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22 合鍵

幾度目かの夜。




またか、と溜め息を呑み込んで、




震える体を温める事に心を砕く。





毎週金曜日の夜になると陽芽野は瑞樹のアパートに夕食を作っては訪れていた。




土曜日の朝と日曜日の朝も。




油断した。今夜は雨だから来ないと勝手に思い込んでしまっていた自分を反省する。




「夜は、ここへ来るなと言いましたけど?」つい、きつい口調になってしまう。




「ごめんなさい。」




12月の冷たい雨と風に晒されてここまでやって来た君の頬は紅く色付いて、目も潤んでいた。





部屋の前は、屋根がかかってはいるが、決して暖かくはない。





明日の朝、どうせ来るのだから、何も今夜無理して来なくても、と思ったけど、今更遅い。




鍵を開けた玄関を入り、濡れたコートにハンガーを通した後、君のコートと僕のコートを、点けたエアコンの温風の当たる部分に吊るしてから手を洗い、お湯を沸かした。




瑞樹は温めたタオルで陽芽野の頬を包んだ。




タオルを押し当てる瑞樹の手に、細く白い指が触れる。




君の指、とても冷たい。




「ばか・・・」思わず溜め息と共に漏らしてしまうと、




「あい、たくて・・・」黒い瞳を潤ませて切なそうに訴えられる。




こんな寒い雨の夜に僕に会いに来たって、何も得する事はないのに、




本当に馬鹿だ。




「風邪を引いたら会いませんからね。」脅し文句なら言える。




「絶対、風邪は引きません。だって、馬鹿ですから。」僕の言った言葉を引用されると、嫌味に聞こえる。




「ここに居る事、お兄さんは知っているの?」




「・・・はい。知っています。」本当だろうか?




どちらにしても、早く送って行こう。




「食べたら、行きますよ?」「はい・・・」




長く続かないのに、こんな事。




昔、祖母が作ってくれたような、定番の和食が多い君の味。




食後にお茶を飲んで、賑やかな、こんな金曜の夜、慣れたらいけないと思うのに、




僕が金曜の夜だけは定時に帰るようになってしまったのは、




寒空の下、絶対に君が僕を待っていると思ってしまうから。




カタ、と椅子を少し鳴らして立ち上がると、引き出しを開けた。




これだ。




・・・・・・。




取り出したそれを見て、少しの間、躊躇う。




深い意味はない、期待もしてない。




僕が心配したくないからだ。




だって外で女子高生が待っているなんて危険だし、




何度「だめ」と言っても聞き入れてくれない君にはこの方法を取るしかないんだ。




パチン。




小学生の頃、祖父と打った将棋の駒よりは高くない音で響いた。




テーブルの上に置いた物から指を離すと、




注目していた君の目が、僕の顔を仰ぎ見る。




僕に訊こうとする君が口を開く前に、




「この部屋の合鍵です。失くさないように。いつも外で待たれては迷惑なので中で持っていて下さい。それと、部屋に入ったらすぐに鍵を閉めて下さい。」




「は、はいっ。」




と返事をしながらも、テーブルの上に置いた鍵を手にしない君に、




「もう来ないから、要りませんか?」と訊くと、




「要ります。ありがとうございます。」




ちらっと僕を上目で見てから鍵に手を伸ばした。




両手で包み、胸の前で鍵を握り締める君の顔は何とも言えない複雑な表情で、




何を考えているのか気になる。






---------------------------------------------------------






鍵・・・私がこのお部屋に来ても、




あなたに会いに来てもいいと言われたみたいで嬉しい。




だけど、お家の鍵・・・私が持っていて、本当にいいのだろうか?




私がこの鍵を使って、悪い事をするとは思っていないのかしら?




いいえ、しません、もちろん悪い事なんてしません。




部屋の中を探ったりもしないし、物を壊したりもしません。




「何を考えているの?」




彼に訊かれてどきりとした。




「悪い事をしたりしません。」慌てたので、変な言い方になってしまった。




「夜は来ないように。」と言われたので、




「はい。」夕方ならいいでしょうか?とは訊かなかったけれど、




だめ、と言われてもきっと来てしまうと、手の中でだんだん温かくなって行く瑞樹さんのお家の鍵を、バッグの中のポーチに大切にしまった。




初めて彼から貰った・・・正確には借りた、私にとっては『魔法の鍵』。




「コートも乾いたし、そろそろ行きましょうか。」




「はい。」




お兄ちゃんの家までは車で行く距離ではないけれど、雨が降っていた為、今夜は車で送ってくれた。




マンションの前に到着しても、中々車から降りられない。




「明日、おじいちゃんの所へ行きますか?」





「そのつもりですけど?」




「私も、連れて行って下さい。おじいちゃんにお土産があるんです。」




「いいですけど・・・君の事を忘れているかもしれませんよ?」




「はい。大丈夫です。」




「それなら明日は、そうだな・・・9時に迎えに来ます。」




「はい!送ってくださってありがとうございました。」










傘を差し、車を出すまで立っていそうな陽芽野の様子に、瑞樹は車を出した。




一人で戻ったアパートの部屋に入ると、丁度メールの着信音が鳴った。









『瑞樹さん、今日は鍵を貸してくださってありがとうございました。




嬉しかったです。大切にします。




おやすみなさい。また明日。




陽芽野』






スマートフォンを手に立ち止まったまま、





ふ・・・と思わず笑ってしまう瑞樹。





「また、明日も君に振り回されるんですか、僕が。」と呟いて、




君がさっき使っていたマグカップを眺めていた。




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sazanamiの物語
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