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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
3/14

0-2 入学式

 新入生の全員が体育館に収まると、しばらくののちに、入学式が始まった。

 校長先生や来賓の方からの話が長々とあったが、正直なところ、その一欠片ですら耳に入ってくるはずもなく。

 やがて念仏かありがたい経典か、はたまた周囲の者を眠らせる歌のように聞こえてきて、烈火は不意に眠気に襲われた。

 しばらくは抵抗を試みたものの、揺れ幅の大きくなった船はとどまることを知らず、とうとう、烈火は抵抗することを諦めた。



「おい、起きろ。入学式終わったぞ」


「寝てへん寝てへん!」



 隣の子の声に、烈火はにわかに目を覚まし、寝ぼけたまま立ち上がった。

 見れば隣のクラスの子は立ちがあってはけだしているものの、烈火のクラスの生徒は誰一人立ち上がっておらず、パイプ椅子の上に着席したままだ。

 烈火は顔に火を灯しながら、しゅるしゅるとすぼむように着席した。一気に目が醒めた烈火は、その隣の子の方を見やる。

 もしかして、眠っている間に隣の子に寄りかかってしまってたのではなかろうか。

 烈火はその子に向き直って尋ねる。



「ごめん。もしかして、寄りかかったりしとった?」


「気にすることやない」



 隣の子はにべにもなくそういうくらいで、烈火のほうをちらりとも見やらなかった。

 烈火よりも少し背が低く、同じくブレザーの制服にスラックスを履いている。

 烈火はどぎまぎとしながら、退席の合図をひたすら待った。



 教室に戻るとホームルームが開かれ、担任が簡単に概要説明をすると、すぐさまお開きになった。

 それから部活見学も出来るということなので、何人かの生徒は足早に教室を出ていった。



 烈火も教室を出ようと立ち上がった時、前の席の子がこちらをぐるりと振り返った。

 さっき入学式で起こしてくれた子だ。

 その子が烈火のほうをじっと見てくるので、烈火は立ったまま、その子のほうを見つめ返した。



「貴方、もしかしてどこかで会うた?」


 不意に、そんなことを聞かれる。烈火は記憶の隅々まで探して見たけれど、


「ううん、私は覚えとらんかも。あと私、赤坂烈火って言うん。あなたは?」


 心当たりがなかったので、そのままに答えた。

 ついでに、自己紹介だ。同じクラスで席が近ければ、自ずと話す機会も出来るだろうし。


「青木七海。よろしく」



 七海は下から烈火を見上げるように言った。そして、



「赤坂って、もしかして薄明中の?」



 烈火のことを、知っているようだった。

 別に否定する理由もないので「そうやで」と答えてみる。すると、



「ふうん。んじゃあ、卓球やるん?」



 そう、聞かれた。

 それそのものは特別な質問ではないはずなのに、重たい槍が投げつけられたかのように、グサリと烈火の胸中を抉る。

 フラッシュバンでも食らったかのように、音が失われていく。

 後頭部から血の気がさっと引いて、世界が遠ざかる感覚がする。

 すとんと椅子に落ちるように座り直すと、


「……考えとらんかなぁ」


 そう答えるのが精々だった。



「考えとらんのか、勿体ない。んじゃあ私は行くから」



 そう言って七海は、すたすたと教室を出ていってしまった。

 七海と入れ違いに真琴が「れっちゃぁん」なんて言いながら教室に入ってきたので「まっちゃぁん」と言いながら彼女を迎え入れた。



「誰が抹茶やぁ」


「そやな、苦味のにの字もないし、抹茶に失礼やな」


「私にも失礼だぁ~」



 真琴はまた、今朝方もそうしたように烈火の頬を弄り始めた。

 同じように、はへへ、はへへと抗議はするが、止めようとはしない。

 しばらくして真琴は、思い出したように手を止めて、烈火に尋ねた。



「部活見学あるけど、どうする?」


「はんはえへはい」


「そやったら一緒に回ろに」


「いいけほ、ほのはえにゆひはなひてくえはせんか」


「やだぁ」


 真琴はむにむにと頬をいじったまま教室を出ようとした。

 烈火は歩きにくそうに足をもつれさせながら。

 烈火がスクールバッグを持ってないこと気付いたらしく、「そやスクールバッグは?」と聞いてきたので「忘れてきたっぽい」と答えた。

 真琴は「そっかぁ」と言うくらいだったが、なんだか頬を弄る指の動きが、しなくなったような気がした。



 それから二人は、色んなクラブを見て回った。

 野球とサッカーは女子部員がほぼおらず、強いてマネージャーがいるくらいなもので、参加出来る余地は少なそうだ。

 その他の部活はどこも男女ともにそこそこに活気がある。


 しかしどこを回ってみても、烈火の興味が寸分でも惹かれることはなかった。

 何を聞いてもどこ吹く風。

 どこか遠く、そう、どこだかはわからないが、少なくともここではないどこか。

 また全身の細胞に火が駆け巡って、魂ごと燃え尽きてしまいそうな、そんな気すらするあの日々を、無意識のうちに追いかけていた。

 真琴は、そんな烈火の様子を横目で見ながら、烈火の分まで部活の紹介を聞いていた。



 ああでもないこうでもないと悶々する烈火を、真琴はとにかく引きずり回した。

 剣道、弓道、ハンドボール、ダンス、ブラスバンド、漫画研究、美術……。

 一通り見て回ったが、眉をしかめ、腕を組む烈火の様子に変化はない。

 日も夕に暮れなずんで、時計を見ればそろそろ五時を差そうとしている。


 真琴は一旦、中庭のベンチで休憩することにした。

 真琴は各々のクラブで聞いてきたことを的確にまとめて、説明をしながらノートに書いていった。

 けれど烈火は空の上を見上げるばかり。

 真琴は一つため息をついてから、烈火の頬を引っ張った。


 「はひ?」と摘まれた烈火の口から、間抜けな声が出る。

 真琴は思わず笑いそうになりながらも、くいくいと頬を引っ張りながら続ける。



「物足りやん?」



 烈火は話半分ながらも、真琴の話は一応には聞いていた。

 普段はふわふわと浮かぶ雲のような、マイペースを地で行くような性格の真琴だが、彼女は記憶力が抜群に優れ、それらを要領よく纏める能力に長けていることを、烈火は知っていた。

 だから真琴がどれだけ多くのことを、ちらっと見たり、少しばかり話を聞いた程度で理解して、どれだけ丁寧に烈火に説明してくれているかを、分かっているつもりだ。

 そんな真琴の言葉が、行動が、物足りないわけではない。

 ただ、ただ……烈火は言葉にしがたい何かを口に含んだまま、ゆっくりと、首を何度かひねりながら頷いた。

 真琴は「そっか」と言ってから、烈火の方に体ごと向けて、両手で頬を引っ張り始めた。



 そのとき。

 烈火はよく聞いた、ものすごく軽い音を聞いた気がした。


 プラスチックで出来た空洞のある球が、ゴムに激しくぶつかって、そうとは信じられないほど甲高い、まるで金属音のような音を。

 中学時代に何度も何度も繰り返し聞いたあの音を。

 烈火は音のした方に、にわかに振り返った。真琴の指が頬から急に離れて、はずんで戻ってひりりと痛む。

 頬をさすりながら音のした方をたどると、大きなプレハブ小屋のようなものがある。

 真琴も同じようにそちらを見やる。

 教室に換算して、三つか四つ分ほど離れた位置にあるので、そんな音がここまで聞こえてくるとは考えにくい。

 それから音が聞こえることはなかったが、そこからは光が漏れ出ているのが見える。

 そこで何か、クラブ活動をしていることは明白だ。

 真琴は「結局こうなるんやん」とつぶやきながら立ち上がると、


「ほら、行くに」


 と、烈火の手を引き始めた。

 試合の前に何度も感じた、胸の奥で緊張と不安と、揺らめく炎のような感情が渦を巻くような、どこか居心地の悪さすらある感情が萌芽するのを、烈火は確かに感じ取った。

七海「第二の新キャラ、七海です。よろしゅう」

真琴「普段は駅前でファンションショーやってます~」

烈火「いきなりデマ吹き込むんはやめえや!」

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