表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三角木馬に乗って、君は  作者: きぬごし一兆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

(1)ヘルタースケルター

 

 最悪だ。


 あらゆる物の味が消えてしまった。


 味っていうのは、食べ物の味のことじゃない。


 信じられないくらい真っ赤に燃えている夕焼けだとか、


 じゃれあっているコロコロの子犬だとか、


 ビートルズの『アビーロード』だとか、


 スクールバックを肩に掛けて歩道橋の階段を駆け上がっていく女子高生だとか、


 そういったものがまるで着古したフリースみたいにナヨナヨになってしまったぼくの心の上を、亡霊みたい通り過ぎてゆくだけなのだ。


 つまり世界ってもの自体が無味乾燥ってこと。


 何にも楽しくない。何にもやりたくない。


 世の中なんて何であるのか?


 胸に穴が開いて全ての空気が抜けてしまったようだ。


 ショボボボーンとは正にこのことだ。


 スマホの待ち受けの画像も変えた。


 運動会の時に多可橋冠太(たかはしかんた)犬井潤一いぬいじゅんいちと一緒に撮った写真だ。


 勿論、多可橋と犬井なんてどうでもいい。


 いや、ぼくにもし親友というものがいるとしたら彼らに他ならないのだろうけれど、ぼくには「親友」がどういうものなのかイマイチ良く分からない。


 少なくとも彼等が知っているのはぼくのほんの一部だろうし、逆もまた真なりだ。


 それで親友と呼べるのだろうか? 


 で、言いたいのは多可橋と犬井が親友かどうかということではなくて、その写真を待ち受けにしていたのは、ぼくら三人の後ろに君鳥翠きみどりみどりさんが偶然映り込んでいたからなのだ。


 徒競走を走る君鳥さんの真剣な表情、白いハチマキを巻いて長くも短くもない柔らかな髪——恐らくあの髪型にも何らかの名称が付いているんだろう。美容院で「長くも短くもなくしてください」とは言わないはずだ——を靡かせている。


 そして幾ら見ていても見足りない魅力的なうなじ。


 横からのアングルはぺったんこだと思っていたその胸の膨らみを予想外に強調している。


 そして、体操着の紺の短パンからすらりと伸びた脚、無駄な贅肉のない、といってもやっぱり女子のふっくらさは感じられる滑らかな太腿、彫刻刀で削ったみたいに浮き出ているアキレス腱。


 ぶっちゃけこの画像に何度お世話になったか分からない。


 そんな情報誰が知りたいか? ってな話だけど。


 どうして、その大切な画像を削除してしまったのかと言うと、それはこの胸の苦しみからだ。


 つまり失恋。


 ぼくは放課後、篠原公園で君鳥さんと権藤平介が並んで歩いているところを目撃してしまったのだ。


 あのビオトープ沿いの遊歩道を。


 そう、別名リア充ロードをだ。


 最悪だ。


 よりによって権藤とは! 


 権藤なんて谷ウド(タニウドっていうのは俗物のことで、俗っていう漢字を人偏ウドと谷に分けて呼んだものだ)の典型じゃないか。


 桜中サッカー部のキャプテンで、多少容姿が良いからといって――といっても先生に注意されない程度に逆立てたその髪型のせいだということに女子たちは気付いていない――やけに自信たっぷりなのだ。


 つまり雰囲気イケメン。


 興味があるのは髪型とサッカーのことだけ。


 サッカーだってモテたいがためにやっているのだ。


 脳みそが亀頭にあるタイプ。


 おつむに詰まっているのはオムツか? 


 そんな薄っぺらな低能野郎にどうして文学少女の君鳥さんが引っ掛かってしまったのか? 


 おかしいだろ! 


 世の中間違ってるよ!


 君も薄々気付いていると思うけど、失恋といったって、ぼくの一方的な片思いだった。


 かといって、ぼくと君鳥さんの間に接点が全くないという訳でもない。


 いや、ぼくらはソウルメイトだったと言ってもいい。


 それは流石に言い過ぎか。


 クラスメイトであることは間違いないのだが。


 何なら幼馴染でもある。同じ小学校だったんだ。多可橋や犬井と同じように。



 去年の奉仕活動の授業の時だった。


 ぼくと君鳥さんは同じ班で、第三公園を掃除していた。


 第三公園には滑り台があって、それが螺旋状に滑り降りてくるやつだった。


 コンクリート製のその古い滑り台は黄色い塗装があちこちで剥げていて所々にヒビが入っていた。


 ぼくは落ち葉を箒で掃きながら、半分独り言みたいに、でも近くにいた君鳥さんに聞こえるように言った。


「こういうのヘルタースケルターっていうんだよな」


「えっ、ヘルタースケルター?」 君鳥さんが箒の手を止めてぼくの方に向き直った。


「ビートルズの曲にあるよね?」君鳥さんの涼やかな瞳が真っ直ぐぼくを見ている。


「うん、ホワイトアルバムに入ってる」ぼくは0.6秒だけ君鳥さんの瞳を見つめて言った。


 しかし、0.6秒が限界だった。ぼくは耐えきれなくなって視線を外した。


 こういうの視線恐怖症っていうのかな?


「U2がカバーしたの聴いたことある。格好良かった」


「ビートルズのは聴いた?」


「いえ」


「CD貸そうか?」


「いいの? ビートルズは家にあった赤盤と青盤と『アビーロード』しか聴いたことがないんだ」


「そうなんだ。じゃあ、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』と『ラバーソウル』と『マジカル・ミステリー・ツアー』も貸そうか?」


「本当? ありがとう」


これがぼくと君鳥さんがソウルメイトである所以、すなわち魂の交歓の全てだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ