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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
8/14

0-7 部活紹介



 三人は教室に戻りながら、それでも話題を探し続ける。



「そや。次の授業ってなんやっけ。七海、分かる?」


「なんやっけ。まこまこ知ってる?」


「まこちゃんはクラスちゃうやん。知っとるわけないやろ」


「ん~?次は部活紹介やなかったけぇ。一年全員で体育館集まるとか言うとったと思うよぉ」



 七海がボケに走ったと思ってツッコミを入れた、こんな時に限って、一年生全員での合同授業がやってきていたのだ。

 なんだか損した気分になった烈火は、腕を組み、どうだと言わんばかりに胸を張る七海を、ぎりりと睨みつけた。

 既に授業が始まったとはいえ、まだ入学したての初週だ。

 こういったオリエンテーリングもちょくちょく挟まってくる。

 なのでこのように全科が一堂に会することは、そう少なくないのだ。




「ななちゃんはどうするか決めてるのん?」


「卓球する。そのために、ラケット変えたばっかやし」


「ラケット変えたんや。前は……もしかして?」


「おういぇ。去年の夏まで、反転式ペン(ローター)やってたのだ」



 そういうと七海は親指と人差し指を、まるでペンを握るように曲げ、それで下に鋭く切るような素振りをしてみせた。



 ローターとは、いわゆる日本式ペンホルダーラケットの亜種であり、その特徴的な戦い方から、戦型の一つであるようにも言われている。

 通常、日本式ペンホルダーラケットといえば、グリップの片側にコルクで出来た出っ張りついており、それに人差し指を引っ掛けられるように作ってある。

 しかし反転式ペン(ローター)はというと、その出っ張りが表面にも裏面にも着いており、真ん中からグリップのお尻のほうに向けて凹んでいる。

 そのため、表面でも裏面でも同じように持つことが出来る。

 それをくるくると回して持ち替えて、表裏を切り替えなから戦うのだ。


 多くの選手が表面には回転の掛けやすい裏ソフトラバーを、裏面には回転に変則的な変化を与える粒高ラバーを張り、ブロックを中心に相手のミスを誘う、守備的な戦術を取る。

 七海も、その一人だったというのだ。



「去年の夏、ばしばし打ってくる面白ぇ奴と戦った。そしたら、私もばしばししたくなった。やけど反転式ペン(ローター) やとあんまばしばし飛ばんくて。やから中ペンにした」



 そう語る七海は平静なように見えて、どこか遠くを眺めているようだった。

 反転式ペンを使う選手の多くは、先にも述べたように守備型だ。

 守備型の選手が求めるラケットは、基本的に弾みが抑えられているものだ。

 そのうえただでさえメジャーとは言えない日本式ホルダーラケットの、その亜種ともなれば、選択肢は更に狭まる。


 体躯の小さな七海では、余計に威力を出すことに苦心するだろう。

 だから、弾むラケットの選択肢があり、かつ、裏表の両面にラバーを貼れるペンホルダーラケット。

 つまり、中国式ペンホルダーラケットにしたのだというのだ。



「けどめっちゃむずい。じゃじゃ馬娘」


「女の子なんや……」


「やけど、そんなとこも好き」


()()()()やなぁ」



 なんて話をしているうちに、午後の授業を知らせる予鈴がなる。

 三人は「このまま体育館で待ってた方が早かったんちゃうか」とかなんとか冗談を言いながら、各々の教室に戻っていった。



 本鈴が鳴り、先生が教室に入ってくる。

 ほんの二、三ほどの連絡をしたのちに、廊下に並ぶように指示を出した。

 教室の外に出てみると、他の教室からも、同じように生徒達がぞろぞろと湧き出してきて整列する。

 やがて、階段に近い組から順番に体育館へと向かい始めた。



 体育館に着いても、暫くは外で待ちぼうけを食らうだけだった。

 いかんせん、体育館への入口は一箇所しかないのに、そこに一年生、全科合計で三六〇人もの生徒たちが殺到するのだ。

 なかなか中に入れないのは、必然だった。

 緩やかに、少しずつ進んでいく列の中を、烈火たちは前にぶつからないように、後ろに轢かれないように、注意しながら歩いた。

 その時、七海が不意にくるりと頭だけをこちらに向けてきた。



「時にれっか。どうすんの?」


「どうするって?なにを?」


「部活」



 部活。

 そういえば、これからあるのは部活紹介だ。

 なので自然な質問のはずなのだが、やはりずしんと重たいものが、烈火の頭上にせかかってきた。

 風邪をひいた時に感じる、ひたすら頭が床に沈みこんでいくような、あの重さを感じながら「……悩んでる」と答えるのが精々だった。



「そうか」


 七海は前に向き直った。しかし、直ぐにまた振り返った。



「なんで卓球やらない?昨日のれっか、楽しそうだったぞ」



 なんで卓球をやらないのか?烈火は、自分にこそそう聞きたいくらいだ、と思った。

 昨日の烈火は、確かに久々の卓球を楽しんでいた。

 葵のドライブに、競り合うようにドライブを返した。

 あんな快音を鳴らしながら全力で振るドライブに、代わる快感なんてそうそうない。

 ドライブラリーでしか得られない栄養素が、間違いなくそこにある気すらする。

 けれどいざ部に所属するとなると、なんとも言えない違和感があるのだ。



「なんちゅうかさ、怖いんよ。また卓球頑張るんが」


「ふぅん。よぉ分からん」


 そう言ったっきり、七海はぷいと前を向いてしまった。

 「怖くなってから、逃げればいいのに」という七海の呟きは、烈火の耳には届かなかった。



 体育館でしばらく待っていると、先輩達が壇上に上がって1列に並んだ。

 そのほとんどが緑色のネクタイなり、リボンスカーフなりを巻いているのが見えたが、二人だけ、赤色のそれを巻いているのが見えた。

 片方は女子にしてはかなり大柄な体格だし、片方は、女子と考えてもかなり小柄なので、いやにでも目についてしまう。

 しばらく目を凝らしているうちに、その二人が、昨日卓球部で世話になった葵と優奈であることに気がついた。

 葵はマスクをしていて表情が見えにくいが、どこか忙しなく視線を右左へ動かしている様子なのがありありと分かった。

 一方の優奈は、手に持った紙に視線を落としたまま動かない。



 やがて先生の司会のもと、各部活の自己紹介が始まった。

 各々の部活から二人ずつ前にでて、各々の部長から自己紹介と部活の紹介がされた。

 何人が所属していて、どんな実績があって、雰囲気はどんなで……。

 実のところ、烈火は話こそ聞いていたものの、その内容については、まるで頭に入ってこなかった。

 聞き流しているうちに、赤いリボンスカーフをした、体の小さな先輩ーつまり他でもなく、優奈だーが前に出てきたのが見えて、烈火は手放しかけた意識を取り戻した。

 優奈がマイクの位置を下げるのに必死になっていると、後ろから葵がマイクをスタンドから外して、優奈に手渡した。

 マイクを受け取った優奈は、手元の原稿の紙を離せないままに喋りだした。


「はじっ……」


 優奈の声は、明らかにうわずっていた。

 優奈は原稿の紙をいっそう紙を顔に近づけて、顔を隠してしまった。

 見かねた葵が、上体を折って優奈の顔もとまで近づいていく。

 けど優奈は、マイクを取り上げようとする葵を押しのけた。

 葵は心配そうに眉を潜めながらも、あっさりと引き下がった。

 間もなく、原稿が顔もとから下ろされていく。

 眼前一帯に座る後輩たちを左に右に見回したあと、原稿をすこしだけ顔に近づけた。



「初めまして、卓球……女子卓球部です。普段は男子と同じく、校舎の奥の方にある卓球場で練習をしています。げっ、現在の部員は二人だけですが、県大会や東海大会で実績を残すなど、毎日練習に励んでいます」



 手元の原稿を頼りになんとか言い切ると、優奈はまた、言葉を詰まらせた。

 原稿から目を離すと、そこに並ぶ一年生の姿が見える。

 優奈はまた原稿の裏に隠れたくなったが、背中をとんとんと葵が叩いてくる。

 優奈は大きく息を吸ってから、手に持った原稿を片手で器用に折りたたんで、後ろ手に隠した。



「私達の今年の目標は、団体戦で県大会を勝ち抜くことです。そのためにも、部員のみんなと、仲良くやりたいと思っています。初めての方でも、経験者の方でも歓迎するので、是非見に来てください。以上、女子卓球部でした」


 

 壇上の二人は揃って礼をした。

 特段変わることのない、拍手がしばらく鳴り響く。

 二人はまた揃って顔を上げて後ろの列に下がっていった。


 





優奈「…めっちゃ緊張した。死ぬかと思った…」

葵「お疲れ。ってか優奈こういうの苦手なんだし、私に任しとけばいいのに」

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