても、覚えてない。

「まあ、血が目覚めても必ず妖怪になる訳じゃないけど、人間としては面倒よね。自覚のないまま学校を卒業したら、ずっと雨男?」

それは嫌かな。

「それに、アンタの子孫が先祖返りをしやすくて、妖怪が生まれるなんてあるかも」

それはもっと嫌だな。

「今のウチに矯正できるならと思って、部長という面倒な事を」

「うん。大丈夫、慣れたから、ありがとう」

部長はまだ話が迷走しているとしか思えない自己解析中だな。

「りゅーちゃんは岩だから動かないし、あっちゃんを見るのは部長かりゅーちゃんだろうから」

テンコちゃん、存外人任せだな。

まあ、それしかないなら感謝します。

「実際、あたし達が見てもわからないものよ。種が違うっていうだけでわからないのよ」

鬼頭先輩がなげやりな調子で言う。

「竜見先輩は動けないんですか?」

聞き逃せないセリフを聞いたぞ。

でも昨日は岩から離れて七不思議を巡ったよね。

「動けないじゃなく、動かないよ。幽体でも自由に行動できるけど本体から動かないのよ」

「りゅーちゃんはヒッキーだから、部室に出てくるだけでもマシな方よ」

引きこもりでいいの?

「は、はあ…」

「というか、アンタの力なら岩からも出れるでしょうが、部長並に力ある神のクセに」

「名物、暫くはいい」

竜見先輩はのんびりと言いきる。

「名物になってるから動きたくないって、アンタの暫くって何百年後の話よ」

うーん、神様の時間間隔ってどうだろう

「それで、あっちゃん」

「あっ、はい」

突然に呼ばれて部長を思い出すが、まだ本題にはかすってもいないらしく、クルクルと回転しながら喋っている。

「まだね」

猫田先輩がさらりと無視。

「部長があんなんだから、不安だろうけど、あれでも神様だから、一応は名の知れた神の一柱だから」

「そういえば、部長の名前を知りません」

部長は部長としか聞いてない。

「それは私達も知りませんわ。神様は神様であるために真の名を明かせないらしいですわ」

「本当は人間に関わり過ぎると怒られるだけだろうけども、そうしておいて」

猫田先輩の建前をテンコちゃんがさらりと明かす。

「日本の神だっけ、怒られるって…」

「日本の神は緩い」

ぼそっと中国の神様の竜見先輩が呟く。

確かに、部長がここに居る時点でよく許されているなと思う。

「そういえば、昔、七不思議が達成されて、ウチの学校の生徒や卒業生は事故では死なないみたいな噂があるけど、本当にあの部長に願い事をした人が居yたの?」

七不思議を達成したはいいとして、部長に会って願い事ができたという人がいる事がすごい。

「居たわね。だいぶ前よ。神様としての部長は姿を見せてないわよ。今回はあっちゃんだから」

元を知っている僕だから部長が出てきていると。嬉しくないな。

「まあ、七不思議は普通の人でも可能なんだ」

「実のトコ、緩いよ。僕等を見つければいいから、今回あっちゃんが回った場所じゃなくてもいいんだよね」

「そうなの? あの宣言とかは」

「必要ない…七不思議は僕等を集めるから」

「そうだったの…そうしたら、七不思議として君達を知る人は居るの?」

深海君達と出会って平気な人が居るのか。

「それは無理ね。人間は私達を覚えていられないですからね」

猫田先輩のセリフを聞くと忘れるのか、僕は竜の血が流れているからかな。こうして、皆と話していられるのも。

「僕も、普通の人間になると、皆を忘れるの?」

「それはないわよ。血が消える訳でもないし」

少し安心した。

「でも、忘れる方がいいかもよ。あたし達と一緒に居るのと、人間の中で居るのとは違うもの。語られない思い出はない方がいいわ。騙りになりかねないものね」

鬼頭先輩の言葉に猫田先輩が微かに頷いている。

そういうものなのだろうか、僕はここでの会話を誰かにする気はないけど、いつか語るのかな。

「雪女みたくかな。話必要はなくても、話すようになるのかな…そういえば、僕が昔に見たのは雪女だったのかな…」

「かもね。あたしは知らないけど、北の方にはまだ居るって話」

鬼頭先輩が軽く頷く。

「そうなんだ…それにしても、僕はいつまで待っていればいいのかな…」

部長の話はまだ本題に入る様子はない。

「それはあたしもわかんない。部長の話だから流していいわよ」

「でも、僕が人間であるための話じゃないの?」

「そうだけど、それが役立つとは言えないもの」

テンコちゃん、容赦ない。

「鬼のあたしから言わせてもらえば、自分と他人は同じようなものなのよ。あたし達が生まれるのは、同調だから、そこから自分になるの」

「そうですわね。暁さん、あなたは竜さんと同じではないとわかっているのでしょう」

こくっと頷く。

僕は竜見先輩とは違うと思っているのに、天気は悪いままなのはなんでだろ。

「気になるなら、止める」

竜見先輩が言うなり、手を伸ばして空へと向ける。

何をするかと思えば、宙をなぜるような仕草をしていくだけで、空は天気になっていく。

久しぶりに青空。

「えっ…と」

「俺が上」

竜見先輩はいつも通りに窓の下を見ている。

「まあ、りゅーちゃんの方が力があるんだから、天気を戻すぐらいは普通、ただ、あっちゃんが力の制御できているかどうかはわからないだけよ」

「でも、まあ、安心します」

天気が良いと安心するよね。

「そうね。スパルタは正しいとは限らないわね」

鬼頭先輩は小さく頷く。

チラリと僕を見てくるのは、心配してくれるのかなと思ってしまう。

「さて、諸君」

部長の話が進んだと思えば、ポーズを変えただけのようだな。

ああ、部長の話は本題に入るのは明日かもしれないよね。

「僕は自分で頑張るしかないようですね」

「正しいわ」

部長に見切りをつけてみると、全員が大きく頷く。

僕が自分で頑張るのが正しいんだな。

「ようは、りゅーちゃんの側に居て、自分を制御していられればいいのよ」

テンコちゃん軽く言うけど、僕はそれのやり方がわからないんだよ。

「ようはいつも一緒に居ればなんとなくで、できるんじゃない」

やり方も軽くなっている気がするが、部長を待つよりはいいような気がするよね。

「とりあえず、いつも通りだね」

「いつも通りだね。お菓子食べる」

深海君のお菓子を普通にすすめてくる。

まあ、突然に神様を崇めろとか言われなくて良かったよね。部長を神様とかないよね。

「そういえば、なんで皆は科学部なの? 神様なら相容れないものじゃないの?」

「さあ、部長が決めた事だから、知らないのよね」

「意味はわからないわよ。知りたくもないわよ」

答えてくれたのはテンコちゃんと鬼頭先輩ぐらいだが、まあ安定の無意味だな。

「えっと、それと皆さんは学校に暮らしているんですか?」

「暮らしている訳じゃないけど、顕現するとここに居るだけよ」

そんな感じなんだ。

部長の話は終わる気配はないし、いつの間にか時間は過ぎているし、今日は帰ろうかな。

「僕はそろそろ帰りますけど…」

「大丈夫よ。部長は放っておいてよろしいですわ」

猫田先輩に言われて、部長に軽く挨拶をして帰り道に向かう。


ある意味いつも通りで良かったな。

部長の話がいつ終わるかわからないけど、スルーはいつも通りだしな。

神様でも妖怪でも、友達でいいようだ。

それにしても、これからも色々と面倒だけど楽しくなりそうだ。

早く普通の人間になりたいよね。

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