1-10 四番台二回戦 葵 vs 烈火(一)
真琴「次はれっちゃんと葵先輩かぁ。二人ともバリバリのパワーヒッターやし、面白いもんが見れるかも知れへんなぁ」
「次の試合は…どれどれ」
葵が覗き込むようにリーグ戦表を見た。
リーグ戦表には選手の番号と、その組み合わせが書かれていて、次の試合は一番の選手と三番の選手が試合することになっている。
葵はその表を苦心しながら読んでいると、真琴が横から「れっちゃんと葵先輩ですよぉ」とフォローを入れてきた。
「おお、烈火か!いいね、うし!やろうやろう!」
「はい、葵先輩!」
「二人ともええ元気やなぁ」
二人は嬉々として台に着き、ラリーを始めた。
たかが肩慣らしのラリーだと言うのに、二人の放つボールの勢いは凄まじい。
時折金属音に似た快音を鳴らしながら、二人は試合前からバチバチに打ち合った。
葵は、そんな相手、烈火を改めて見た。
烈火は技術に粗が多いものの、それら全てを置き去りにして烈火を勝ちあがらせる程のドライブの持ち主だ。
とにかく力が強い。ふざけて相撲を取った時なんて、体格差があるはずの自分でさえ、悠々と押し返される程だ。
腕相撲もやってみたことがあるが、勝てる見込みがまるでない。
そんなパワフルな子が、全身全霊のフルスイングでドライブをお見舞いしてくるのだ。
その威力といったら、文字通りひとたまりもない。
葵もかつては体格を活かし、フルスイングをして強烈なドライブをお見舞いするパワーヒッターだった。
しかしそれが通用するのはせいぜい県大会くらいまでで、東海大会や、全国に出ると、まるで通用しなかったのをよく覚えている。
だから、葵はフルスイングすることを辞めて、打球する一瞬間だけに全ての力をかける、そしてフォロースルーをコンパクトに畳んで、次のボール備える打ち方を会得したのだ。
そうして捨てたかつての武器を、烈火は唯一最大の武器にしている。
あえてアドバイスするならきっと、フルスイングすることなんて止めさせるのだろうが、烈火はその埒外な身体能力をもって、ドライブを連打して引き合いに持ち込むのが非常に上手い。
葵は、そんな烈火に可能性を感じていたのだ。
自分が捨てた武器でも、烈火なら勝てるようになるって、信じてみたいのだ。
そんな烈火と、五セットマッチをするのは、今回が初めてだ。
烈火の手の内は、普段のゲーム練習で見知っているつもりだが、他に隠し持っている手札が無いとは限らない。
先に戦った、真琴がそうであったように。
じゃんけんの結果、サービスの権利は葵に渡った。
0-0。
まずは奇を衒うでもなく、一番得意な形を。
フォア側への短めの下回転サービス。相手にツッツキで対処させた所を、三球目からフォアドライブを狙っていく。
もしバック側に来ても、短めならチキータやストップを、長めならドライブを狙うが、無理はしない。相手が打球するまでの、ラケットの面の向き、視線の向きから総合的に判断すればいい。
烈火はバウンド直後を捉えてストップを試みるが、回転が思ったよりきつかったらしく、ボールはネットに阻まれ、烈火の方へと帰っていった。
1-0、葵のサービス、二本目。
先程の烈火のレシーブミスを考えると、同じサービスを出したときに、今度はストップでなく、長めにツッツキを入れてくるだろうと予想した。
そうすると、同じフォア側の短めのサービスでも、サイドラインに近い、厳しめのコースを突いてやるほうが、こちらの狙いであるフォアハンドを振りやすくなるはずだ。
葵はサービスの構えの位置をややフォア側にずらしてから、サイドラインを目掛けて下回転サービスを出した。
烈火がフォア側に身を乗り出しながられ対角に向けてツッツキをする。
ミドル側ややフォア寄りの、甘めのコースだ。
狙い通りのレシーブを、葵は、狙い澄ましたようにドライブで撃ち抜いた。
鞭のように唸るドライブは、烈火のバックハンド側へと襲いかかる。
烈火は既に台から少し距離を取っていて、間に合わせたようなバックハンドでなんとか返す。
それならもう一本ドライブを、バックハンドへ。
烈火はそれを見てからバックハンド側へと大きく動き、フォアドライブでカウンターを仕掛けてきた。
自分のドライブが霞むほどの激しいドライブに、葵はまともに付き合ってやるつもりはなかった。
ブロックでフォア側に動かしてやれば、次のボールは大きく動かされながら打球せざるを得ない。
体を捻った全身運動の力を使うことは出来ず、強打しても、腕を振っただけの苦し紛れのボールになる。
それは、絶好のカウンターチャンスだ。
プラン通り、烈火のドライブをフォア側へブロックして流す。
予想通り、烈火が無理やりフットワークで間に合わせながらフォアドライブを放ってきた。
しかしその球威たるや、想像を大きく上回っており、間に合わせたような打ち方とは思えないほど早く鋭い。
ボールの描く弧線は炎を宿し、烈火の如き勢いをもって迫り来る。
あまりの球威の凄まじさのために、フォア側に返してやろうとか、逆を突くようにバック側にいなしてやろうとか、考えている余裕がない。
烈火が待ち構えるフォア側に、引っ張るようにドライブを打つことしかできない。
打球する前から、びりびりと伝わってくるこの威圧感。
打球した後には、甲高い金属音と、硬いラケットにボールが当たったような鋭い感触が手に伝わって、そしてすぐに消えていった。
烈火が負けじとカウンターを振ってくるのに合わせて、葵もカウンターで応戦するような、引き合いのラリーがしばらく続く。
コースを散らして揺さぶろうとはするものの、打ち負けないようにドライブを振ることに必死で、思ったようにはいかない。
まるで力と力のぶつかり合いだ。
寄せては返す波のようで、しかし、見てくれの嫋やかさからはかけ離れたような力の塊を、葵は、また力をもって無理矢理押し込んでいく。
そうやって十本ほど打ち合ったのち、烈火のラケットが空を切った。
第一セットの、二点目。
序盤も序盤である。
そうとは思えない程に濃密な、ドライブの応酬の末に、ようやく、ようやく一点を勝ち取った。
続く三本目も、同じような引き合いの展開になった。
少しコースをずらすぐらいじゃ崩せない。
より強く打っても打ち抜けない。
打ち勝って、打ち負けて、打ち負けて、打ち勝って。
そんなラリーが、何本も何本も続いた。
8-4。
得点板上では優位こそ築けているものの、正直、葵には余裕が無い。
馬鹿正直に打ち合えば、やはり烈火の方が明らかに強い。
葵は、肌でそう感じていた。
フォロースルーからの戻りが早いために、葵の方が連打が利く。
十本、十五本と打ち込めれば、チャンスは葵のほうに回ってくることだろう。
けれど、ドライブの一本一本の威力は、明らかに烈火の方が上手だ。
五本、六本と短いラリーを考えたとき、打ち勝てるビジョンはまるで見えなかった。
そのうえ、中途半端に強打すれば、たちまちフォアハンドでのカウンターを狙ってくる度胸の強さもある。
更に言うなら、バックハンド側の端から、フォアハンド側の端にまで揺さぶっても、間に合わせて無理矢理強打を狙ってくるような、出鱈目なフットワークも持ち合わせているときた。
オールフォア。
いつでも、どこからでも、どんなボールでも、自慢のフォアハンドドライブを振りかざしてくる。
そしてその、埒外な力をもって、打ち負かしにかかってくる。
赤坂烈火とは、そういうプレーヤーなのだ。
令和も始まって七年も経つ今日においては、時代遅れと揶揄されることもあるだろう。
しかし烈火には、この上なくぴたりと嵌っている。
そんな対戦相手を前に、葵はひりひりしてたまらなかった。
中学生の頃から東海大会、全国大会と、県外の強い選手を何人も見てきた葵だったが、実力差や経験差を感じることはあっても、力負けする感触を覚えたことなんて、ただの一度もなかった。
むしろ、自分が女子選手の中で一番パワーのあるプレーヤーだと、信じて疑わないばかりだった。
ところが、この烈火という、自分よりも二回りほども小さな体躯の後輩が、それを悠々と脅かしてくる。
僅かな恐怖と、それを大きく上回る興奮とが、綯い交ぜになって葵の心を満たす。
楽しくて楽しくてたまらない。
もっとこの子と、フォアハンドを撃ち合っていたい。
気付けば葵の口角は上の方を向き、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
次の一本は、烈火のたるんだレシーブをチキータで咎めてから、速攻を仕掛けて奪い取り、
続く一本は十本を超える凄絶なドライブの引き合いの末、葵が競り勝った。
4-10、烈火のサービス。
繰り出したのは、バックハンド側への長めの下回転。
烈火は回転量にこだわるあまり、サービスの時にも、ラケットを強く振り抜くことが多い。
逆に烈火がサービスを短く出そうとする時には、極端なほどラケットの勢いを抑えるので、回転があまりかかってないことが多い。
葵は、烈火にそういう癖があることを、既に見抜いていた。
ここ一本取りたい場面で、長めのサービス。
多分、かなりの回転を掛けた事だろう。
しかしいくら回転が強くとも、台のエンドラインからはみ出てしまえば、それは格好の的である。
葵は悠々と、体の正面で、腕を内側に巻き込むようにテークバックを取る。
そして上へ、前へ鋭く振り抜くパワードライブを、対角にお見舞いしてやった。
烈火も食い下がって引き合いに応じる。
しかし、フォアハンドでは遅れを取っても、バックハンドの打ち合いなら、絶対に負けない自信があった。
その自信を裏打ちするように、二本、三本とドライブをしかけ、やがてあっさりと烈火のバックハンドを撃ち抜いた。
4-11。
第一セットは、歓喜に色めく葵の咆哮をもって、その幕を閉じた。
七海「葵先輩ってホント楽しそうに卓球しますよね。時折、気味悪ぅ思えるくらい」
優奈「それが葵の強さの秘訣かも知らん思ってる。あいつ、努力することを努力すると思っとらへん」




