『時雨のあと』 藤沢周平
【時雨のあと】
身体を悪くして以来、すさんだ日々を過ごす鳶の安蔵。妹みゆきは、兄の立ち直りを心の支えに、苦界に身を沈めた。客のあい間に小銭をつかみ兄に会うみゆき。ふたりの背に、冷たい時雨が降りそそぐ……。表題作ほか、不遇な町人や下級武士を主人公に、江戸の市井に咲く小哀話を、繊麗に、人情味豊かに描く傑作短編集。
またもや裏表紙のあらすじを拝借しての紹介文で、大変に怠惰な態度であることをさきにお詫びしておく。
哀しくて、ときにあたたかくて、切ない気持ちになる短編集である。藤沢周平という作家は、江戸の町人や下級武士といった歴史の表舞台にはほとんど登場しない人々の暮らしを丁寧に描くことに非常に秀でた作家である。だから藤沢周平の作品は、“水際立つ”といった具合に、鮮やかで目立つものとは趣が異なる。
どうしようもない人間の愚かさ、それによってもたらされるやるせなさ、けれどもそれらに添う人情のあたたかさを感じることができる。
藤沢作品は、人間の愚かさを描くものが多いが、それらは無常観とは少し異なると思う。また、人情のあたたかみはあるが、人の愚かさをそれがすべて包み込むというような描き方でもない。
たえず営まれる暮らしのなかで、生きることへのよりどころにつかの間ふれる、人の人生に対してそういった描き方をしているように思う。
たとえばある事件が起こって、それによって悲しい思いもするが、最後には人々が助け合って人情のあたたかさに包まれて大団円、というような描き方は少ない。それは、じっさいにはそのような大団円に終わる物事がそうそうあるわけではない、ということはもちろん、人のあたたかさにふれるのは、むしろどうしようもない境遇に立ったときや、人の欲や内心の醜さをみるといった瞬間にこそあるのではないかという作家の視線があるように思う。
ただ、作品にそのような強いメッセージ性があるわけではない。作品は、読むものの心にしみ入るようなあたたかさと切なさをもたらすものであると思う。
なお、同短編集に収録されている、『雪明かり』、『闇の顔』、『鱗雲』はわたしのおすすめである。短編集は全七編。
次回は……いつになるか不明なので、予告はしないでおきたいと思う。