0-3 部活見学(一)
校舎の外れにあるプレハブ小屋。
近づいていくにつれ、プラスチックが木の板を叩く軽い音と、甲高い金属音にも似た音が徐々に大きくなっていく。
小屋の扉の前まで烈火を引き連れて、扉を開けるよう促してみるが、烈火は手を伸ばしかけては引っ込め、また伸ばしかけては引っ込めるばかり。
しばらくして、真琴は扉に手をかけながら、後ろ手に握った烈火の手を離さないように強く握った。
烈火を率いて中に入ると、卓球台が十台程度並べられており、そこのうちのほぼ全部を男子生徒が使っていた。
奥のほうを見やると、三人の女子生徒たちが練習をしているようなのが見えた。
そのうちの一人、特別背の低い―体操服の襟元や袖口が赤色で、自分たちのが青かったことから、学年が違うことが分かった―部員がこちらに気づくと、とてとてと小走りにやってきた。
「うちの見学に来てくれたん?」
「そうなんですぅ」
卓球場に入ってきてなお怯みっぱなしの烈火に代わって、真琴がうけ答えた。
すると、その小柄な先輩はくるりと向こうにへ体を翻しながら、「おいで。そっからやと見にくいやろ」と、手招きをしてみせた。
一番奥の台では、大柄な先輩―彼女の体操服も、小柄な先輩と同じく赤色だ―と、先ほど教室で少し話した七海が試合形式の練習をしているのがわかった。
七海は中国式ペンホルダーラケットを握っていて、赤いラバーには、遠目にもざらざらしている感じがするように見える。
それに打球音もくぐもったような鈍い音がするうえ、ラケットを下に滑らせながらブロックをするので、粒高ラバーを使っているだろうことが分かった。
その台の後ろの方に、烈火と真琴は並び立って見学した。
試合の様子は傍から見ても一方的で、七海も食らいつこうとはしているものの、大柄なほうの先輩の強烈なドライブを全く御しきれていない。
一本、二本とあっけなくドライブを決めると、台の下に掛けたタオルを手に取りつつ、先程の小柄なほうの先輩に台を譲った。
汗を拭きながら台から離れる彼女が、やがてぐるりとこちらに翻ると、じいっと眺めるように目を細めた。
そして次の瞬間には、一足飛びにこちらに向かって飛びついてきて、目をキラキラ輝かせながら二人の手を握った。
「え、部活見学?うちに興味持ってくれたの!?嬉しい~」
大柄な先輩は興奮しているのか、握る手にだんだんと力がこもっていく。
こちらを覗き込む瞳は、まるで冬の星空を想起させるほどにきらきらと輝いている。
彼女の大きな体からくる圧もさることながら、力が恐ろく強く、真琴も烈火も振りほどこうとしてみるものの、二人がかりでなお振りほどけそうな気がしない。
真琴の顔には笑顔が張り付き、烈火の顔には焦燥が浮かび出す。やがて小柄なほうの先輩が飛び蹴りを食らわせ、ようやく彼女から解放された。
「ちょお葵。近い、近い!新人ちゃんらぁビビっとるやんけ」
「ごめんごめん、嬉しくって、つい。あたしは山吹葵。ここのキャプテンやってるんだ。んで、こっちのちっちゃいのが副キャプテン」
「ちっちゃいのうな、ちっちゃいけど!藍沢優奈って言うの、よろしくね」
二人が自己紹介するのに倣って、真琴と烈火も自己紹介をする。その後に、葵は「せっかくやから打ってく?」と提案してくれた。
「あ、でもラケットあったかな……優奈、スペアある?」
「あるけど、ウチらが使っとるやつで良くない?」
「二人いるじゃん。あたしと優奈で相手しなかったら、誰が相手になるんよ」
なんて話し出したので、真琴が、「自分の使うので大丈夫ですよぉ」と、スクールバッグから、ラケットケースを。
さらにその中から、大きさの違うシェークハンドラケットを二本取り出した。
「れっちゃんはこっち使いぃ」と言って、小さい方のラケットを烈火に手渡す。
見れば弾みの良い五枚合板のラケットに、フィルムに覆われた粘着性の裏ソフトラバーが両面に貼ってある。
烈火は首を捻りながら、「まこちゃんてカットマンやったやんな……?」と聞いてみるも、真琴はにべにもなく「そやよぉ」と答えるのみだった。
というのも、カットマンというのは所謂守備型の戦型で、相手の攻撃をいなしながらミスを誘う戦術を取る。
そのためカットマンが使うラケットと言えば、ボールを捉えやすくするために大きく、そして、相手の攻撃の勢いを殺すために弾みが抑えられているものが多い。
しかし渡されたラケットは、まるで真逆だ。
そんなものを真琴が持っていたのはなぜだろう。
烈火は疑問に抱いたまま、右手にラケットを握りしめ、促されるままに卓球台の前に立った。
間もなく七海がこちらに来て、「やっぱり卓球するんやん」と言って通り過ぎていった。
その声は、今まで聞いた七海の声より、少し高い声に聞こえた。
烈火の前には葵が、真琴の前には優奈が立った。
葵は打ち上げるような高く弾む、緩いサービスを放つ。
かん、こん、こんとピッチの遅いバウンド音が響く。
烈火は体側にラケットを合わせて、ピン球がバウンドの頂点に到達したあとの、落ち始めるタイミングを待つ。
そして、体側よりもやや後ろで打球した。
軌道の低いボールが、葵のフォア側へと飛んでいく。
次のボールを打とうとした瞬間、するりと足が滑るような感じがした。
すっかり忘れていたのだが、今の烈火の格好といえば、制服にスカート、それに靴下を履いているのみだ。
十全に動けないどころか、靴下が滑って仕方がない。
それを見た葵は左手でボールを掴まえると、「優奈、部室のシューズって捨てたっけ?」と聞いた。
「捨ててなかった思うに。けどなんで?」
「この子らに貸してあげやんと。滑って危なくて仕方ないじゃんね」
「あ」
優奈は気づいたように返事をすると、卓球場のすぐ側にある部室に入っていった。
間もなく部室からひょこっと顔だけ出すと「二人ともおいで。シューズ貸したげる」と手招きをした。
彼女に招かれるまま、二人は部室の中へと入っていった。
葵「第三の新キャラ!山吹葵!」
優奈「……そのノリ、ウチもやるん?」
葵「当たり前じゃん」
優奈「やらんぞ、ウチは絶っ対やらんからな!」