【完結】機械技師はお花畑の夢をみる〜人類を救ったのは、天才が造り続けた無駄な機械の博物館だった【1万字以内の短編】
三年前、カナダ北部に巨大な隕石が落ちた。
衝突によって巻き上げられた大量の塵が太陽光を遮り、世界中の気温は徐々に低下した。そして地上が完全に凍りつくまでの数ヶ月間、人類は生き残るため、地下への大移動を続けた。
幸か不幸か、ちょうど隕石が落ちる数ヶ月前にカザフスタンの探検隊によって発見された、ユーラシア大陸全域に及ぶほどの巨大な地下空間は、生き残った人類の最後の砦だ。
積み重なった地層の底にこのような空間があった事自体驚きだが、学者によると、この空間自体が紀元前に作られたものであり、一見粗末に見える石造りの建物はもちろん、家具すら形状を保ったまま残っている。
保存技術だけを見ても、現代では再現できないオーバーテクノロジーらしい。
世界人口は1/10に減少し、絶滅までは秒読み……とまでは行かないが、食料の備蓄は節約しても残り2年分程度。しかし、地下世界政府に所属する一部の人間以外、そのことを知らない。科学者たちも研究を進めているが、いまだに食料自給の目処は立っていない。
今はなんとか急拵えの立法や警察機関がある程度機能しており、終末世界を語る物語のように、悪人たちが跋扈しているわけではないが、それは食料が十分にあり、社会が機能している前提の話だ。
だからこそ、我々はバイオテクノロジーの研究と並行し、この地下世界の探索を進めている。
『地下空間への移住と同時に探索を始めてから、一度も成果を上げていない探検隊に税金を投入するのはいかがなものか』
などと、世論を誘導する野党もいるが、そのようなくだらない議論ができるのは平和な証拠だ。人類が空想の平和に酔っていられるうちに、なんとしてでも現状を打開するための一歩を踏み出さねばならぬ。
それが今日であって欲しいと、祈りにも似た感情を携えて、今日も我々は探索を進めるのだ。探索開始から数えて二百三十七個目の遺跡。この巨大建造物は、おそらく古代文明のアカデミアのようなものだろうと、目星がついている。
中央にある広い空間……これは講義室のようなものなのだろう。中央の台座を囲むように階段状の座席が並んでいるところを見るに、かつては多くの学生がここで学問を身につけていたのかもしれない。
そのほかにも目ぼしい空間は探索が済んでおり、あとは通路奥にある瓦礫に阻まれた空間を調査すればこの遺跡は用済みだ。妻が水筒に入れてくれた冷たいコーヒーを一口飲みながら、調査書に目を通す。
「本日も、成果無し……か」
「隊長!」
お調子者のダリアスが大慌てで呼びにきた。こいつはいつもこうやって、何か大きな発見があったかのような顔をして飛び出してくる。
この間はなんだっけ?『未知の物質です!』などと大袈裟に持ってきたのは、犬のフンの化石だった。確かに犬のフンの化石が見つかったこと自体、考古学的には大きな意味がある。
だが、犬のフンでは七億人の腹を満たすことは困難だ。今回もぬか喜びだろうが、毎度呆れつつもダリアスのおかげで調査隊の雰囲気は悪くない。
今日もコイツがふざけた発見に大喜びするところに、俺がツッコミを入れてひと笑い。そんなふうにして帰路につければ、空白の報告書を提出する前の胃の痛みも少しは和らぐだろう。
「……?」
瓦礫の向こうの空間から、オレンジ色の光が溢れ出している。こんなものは二百三十七回の探索で初めて見た。心臓が大きく鳴ったのが自分でもわかる。
探索用ランプの灯りより、圧倒的に強い光に目が眩んだ。しかし、そんなことはどうでもいい。目が慣れるのを待ちきれず、光源を確認しようと近づくと……。
突然、柔らかくなる地面に足が沈む。この感触……匂い……土か?
地下での生活が始まってから三年。人工のエアーコントローラーで寒さに打ち勝った我々が、忘れかけていた自然の温もりを思い出す。
この懐かしい熱の根源とも言える眩い光に慣れてきた目に映ったのは、小さな入り口からは考えられないような広い空間。そして、その空間の端から端までを埋め尽くす広大な花畑だった。
中心にある円錐形の噴水から一定のタイミングで吹き出す液体に光が反射し、浮かんでは消える七色の虹。それを囲むように咲き誇る花々もまた、内側から赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫……と、美しいグラデーションを描いている。
視界が滲む。溢れ出す涙が俺の調査を妨害していた。三年間……二百三十七回の探索が実を結んだ……。もちろんそれもあるが、何よりもこの美しい光景。そして、数千年もの間、保ち続けられたこの空間を作り上げた者の想いに、言葉では言い表せないほど強く胸を打たれてしまったのだ。
「隊長! 隊長! お花畑ですぜ! 俺、地下に入ってから初めて見ましたよ!」
「あぁ……お花畑だな……」
「隊長!? 泣いてやがるんですか!?」
「……」
「隊長?」
「……まったく。しょーもないやつだなお前は! このやろう!」
「はは! 隊長! きったねえっすよ! 俺は三日も風呂に入ってないんですぜ!」
「くせえ! くせえけど……。いいんだよ!」
「ガハハハ!」
肩を抱き寄せたダリアスからは、煮魚の缶詰を開けた時の匂いがした。しかし、そんなダリアスの頭ですら無性に撫でたくなってしまった。
俺も、ダリアスも、他の調査隊員たちも、あたたかい光と柔らかい香りに包まれたこの空間で、溢れ出す大粒の涙を無視し、声を出して笑った。音響による崩壊の危険性などを意識する余裕はなかった。
翌日から、第237号遺跡特殊植生維持区画……通称『お花畑』の調査が開始された。古代遺物として研究対象となった『自律灌水機』『自律播種機』『自走式土壌攪拌機』『気流生成機』『疑似恒星照射装置』はいずれも、今回入手した本体を基盤とすれば、地下空間で容易に手に入る素材で再現できることがわかった。
こうして、地下世界は『太陽』、『土』、『風』、そして『植物』を手に入れた。植物の生産が再現されれば、生き残っている家畜を増やすこともできる。
備蓄が持つのは約二年……時間との戦いだ。だが、暗くて長いトンネルを歩いてきた人類に、ようやく出口から差し込む光が見えた。あとは光に向かって直進するだけだ。
しかし、七億人の人類を救い出す『お花畑』を作り出した偉大なる発明家は、どこまでを見通していたのだろうか。数千年もの間、絶え間なくライフサイクルを回し続ける空間は、おそらくシェルターのような役割を果たしていたはずだ。
今は亡き天才に、最大の敬意を払おう。
「名も知らぬ偉大なる発明家よ……。あなたが遺したものは、数千年の時を超えて、我々人類の希望となった。七億の命を代表して、心から感謝する」
……。
◇
「カーシー。俺は今日、一日中部屋で『魚の鱗をパリパリのおつまみにする機械』を造る予定だったんだが?」
「セイブレッド! お前、毎日そんなんじゃねーか! たまには外に出ないと腐っちまうぞ!」
「いてて、わかったから引っ張るな。まったく。もちろん酒は用意してあるんだろうな?」
「そこは任せろ! 最上級のウイスキーを教授の部屋からくすねてきたんだ!」
「ふっ。やるじゃあないか。お前には俺特製の『ほしりんご』を分けてやろう」
「おお! 最高のつまみじゃねえか」
「まったく。外で酒を飲もうなんて変人はお前くらいだろうな」
「お前はアカデミーの研究室に行くか、酒を飲む時にしか外出しないんだから、外に連れ出そうとすれば酒が必要になるのは当たり前の話だろう」
「お前にしては考えたな。して、どこへ向かっているのだ?」
「そう急かすな。もうすぐそこだ」
「お、ここか……。なるほど。悪くないな」
「だろ? ミライとのデートで訪れたんだが、このベンチに二人で並んでこの風景と月を見ながら思ったんだ『ここで酒を飲んだらうまいだろうな』ってな!」
「なかなか風流じゃないか。どれ、お前の夢の実現に付き合ってやるか」
「大袈裟に言いやがって。明日からはちゃんとアカデミーで人間の役に立つものを作れよ」
「ふっ。『機械とは、動力を利用する。特定の作業をする。人間の役に立つものである』か。つまらんアカデミーに入っちまったもんだな」
「そういうなって! 『天才セイブレッドがくだらねえもんばっか作ってやがる』って教授がカンカンなんだ。俺にまで火の粉が飛んでくる」
「まったく。こんなところに来てまで学問の話とは、趣のないやつだな」
「お前のせいだっての! いいから飲もうぜ」
「おう」
セイブレッドの発明品の一つ『氷を遠くに持ち運ぶための箱』から、二つ並んだ背の低いグラスに三つずつ、形の不揃いな透明度の高い氷を入れて、グラスを冷やす。
冷やしたグラスに注ぐのは、教授の部屋から拝借してきた三十年もののお高いウイスキー……ラベルには『サブレー・マクレイン』と書いてある。
セイブレッド特製のほしりんごを『果物の甘みを逃さずに長期保存するビン』から取り出して……。
「うい」
「おう」
「「乾杯」」
……。
ンンンー!
思ったとおりだ!
いい景色、いい酒、いいつまみ。
最高だぜ!
「うまい!」
「だろ!? お前ならわかると思ってたんだ!」
「……なあ、カーシー」
「ああ?」
「これ、いいな」
「……」
嫌な予感がした。
◇
次の日からセイブレッドは、自室ではなくアカデミーの研究室に籠り出した。教授たちは「天才が帰ってきた!」などと喜んでいたが……。セイブレッドは小さな筒をいじって遊んでいる。
「なあ、何やってるんだ?」
「豆を飛ばしている」
「それは見ればわかるんだが、それはなんだ?」
「筒の底にバネを仕込んだものだ。これをこうして、トリガーを引くと……」
勢いよく筒の中から豆が飛び出した。
「これじゃあ強すぎるんだよなあ。もうちょっとこう、バラエティに富んだ……」
「よくわからんが、頑張れよ」
「カーシー」
「なんだ?」
「今日の飯はチャーハンがいいな」
「なんで俺が飯を運んでくる前提なんだよ!」
まったく。俺をなんだと思ってやがる。とはいえ、コイツは俺が運んでこなければ、飯も食わずに一生研究しているバカだからな。
その夜、セイブレッドと一緒に食った、余った米と野菜、豚肉の角煮をぶち込んだチャーハンはなかなか悪くない出来だった。
◇
それから十年の月日が経った。セイブレッドはアレから、『球体に張り付いた複数の筒から豆を飛ばす機械』『硬い地面に置いておくと、柔らかくしてくれる機械』『特定の酒を飲む時に一番うまくなる形のグラス』などを作り出したが、いずれも何の役に立つのかは不明である。
「これは何に使うんだ?」
「知らんのか? グラスによって酒の旨さは変わるんだ。味蕾と呼ばれる器官に当たるタイミングと温度が重要なんだ」
「お前は本当に酒のことばかりだな」
「あとは香りだな。グラスの形次第では、口内から、そして鼻腔から、自然な呼吸で香りを取り入れ、酒の味を引き上げ———」
「そんなことより、教授がカンカンだぞ! 『くだらねーもんばっか作りやがって! お前の研究資金を打ち止めにしてやる!』なんてな」
「ふっ。言わせておけ。あのバカはなんだかんだ情に厚い。『雨が降っていても濡れずに家からアカデミーに行くための布』を学会で発表する権利を譲ってやった俺に、あまり変なことはしないさ」
「大雨の日に、なぜかお前の家からアカデミーへのルートだけは、透明な何かが水を弾いて濡れていなかった時は大騒ぎだったな」
「夜鍋して、通学路の上空に布を設置したかいがあったというものだ」
「まさか、あの布がこの国全体を覆って、雨水の管理に使われることになるとは思ってもみなかった……」
「それはあのバカ教授の功績だろう」
「まぁ、そうだよな。『超次元バリア』なんて大層な名前をつけて学会で発表したおかげで、今じゃ空間制作技術の第一人者とも呼ばれているわけだしな」
「ああ。たまに聞かれたことに答えてやっていれば、バカ教授は勝手に人間の役に立つ機械を作っていくんだから、それでいいだろう」
「お前はそんなんでいいのか?」
「別に、美味い酒を飲んで面白いものを造って……他に何がいるんだ?」
「まったく。天才ってのはわかんねーもんだな」
「カーシー」
「なんだ?」
「今日は、鯛のポワレが食いたいな」
「お前のせいで俺の料理の腕がどんどん上がっていくな」
「褒めても何もでんぞ。あぁ、そこにある干し肉なら勝手に食っていい」
「別に褒めてねえよ!」
その日の夜に食べた、鯛のポワレは、皮がパリっとしてて、味がふわっとしていた。どこからともなくセイブレッドの取り出した白ワインと見事なまでにマリアージュ。余ったソースを付けてパンを齧る。
……うめぇ。
◇
それから十年……二十年……。いつの間にかセイブレッドの家からアカデミーを結んだだけの『超次元バリア』は、この国だけではなく、大陸全体を覆う大きな傘として広がって行った。
いつしかあのバカ教授は引退し、俺はアカデミーの教授になっていた。俺の研究自体は平凡だが、『超次元バリア』の管理と保持を長年続けてきたノウハウは、バカ教授一門の独占技術となっている。研究し、発展させられる人間が我々以外にいないので、研究費用もそれなりだ。
結局、俺もセイブレッドも、あのバカ教授の残した金と権力のおかげで、食うに困ることはないのだから、あの貪欲なハゲには感謝しなくてはいかんな。
ここ数年のセイブレッドは、アカデミーの端にある最も広い室内運動場を陣取り、これまでに造りあげてきたおかしな機材を次々と運び込んでは頭を捻っていた。
あいつの造った機械だけで『無駄なモノ博物館』ができあがりそうだとは思っていたが、自分でそれを作ろうとしているのだろうか。
まあいい。
今日の晩飯は何を作ってやろうか……。昨日はサケのマリネとキノコのスープを作ったし、一昨日は夏鹿のステーキを出したからな。今日は最近東の国で流行っているという、『らあめん』とやらに挑戦してみるか。
なんてことを考えていたら、セイブレッドが珍しく自分から研究所から出てきたみたいだ。汚れた服も着替えずに、こっちに向かってくる。
「カーシー」
「なんだ? 今日は『らあめん』とやらに挑戦しようと思っているんだが」
「それは楽しみだ」
「初めての料理だからな。失敗しても文句を言うなよ」
「そんなことよりカーシー」
「『そんなこと』だ? 俺の料理研究よりも重要なことなんかあるのか?」
「来てくれ」
「おい! 俺を無視するな!」
コイツはいくつになっても勝手な野郎だな。所帯も持たずに飯を食って、寝て、くだらないものを造って、酒を飲んで、またくだらないものを造る。俺が結婚した相手が、『我が家の晩御飯を見ず知らずのバカに取り分けて持っていくこと』を許してくれるような懐の深い女でよかったよ。
セイブレッドについていくと、いつぶりだろうか。見慣れたハゲ頭が待っていた。
「あ、おひさしぶりです教授!」
「おお、カーシー! 元気にしてたか? 随分偉くなったもんだな?」
「いえいえ、全て教授のおかげですよ」
「お前、生徒たちの前で俺のことを強欲なハゲと呼んでいるらしいな」
「いやいや! そんな! 尊敬してやまないクレイトン教授と日々敬っております」
「調子の良い弟子だ。まったく」
「あははは」
「して、今日はなんの集まりだ?」
「あれ、教授も聞いていないのですか? 俺も今バカに呼び出されてきたところなのですが」
「セイブレッド、説明してくれるか?」
このバカは、要件も伝えずに偉大なるハゲ教授を呼び出したのか……。
「完成したんで」
「『無駄なモノの博物館』がか?」
「……? ついにボケたか?」
ボケているのはお前のほうだろう。……ん? 何でハゲまで俺を悲しい目で見ているんだ?
「じゃあ、何が完成したんだ? 最近は別に何かを造っているわけではなかっただろ?」
そう。ここ一年くらい、セイブレッドは新しいものを発明していなかった。材料費も請求してきていないし、工具なんかも研究室に置きっぱなしだ。
「入れ」
バカが親指を向けている扉に手をかけ、開いてみると……。
「…………」
俺もハゲも、言葉に詰まってしまった。
足元には柔らかい土の感触。オレンジ色の光に照らされた温かい空気、鼻腔をくすぐる自然の甘い香り、色とりどりの花が、空間いっぱいに広がっていた。
空間の中心では『一定の間隔で適当な量の水をばら撒く装置』から放たれる水飛沫が虹をかけ、上空では『光る。そして温かい球』がこの広い空間を照らしている。
そのほかにも、『球体に張り付いた複数の筒から豆を飛ばす機械』を始め、セイブレッドがこの数十年の間に造り続けてきた『無駄なモノ』たちが、それぞれ与えられた仕事をこなしていた。
「これって……」
「まぁ、『無駄なモノ博物館』と言われればそうかもな」
「お前、ここ一年くらい、なんも造ってなかったよな?」
「あぁ、花が咲くのに時間がかかったんだ。光の調整と水の調整をしっかりやらんと、すぐに根っこが腐るんだ」
「機械工作じゃなくて、農業をやっていたのか」
「そんなところだ」
セイブレッドの造っていた『無駄なモノ博物館』は、予想すらしていなかった姿をしていた。これなら、観光客を呼び込んで収益化はできそうだな。
『超次元バリアゼミの天才セイブレッドによる無駄なモノ博物館』
悪くないんじゃないか?
「セイブレッ———」
俺が天才的観光資源化計画を語ろうとするよりも早く、さっきまで黙っていたハゲ教授が口を開いた。
「動力は……?」
「熱と水だな」
「連続稼働時間は?」
「あの布と一緒だよ。止めるまでだ」
「……。素材は?」
「別にそんな高いものは使ってないぞ。その辺で手に入るものだ。ハゲがケチだったからな」
「何年も利益を出してないガキに、研究費を出していただけでありがたいと思え!」
「ふっ。才能の無いハゲに助言をやってやったろう」
「誰のせいで髪が無くなったと思ってるんだ!」
「しかたがないな。『無駄なモノ博物館』とやらも完成したことだ。次は『ハゲた頭を見られても恥ずかしくない機械』でも造ってやるか。冥土の土産に持って行け」
「どうせだったら『髪がふさふさになる薬』を造ってくれ!」
「……? 物理学ばかりやっているとバカになるんだな。そんな薬を造れるわけがないだろう」
「くそっ! ジジイになってもムカつくやつだな!」
「ふっ。爺さんになっても元気なハゲだ」
「く……クックック。はははははは! 変わらんな! お前は!」
相変わらずバカな会話ばかりしている天才二人だ。世界中の科学者たちは、我々をさぞ高尚な生き物だと勘違いしているが、ここにいるのはバカとハゲとシェフだ。賢い話などこれっぽっちも出てこない。
「まあいい。二人とも、こっちにきてくれ」
セイブレッドに案内されて向かった先には、三人がギリギリ座れる幅のベンチと、丸テーブルが設置されている。
「まあ、座ってくれ」
俺とハゲを座らせると、ベンチの裏から『特定の酒を飲む時に一番うまくなる形のグラス』を三つ取り出した。グラスには『サブレー・マクレイン専用』と刻まれている。
三つのグラスに不揃いな氷を入れ、注ぐのはもちろん『サブレー・マクレイン』だ。加えて、皿に盛り付けられているのは、こいつがいつも食ってるほしりんご。
「最後に……これで完成だ」
セイブレッドがレバーを引くと、太陽のように見えていた球体は月へと変化し、辺り一面に描かれた星が瞬く。噴水から噴き出る水は月の光を反射し、花たちが気持ちよさそうにしている。
暖かく賑やかだった空間は、月の光に照らされた優しい静けさと、柔らかな風に包まれていった。この懐かしさが、数十年間忘れていた、俺の嫌な予感を思い出させた。
『……なあ、カーシー』
『ああ?』
『これ、いいな』
『……』
……。
「おい、何をボケッとしている。グラスを持て」
「あ、ああ」
「ハゲも早く」
「お、おう」
「まったく。俺がどれだけこの瞬間を楽しみにしていたのかわからんのか! 趣のない奴らだ」
「は、ははは」
「飲むぞ! 乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「くはーーー! うまい! やっぱり『お花畑』を見ながら飲む酒は最高だな!」
度数四十五%の『サブレー・マクレイン』を一息で飲み干すと、普段あまり大きな声を出さないセイブレッドが「うまい」と叫んだ。
だが、間違いない。今日飲んだ『サブレー・マクレイン』は、俺の人生の中でも最高の一杯だった。
「なぁセイブレッド」
「ん?」
「お前は、『無駄なモノ博物館』になんて名前をつけるつもりだったんだ?」
「そりゃあお前、『外に出ずに最高の酒を飲むための、月光に照らされたお花畑』に決まっているだろう」
「……」
「なんだ?」
「そっちの名前の方がいいな」
「だろ!? 少しは趣がわかってきたじゃないか」
その日は三人で朝まで飲み明かした。
『美味い酒を飲んで面白いものを造って……』
……。
まぁ、それも悪くない……か。
◇
数十年前、ペンリス探検隊によって発見された『お花畑遺跡』は、地下人類史を大きく変えた。
『疑似恒星照射装置』を元にした『人工太陽』は、地下世界を暖かい光で照らし、『自走式土壌攪拌機』によって耕された硬い岩盤は、肥沃な畑となった。
その他にも、『お花畑遺跡』で見つかった古代遺物は、人類の発展に大きな影響を与えた。
『お花畑遺跡』以降、地下資源を活用し、進化し続けてきた我々は、かつて地上に暮らしていた老人たちの語る生活に限りなく近い状態といっても過言ではないだろう。
なぜこんな話をしたかって?
「お父さん! 早く早く!」
「ダリア! 前を見なさい。転んだら痛い痛いだよ」
「じゃあ抱っこして!」
「まったく。仕方がないな」
今日、私は娘を連れて『お花畑遺跡』の出土品を飾った、『地下文明再生記念博物館』に遊びに来ているからだ。
ペンリス探検隊の一員として『お花畑遺跡』の発掘において大きな活躍を見せたという祖父。彼の名前の一部をもらった娘は、まだ八歳になったばかりだというのに、歴史や文化に関心を持っている。
深い知的探究心と、圧倒的なひらめきで隊長のペンリスを支え続けてきたという祖父に似たのだろう。親バカだと思われるかもしれないが、実に精悍な顔つきをしている。
「パパー! 抱っこして! これが読みたい!」
博物館で一番大きい部屋の前に飾られた肖像画の前に立つと、ダリアはいつも抱っこをせがむ。なるべく高い位置からこの偉人の顔を眺めたいらしい。
ふむ。
立派な口髭を蓄え、眉間に皺を寄せた賢そうな顔つきに、オールバックの白髪。シミひとつない白衣に身を包んだ、偉大な科学者を再現した絵。
そのすぐ下には彼に関する詳細が記されている。
……。
【活動年代:紀元前720年頃】
『サブレー・マクレイン』
『疑似恒星照射装置』『自律灌水機』『自律播種機』『自走式土壌攪拌機』『気流生成機』など、現代の地下文明の礎となる数々の機械を開発したとされる古代の発明家。
また、第237号遺跡特殊植生維持区画、通称『お花畑遺跡』を設計・建造した人物と考えられており、閉鎖された地下環境における恒久的な植物の生育と食料生産を、紀元前の時代に実現していた。
その技術と思想は数千年の時を超えて現代へと受け継がれ、地下文明再生の礎となった。
「パパ! 私! サブレー・マクレインみたいな人と結婚する!」
「ははは! まったく。おませさんだな!」
「もー! 子供扱いしてー!」
「ごめんごめん! ダリアはもうお姉さんだもんな。なら、抱っこはしなくて良いかな?」
「いやーだー! 抱っこしてー!」
「まったく。可愛いお姉さんだな」
娘のダリアを抱き上げて、偉大な先人『サブレー・マクレイン』に一礼し、背を向ける。
「おなかすいたー!」
「今日の晩御飯は何かな?」
「チャーハンがいい!」
……。
……。
……。
悪くないな。
こちら、カクヨムのコンテスト:お題は『機械』に参加した短編小説です。
出来が良いなと思ったので、「小説家になろう」にも投稿させていただきました。
辛口でも良いので、FBや評価をもらえたら嬉しいです。




