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11 辛い話甘い話

おまじないが効いているのか、週末にお兄ちゃんのマンションに行く度に利用する駅で、彼に偶然出逢う事はなくなった。




これで良かった、と笑うフリをずっとしている心は疲れ過ぎて、真っ赤に色付いて落ちる葉っぱですら、綺麗だと感じられなくなる程、褪めていた。




右手に握った日向(ひなた)のベンチは温かくて、左手に握った日陰のベンチは冷たい。



陽芽野は中庭のベンチ、校舎の陰に隠れる部分と直接日が当たっている部分との境目に座っていた。




半分ずつの私のココロみたいだと息を吐いた時、




「なぁに?ため息?どーなのよ、陽芽野、おまじないしたんでしょ?あれから彼に会った?告白は?」




「愛梨ちゃん・・・」




昼休み、お弁当の時間に一人教室を出て、静かな中庭の片隅でひなたぼっこをしながら、




芝生に囲まれた池の水面に落ちる赤に染まった葉っぱをベンチに座り、一枚二枚・・・ぼーっと見ていた私の隣に、お弁当を持った愛梨ちゃんが腰を下ろした。




「最近食べてないでしょう?今日だってお弁当持って来てないの知ってるんだから。」




「食欲の秋で、家で食べ過ぎちゃって。だから一食くらい抜かないといけないの。」




「う・そ・つ・き。恋わずらいのくせに。何よ、もしかしてミズキさんに告白してフラれちゃったの?」




「え、ちが・・・」




瑞樹さん、自分では口に出来なくなったその名前を聞いて、思わずボロリと忘れていた筈の涙を零してしまった。




「アイちゃーん、陽芽野ー、おまたせー!」




パタパタという足音を校舎で囲まれた広い中庭に反響させて、背後から若菜ちゃんの声がだんだん近付いて来る。




「はい、タオル。」




「ありがとう、アイちゃん。」





「あー、アイちゃんが陽芽野を泣かしてるー。」




にやっと笑った顔を私の前に見せた若菜ちゃん。




「若菜ちゃん、違うの。」




「はいはい、解ってるって。そんなに痩せてるからだめなのよ。顔はかわいくても体が痩せてたら魅力半減だってさ。」




「とか言って、若ちゃん、陽芽野がスリムで羨ましいって思ってるくせに。太らせたいんでしょ?甘い物ばっかり買って来て。」




愛梨ちゃんが一旦ビニール袋から出してベンチの上に並べた菓子パンやデザート類を、



「そ、そんな事ないもーん・・・」




学校近くのコンビニロゴの入った袋に若菜ちゃんが戻して行く。





私はクスッと笑って若菜ちゃんに、「元気になるオススメ、一つください。」と手のひらを差し出した。





「オススメかぁー、ちょっと待ってね。」と若菜ちゃんは菓子パンやデザートのパッケージ裏の製品表示を確かめ始めた。





「どうしたの、若ちゃん。」変に思った愛梨ちゃんが訊くと、





「1kcalでも高いのを・・・こっち、あー、それともこっちの方が?gでカロリー計算して。」




はい、と愛梨ちゃんにプリンを渡す若菜ちゃん。




「あのねー、これ1個じゃ陽芽野は太らないって。はい、陽芽野。」




「ありがとう。」




「あー、もう、じゃあ、これとこれも食べて。それから飲み物も。」と次々に陽芽野に渡し始める若菜。




「あ、りがとう・・・でもこんなには。」




「だーめ、食べるの。そんで太ってくれないと、私も安心してヤケ食い出来ない。」




「え?ヤケ食いって若ちゃん、どしたの?」




「さっき行って来たコンビニで、R先輩と多分先輩と同じクラスと思われる女子が仲良く買い物してた。」




「ええっ?」私と愛梨ちゃんが同時に声を上げてしまうと、




今度は若菜ちゃんが泣き出した。





「あー・・・もう、二人ともか。困ったね、こりゃ。」





愛梨ちゃんは頭を抱えた。





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「おまじない、効かないじゃない!」




「・・・効いてると思う、よ。先輩の所へ明日確かめに行こう。」





私は若菜ちゃんを学校からの帰り道、宥めながら言った。





「んー?あれ、そっか。若ちゃんはライバルの名前書いてないじゃない!だからよ。」




「あ、そっかぁ。よおーし、家に帰ったら早速掘り起こして来る。」





家の近所の公園の木の根元に埋めたと言っていた若菜ちゃんは、急に元気になった。





「効かないとか文句言っといて信じてるね、若ちゃんてば。」と愛梨ちゃんが私の耳元で囁いた。





「うん、そうだね。」おまじない、効いて欲しいと私は本当に思っているの?





瑞樹さんが堀越さんと上手く行って、仲良くてラブラブでしあわせで・・・それでいいでしょ?





なのに苦しい。





彼に、もう逢う事が出来なくなると思うと、苦しい。





変なの・・・瑞樹さんは男の人なのに、逢いたいと思ってしまうなんて。





「・・・告白してフラれたら、どうやって忘れたらいいの?」





「えー?陽芽野はフラれないって。」





「そうだよ。」





告白をしなくても彼の心は堀越さんにあると、あの日私に見せた顔の表情から、すぐに解った。





彼に触れたり触れられたり、名前を呼んだり呼ばれたり、視線を交わし合う事すら、





二度と出来ない。





おまじないの効き目は逢えなくなっただけ?





それだけでは、苦しいまま。





この想いも引き剥がして、そして跡形なく消して欲しい。





恋なのかどうか解らない感情。





教えて、どうしたらいなくなってくれるのか・・・彼がココロのここから。





「あのね、私・・・フラれたの。だから忘れる方法を教えて。」





ずうっと思い出してしまうけれど、早く忘れなくてはいけない人。





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お昼を社長室で食べ終えた後ソファーに掛けたまま、コーヒーを飲んでいた瑞樹は顔を上げた。




だからその、にやにや顔を何とか出来ませんか?と大和に言うのを、ここ半月ずっと抑えていた瑞樹だったが、とうとう正直に言ってしまおうかと思って口を開いた矢先、




「いや、ほんと、堀越さんが見合い相手と上手く行きそうで良かったよ。お前も彼女と順調みたいだし。」




高橋は同じ事を繰り返して話しては、ほくほくと喜んでいる。




何だろう・・・親戚にこんなオバちゃんはいないが、居たら少し腹立たしく感じるだろう、悪気のない分。




「堀越さんが何を勘違いされたのか知りませんが、正直に言いますと、この間の高校生の彼女と、お付き合いはしていません。」




僕は大和さんにはっきりと告げた。




今までは堀越さんとくっつけようと企んでいると気が付いたので、




陽芽野さんと付き合っていると社長に誤解させたまま、本当は彼女とは関係がないという事を黙っていた。





「え?何だよ、照れるなよ。」




「本当です。僕が好きなのはあなたです。大和さんさえいればいいですから。」




「や、何言ってんだよ!馬鹿・・・」大和が照れた。




蜂の巣よりも危険な僕をつつくような真似、するからですよ。




僕の気持ちを知っているくせに、「好き」と何回言われても戸惑って照れるかわいい大和さんを見る度、女なんて要らないと思ってしまう。




もっとからかいたくなる、けど、大和さんは後で怒るからやめておこう。




「見返りなどいりません。好きでいるだけですから、僕に誰かを(あてが)おうなどとは考えないで下さい。僕が愛する事の出来ない相手の女性が可哀相ですから。」




「付き合ってみればいいだろ?お前が好きになれる女だって世界中捜したら出逢えると思うし。」




「世界中を捜せたら或いは出逢えるかもしれませんが、不可能だと思います。」




「ほぉ・・・捜せたらいるかもと来たか。いいね。成長したお前に飴でもくれてやるか。」




「飴?」




「映画でも行くか。ふ・た・り・で。」




「えっ?!本当ですか?!」




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