江戸時代についての文芸書で、なかなか良書なもの
お久しブリーフ! ……まあ、そうドン引いてくれるな。筆者は昭和の人間である。致し方あるまい。
小説ではないが、江戸時代についての専門的な文芸書で、なかなか面白いものがあるのでご紹介しておく。
専門書は、当然だが小説ではないから、興味のない方にはわりと身構えるというか、敬遠されがちな分野ではあるだろう。これを機に、というのは不遜であるが、興味を持っていただければ幸いである。
①神坂次郎『元禄御畳奉行の日記 尾張藩士の見た浮世』
江戸時代というのは、じつに多岐にわたる職制を敷いていたのだなと、呆れるやら感心するやらである。
本書の主人公は、元禄時代に生きた尾張藩の朝日文左衛門というしがない中級藩士。
「御畳奉行」なる畳に関する庶務(しかし実態はよくわからない)を行う家督を継ぐが、その実ほとんど遊びにかまける、なんともだらしない生活を、江戸でも国許尾張でも送った人物である。
仕事といっても、月の半分は非番のようなもので、することがない。人手も余っており、規律も厳しいのだか緩いのだか、わかりはしない。そしてこの文左衛門、とにかく微に入り細に入り、なんでも日記につける。
その日記を『鸚鵡籠中記』と命名し、酒、賭博、芝居見物、食、女に溺れた自身の行状や藩の醜聞(藩主の生母の不倫や賄賂など)、同僚の失態、その自害など周囲の事件についてミーハー根性丸出しで、二十余年という長期間にわたって綴っていく。まさにゴシップ。いつの時代も人間の本質はそう変わらない、と妙に安心させられる内容である。
ただ、元禄時代の華やかなイメージとは裏腹に、飢饉のために、庶民の生活は困窮した。生活に困って自殺する者がいるなど、文左衛門のみた当世は厳しいものであったことだろう。
そして、気楽ながらも碌でもない人生を送った文左衛門は、死に方もやはり碌でもなかった。酒を飲みすぎたことによる中毒死である。ある時期から、文左衛門の日記はパタリと途絶えている。それが人生の空白を表しているようで、死に方も相まってなんとも憐れを誘う。
原文が多く採用され、いささか読みづらい箇所もあるが、当時の風俗を知ることのできる大変貴重な資料である。少しでも食指が動いたぜ、という方は、ぜひご一読を。
②山本博文『学校では習わない江戸時代』
一般的に流布していることと、実態にはかなりの差があったということを丁寧に解説してくれている本である。赤穂浪士事件や、当時の警察司法、鎖国制度について、多くの資料と著者の博識な見地から語っている。
一番驚いたことは、いわゆる“鎖国令”というものは存在せず、個別の法令を、後世の、それも戦後の学者が勝手に名付けたということである。
鎖国令というと、全国一律にババーンと発布されたもののように理解していたが、じっさいはそうではなく、長崎奉行などに個別に出させた法令が、後世合わさってなぜか“鎖国令”と呼ばれるようになったという、なんとも奇天烈で脱力するような経緯を記している。
むしろ、当時は外交が重んじられていたというのだから、自分の知識と世間の認識がいかにいい加減だったか思い知らされる。
また、著者の歴史観が非常に理性的で、さすがは京大の学者と言いたくなる。
たしか、三章から成っている本だったかと記憶しているが、最後のいわゆる“鎖国令”に関して書かれた章だけでも、充分に一読の価値はある。
我々が認識している歴史と、その実態は笑えるくらい近接していないこともあると指南教授してくれる稀有な本である。
では、また次回。