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5 恋のおまじない

恋のおまじない、私はいいと断ったその日の夕方、電車に乗った。





制服のままで、お兄ちゃんのマンションのある駅まで。





何だろう、どうしてだろう、もやもやする気持ちを確かめたくてじっとしていられなかった。








愛理ちゃんも若菜ちゃんも「恋だよ。」「それしかないよ。」と私が瑞樹さんに対して恋心を抱いていると言うけれど、私は違うと思っていた。





男の人って感じではないし・・・お兄ちゃん、よりは厳しい人だけど、先生っていう風にも思わない。





世の中の男の人、みんな瑞樹さんみたいだったら、怖くないけれど厳しい、けれど、悪い事件などは起こらなそうだと思っていた。





ああ、警察の人とかってイメージ?





だけど彼は普通の会社員。





貰った名刺にはIT管理部 部長と記載されていた。





部長さんなんだー、すごいなぁ、と言ったら、「窓際部署ですよ」と言っていた。





窓際って、窓の近くにあるって事よね?





「窓の近くでお仕事出来るならいいですね!気分転換に窓を開けられるし、五階なら見晴らしが良いでしょう?」





クスリと笑われた気がした。残念な事に横顔で、表情が少ししか見えなかった。





いつも笑ったりしない彼が、もしかして笑ってくれた?と思うと、楽しくなってしまった私はつい、今度会社を見に行ってもいいですか?と訊いた。





「何をしにですか?」急に鋭い声に変わった。





「え、あの、ただ・・・どんな会社かなと思って・・・」私、いけない事を訊いてしまったかしら?と思ったけど、どこがいけなかったのかは解らなくて戸惑っていた。





「どんなって、高校生の君が来ても面白くもない場所ですよ。来る必要ありません。」





『必要ありません』と言われて、怒らせてしまったかとびくびくしながら「ごめんなさい。」と謝ると、






「来年は大学受験でしょう?そんな時間があったら勉強して下さい。」といつもの淡々とした声の調子で、前を向いたまま怒ってはいないという風に返された。





瑞樹さんの会社は、お兄ちゃんのマンションの駅から歩いて15分位の場所にあった。





この辺りなのだけど・・・





バス通りの、商店やマンションに混じって並ぶ、黒に近いグレーっぽい建物。





あの会社だわ、と玄関に書かれた金字の会社名からかろうじて解るシックな感じの会社。





階数は1.2.3・・・7階建てかしら?





5階だとあの辺。





窓際の部署、だけどブラインドが下ろされていて見えない。





西日が眩しいから開けられないのかしら。





真っ赤な夕日が落ちても、私は近くにあったバス停のベンチに腰掛けて、街灯の灯かりの下で会社を眺めていた。





道路を挟んで向こうだから、彼が会社の自動ドアを出て来てもすぐには気が付かない筈。





会社の斜め前、車道を挟んだ屋根付きのバス停留所に、高校生の私が座っていても気付く筈がない。





数人が会社から出て来た。けれど瑞樹さんではなかった。





それから30分、暗さはもう変わらなくなって二時間近く。





19時を過ぎた。もう帰らないといけない。





おじいちゃんもおばあちゃんにはお兄ちゃんの家に行ってから帰ると連絡しておいたけれど、あまり遅過ぎると心配をかけてしまうから。





後ろ髪を引かれるようにして冷えた脚を伸ばしてベンチから立ち上がった陽芽野は会社の玄関から出て来た人がこちらを見ていたのに気付く。





瑞樹さんだ!





もしかして私に気が付いた?





陽芽野は通りを挟んだ会社の前の人影に目を凝らす。





けれど瑞樹は駅の方向へ向いて立っていた。





気付かなかったのかもしれない。





あの鞄は瑞樹さん、背格好だってそう。少し自信がなくなって会社の正面の方向へ平行状態のまま近付く。





もう一度触ってみて、どきどきしなかったら恋じゃないから・・・





きっとそう。





確かめるだけ。





あの腕に、触って、みて・・・





会社を過ぎた私は横断歩道の前で青信号になるのを待っていた。





その時、彼が会社の玄関に顔を向けた。





鞄をかけていない方の彼の右腕が、玄関前でよろめいた女性の体を支えた。





薄手の白系コートから覗くスーツのスカート、細い足元は黒のパンプス。





長そうな髪を後ろで纏めた銀のバレッタがキラキラ光って見えた。





頬を赤く染めていると解る彼女と、メガネをかけていない顔で微笑む彼の姿を見た私は恋人同士だと思った。





個人情報です、と教えてくれなかった彼の恋人は同じ会社の人だったのだと、この時初めて知った。





そうか・・・恋人の事を私に知られるのが恥ずかしかったから、彼は来るなと言ったのね。






言われた事を守らず来てしまってごめんなさい。






歩行者信号が青になって、横断歩道を渡った私は、二人に背を向けて駅の方へ向かって全力で走り出した。





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