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9 好きな人

学校が終わって、いつもは乗らない電車に三人で乗って降りた駅を出る。





彼の会社に向かって三人で、夕焼け色に染められたスズカケ並木の道を、冷たい風に落ちた葉っぱを踏みしめて歩いていた。





「寒っ!ねー、コンビニ寄ってこ。この時間じゃ、まだ会社は終わらないでしょ?」





若菜ちゃんがそう言ったのを聞いた愛梨ちゃんが、





「若ちゃん、自分が上手く行ったから安心してんのね。さっきはあんなにガチガチだったのに。」くすっと笑いながら小声で私に言った。






「あ、ねぇ、肉まん食べる?あんまんは?」元気な若菜ちゃんに比べて私の足取りは重かった。





昨日も迷惑をかけたのに、会社に押しかけては、さすがにうんざりされてしまうと簡単に想像がつく。





「やっぱり帰る。」





「まーまーまー、ちょっと顔見るだけ。近くで見てないからさ。眼鏡なしの顔もみたいしぃ。」と愛梨ちゃんが私をコンビニの中に引き留めた。





そう言われてもと振り向いた私の目に入ったのは、





瑞樹さんに貰った栄養ドリンクと似た商品だった。





「あ・・・あれ。」





「ん?何、どしたの?」





栄養ドリンクがずらりと陳列される棚の前に行くと、私が貰ったのと同じラベルの物を探し出して一本手に取った。





これ、お返ししないと。





あ、でも家まで送って貰ったのに、これ一本ではちょっと・・・





私はあと二本手に取ると、近くの小さな籠に入れてレジに向かった。





「陽芽野、何買ったの?」




「わ、栄養ドリンク?じじくさ。」





「昨日、貰ったの・・・だから、だめかな?」





「いいじゃん。それ渡して、その時に種も触って貰いなよ!」





会社の前に到着すると、




「ここ?」




「うん。」




「へー、まぁまぁの会社じゃない?どんな仕事なの?」




と大きな声で若菜ちゃんが言うと、





「うちの社に何か用ですか?」とどこからか声がした。





見ると、長身でパリッとスーツを着こなし、地下駐車場の入り口脇に停められた国産の高そうなセダンの横に、




「ちょっと、すっごいイケメン。」




「マジかっこいい。」と愛梨ちゃんと若菜ちゃんを私の後ろに隠れさせた男性が立っていた。




「いえ・・・あの。」




堂々としてさわやかな笑みを浮かべるその男性に、私がもじもじしてしまうと、





愛梨ちゃんが代わりに、





「あの、こちらの会社に松田さんとおっしゃる方はいらっ、いらっしゃるり、ますか?」




「ちょっと、アイ。噛んでる。」





くすっと笑った男性は「松田は一人しかいないけど、松田瑞樹?」と訊いた。






「そうです、そのミズキさん!この子が用事あるんです。」と若菜ちゃんが一生懸命に話してしまった後、





男性は上着の内ポケットからスマートフォンを取り出し、





「高橋だけど、堀越さん、これからすぐ出れる?・・・うん、松田と向かう予定だったけど、あいつにお客さん来たから、堀越さん来て。」





スマートフォンを再び上着に戻した高橋さんという男性は、「寒いから中に入ってお茶でも飲んで行ったら?」と突然やって来た私達に優しく話しかけてくれた。






「あ、でもここで・・・」さすがに、と思ったのか愛梨ちゃんが遠慮すると、





会社の玄関から出て来た瑞樹さんが、「社長!来客なんていないでは・・・あれ?」と私達を一度見てから、高橋さんという人に歩み寄った。





「お前にしちゃ、かわいいお客さんでいいじゃねーか。折角訪ねて来てくれたんだから、丁重にお相手しなさい。社長命令。あ、今日直帰にしてあるから、そのまま帰っていいからな。」





「えっ?この人が社長?!」慌てて口を押さえたけれど、若菜ちゃんの声は届いてしまったようで、





「そうそう。俺こう見えても、まぁまぁな会社の社長。じゃあ、ごゆっくり。」




この会社の社長と言った高橋さんは、にやっと笑うと、運転席のドアを開けて乗り込んだ。





そしてバタンと運転席のドアを閉めた後、エンジンをかけてシートベルトをする高橋社長さんの姿を、愛梨ちゃんも若菜ちゃんもポーッと見ていた。





「社長!一緒に行きま・・・」「松田さん。」




玄関から急ぎ足だけど、物腰はおしとやかな感じで出て来た女性は、昨夜の、瑞樹さんの恋人だった。




「堀越さん。」




「私が社長と一緒に参りますから、松田さんはお客様とお話しなさって下さい。」





堀越さんと呼ばれた松田さんの恋人は、私に向かってにこやかに微笑んでお辞儀をした後、肩に掛けた黒い鞄を助手席に乗り込んで前に抱えた。





バタンと助手席のドアが閉められて車が走り出すと、その後姿を見送っていた松田さんが私に背を向けたまま、





「何をしにいらしたのですか?」と訊いた。






私は恐ろしくなって、膝ががくがく震えて涙まで出て来てしまった。





逃げようか、そう思って駅の方を向くと、さっきまで一緒にいた愛梨ちゃんと若菜ちゃんの姿が見当たらなくなっていた。





「さつき・・・いや、陽芽野さん、用事がないなら僕はこれで・・・どうしました?」




「ごめんなさい。私、決してお二人の仲を邪魔するような事はしたい訳ではなくて・・・!」



陽芽野が涙を浮かべているのに気が付いた瑞樹は、ぎょっとして、



「え・・・まさか、気が付いて・・・それで泣く程びっくりしたんですか?」と訊いた。




かあっ、と耳が赤くなる瑞樹さん。




「これ、昨日のお礼と、それからこの種を・・・」




私は彼に栄養ドリンクの入ったコンビニの袋を渡し、そして彼の反対の手をつかんで持ち上げると、種を三つ彼の手のひらに載せて、自分の手を上に載せ、彼が好きな人と上手く行きますようにと念じた。





「何ですか、これ・・・」




突然の私の行動に面食らった瑞樹さん。





私は彼の手のひらの上の種を三つ、素早く回収して自分のポケットに入れた。





「何でもありません。お仕事のお邪魔をして申し訳ありませんでした。もう、こちらに来たりしません。さようなら。」





ぺこりと頭を下げると、尻尾がついて来た。





「気を付けて。」




突然押しかけてしまったにも関わらず、私の背中に気遣ってくれる彼の声が届いて、また申し訳ないような気持ちになった。






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陽芽野と途中で合流した二人と合わせて、駅に向かう三人の背中を確認してから瑞樹は会社に戻った。





自分の机に鞄と陽芽野から渡されたコンビニの袋を置くと、ガチャンと音がした。





お礼と言っていたが、何だ?と瑞樹は、そこで初めて袋の中身を確認した。





「ああ。」と思わず呟いてしまうと、「何がですか?」と田井さんに聞かれた。





「いえ、終業時刻ですから、今日はもういいですよ。」





僕が直帰すると社長のお供で出て行ったと思っていたのに、再び戻って来たから帰るに帰れなくなっていた三人の視線は、先程から僕に注がれている事には気付いていた。





「それじゃ。お先です。」





「お疲れ様でした。」





「お疲れさまでーす。」





それぞれ待っていたとばかりに、すでに荷物を纏めた鞄を手にして部屋を出て行った。





しんとした部屋の中の方が落ち着く。






誰かに見られているのは苦手だ。





それにしても、彼女は何故僕が大和さんを好きだった事を知っていたんだ?




女の勘ってものなのか?




それとも彼女は心理学に興味があるらしいから、僕の大和さんに対する態度で見抜いてしまった?




さっきの、彼女のおかしな行動も心理テストとか?




そんなのは聞いた事もないが。




男を好きな僕を嫌悪して泣いてしまったのか。





『もう、こちらに来たりしません』





と彼女は言っていた。丁度良かった。





彼女から避けてくれれば、それだけでも僕は幾分か楽になる。





こうも彼女に逢ってばかりでは、仕事にも障る。





ふぅと息を一つ吐き、「これを飲んで、頑張れって事ですかね。」





瑞樹は机の上に陽芽野から貰った栄養ドリンクを三本並べて、ノートパソコンを開いた。




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