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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
6/14

0-5 帰り道

 時計は午後六時を差し、今日の練習はお開きということになった。

 残って待っていたらしい七海と、男子卓球部のメンバーと協力をしながら片付けと掃除をして、全員がプレハブ小屋から去った。

 五人は駅までは帰り道が同じらしく、全員で一緒に帰ることになった。



「赤坂さん、翠川さん。ごめんな、ウチの阿呆が」


 優奈が烈火と真琴に対して頭を下げる。烈火も真琴も、「気にしないでください」と口々に言った。


「悪気はなかったんよ。許したってな」と葵が軽く言いのけると、

「それはウチが言う台詞や。ちょっとは反省せえ」と、優奈がぎりりと歯を軋ませた。真琴が微笑ましそうに笑みながら、二人の顔を見比べている。



「仲良しなんですね~」


「そう思う?ホントに?」

「そう思う?ホンマに?」



 ぴたりと揃って聞こえてきたそれは、発音がまるで違っていて。

 優奈と葵とでは逆の意味に言っているように聞こえたのがなんだか妙におかしくて、七海と烈火もつい笑いだしてしまった。



 駅に着くと、優奈と葵が反対側のホームになるらしく、二人とはそこで分かれることになった。

 案内板を見ると、次の電車が来るまでに、あと十分ほどかかるらしい。

 烈火、真琴、七海の三人はそれを待つことにした。


「青木さん、だっけ。ごめんね、練習時間取っちゃって」


 真琴が七海に対して手を合わせるが、対する七海はというと、興味なさげに手を振っていた。


「気にすることやない。私はずっと、貴方達が来る前から打ってたから。ええと…なんて呼べばいい?」


「私は翠川真琴。こっちは…」


「れっかのことは知ってる。同じクラスやし」


 遮るように七海が言うと、真琴はびっくりしたような表情を見せた。

 烈火が「そう、席がすぐ前やったんやわ」と続けると、さらにまたびっくりしたような、けど、どこか寂しそうな表情に変わった。



「いいなぁ青木さん……」


「七海でいい」


「じゃあななちゃんだぁ」


「なんか駅前にいそうな名前になったな!?」



 七海が思わずツッコミを入れるが、真琴はお構いなしなご様子。


 夕暮れなずむ駅の中で、三人は黄色い声を響かせながら、色々なことを話した。

 卓球部のこと、中学時代のこと、高校生活のこと、烈火のこと、真琴のこと、七海のこと、これまでのこと、これからのこと。

 電車に乗ってからも、三人はたくさんの話を交換しあった。

 あっという間に地元の駅に着くと、真琴と烈火はそこで降りた。

 七海はもっと先の駅で降りるらしく、彼女とはここでお別れだ。

 プラットフォームから去りゆく電車に手を振って、二人は駅を後にした。



「そういやさぁ、どやった?部活見学」



 歩きながら、真琴は尋ねた。

 烈火は相変わらず悩むような仕草をしていたが、実のところ、どうしたいかは決まっていた。

 ただ、腹が決まらない。

 そんな烈火が選んだ言葉が「まだ迷ってる」だった。

 真琴は一歩先にあるいてからくるりと振り向いて、うつむき加減な烈火の顔を覗き込みんだ。



「そやったらさ、一旦、私と一緒に卓球やってみやん?私、あんに楽しそうにしてたれっちゃん、久しぶりに見たもん。やからさ、一旦やってみてさ、やっぱ(ちゃ)ううわってなってからでも、遅くない思うに」



 言い終わる頃には分かれ道が目の前にやってきていて、「んじゃ、また明日ね」と言って、真琴は夕闇の中に消えていった。

 烈火はそれを見送ったあと、なんとなく、空を見上げた。

 空は既に暗色を深めていて、僅かな数の星々の姿も見える。

 それらの数を数えてから、烈火は再び前を向いた。




「あの子達、どう思う?」



 もう一方の帰りの電車の中で、葵は優奈に聞いていた。

 二人は肩を並べて座席に座り、葵は上体を前に倒して俯いていて、短い髪が彼女の顔を覆ってしまっている。

 一方の優奈は背もたれに体を預けて、スマートフォンを片手に、何か調べ物をしているようだ。

 優奈は目だけを動かして、ちらりと葵の方を見やる。



「どうって、なにが?」



 優奈は小首を傾げながら、葵の質問の意図を伺う。葵はため息まじりに、呟くよう言った。



「団体戦」



 優奈は、あー……と小さく声を漏らしながら、天井近くのつり革広告を、なんとなしに見上げた。

 葵がかねてから団体戦に出たいと、言っていたことを思い出す。

 かつてはそれなりに部員もいたが、今は葵と優奈の二人しかいない。

 個人戦に出ることが出来ても、団体戦をやるには人数が足りない。

 団体戦に出るためには、それなりに卓球が出来る部員が、あと二人は必要だ。



「中ペンの子は、あんまり心配してない。あの子凄いやる気だったし、実力もある。今の戦型に、慣れてなさそうだったけど。けど、カットマンの子と、ドライブマンの子がいまいち分からん。高校の団体戦って四人要ったよね?あの二人、来てくれるかな……」



 うつむく葵を横目に見ながら、優奈は彼女たちのことを思い出していた。

 来たときの二人の態度からして、大方、真琴が烈火を半ば無理矢理連れてきたであろうと推測していた。


 けれど蓋を開けてみると、烈火は入ってきた時のおどおどとした印象とは裏腹に、威圧感のある葵のドライブを前にしても、怯む様子が見られなかった。

 真琴のほうも、ラリーを百本は軽く続けられそうなほど安定していた。

 それは、それだけ基本練習をやり込んできていることの証左にほかならない。


 そんな二人が、卓球が嫌いだとか、苦手だとか言う人間だとは思えなかった。

 だからといって、入部してくれるとは限らない。

 そこまで考えて、考えるだけ無駄かもしれないと、優奈は結論付けた。



「なるようにしかならんよ。けど、あの二人は、卓球は嫌いやないと思うに。あと、中ペンが青木さんで、カットマンが翠川さん。ドライブマンの子は、赤坂さんな。名前くらいな、覚えてやれな」



 電車が止まり、ドアが開く。

 んじゃ、と軽く手を振りながら、優奈は電車を降りていった。

 葵が両手を組み、祈るような姿勢のままなのを、ちらりと確かめる。

 間もなくドアが閉まり、電車が発車する。緩やかに加速して駅から離れていく電車を、優奈はしばらくじっと眺めていた。

七海「山吹先輩と藍沢先輩。れっかとまこまこ。仲良しさんがおってええなぁ…」

烈火「何言うとんのん、七海もすでに私らと仲良しさん。ちゃう?」

優奈「(赤坂さんって、こういうこと恥ずかしげもなく言う子なんや……)」

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