3 僕の見ている世界とは違う場所に居る彼女
女を好きにならなくてはいけない理由?
女と結婚しなくてはいけない理由?
男は女とさせる為に創られた体だから当然というのだろう?
僕はそんな行為など不要だと考えていた。
男とは出来なくもない・・・それは生殖行動に繋がらないからだ。
いらないのに、何故子どもを作らないように出来ないのか。
作る、作らない、そんな言葉を聞くだけで嫌な気分になる。
傲慢な考え、親は偉い?
子どもを作る、作らない、そんな言葉を交わす人間に対して気分の悪くなる感情が湧き上がる。
『産んであげたのに』
『堕ろせば良かった』
想像の母は、いや、母とも呼んだ事のない顔も憶えていない人間。
解っているのは、自分と兄を産んだ「女」という性別だけだ。
しあわせにして欲しかったなんて言わない。
産まないで欲しかった、僕を。
兄も。
秋雨の降り続ける静かな夜に、高橋大和を好きになってしまった理由を考えてみた。
出逢った時は男と解る女の恰好だった。
興味本位で話しかけてみたら、あろう事か襲われた。
男に襲われるなど考えた事もなかったが、女とそういう事をしようとは考えた事もなかった為、良い社会勉強になった。
それで済めば良かったのだが、後日 僕は高橋大和に謝罪され、そして声が似ていたという理由で僕を手籠めにしたと言うのだ。
声が似ていたという大和さんの意中の相手は男で、そこも僕は好きになってしまう要因だったかと思った。
そういった事をするのなら女の方が体の構造上楽だろうに、男とする。
反社会的とも言われる男同士の行為を、愛しているという純粋な理由で、しかも生殖行動ではないので嫌な感じはしなかった。
友人と呼べる友人はいなかったが、その男達の中で男を好きと告白する輩は一人も存在しなかった。
それが当然なのだろうが、僕は女を抱くという事に興味がないというか、嫌悪した。
自身の快楽の為だけに女を抱く、必要ないではないか。
性欲など自分でコントロールすれば良いだけの事。
食欲、性欲、睡眠欲。
食欲は食べなければ死ぬ、と言う事は僕の身には沁みて居る筈、記憶はないが。
睡眠欲、徹夜を続けても限界は来る。
性欲、なくせるものならなくしても構わないと考えている。
女の方が性欲は少ないと聞いた。
その点は良いなと思った。
話を戻そう。
と、僕は何故こんな事をしているのか。
日記のようにこうしてPCにタイプしていれば、今まで出来なかった感情の詳細な分析と整理を同時に行えるだろうか。
大和さんの想い人は三宅正という、冴えない風貌の男だった。
暗い感じで口数も少なく、顔やスタイルについては可哀相な程の男であるのに、大和さんの心を捉える力を持つ不思議な人間だった。
その頃、携帯電話の販売会社に派遣社員として勤めていた僕は完全週休二日、定時で上がれた事も手伝って、三宅正を調べる時間は存分にあった。
調べれば調べる程、会った事もないのに敵対する感情が生まれてしまっていた。
僕と同じく家族はなく天涯孤独な男だったが、母は事故死、父は病死、祖父は突然死、叔母は病死、そして縁談のこじれから遠方の祖父とも絶縁状態になっていて、三宅が自殺しかけたのを大和さんが救い、金を貸し、大和さんの義兄の会社への就職を世話した。
やがて三宅正には恋人が出来た。
そして大和さんは離れていく三宅正を繋ぎ止める事が出来ずに、一緒に死のうとして包丁で誤って三宅の恋人を刺してしまう。
事件は揉み消されたが、大和さんは傷心のまま海外へ・・・行く直前に僕と知り合った。
事件の後、遠方の祖父の会社を手伝う為、大和さんの義兄の会社を辞めた三宅正。
僕はその女が疎ましかった。
三宅正の前からその女が消えたら、大和さんは戻って来て、三宅正としあわせに暮らせる。
描いた図式を完成させる為、先ずは大和さんと三宅の勤めていた会社に入社した。
幸いな事に、二人も辞めてしまった会社に入る事はそれ程難しい事ではなかった。
そして三宅正が借りていた社員寮に入れたのはとても都合が良かった。
後はその恋人を三宅正にそっくりだというこの声を利用して・・・
そう考えていた矢先、大和さんが海外から戻り、同じく社員寮に住み、僕を敵のように監視し続けた。
関心がないよりは嬉しかったが、三宅正と彼女の仲を応援するその心境が理解出来なかった。
三宅正の彼女を刺す前の大和さんの方がまだ理解出来る。
しかし、もっと理解出来ないのは、大和さんが見合いした金持ちの娘とスピード結婚してしまった事だ。
大和さんの女遊びが激しい事は知っていた。だから一人に絞る結婚など、する訳がないと思っていた。
相手は大企業の社長令嬢。政略結婚かと思ったがまた違う。
彼女は家を捨てて大和さんにくっついて来た、まさに押しかけ女房だ。
変わり者だが、ただ、家事能力には秀出ていて良妻にはなり得る人だと思った。
しかし大和さんは本気ではないと僕は高を括り、内情では虎視眈々と破局を狙っていた。
大和さんと結婚した彼女は現在、海外のアトリエでデザイナー修行中だ。
その帰りを独りで待つ大和さん。
現在大和さんが社長を務める事になった彼の舅のグループ子会社に、内偵調査人員として引き抜かれた僕は・・・何故こうしているのか。
大和さんが三宅正を好きだった頃は応援もしていたが、今は、当然のように女性と結婚し、しあわせを感じているようだから僕が応援する必要もない。
彼の傍で以前のような激しい感情もないのに、ここにいる必要があるのかと考えてしまう。
ただ他にやりたいと思う事もなく、日々平穏に過ごす今の生活は嫌いではないが・・・
例えてみるなら、
寂しい?
しがみつく物がなくなった自分、その価値を上手く量れずにいるだけかなと今夜は考えて思考を閉じた。
つもりだったのに、突如思い出したのは彼女。
僕の腕にいつもしがみつく君。
宵闇が訪れる前の茜に染まる空のような色ではにかむ君の顔を見ると、その日迎える暗闇の向こうにまた、次の茜色を作る陽が昇る事は当たり前だと思わせられる。
不思議な君。
君は、僕の見ている世界など想像すら出来ない場所で暮らしているのだろうと、思っていた。