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挿絵(By みてみん)

朝、学校に着くと、陽芽野は鞄から一限目の古典のノートを取り出して開いた。


古文の現代語訳の最後の一行、どちらの意味かわからないから、愛梨ちゃんか若菜ちゃんに聞こうと思っていた。


「ねー、見て。陽芽野(ひめの)。」


愛梨ちゃんが持って来たのは黒い小さな粒。私の目の前に指で摘んだ黒い丸を角度を変えて見せた。


「種?」何の種か解らない私に、


「お・ま・じ・な・い用。」と言って黒い粒を私の手のひらの上に載せる愛梨ちゃん。


「何のおまじない?」と私が訊くと、


「恋に決まってんでしょう。」愛梨ちゃんはにやりと笑った。


「恋?」


「ほら見てよ、ハートのカタチ。」よーく見ると黒く小さな丸い種に、白っぽいハート形のシールが貼ってあるように見えた。


「ハートのシール?」


「あー、ちがうちがう。こういう模様なの。」


「ええー?すごいねぇ。」と私がびっくりしていると、


「不思議よねぇ。見事なハートマーク。」と若菜ちゃんが言って、


「1コじゃなくて全部だもんね。」


愛梨ちゃんは紙袋を取り出すと、中にいっぱい、一見ほおずきのような、それよりは小さな茶色く枯れた植物の袋状の実が入っていた。


「見てて、ほら袋を開けると三つ黒い種が入ってて、このハートの部分が袋とくっついていて、はがすとほーら、きれいなハートでしょ?」


「すごーい。こうなってたのね。」


「家の庭に植えたグリーンカーテン。今年はずーっと暑かったから、なかなか枯れなかったのよ。ツル性の植物で風船蔓(ふうせんかずら)って言うんだって。」


「ふうせんって、あのふわふわ飛ぶ?」


「そうそう。見た事ない?白い小さな花の後に黄緑のバルーンが沢山実るの。」


「うーん・・・どういうのかなぁ?」うちのお庭にはなかったわ。


家は木陰にあって、グリーンカーテンは必要ないからかもしれない。


「ね、アイちゃん。おまじないってどうやるの?」若菜ちゃんが机に両手をついて体重をかけたのでカクンと揺れた。


「あれ?若、興味あるのー?もしかしてR先輩とのことカナ?」


「なによー、知ってるくせにぃ。イジワルだなー、もうっ!」鼻を赤くした若菜ちゃんは愛梨ちゃんの肩をバシッと手で叩いた。


「そーだ!陽芽野は?」若菜ちゃんは自分の話から逸らすようにして私に振った。


「え?私?」


「この前のメガネリーマン。」


「メガネリー・・・?」メガネ、何?


「あーそうそう。駅で見た人でしょう?どーなったの?そ・の・後!スカート反応アリ?」


「あー、そうそう。雨強くなったからビコらなかったけど、キニナルよねー。」


尾行って?駅で見た人・・・?


「スカート?メガネ?えーと?・・・ああ、瑞樹さん。」


瑞樹さんは普段はメガネをかけていないから、私にはあまりメガネをかけているという印象がない。


「きゃー、なんかヤラシー。ミズキさん、だってぇ。」


「ナニナニ、オトコ嫌いが急に恋に覚醒?」


「恋?あ、えーと、そういうのじゃないから。」


厳しいお兄ちゃん?ううん、お父さんかなぁ・・・本物のお父さんの事は思い出せないけれど。


「またまたー、たしかー、その人には触れるって言ってたでしょ?ソレって好きってバレバレじゃん。」


「えっ、だって、恋ってドキドキするって聞いた事があるけど、ドキドキと違う気がする。」


「違うって、何で?そもそもどーして嫌じゃないのかフシギよねぇ。もしかして、その人は女だった、とか?」


「うーん、男の人だと思うけど・・・大丈夫なの。」


変・・・だけどセイさんも、触っても触られても大丈夫だった。


セイさんは遠くに行ってしまったけど、逢いに行きたいと強く願ったりはしない。


けれど瑞樹さんは、遠くじゃないけれど、いつもばったり逢えるけれど、逢いたいと思ってしまう。


何故なのか解らないけれど、彼の気になる所が一つあって・・・それが原因かもしれない。


「なーんかさ、それって結局陽芽野の好みのタイプって事じゃない?はっきりと意識してないだけでさ、何となくスキ、みたいな。」


「なんとなく好き?」その時予鈴が鳴って、


「鳴っちゃったぁ。じゃあ、後でね。」


愛梨ちゃんは一つ置いて並んだ自分の机に戻ると、急いで鞄に種を入れた袋をしまい、若菜ちゃんは私の肩にトンと手を置いてから、最後尾の自分の席に戻って行った。



何となく、好き?


好きって、恋って、もっと熱くて激しくてドキドキとあの映画に出ていた時のお兄ちゃんと恋人の姫麗さんのような感じでしょう?


私と瑞樹さんは年も違うし趣味も多分違う。


いつも迷惑かしら?と気になるし、瑞樹さんは自分の事を何も話してくれない。


それは私に心を開いてくれていないから。


開く間柄ではないと、彼に言わせればそういう事になる。


こういうのは好きとか、恋とかではないと、男性に恋した事のない陽芽野は思っていた。



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今日もまた、僕はいつものように社長室に呼ばれる。


大和さんが社に居る日の昼は、時々こうして社長室で一緒に仕出し弁当を食べるのが習慣になっていた。


しかし、今日の昼はやけに可愛らしい、まるで女性社員のお弁当のような・・・


応接ソファーのテーブルの上に置かれたお弁当を前に、瑞樹がひらめいたのは、


「たんぽぽさん、一時帰国したのですか?」


大和社長の奥様のたんぽぽさんが帰って来る、そんな情報はないが、突然の帰国ならあり得る。


「たんぽぽ?ああ、違う。その弁当は」と大和さんが言いかけた時、コンコンと秘書室側の扉がノックされた。


「失礼します。お茶をお持ちしました。」


「ありがとう堀越さん。お弁当もこれからいただくよ。」と大和が言ったので、瑞樹は、堀越さんが作ったのか・・・と解った。


でも何故急に、と考えを巡らせていると、


「松田さん、すみません。松田さんのお好きな物は何か解らなかったので、社長のお好きな物ばかりにしてしまったのですが・・・お口に合わなかったら食べずにそのままにして下さい。」


少し頬を赤くして恥ずかしそうに俯いたまま堀越さんは、丸盆を前に抱えて僕と大和さんにお辞儀した後、「失礼しました。」と秘書室へ素早く戻って行った。


「ヒューヒュー、モテるな、お前。」


「はい?」


「いいんじゃねーの?堀越さんなら口堅そうだから、お前に合ってるかも。」


「合ってると言うのは?」


「堀越さんと付き合え。」


「社長、何を言い出すんですか。」


「そしたら俺も安心だし、色々とさ。」


「僕は特に社長にご心配されるような事はしていないつもりですが?」


「まーまー、いいから食おうぜ、色男。」


「いただきます。」


色男って何ですか?


それは堀越さんが僕に気があるとでも言いたげな・・・もしや、そうなのだろうか?


いや、彼女は僕と社長との仲を怪しんでいる筈だからそれはないと思われる。


若い女が男を好きになる、若い男が女を好きになる、そんな図式を完成させたがる、まるで一昔前の親戚のオバちゃんという人種のような人間が世間一般には多いということは知っているが、大和さんまでそうなるなんて少し幻滅した。


「ごちそうさまでした。」


可愛らしい柄のやや小さめのお弁当箱が二つだったので、食べ終えるのに時間はかからなかった。


箸箱に箸を収めていると、お茶の入った湯呑みを手に持った大和さんが訊いた。


「どうだった?感想は。」


「社長と同じ感想ですよ。」たんぽぽさんが一番という大和社長と同じ。


正直に言って比べる訳ではないが、たんぽぽさんの方が上手だ。


それは長年料理をしていたかしていないかの差だろうと思う。


だけど一生懸命作ってくれたのだろうという事だけは感じられた。


僕は料理をしない方だから、偉そうな事は言えないが。


「社長、お弁当箱貸して下さい。給湯室で洗ってきますから。」


「え、ああ。悪いな。」


僕は給湯室でお弁当箱を洗いながら、何故だか急に、昔 祖父が作ってくれた、甘くて、焦げてて、酒の入った、不味(まず)い卵焼きの味を思い出していた。





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