僕らの中の妖怪
自分はお菓子はあげない派です。面倒臭いので。
10月31日はみんなご存知の? ハロウィン。簡潔に言うと西洋妖怪の格好をしてなんやかんやするものである。もともとは宗教的な意味合いが強かったのだが、次第にそれは薄れてきている。
「トリック・オア・トリート!」
毎年、この日はやけに子供たちのテンションが高い。そりゃそうだ。この魔法の言葉を言えば、大人からタダでお菓子をせしめることができるのだから。言葉は悪いかもしれないが、しょせんは子供だ。その魔の手は、アパートに住んでいる僕たちにまで襲いかかってきた。
「トリック・オア・トリート! お菓子くれきゃ悪戯するぞ!」
僕は彼女とこのアパートに住んでいる。小学校時代からの仲で、来年には結婚する予定だ。この日は仕事がたまたま休みで、何もやることがない僕は家の中でできることをやっていた。彼女は仕事に出かけていたので、食器を洗ったり、ため込んでいた衣類を選択するなど、さながら主夫のようにてきぱきと動く。あいつがこれを見たらなんというだろうか。改めて惚れ直してくれるのだろうか。そう思っていた矢先に、子供たちの怒鳴り声に近い声が飛んできたのだった。
「トリック・オア・トリート! って言ったって、なにも用意していないぞ、どうしよう……」
僕は幼少期にもこのときは普通に過ごしていたので、周りが何ではしゃいでいるのか、何であふれんばかりにお菓子を持っていたのかがわからなかった。このまま無視を決め込むのも可哀想なので、僕は家じゅうのお菓子をかき集めた。しかし、僕ら二人はあまり間食をしないたちで、お貸しと言っても子供が喜びそうなのはキャンディーくらいだ。
「まいったな、外にいる子供たちに足りるかな……」
その時、チャイムが鳴った。子供たちが押しているのか? そう思ったが、直後に鍵が開く。あいつが返帰ってきたのだ。
「ただ今、ごめんね、遅くなって。というか、あの子供たちは?」
「お菓子の取り立て屋だよ」
「どういうこと?」
「今日は何月何日?」
「10月31日……、あ!」
「だから困っているんだ。このまま何もやらないわけにもいかないだろう?」
「心配しないで。冷蔵庫の中を見て」
僕は言われるがままに冷蔵庫を開ける。すると中には思わぬものが入っていた。
「これって……」
「昨日は付き合って10年の記念日だから、作ったんだ。そしたら、食べる前に寝ちゃったでしょ?」
冷蔵庫にどんとおかれてあったのは、ホールケーキだった。しかも僕の大好きなフルーツで飾り付けられており、見るからにおいしそうだ。
「これを皆に食べさせるの?」
「子供は四人いたから。足りるかなって」
「じゃあ、家に入れなきゃ」
「良いよ。私、お皿とフォーク用意するから」
僕は子供たちを丁重に迎え入れた。ケーキをご馳走すると言ったら、彼らは夜が近いのにもかかわらず喜びを爆発させた。まさかこんなボーナスが待っていたなんて思ってもいなかっただろう。僕は純粋な子供たちを見て素直にほほ笑んだ。
「みんな、これはお姉さんが作ったんだよ! すごいでしょ」
「すごいすごい!」
ジャック・オー・ランタンの被り物をしたり、幽霊のような白い布でコスプレをしたりと、衣装にも手が込んでいる子供たち。彼らは彼女が作ったケーキを無我夢中に食べ、礼を言って帰っていった。荒らしは去り、辺りには静寂が訪れた。
「行っちゃったね」
「うん、すごかったね」
「私、こんな無邪気な子供時代、過ごしたかったな」
「それは言わない約束でしょ? 君には今がある」
手首についている傷を隠すように、僕は彼女の手を握る。彼女は微笑んで一緒に座った。
「食べよ?」
「うん。僕らの10周年に乾杯」
二人で食べるケーキの味は格別だった。一口ずつ、大事に噛み締める。
「そうだ、私に何か頂戴。じゃなかったら、悪戯しちゃうぞ」
「いきなり何さ。君もハロウィンにかぶれた?」
「まあねえ」
「しょうがないなあ」
僕は隣にいる彼女の方向を見ると、彼女がケーキを飲み込んだのを確認して、そっと口づけをした。ほんのり甘いのは、生クリームのせいだけではない。
「……どう?」
「ありがとう。でももっとくれなきゃ悪戯しちゃうかも」
彼女はあたかも魔女のような妖艶な笑みを浮かべていた。僕はうなづくとカーテンを閉める。子供たちの声が消えていくにつれて、ハロウィンの夜は更けていく。妖怪は、ふとした時に目を覚ます。僕らの心の中に、悪戯心を植え付ける。僕らは、妖怪の罠に引っかかっていた。でも今だけは、それに身を委ねたかった。
いかがでしたか?自分でも初の試みです。上手くかけたか心配です。