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31 バレンタインデー

マンションの前で待っていると姫麗さんとお兄ちゃんが帰って来た。



「どうしたの?」



「うん。チョコケーキ焼いたから、持って来たの。もう帰るね。」



21時を過ぎている時刻、暗い表情の妹の姿に梧朗は、



「姫麗も泊まるから久しぶりに泊まって行ったら?」と陽芽野に勧めた。







「チョコケーキありがと。美味しかった。今度教えてね。あ・・・でも梧朗さんには甘くないレシピで。」




「姫麗さん。」




リビングのソファーで、パジャマ姿の陽芽野は、隣に座る姫麗に抱きついて泣き出した。




「陽芽野。」梧朗が心配そうに近付いて隣に座った。




「もしも・・・いえ、何でもないです。」




「なぁに?言ってみて。」




「お兄ちゃん、姫麗さんと二人でお話してもいい?」




「え・・・?いいけど、秘密の話なの?」「そういう訳じゃないけど、ちょっと・・・」




「そう。それなら、姫麗、いいかな?聞いて貰っても。」



「もちろん。この前だってベッドで二人で話したよね?あ、じゃあ、ベッド行こう!」



姫麗さんはベッドサイドの透明感のあるバラモチーフのシェードで飾られたルームランプを点けてから、パタンとベッドルームのドアを閉めて、私の手を取った。



「行くよ、せーの!」




二人でベッドにダイブする。




ボフッボフ・・・




ルームランプの光の中、浮遊する埃をぼんやり見つめている私が話すのを待っていてくれる姫麗さん。




「もしもなんですけれど、その、お兄ちゃんに、実は好きな人がいるって言われたらどうしますか?」




「え・・・うーん、どうして?」姫麗は、実際にいるんだけどね、と思いながら陽芽野に訊いた。




「例えば、その、好きな人が『男の人』だと言われたら・・・嘘だと思いますか?」




「・・・えっと、えっと・・・」何で?何で陽芽野ちゃんがソレを知ってるの?




「私、瑞樹さんにそう言われて、クリスマス前に別れたんです。」




「えっ?!カレと・・・そんな!」




「私の顔を見たくないって、言われました。」




「ヒドッ・・・何ソレ!それでカレは、その好きな男と付き合っているの?」




「いいえ。その好きな人というのは既婚の方で、片想いだそうです・・・もしかすると嘘かもしれません。本当だとしたら、私は女だから、彼には好きになって貰えないでしょう?どうしたらいいですか?どうしたら忘れられますか?」




「そうねぇ・・・忘れたいなら忘れた方がいいかも。」アタシが苦しんだように、陽芽野ちゃんにも苦しめとは言いたくない。




「え?」




「アタシなら、梧朗さんが男が好きでも構わない。他の女が好きと言われるよりはいいかな?」だって実際に梧朗さんの一番はセイだしね、とは明かせない姫麗。




「どうしてですか?」




「好きだから。彼の一番が誰でも、多分アタシは一生スキ。結ばれなくてもスキな人だと思う。アタシの友達の話なんだけどね、付き合っていたカレの好きな人が男の人だって解って、一旦別れたんだけど、今はまた付き合ってる、みたい。」




「そのお友達のカレは、一旦別れたのにどうしてまた・・・」




「さぁ?友達は利用されてるだけかもしれない。でも、それでもいいって、その子は一途だから、っていうか、忘れられなかっただけみたい。陽芽野ちゃんが彼を忘れたいなら忘れればいい。けど、今すぐは無理よね。時間がかかる。アタシは忘れられないから二番でもいいの。」




「え?二番って?」




「あ、いやいや、友達のその子が二番でもいいって、スキだって言ってたの。」




「二番・・・私も二番になりたいです。でも・・・もうきっと無理みたい。」




「もう一度会って、『スキです』って伝えたら?」




絶対に逢えないから、もういい・・・忘れる事にします。




「いいえ。姫麗さんに話したらすっきりしました。もう逢わないつもりです。聞いて貰ってすみませんでした。ありがとうございました。」ふわりと笑顔を見せる陽芽野を見て、



陽芽野ちゃんの気持ちはアタシには解らないから・・・



今はそっとしておいてあげたいと姫麗は思った。



「・・・おやすみ、陽芽野ちゃん。」「おやすみなさい。」陽芽野に布団を掛けて、姫麗は部屋を出た。



姫麗さんはお兄ちゃんが誰を好きでも構わないって・・・強い人だなって思った。



私も強くなろう。



彼が誰を好きでも構わない。私の事を嫌っていても悲しくないと思えるように。






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明日は、祖父の所へ行く。



僕の唯一の家族。



金曜日の夜、特に意味も何もない日だ。そう、ただ何でもない一日が終わるだけ。



今日もつまらなかった。



内部のゴタゴタは収まったので、内偵調査は報告書を上げ、今は通常業務という、大した事のない仕事をたらたらと引き伸ばす周りの人に合わせて、そこに存在するだけという日々。



路地を曲がり、窓を見ないようにして階段を上がる癖が付いてしまったのは、灯りが点っていないのを思い知りたくないからなのだろうか?



しかし玄関を開けて部屋の中に入ると、幻影の君に、「おかえりなさい」と言われる声を、頭の中で勝手に作り出してしまう。



「ただいま。」と、真っ暗な部屋の中で呟くと、何もかもが嫌になる。



この場所で君を抱きしめてしまった事が、思い出してしまう僕を苦しめる。



歯痒くて全部の灯りを点けてしまうと、君がどこかからひょっこりと現れるのではないかと期待しているようで、また嫌になる。



これが、この手袋があるから、未練がましくいつまでも君を思い出してしまうんだ。



空のコンビニの袋を手にした瑞樹は、机の上にあった、陽芽野が編んでくれた毛糸の手袋をその中に入れて口をきつく縛った。



そして、ゴミ箱へ捨てた。



君に振り回されるのは、もうたくさんだ。






--------------------------------------------------------------------------------







パジャマにガウンを羽織った梧朗はリビングのソファーに腰掛けて、目を通していた台本から顔を上げ、




ドアを閉めた姫麗の方を向いて訊ねた。




「陽芽野、何だって?」




「ヒ・ミ・ツー!」一本立てた人差し指を、窄めた唇の前に当てて、にこりと微笑んだ姫麗は、梧朗の隣にとすんと腰を下ろした。




「教えてくれないの?」「強いて言うなら、宇宙人に勝つ方法?」




「宇宙人?」




「アタシも今、どうやって忘れさせようか苦戦中なの。」




「よく解らないけど。」




「スキです。」頬の色を変えて、ふふふーと照れ笑いする姫麗に、




「どうしたの?急に。」




「スキな人にスキって言える贅沢な時間を堪能しているんです。」




「そう。堪能した?もういいの?」かわいいな、と梧朗の顔が緩む。




むー・・・またテレビ用の顔してる。




そんな色気を放ち続けて、彼の一番が女だったら発狂してる。




梧朗さんの一番が男で良かったのよ、セイが一番、アタシが二番。




「二番手なりに、頑張ります。」シャキッと梧朗さんの前に立ち上がり、




ソファーに腰掛ける彼の顔を見下ろして、アタシは自分のパジャマのボタンを外した。




彼の手が開いたパジャマの部分から進入して、




ひやりと冷たい指先が、アタシの肌に着地する。




身を屈めたアタシは、梧朗さんの唇に重ね、




応じてくれた彼の甘さが、アタシの口の中だけじゃない、全身の感覚を支配してしまう。




「部屋に行く?」「はい!」彼に誘われなかったら、アタシからここで押し倒しちゃってたかも、しれない?




ねぇ、一緒にベッドに入ったら、アタシを・・・その瞬間だけ一番にしてね、オネガイ。


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