江戸版逆ハー!? 夢のヒロイン時代小説
今年も残すところ二ヶ月を切ってしまった。読んだ本はできる限り紹介したい。そんなわけで、短いインターバルでの更新である。
さて、小説・マンガを問わず、ヒロインが多くの男性に囲まれるいわゆる「逆ハーレム」というものがある。何を隠そう、筆者の大好物とするところである。健気だったり勝気だったり、ヒロインの性格は千差万別なれど、何かに打ち込む女の子・女性というのは筆者の心をとらえて止まない。
くわえて筆者は、時代小説好きでもある。そんな筆者のために、時代小説で逆ハーレム、かつ何事かに打ち込む女の子が主人公という夢のような作品があるのだから、世の中というものはなかなかに優しい。
今回は、筆者が出合ったパラダイスドリームな作品を紹介したい。
【その壱】
和田はつ子(2007年)『余々姫夢見帖 笑う幽霊』廣済堂
予知夢能力をもつ将軍家のお姫様、余々姫が身分を隠して市井に飛び出し、身の回りで起こる事件を不思議な力で解決してゆくシリーズ第一弾。
ある晩、血濡れの刀をもった見知らぬ男が佇む夢を見た余々姫は、それが予知夢であることを知る。嫁入り前の一世一代の願いとばかりに、将軍である父に町へ出る許可を申し出た余々姫は、側用人・池本方忠の家に身を寄せ、池本家の次男坊・信二郎とともに奇怪な事件の調査へ乗り出す。
人には言えない能力、人には明かせない身分。萌え要素がふんだんで言うことなしの作品。
余々姫の能力を知る者は彼女の侍女と、信二郎とその友人と言った具合に増えてゆくのだが、彼女の身分を知る者は池本家では方忠のみである。これがいわゆる身分差で、恋が展開するお約束的要素として加味されていて見ものである。信二郎の友人・与力の山崎や、兄の総一郎も加わって今後が見逃せない。
抒情的な文体で字も大きく、短時間で読める。オチは意外と呆気ないが、事件解決へひたむきな思いを向ける主人公に対する作家の愛情がうかがえる作品である。
【その弐】
藤原緋沙子(2005年)『藍染袴お匙帖 風光る』二葉社
父の遺志を継いで女医者となった桂千鶴のもとに、患者とともに様々な事件が舞い込む。御家人の菊池求馬と事件解決に奔走するシリーズ第一弾。
負けん気は強いが、思いやり深く芯の通った主人公が魅力の作品。こちらは、逆ハー要素はやや薄弱。主人公のもとに、なにかと顔を出す町方同心の亀之助という男がいるのだが、菊池求馬の恋のライバルになるにはいささか心もとない。恋の要素を楽しむとすれば、主人公へ間接的に向ける菊池求馬の男気といったところだろうか。剣は強いし、ヒロインのピンチには駆けつけるし、色々と出し惜しみするってことがない。素敵なヒーローである。
ただこの小説、惜しむらくは各章のタイトルにつながる情景描写が薄いことである。表現の手段として、短縮された語彙(それも多くは漢字)を使っているので、頭の中に先行して入ってくるのは情景ではなく文字になってしまう。
くわえて、おそらく作家の癖なのだろうが、ある時点から遡って「じつは~していた」というような説明が多く登場する。
同作家の別のシリーズで『隅田川御用帳』という作品があるのだが、それにもたびたび、この「何日か前、何時間か前に~していた」という表現が登場するので事実関係を整理するのにやや戸惑う。
どちらのシリーズも一冊の中に四編ほど収録されており、短くまとめようとする気負いからこのような圧縮された表現になるのやも知れぬが、練達した作家という印象からは否応なく遠ざかってしまう。
しかし、これは十年も前の作品であるのだし、後続の作品に期待している。
【その参】
風野真知雄(2011年)『姫は、三十一』角川書店
大晦日の夜、馴染みのオカマの店で飲んだくれていた平戸藩の姫・松浦静湖に「三十八万四千年に一度巡るスーパーモテ期が到来する」という占いが告げられる。年が明けてみると、占いどおり出会う男、出会う男が静湖に魅了されてゆく。行く先々で起こる事件に首を突っ込む静湖は、果たして運命の相手にまみえることはできるのか!? 時代小説版、逆ハー展開待ったなしのミステリーふうシリーズ第一弾。
三十一歳になっても、さる呪われたような理由から、すっかり行き遅れた静湖。落ち込んでいるのかと思いきや、開き直って、これからの自分の人生と向き合おうとして「働かざるもの食うべからず」の精神から職を探すという行動に出るあっぱれなお姫様。
物怖じしない性格で、オカマの店で飲んだくれるなど、物事に頓着しないさまは尋常でなく、読んでいて笑いが吹き出してしまうほど。すわ殺人か、と思うような事件に遭遇しても肝の据わりようは半端ではない。
この姫に魅了される男は、一作目だけで六人。シリーズはまだ続いているので、最終的にいったい何人が静湖の放つ奔放な魅力に吸引されることになるのやら。
そして静湖の運命の相手とは、こいつではなかろーかと筆者が勘繰っている男がいるのだが、そうであれば、静湖はなんて救い難いのかと、諦めまじりの苦笑いを禁じ得ない。けれどもそれが、人間のもつ愚かしいまでのいとおしさとなって登場人物から溢れて出てくるようで、作者にしてやられたという感がある。フラグだと判断するには早計かもしれぬが、今後の展開が大いに楽しみな作品である。
以上に紹介した三作品がすべてシリーズだなんて、それなんてドリーム。
登場するヒロインも、ひたむきに人と向き合おうとしたり、自分の職務に誠実であろうとしたり、若干一名は突出しているが、それでも人生に何らかの意味を見出そうと自分の道を模索したりしている。
そんなヒロインたちに等号するのは逆ハーレムであると、それはもはや鉄の掟といえよう。
筆者の偏好がサブタイトルに多大に反映されているので、若干大げさな紹介だったことであろうが、読者各位の寛大なる御心をもって不問に付していただければと思う次第である。
では、また次回。