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ドライバーズ・ハイ  作者: げっとは飛躍のせつなさ
1章 部内リーグ戦

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20/24

1-6 二番台二回戦 七海 vs 優奈(一)

「次は……ええと、七海と藍沢先輩やな」

 リーグ戦表に記録をつけ終わると、烈火は七海の方に振り返りながら言った。

 七海は全身を前へと項垂らせながら、口先をアヒルのように尖らせている。


「ええぇ。さっきれっかとバチバチやりあったばっかやん」

「文句言うな。リーグ戦、進んでかんやんか」

「へいへいよぉお」


 七海は烈火の肩にもたれ掛かりながら、ぶぅぶぅと文句をつけている。そんな二人の元に、優奈がリーグ戦表を覗きにやってきた。


「なんやったら、先に赤坂さんとやってもええと思うけど」

「下手に甘やかさんでください。この子、すぐ調子に乗るんで」

「それもそうか」

「ご無体な!」


 あうあう文句を言っていた七海だが、意外に引きずることなく、二番台に着いた。

 優奈がその反対側に着くと、軽くラリーを始めた。

 二、三本打った後、優奈が「ラケット、確認しとく?」と聞いてきた。


 赤い粒高を表面に貼った七海と、

 フォア面に黒い表ソフトラバーを使う優奈。

 この卓球部にただ二人の、異質ラバー使い同士の対決だ。

 七海は、ちゃんと覚えていた。


 「いらんです。れっかともしとらんですし」


 と答えると、二人は片手を出し合いじゃんけんをした。

 じゃんけんには優奈が勝ち、先攻のサービス権は優奈に渡った。

 優奈は台に這うように低く構え、水平に開いた手のひらの上でピン球を静止させる。


 優奈のサービス、一本目。


 ピン球を投げあげると共に、ラケットを体側の裏側に隠す。

 ラケットは打球の直前にだけ、そのピンク色の面―こちらはバックハンドに使っている、テンション系の裏ソフトラバーだ―が僅かに姿を現した。

 優奈は手前側にラケットを引きつけながらボールを切りつけ、順横回転のかかったサービスを出した。


 七海はラケットを正面に、親指を外しながら構えて、ラケットをやや上にずらしながら思い切りよく押し出した。

 ペンホルダー特有の、プッシュと呼ばれる攻撃技術だ。

 

 ペンホルダーラケットのバックハンドには、大きく三つの技術が存在する。

 ラケットを体の正面に構え、真っ直ぐに押し出すバックハンドショート。

 ラケットを利き手とは逆の体側側に構え、利き手側に向かって大きく振り上げるバックハンドロング。

 ラケットの裏面を向けて、シェークのバックハンドと同じように振り抜く裏面打法。


 プッシュは、このうちのバックハンドショートを、攻撃的にしたものだ。

 技術と言うには仕組みは簡単なもので、バックハンドショートをただ強く押し出すだけ。

 しかし、ペンホルダーラケットでのバックハンドは、ボールが上に向かって飛んでいかないように、ラケットの面を伏せることそのものが難しい。

 また、腕を捻った状態のまま腕を押し出すような形でラケットを振ることになるため、力を加えることも難しい。


 その仕組みの単純さの割に、難しい技術の一つだ。

 

 ばこんと鈍い音が響く。

 ボールの弾道は低く、間もなくネットに捕らえられた。

 

 七海は首を傾げながら、優奈にボールを返す。


 中学時代まで使っていた、弾みの抑えられた反転式ペンホルダーラケットと、変化量に長けたタイプの粒高ラバーの頃と、

 高校デビュー用に拵えた、攻撃的な中国式ペンホルダーラケットと、弾みが強めの粒高ラバーを使っている今の。

 両者の打球感の違いに、七海はまだまだ慣れて居なかった。


 ボールがラケット()から、思ったより早くに離れていくのだ。

 そのせいで、ボールコントロールの精度に欠くことが度々あった。

 二、三度ほど素振りを繰り返してから、レシーブの構えを取り直す。


 優奈の二本目のサービスは、ミドル前の下回転。

 七海は右足を前に踏み込んで、また果敢にプッシュを狙う。

 押し出したボールは、今度は鋭く台に突き刺さった。


 しかし、それをのんのんと見過ごす優奈でもない。

 バウンド直後にラケットを合わせ、弾き出すようにバックハンドを振るう。

 対角に狙いすましたような鋭いミート打ちが、前に踏み込んだ七海の懐に飛び込んでくる。

 体を素早く引き、ラケットを鋭く下に向かって振り下ろす。なんとか間にあったが面が合わず、ボールが上に打ち上がった。

 優奈は大きくテークバックを取り、水平に打ち払うようにフォアハンドスマッシュを放った。


 七海が必死に掛けた下回転も、回転量の少ないミート打ちと、

 回転の影響を受けづらい表ソフトラバーの前には、まさに焼け石に水だ。

 金属音と共に打球は台に突き刺さり、七海の脇をすり抜けていった。


 後ろに飛んでいったボールを拾いにいきながら、七海はどうしようかと頭を悩ませた。

 というのも、ゲーム練習の時からそうだったのだが、

 実力の近い真琴や烈火には勝つことがあっても、優奈にはほとんど勝てずじまいなままだったのだ。


 あまりに勝てないので、七海は途中からひっそりと勝敗を数えていたが、

 その数、なんと一勝五敗。

 派手に負け越している。

 

 打球点を遅らせて、回転をかけるドライブを主軸に戦う烈火、真琴、葵の三人と、優奈のプレースタイルはまるで違う。

 優奈は打球点を早めて、弾き出すようなミート打ちが主軸で、台から下がる事も滅多にない。

 ピンチになっても一歩も引かず、ピッチが早い卓球を仕掛け続けてくるのだ。


 テンポが早いだけの卓球なら七海にもついていける自信があったが、

 優奈の厄介さは、それだけじゃない。

 回転を掛けるような打ち方をまるでしない、優奈のボールに対して、七海は特に苦手意識があった。


 粒高ラバーには、相手の回転をそっくりそのまま返す性質がある。

 回転の強いボールを受ければ、回転の強いボールをそのまま返すことができる。

 しかし、無回転ナックル質のボールには、無回転でしか返せない。


 そうなると、粒高ラバーのじゃじゃ馬な部分が顔を見せる。

 飼い主(ななみ)同様に気まぐれ屋な粒高ラバーは、粒が不規則に倒れやすいせいで、

 粒を倒す方向を意識しながらスイングしないとコントロールが乱れやすい。

 

 つまり優奈は、粒高の長所が潰れ、短所が目立ちやすい、相性的には最悪の相手だ。


 だからこそ、七海は闘志を燃やしていた。

 苦手な相手を打倒することこそ、七海にとっては、自らの少数派マイノリティなプレースタイルへの愛を証明するチャンスなのだから。

 とはいえ、なんの考えなしに勝てるような相手ではない。

 渡されたボールを受け取りながら、何を繰り出してやろうか考えていた。

 

 2-0(ツー・ラブ)、七海のサービス。


 粘着質なテンションラバーから放つのは、お返しと言わんばかりの順横回転サービスだ。

 優奈は的確にバウンド直後を捉え、短くストップを仕掛けてくる。

 七海は少しだけ回り込んでボールを払いのけようとしたが、なんとなく、ボールが持ち上げきれない気がする。


 振り上げたい気持ちをぐっとこらえて、下に滑らせるようにストップを返した。

 そこに、優奈のチキータが炸裂する。

 狙いはミドル側、ややバック寄りのコース。体側のすぐ脇の、打ち詰まりやすい位置だ。


 しかし、それはシェークハンドなら、の話だ。

 バックハンドに大きなハンディキャップを持つペンホルダーラケットには、シェークハンドに勝る長所がいくつかある。

 そのうちの一つが、ミドルへの対応力だ。


 ペンホルダーラケットはバックハンドを打つ時に、腕を九十度ほど拗らないと打てない代わりに、

 その動線上に、ミドル側に飛んできたボールを、自然と打てる位置がある。

 

 強打する時でさえ存分に腕を振るえる位置で、ブロックする事なんて造作もない。

 

 七海はラケットヘッドを真下に向けて、にべにもなくブロックした。

 優奈がもう一本、持ち上げるようにバックハンドを振るう。


 しかしチキータの回転量を吸収して重たくなった七海のブロックを、持ち上げることは出来なかった。


 優奈にリードを保たれながらも、七海はそれに必死で食らいついていく。

 ラケットに返ってくるボールの感触を確かめながら、優奈のボール一球一球打ち返す。


 新しい相棒、中国式ペンホルダーラケットだが、とにかくスイートスポットが広いように感じていた。

 粒高で打てばチェロのような低く重い音で、テンションラバーで打てば、バイオリンのような高く響く音で。


 バウンドの頂点をタイミングよく叩けば、手にも心地よい感触フィードバックが返ってくるリズムゲームのようでもあり、

 弾き方一つで音色を変える弦楽器のようでもあるように、ボールの感触を細かに七海に伝えていた。


 卓球をしていながら、打球感と打球音、それらが醸し出すハーモニーを噛みしめる。

 前まで使っていたラケットでは、ラバーでは、考えられないほどにボールが前へ吹っ飛んでいく。

 ばこんという鈍い音に加えて、心地よい打球感が手に伝わってくる。


 その一発で相手の脇を打ち抜いた時なんて最高だ。

 この瞬間の為に卓球をやってるとすら思えた。


 6-8(シックス・エイト)、七海のサービス。


 無回転性のボールに悩まされながらも、その差は二点にまで抑えられている。

 そろそろ追いつきたい、七海が繰り出すとっておき。


 ゲーム練習では出し惜しんでいた、

 けれど真剣勝負のリーグ戦でまで、出し惜しんでなんかいられない。


 ボールの真後ろを強く叩きながら、ラケットヘッドを少し前へ滑らせ、

 ボールの下に潜り込ませることで、わずかな下回転を掛ける必殺サービス。


 無回転性のスピードサービスだ。

 優奈は虚を突かれたようにバックハンドを構える。


 ばちん!と鋭い音と共に放たれたピン球は、あえなくネットに捕らえられた。


 優奈は首を傾げてながら、台に乗り出してピン球をちょいと拾い上げて七海に返す。

 それからピンク色の裏ソフトラバーを一目見て、息を吐きかけて、表面を手でぬぐい去った。


 良かった。効いているみたいや。


 七海は手応えを感じつつ、二本目のサービスを構える。

 もう一本、無回転のロングサービス。

 今度の狙いはミドル側だ。


 七海のサービスがミドルに向かって飛び出すと、優奈はそれを読んでたかのようにミドルの真ん前に動き出した。


 ラケットを横へ滑らせるように、逆横の回転を掛けながらバックハンドでフォア側を突く。

 ボールも同じく滑るように、七海のフォア側へと逃げていく。

 なんとか追いついてフォアハンドを構え、ばこんと鈍い音を響かせながら対角(クロス)にドライブ。

 

 そのドライブの行き着く先に、大きくテークバックを取った優奈のフォアハンドが待っていた。


 金属音と共に、苛烈なスマッシュが七海のバックハンド側を襲う。


 台の角のギリギリを狙ったスマッシュは、裏面で打つには、あまり遠すぎた。

 七海は半ば無意識のまま、利き手とは逆の体側側に、ラケットを大きく伸ばし、そして無我夢中で上に向かって引っ張りあげた。

 

 バックハンドロングでのカウンターだ。


 しかしボールは大きく上へ飛んでいって、台に着く前に、エンドラインを大きく飛び越してしまった。


 このゲームの始終、七海はずっと食い下がっていたが、最初に奪われた二点の差が、あまりに遠く感じられた。


 9-11(ゲームセット)

 たった二点。

 先を逃げる優奈に、追いつくことの叶わないまま、七海は第一セットを逃した。


 

 

葵「部内随一のトリックスター、七海と、部内随一のテクニシャン、優奈の対決かぁ」

烈火「ふたりとも殆ど下がらないからピッチが早くて、見ててヒリヒリしますよね」

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