8 会社へ
好きな人?
違うと思う。
やさしくて面倒見の良い人だと思う。
もしも好きになってしまったら、それはいけない事。
彼には恋人がいて、そして私は会う度彼に迷惑を掛けてしまうから。
会わないようにしようと思うと会いたくなる。
思い出さないようにしようとすると、彼のことで頭がいっぱいになる。
声を聞きたくなってしまうと、私にはどうにも出来なくて、切なくなってしまう。
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「それって恋だよ。」
「そうそう。」
「えっ、だって恋人がいる人なのに・・・」
私はそんな訳がないと思っていた。
男の人が苦手な私が男の人に恋をするなんて。
お兄ちゃんのお友達のセイさんの時も違ったし・・・
「いたら好きになっちゃいけないの?」
「別にいいじゃん、好きなだけなんだから。」
「好きなだけ・・・」
好き?
好きって、恋ってこういう気持ちなの?
でもどきどきしたかしら?してない、えーと・・・どっちだったかしら?
「え、何?もしかして陽芽野、初恋?」
「えー、うそ、マジで?それはないでしょ。・・・ほんとに?」
「これって恋なのか、わからない・・・」
お弁当袋の紐を結んで見つめていると、「その人に会いたいな、とか一緒に居たいなって思ったら恋だって。」と愛梨ちゃんが言った。
「そーだ!アイちゃん、あのおまじないさ、ぴったりじゃん、陽芽野に。」
「あー、そっか、そーだね。よっしゃ!陽芽野、恋のおまじないしよっ!」
おまじないって、言っても・・・
「恋人が居る人なのに、本当にそんな事をしてもいいの?」
「それしかないでしょう。」
「でも、どうやって?」
「まず、これ。」
愛梨ちゃんが、机の上に鞄から取り出したのは、フウセンカズラの実の入った袋。
「一つ選んで、中を開いて。」愛梨ちゃんに言われたとおりに私が枯れた風船を開くと、
中から三つの黒い種が出て来た。
「これをどうするの?」
「えーとね、まず一度彼に種を三つ全部触って貰うの。それで、それを返して貰ったら、一つに自分のイニシャル、一つに彼のイニシャル、もう一つにライバルのイニシャルを書く。」
「ライバル?」
「いない場合は書かなくてよし。」と愛梨ちゃんが言うと、若菜ちゃんが、
「彼の恋人の名前、知ってる?」と訊いた。
「知らない・・・あっ、えーと、堀越さんって聞いたような。」
「名前は?下の名前。」
「わからない・・・」
「彼に訊いてみてよ。」
「多分教えてくれないと思う。」
『個人情報ですから』って言うわ、絶対。
それを思い出して、私が思わずクスッと笑ってしまうと、
「うわー、陽芽野ったら何か想像してるー。ヤダー。」と若菜ちゃんが私をからかった。
「そうじゃなくて・・・」
「で、その種はライバルのは土に埋めちゃって、自分のと彼のを大事に取っておく。そして、そうね、ライバルの種から芽が出る前に告白する。」
「告白しなきゃなんないのー?!アイちゃん、それっておまじないじゃないじゃん!」
「相手のR先輩は、若ちゃんが想いを寄せてるって事知ってるの?」
「えっ、知らないと思う・・・」
「告白しないで叶う恋なんて奇跡的なの!相手に好きだって伝えなくちゃ、どう思ってるかなんて気付けないでしょ?」
「えー・・・」
「例えば、このクラスに陽芽野の事を好きな男子がいるとする。」
「あー、沢辺ね。」
「他にもいるかもしれないでしょ?」
「そうね、陽芽野はかわいいもんね。」
「ちょっと、二人ともやめて。」
「モテるよねー、陽芽野は男嫌いなのにね。」
「まぁ、でも本命に振り向いて貰えなかったら羨ましくないけど、でしょ?」
愛梨ちゃんが私をちらりと見て若菜ちゃんに言った。
「そうよね・・・よし!じゃあ陽芽野とどっちが先に告白出来るか勝負よ!」
と若菜ちゃんが愛梨ちゃんにのせられてしまった。
「告白って、私は・・・」
「よおっし、おまじないー、開始!」
愛梨ちゃんの号令で始まったおまじない。
まずはR先輩に何とか種を触って貰い、若菜ちゃんは、RとWと種に書いて白い紙に包んでポーチにしまっていた。
残る一つには何も書かずに、「近所に埋めとく。」と言って。
「さーて、陽芽野の方は大変だー。これから行く?」
「だめ・・・だって迷惑だから。」
昨日だって彼に車で家まで送って貰って、とその話をしたら、
「やー、それって陽芽野に脈アリじゃん!」
「そうだよ、男なんて若い子の方が好きなんだから、あたしら絶対有利だって。奪えー!」
「何言ってるの。私はそんな、奪うとか出来ない、から。」
どくん、どくん、と胸の音が大きくなった。
「あっそ。じゃあ会えなくなってもいいんだ。」と愛梨ちゃんが言った。
「そうだよ。やーっと男嫌いから抜け出せるチャンスなんだからさ、当たって砕けてみたら?」と若菜ちゃん。
当たって、砕ける・・・
と、いう訳で・・・三人で瑞樹さんの会社に向かう事になってしまった。
だけどどうしよう。
今度こそ彼をとても怒らせてしまうかもしれない。