紙一重
作者の考えを殴り書きしたような作品です。というわけで、一応、心シリーズですね。このまま読んでいただけたら幸いです。
闇の下に棲み、闇しか知らなかったものには光が恐ろしかった。
全てを照らしだすその明るすぎる存在は、闇の下に棲む者に恐怖しか生み出さなかった。
光の下に棲み、光しか知らなかったものには闇が恐ろしかった。
全てを隠してしまうその存在は、光の下に棲む者に対して恐怖しか生み出さなかった。
しかし、光があるからこそ闇が生み出され、闇があるからこそ光が慕われるようになったのだ。
二つがそろって初めて一つの物になる、当たり前のようなことだが意外とそのことわりに気付いている人は少ない。
私たち人間はそれがはっきりしている存在だといっていいだろう。
光は天、闇は地。人はそう物事を全て光と闇、天と地と隔たりを作っている。
縦社会である現在は、貧富の差ができ、優劣の差もできている。
全ての出来事を真逆である二つに分けるには、意味がある。
人間は常に、物の上に立っていたいという心があり、また、他人との力の差で相手を敬うのか、計算したうえで物事を二分させる。
二分させるからには鮮明な線を引いたほうが良い。だから天と地、光と闇。
誰だったか…昔、このようなことを言っていた者がいた。
闇で生まれ育ったものは始め、光が恐ろしく思えた。しかし、闇は光を理解しはじめるといとも簡単に自身の考えを変え、光に馴れはじめる。
だが、光に棲んだ闇は再び闇に棲むことを拒んだ。それは、元から光に棲んでいた者達に言われたのだ。
『ここは良い。光に棲めば皆仲間だ、そして、全てが見える』
今まで独り、孤独に棲んでいた闇の者はその生き方を素晴らしいと思った。自分が知らなかった世界がまだ在ったのだと知り、好奇心により引き付けられ、虜にされてしまう。
光で生まれ育ったものは始め、闇が恐ろしく思えた。しかし、光は闇を知ると興味を持ち始め、自分も他人も知らない、未知の世界に好奇心が湧き、そこに足を踏み入れる。
闇に捕われた光は、光を邪魔だと感じた。元から闇に居た者は言った。
『闇は良い。周りに惑わされることなく、悠々と暮らせる』
今まで大勢に囲まれ、賑やかに暮らしていた光は、闇のその生き方が羨ましいと感じた。自分が知らなかった世界がまだあったのだと分かり、興味本位で闇の中に入ってゆく。
このように、天と地、光と闇どれも両者は常に紙一重の位置にあり、別に恐れることなどない存在なのではないか。
だから、どちらの立場にあっても、ある切っ掛けで立場が入れ替わってしまうこともあるのだ。
だったら必ず分かりあえるのだ、分かりあえぬはずがない。
光のように大勢の考えも、闇のように独りの考えも、人は必ず持っているのだ。
恥ずかしがる必要はない、その考えを拒絶する必要はない。
どちらの考えも、生きてゆくには、大切なものだから。
読んでいただけて幸いでございます。賛同の声も、批判の声も受け付けます。人の考え、感じ方は人それぞれ、作者はそれを少しでも聞きたいと思っております。