1-4 四番台一回戦 真琴 vs 葵(一)
烈火と七海が試合を始めた台の、一つ隣の台のまたその隣。
そこでは、葵と真琴がラリーを始めていた。
十台も卓球台が並ぶこの卓球場を、一台分ずつ間隔を開けて使う。
こんな贅沢が許されるのは、男子たちと台を分け合わない土日ならではだ。
じゃんけんの結果、サービス権は真琴に渡った。
ピン球を手のひらの上に置く。
台に対して真正面を向き、両手を交差させるように構える。
投げあげたピン球を、バックハンド側の面を滑らせるように切りつけた。
バックハンドサービスだ。
フォアハンドサービスが順横回転ーつまり、利き手側に向かって曲がっていくーを出しやすいのに対して、
バックハンドサービスは逆横回転ーつまり、利き手と反対側に向かって曲がっていくーをかけやすい。
バックハンド同士のラリーに持ち込みたい、カットマンに愛好家が多いサービスだ。
葵がバック側へツッツキで返す。
それを見るやいなや、真琴は迷いなくバック側側面に回り込んで、ループドライブを真っ直ぐに仕掛けた。
葵はバックハンドで打ち合うつもりだったらしく、逆を突かれ反応が遅れている。
それでもバウンド直後にラケットの面を合わせ、丁寧なブロックで凌いでくる。
真琴はもう一本、フォアハンドドライブをお見舞いする。
今度は対角、狙うは葵のバック側だ。
ボールは高く飛び上がり、やがて急降下しながら台に迫る。
対する葵はすでに台から少し離れて、中陣に構えていた。
余裕をもってテークバックをとれており、カウンターを放つ準備は万全だ。
葵がバックハンドを振り抜こうとした瞬間、ボールは突然バック側に向けて曲がり、ラケットの先端を掠めていった。
シュートドライブだ。
シュートドライブは名の通り、順横回転がかかったドライブなのだが、順横回転を掛けるためには、ラケットを面を相手に向けて開き、横に滑らせるように振る必要がある。
非常に特殊な打ち方が求められるドライブであり、難易度が高い。
不意の一発に、葵は思わず頭を掻いた。
次の瞬間には、葵の口角がにやりと上がったのがわかった。
続く二本目もバックハンドサービス。
一本目と狙いは同じく、バックハンド側への回り込み。
葵はそれを察したか、バック側に面を向けながら、少しだけ面を逸らせてフォアハンド側へレシーブした。
真琴の狙いこそ外れたものの、フォアハンドで攻撃しようとしていたために、打って出る余裕はまだある。
回り込もうとした足を踏みとどまらせながら、ラケットを台の下に隠すようにテークバックを取り、またループドライブを仕掛けようとした。
が、思ったよりレシーブが短い。
ボールは台上で失速し、エンドラインを超えるかどうか、ギリギリだ。
台上のボールをドライブで持ち上げることは、それなりに難しい。
台からはみ出てきたボールと比較して、テークバックが取れないからだ。
真琴はドライブは振れないと判断して、ラケットを台の下から引き出して、ラケット上向きに、面を合わせにいった。
角度を間違えたか、やや高めに浮き上がる。
葵は、その小さなチャンスを見逃さない。
鋭く振るわれた払いが、真琴のバック側へと突き刺さる。
ラケットを出すが間に合わない。
1-1。後ろに飛んで行ったピン球を拾いあげて、ラケットでぽんと弾いて葵に渡した。
レシーブの構えを取りながら、真琴は考えていた。
どうやったら、この山吹葵という化け物に、一矢報いれるのかを。
葵は、とにかくプレー全体のレベルが高い。
彼女の両ハンドドライブは烈火のドライブに引けを取らないほど強烈だし、
姿勢もほとんど崩れず、スイングもコンパクトなので連打が効く。
けれどそれ以上に、台上技術と、ブロックを中心とした防御技術の精度が高いことに、厄介さを感じていた。
おかげで、攻め込みたくても攻め込めない。
一度ラリーの流れを掴んでも、簡単に握り返されてしまう。
負けじと打ち合えば、ドライブのパワーの差で負ける。
だから、どこかで葵を出し抜いて、揺さぶらないとならないとは思っていた。
けれどその取っ掛りが、この二週間のゲーム練習からは全く掴めなかった。
ほとんど手応えを掴めないまま、3-9にまで追い詰められた。
真琴は、武者震いが止まらなかった。
この十二点の間、攻め手は幾つも試したけれど、三球目攻撃はさせて貰えないし、仮に出来ても、主導権を握るには至らない。
五球目攻撃も手応えがない。
一、二本ほどブロックで凌がれて、あるいは四球目からいきなりカウンターを振ってきて、主導権を握り返そうとしてくる。
じゃあ、何なら、通用させられるのだろうか?
答えの見い出せないまま、バックサービスをフォア前に出す。
フォア側に返ってきたところにループドライブを仕掛ける。
葵のカウンターを見据えて、台から離れる。
葵が案の定カウンターを決めてくると、それにまたドライブをかけてカウンターをした。
カウンタードライブの応酬戦。
この第一セットのなかで、まともに打ち合っても勝てないことは思い知らされていたが、
真琴はそれでも、打ち合う事をやめられない。
そこで競り勝つよりほかに、勝ち筋を見いだせない。
互いに中陣にまで下がり、ドライブを叩き込みあう。
けれど徐々に力負けしていく。
やがて真琴は、ラケットを上に振り上げてテークバックをとった。
そして壁を作るように真下に向かって振り下ろした。
まっすぐにラケットから打ち出されたボールは、急速に速度を失いながら台に落ちていく。
カットだ。
カットマンをカットマンたらしめる、最も基本的な技術だ。
ドライブが上回転をかける攻撃の技術なら、カットは下回転をかける攻撃の技術と言ってもいい。
スイングも正反対で、下から上に振り上げるドライブに対して、カットは上から下へ、壁を作るようなイメージで振り下ろす。
大きく全身を使ってラケットを振るために、強烈な下回転がかかる。
そのためドライブを振るにも真上に持ち上げるように振らなければならず、威力を出しにくい。
これを使いミスを誘うのが、本来のカットマンだ。
真琴が実戦でカットを使うことは、そう多くはないが。
本ゲーム初のカットに、葵は一瞬身構える。回転率を目で推し量りながら、テークバックを下にとった。
攻撃的なドライブと、安定的なツッツキ。
その中間的な選択肢、ループドライブを、葵は選んだ。
球速は遅く、高い弧線を描きながら、ボールは真琴の台へと落ちてくる。
しかし抜群の回転量を伴ったドライブは、バウンドした瞬間に急加速して真琴襲う。
真琴はカウンターを一瞬構えてみるが、ボールの伸びが良いために、タイミングがいまいち合わない。
もう一本、カットを入れて凌ぐ。
ボールが台にバウンドした瞬間を、葵は面を上向きにしたラケットで捉えて、短めに返球してきた。
台から大きく下がっていた真琴が、大急ぎで台の方へと戻る。
けれど、普段よりも更に台から遠くに構えていた真琴の位置から、ネットすれすれまでの位置は、あまりに遠い。
到底、間に合わない。
葵のストップは、ネットに阻まれ、葵の側へと落ちていった。
真琴は安堵したが、それでもまだ4-9。
追いつくには、まだまだ遠い。
遠くに見える葵の背中を追いかけながら、真琴は必死にドライブを振って食いついた。
しかしその背中が近づくことは、とうとうなかった。
4-11。
第一セットは、まさに葵の圧勝とも言える結果だった。
烈火「隣の台ではまこちゃんがやってたんやな。がんばれ~!死ぬ気で食らいついてけ~!」
真琴「うぅん、命は賭けられやんかなぁ」