2 男が苦手な彼女と女が苦手な僕
裏口から出て少し駅に向かった場所、ショッピングモール裏手の連絡階段下に設けられたタクシー乗り場は、バスターミナルと同じく屋根のある場所で僕の傘に二人で入って向かう途中、
「だけどよろしいのですか?」と遠慮の色を見せた彼女が僕に訊いた。
「本当はよろしくないですが、そのスカート・・・」
「えっ?」
「何でもありません。」
「スカートって言いませんでしたか?」
「いえ、ただいつもよりも短い気がしたので。」
タクシー乗り場に向かって並んで歩きながら
「興味ありますか?」「はい?」
「女の子のスカート。」「は?・・・ありません。」
「やっぱり。そう言ったのに・・・」とブツブツ言う陽芽野の様子に瑞樹は、
「やっぱり?というのは、誰かに何かを入れ知恵されたのですか?」
「えっと・・・」
「はっきり言いなさい。」
「友達が、スカートを短くしたら瑞樹さんの興味を引いて、気にかけてくれるからって。でもそんな事はないって言ったんです。」
「それで僕を試した訳ですか。」
「試したなんて、そういうつもりでは。ただ、私の体に触ってみて欲しかっただけです。」
タクシー乗り場で並びながら「体に触ってみて欲しかった」そんな事を女子高校生に言わせた僕は、周囲から変態扱いの目で見られてしまった。
まったくもう。
彼女の耳に手を当てて、口を近付けて、
「触ってみて欲しいだなんて思っても、こんな場所では口にしないで下さい。」
小声で諭した。
変態なのは彼女の方だ。
やたらと馴れ馴れしく僕の体に触って来る。
そして触って欲しいだとか短いスカートに興味があるかとか、一体何だ?
僕を誘っている?
いや、誘われるような関係ではないし、第一彼女は男が苦手な筈。
いやいや、僕を男として意識していないから馴れ馴れしく触って来る。
そもそもどうして僕に触って欲しいというのか解らない。
「どうして僕に触って欲しいのですか?」
「試しているんです。」
「君は先程試したつもりはないと言っていませんでしたか?」
つい、耳から手を放して普通の声で言ってしまった。
「あ、ですから、私が瑞樹さんに触られても大丈夫な理由を知りたくて、自分を試してみたかったんです。」
僕に触られても大丈夫な理由?男としてみていない、或いは男性恐怖症が治っている。
「それなら治ったのではないですか?僕以外の男でも大丈夫なのでは?」
「クラスメイトに頼んで触って貰ったのですが、やっぱり気分が悪くなってしまいました。」
俯いた彼女は無言になった。
「うーん・・・」
何故なのだろう。僕が平気な理由は一体?
タクシーに乗り込むと、「どちらまで?」と訊いた運転手のバックミラーを見る目が何度も僕と彼女を往復しているのが解る。
スーツ姿のビジネスマンと制服姿の女子高生、しかもスカート短い、が宵の口に一緒にタクシーに乗り込むなんて、
如何わしい関係かと訝られている、と容易に想像出来た。
会社員と女子高生?いや、教師と生徒?
親子には見えないならせめて兄妹とか。
ともかく彼女の家の住所を告げて走り出す車。
思わぬところで時間をロスしたなと、雨のしずくがぶつかっては流れていく窓を見ながら僕は、ふうっと漏らす息を彼女に気付かれないようにゆっくりとなるべく静かに吐き出す。
会話もなく、ただ静かにタクシーは走り、
彼女を自宅前で降ろすと、僕は会社に向かってと運転手に告げた。
何か言いたそうに口を開こうとするも、僕がじっとミラー越しに視線を向けているせいで、
話しかける機会を失った運転手はただパクパクと息をするふりでその場を誤魔化していた、と思われる。
訊かれるような疚しい間柄ではないが、
それを完全に信じて貰う事は状況から判断すると難しそうだった為、訊かれない様、隙を見せない雰囲気を出しているつもりで堂々と座っていた。
弁解も何もない。関係がないのだから。
ただの知り合い。偶然が重なって度々逢う内に懐かれただけだ。
僕に懐く人間は今まで居なかったから、とても調子が狂う。
出来るだけ彼女には遭遇したくないと思っているのだが、その想いとは裏腹に今日のように出くわしてしまう。
縁があるというのなら、もっと別の縁が良かった。
触られたいと言われた今日、僕は彼女にどう接して良いものか解らなくなった。
僕が彼女に触って、問題ないと確認したらそれで彼女の気は済むのだろうか?
触る・・・僕が女子高生の体に?
考えられないと首を振った。
社に戻ると、配属先のIT管理部に一度顔を出す。
名前は良いが、はっきり言って仕事の出来ない人間を集めた部門。
僕以外に四人、一人は心の病で安静加療中の為、出勤している三人はPCに向かってはいる、が・・・。
一応この部の長である僕がいないと、皆仕事らしい仕事は行えていない事が多い。
気付かないふりで「お疲れさまです。」と自分のデスクに戻るが、本当は「解っています。」と独り言を呟いてしまうと、
全員ガバッとPC画面から顔を上げた。
田井さんは株
平目さんはオンラインゲーム
甲斐さんはホームページ作成
暇を持て余してこっそり行うのも、この仕事内容では解る気がするが、そもそもこの部署に左遷されたのは彼らの仕事への意欲が感じられなかったからだという事に彼ら自身が気が付いていないのが致命的な事なのに、それにすら気が付かず改善せず胡坐をかいて会社に貢献どころか甘えているから何ともお粗末で、僕は長と言われてもそんな彼らに構っている時間の余裕もなく、放任しているのが実状だ。
正直に言わなくても、以前の会社の総務課に居た方が退屈だが楽だった。
今は退屈という暇がない程の量の仕事を任される。特に多いのは社長の補佐。
それも表向きはIT管理に必要な外回り業務として動く形を取っているから厄介。
IT管理に外回り業務なんて名目はおかしいのに。
それならば秘書室に配属してくれればもっと動けたのにと瑞樹はいつも考えてしまう。
いや、よくよく考えたらあそこは女性ばかりだから居心地は悪く、気疲れしそうだ。
それに何より社長命令で付き合わされた堀越さんとの映画デートとやらもそのままになっているのを思い出すとまた溜息が漏れる。
『おい、松田のせいで変な目で見られるから、堀越さん誘ってデートに行け。社長命令、仕事だ。ちょうどここに映画のチケットがある。貰い物だけどな。』
まったく、自分のせいでしょうが。
僕をからかう為にキスするフリなどするから、堀越さんに誤解されるのです。
振り向いてくれないあの人の傍でサポートするのはどうしてなのか解っている。
女性に興味がないのは今に始まった事ではない。
ゲイ、そういうのとも少し違う気がしている。
PCで整理して客観的に自分の内面を見つめればどうしてそうなってしまったのかの原因を知り対策を練る事は可能なのは解っている。
けれどそれが出来ないままの瑞樹には、今日も高橋からの呼び出しに応える事で、心を安らかに保っていられるのだという自覚があった。
今はただ、あの人に必要とされたいだけ。
それがなくなってしまう日が来る事に怯えているだけ。