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ドライバーズ・ハイ  作者: げっとは飛躍のせつなさ
1章 部内リーグ戦

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1-9 二番台二回戦 七海 vs 優奈(四)

1-9 二番台二回戦 七海 vs 優奈(四)

 第四セット、4-6(フォー・シックス)

 優奈はサービスを構えたまま動かない。

 隣の台から、ばちん、ばちんとドライブを打ち合う音が聞こえてくるばかりで、こちらの台からは音の一つもしない。


 七海は優奈の様子を注意深く観察していた。

 視線の先にいる優奈は、悔しそうにも、怒っているようにも、泣いているようにも見える、不思議な表情をしている。

 話していると柔らかく笑んだり、怒ったり、目を丸くしたり、怒ったりと、表情のよく動く先輩だとは思っていたが、こんなに複雑に感情が入り乱れている表情を見るのは、初めてだった。


 優奈がボールを投げあげる。

 葵の頭上を跳び越すくらいの、少し高いくらいのトス。

 落ちてくるのをしっかり待って、しゃがみこみながらボールの外側を切りつけた。


 フォアハンド側に向かって大きく逃げるように曲がるしゃがみこみサービス。

 一バウンドした後にボールは、ネットの上端に引っかかり、やがて優奈の方へと落ちていった。


 優奈がずどんと一度だけ、地団駄踏んだ。

 七海は目を丸くしながら、台の上に転がるボールを突いて返す。

 

 優奈は微動だにしない。

 自分のもとに転がってくるピン球を見やることもなく、ただ呆然と俯いている。


 やがて台からボールが落ちてきて、ようやく優奈はボールを地面に叩きつけて、大きくバウンドさせてから拾った。


「優奈、態度悪い(バッドマナー)よ」

「うっさいな!……ごめん」


 葵の指摘に、優奈が声を荒らげた。

 対面にいる七海は、もうひとつ強い衝撃を受けてたじろいだ。

 

 あれ、私なんか嫌われるようなことしたやろか……?

 私はただ、色々試すんが好きなだけやのに……。


 七海はレシーブを構え直す。

 三メートルくらいしかない卓球台の反対側で、サービスを構える先輩が、それよりももっと、もっと遠くにいる気がした。


 7-4(セブン・フォー)

 優奈サービス、二本目。


 今度は安定重視の短い(ショート)サービス。


 打球音とピン球の様子を見るに、おそらく無回転だろう。

 準備していたのは粒高の面。

 粒高で無回転を相手にするのは少し面倒だけど、反転させて裏ラバーに変えるのは流石に間に合わない。

 

 ラバーの粒を下に倒すように意識をしながら、ぐいと引っ張りあげる。

 ボールは思ったよりも跳ね上がってしまい、中空に浮き上がった。


 優奈は大きくテークバックを取り、鬼神の如き勢いでスマッシュを振りぬいた。

 ネットが揺れる。

 ボールが止まる。

 やがてネットから離れて転がり落ち、優奈の元へと転がり込んできた。


「優奈」

「分かっとるっちゅうの!」

「分かってない」


 葵がゆったりと優奈の方に寄っていきながら窘める。

 葵は優奈の顔を真っ直ぐ見つめているが、優奈は足元に視線を落としていて、葵のほうを見ようとはしない。


「悔しいのは分かるけどさ、試合中にそれを態度に出しちゃダメだよ。負け始めるとプレーが荒れるって、何とかしやんとねって、あたしも優奈自身も言ってんじゃん」

「でもさ……」

「でもじゃない。あとさ、そやって八つ当たりしてんのみて、七海が怖がってんだよ。優奈の態度は、明らかに対戦相手をビビらしてるんだよ」


 葵が諭すように話している間中、ずっと優奈は黙りこくったまま俯いていた。

 やがて一度だけ優奈が頷くと、葵は優奈の肩をぽんぽんと叩いてから離れていった。


「割って入ってごめんね?優奈、次やったらレッドカード出すからね」


 離れながら葵は、七海にはすまなそうに片手で謝って、優奈には指差して強めに注意をした。


 視線を正面に戻すと、うつむき加減な優奈の姿がそこにあった。手にはピン球とラケットが握られているが、力なくだらりと下に垂れ下げられている。


 ややあって顔を上げた優奈は、両目どころか、顔までまっかっかだ。しばらくの沈黙のあと、優奈は唇をわなわな震わせながら、今にも掻き消えそうな声を、喉元から絞り出した。


「青木さん、ごめん」


 消え入りそうな細い声の線を、七海は確かに掴み取った。

 優奈の気持ちは、確かに受け取った。

 なら、仲直りしなきゃ。


「大丈夫です。あと、な、七海でいいです。というか、七海って呼んでください」

 

「……弱ったな、なかなかハードル高い……」


 優奈が少し視線を逸らした。

 七海はおっかなびっくり、言葉を続けた。


「七海って、名前で呼んでもらえたほうが、私、安心するんです。ああ、この人からは赦されてるんやなって、実感出来るんです。やから、七海って呼んで欲しいです。私も、優奈先輩って呼びますんで」


 七海は、全身の勇気を出し切ったような感じがした。

 凄いことを為したわけではないけれど、それに似たぐらいの……優奈と友達になるための第一歩を、踏み出せた気がしたのだ。

 

 優奈はきょとんと七海を見つめていたが、間もなく、涙でくしゃくしゃになった顔をはにかませた。


「……ん。分かった、頑張る。試合、再開しよか」


「はい……あ、 その前に、優奈先輩」


 七海の声に、優奈はサービスの構えを解く。

 七海は、もう一度だけ、残った勇気を振り絞った。


「人を、一呑みにすると、落ち着くらしいですよ」


 優奈はまたもきょとんと、七海のほうを見つめ直した。

 しばらくの後に、七海は慌てたように手のひらを見せながら、そこに指で「人」の文字を何度かなぞった。


 優奈は思わず吹き出しながら、「ハブかなんかか、ウチは」とツッコミを入れた。


 8-4(エイト・フォー)

 優奈はトスを投げあげようとしてぴたりと止まり、ややあってから、投げあげもせずに手の内にあるボールを軽く弾き出して、二バウンドさせながら七海に渡した。


 七海はバウンド直後(ライジング)を的確に捉え、こつっと下回転をかけながらレシーブするが、優奈は左手を振りながらボールを七海へ返す。


 七海は首を傾げながらボールを受け取って、得点板のほうを見た。

 

 8-4(エイト・フォー)

 得点の合計は十二。

 得点の合計が四の倍数の時は、先攻のプレイヤーにサービスの権利がある。

 

 七海はサービスの回数を数えてから、優奈の方に向き直って、自分自身を指さしながら優奈に聞いた。


 優奈は左手を上に開きながらこちらを指してくる。


 七海は親指を立ててから、右手に持っていたピン球を台に二、三度ほどバウンドさせてから、左手でピン球を拾い直してサービスを構えた。


 四点も差が開いていると、流石に簡単には詰められない。

 こちらにサービスの権利があるなら、なおのことだ。

 落ち着きを取り戻した優奈が追い上げてくるが、四点の差は大きかった。


 結局、8-11(エイト・イレブン)で、第四セットは七海が逃げ切った。


 第五セット、優奈のサービスから。

 苦手意識のある優奈が相手だったが、蓋を開けてみれば、フルセットにまでもつれる大接戦だ。

 

 七海は両頬をぴしゃりと叩いて、心を強く奮わせた。


 第五セットの優奈はそれまでに比べて苛烈で、二球目だろうと、三球目だろうと、台の上に落とすような短いボールでも、台からはみ出るような深いボールでも、お構い無しに攻撃を仕掛け続けてきた。


 テンポの早い攻撃に、七海も強く押し返したり、軽く止めたりと、緩急をつけながらついていく。


 押し込んだり押し込まれたり、一進一退の攻防が続いた。


 3-3(スリー・オール)、七海のサービス。


 七海は、見よう見まねで覚えたアップダウンサービスを繰り出した。

 ボールの下側を切りつけているように見せかけて、ラケットをくるりと捻ってボールの後ろ側を擦りあげる。

 そしてフォロースルーを台の下に隠すことで、相手にそれを悟らせないようにするのだ。


 ボールの伸びがイマイチな気がするけど、ここはまだまだ要練習ってことで。

 それでも、無回転よりは取りにくいはず。


 対する優奈は、手首を内側に巻き込んで、チキータの構えを取っていた。

 弾き出すように放たれたそれは、七海のフォア側を撃ち抜いた。


 ……思ったより通用しない。


 慌ててラケットを出してみるものの、間に合わせたような返球が優奈に通用するはずもなく。

 一瀉千里、痛烈なバックハンドスマッシュが解き放たれる。

 台の対角(クロス)を貫くスマッシュは、七海の防御を容易く貫いた。


 もう一本、七海のサービス。

 今度は上回転系のYGヤングジェネレーション・サービス

 烈火だったら軽く打ち上げそうなものを、優奈は羽のような軽いタッチで、短く低く、ネット際に落とすようにストップをしてくる。


 それをペン先でちょいと拾い上げるように返すと、優奈はすかさずフォアハンドで打ち払うように強打した。

 8の字打法を取り入れた、見事なフリック。


 サイドラインを横切るほど険しいコースのボールを何とか拾っても、優奈からは安定した攻撃が、寄せては返す波のように、繰り返し繰り返し押し寄せてくる。

 

 破竹の勢いで攻め立てる優奈の猛攻に、またも一点を奪われる。

 

 5-3(ファイブ・スリー)

 ここでサイドの交代だ。

 二人は台の下にかけてあるタオルを取りながら入れ替わった。

 

 七海はタオルに顔を埋めながら、次の策を膨らませていた。

 また七海式ペンドラを取り出してやろうか?

 それとも粒高でやろうか?


 七海は逡巡の末、台の下でくるりとラケットを翻し、黒い裏ソフトラバーのほうを準備した。


 優奈の繰り出してきたのは、台のサイドラインを横切る順横回転サービス。

 ボールの回転をいなすように、ラケットを滑らせながらツッツキで返す。


 いまいちしっくりこない打球感。

 緩いボールになりそうだ。

 直感した瞬間には、七海はラケットを反転させていた。


 サイドラインを切り返すような険しいコースのボールを、真正面に捉えるように、優奈は丁寧に体を動かす。

 そしてミドルにめがけ、チキータを放った。


 バウンド直後(ライジング)を的確に狙い、カットブロックを決めるも、優奈は大胆にも台の側面に回り込み、フォアハンドが振れる位置にボールを捉えた。


 後ろで輪を書くように腕を回す、特徴的なテークバック。

 大きな8の字を描きながら、小さな体を大きく旋回させながら、渾身の角度打ちを放った。


 弾丸のようなその一球は、フォアハンド側に山を張った七海の、左脇を貫いていった。


 レシーブの甘さから主導権を取られた七海は、後ろに飛んで行ったボールを追いかけながら、寂しそうに眉をひそめた。

 七海式ペンドラは、しばらく店じまいかもしれない。

 実戦で出すには、ボロい部分があるようだ。


 そうして出来た三点を、七海はずっと追いかけた。

 しかし追いつけないまま、得点板は11-8(ゲームセット)を告げた。

 

 

 

七海「届かない……この想いを……」

優奈「本当に大切なもの何かな……(ボソッ」

七海「ゆなちゃん先輩?」

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