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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
1章 部内リーグ戦
16/17

1-2 二番台一回戦 烈火 vs 七海(二)

真琴「これまでの展開はぁ、れっちゃんがななちゃんの防御に苦心しながら、とりあえず1セットオールにまで持ち込んだとこやねぇ」

 第三セット、烈火からのサービス。お互いに一セットずつ奪い合った後のこの第三セットは、分水嶺と呼ぶにふさわしいのかもしれない。


 ごく単純なことだが、このセットを取ったほうが、勝利に王手をかけることになる。

 落としたほうは、残る二セットを、一本も落としてはならないプレッシャーを背負いながら戦うことになるのだ。

 そんな中でもまず二本、自分から動くことが出来る。

 受け身(レシーブ)に回らなくて済む。

 たったそれだけのことで、少しだけ気が楽だった。


 まず一本、烈火は冒険をすることにした。

 台に対して正面に構え、ラケットを顔に近い高さに構える。

 ピン球を真上に投げ上げたあと、ボールの落ちてくるのに合わせてしゃがみ込みながら、ボールの外側を、袈裟斬りにするようにラケットを振った。



 しゃがみこみサービスだ。

 全身の体重移動の力をボールの回転へと伝えることが出来る、非常に強力なサービスだ。



 その強烈さたるや、サービスエースすら容易に狙える程のもので、動きのダイナミックさから見ても、華のあるサービスと言えるだろう。


 一方でしゃがみこむ過程で目線の高さが変わるため、打球点が変わりやすく、ミスも多発するほど難しい。

 また体勢を大きく崩しながら出すサービスのため、レシーブへの対応も遅れてしまいがちな、まさに諸刃の剣だ。



 ボールは七海のフォア側へ大きく曲がりながら、七海の側に迫る。

 しかし、そちらにたどり着く前にネットに引っかかり、そして七海の側に落ちた。



 七海は左手を上げながらボールをちょいとラケットの先端で拾い上げる。

 烈火は緩やかに飛んできたボールを左手で掴み取ると、もう一度、同じようにラケットを顔の辺りの高さに構えた。



 サービスエースでもなんでもいい。

 とにかく、ここの一本を取れるだけで精神的に楽になれる。

 半ば祈りに近い思いを込めた二本目。



 打球点がかなり高い位置になってしまった。

 ミスにもやり直し(レット)にもならなかったが、エンドラインからはみ出すほど長い上に、バウンドも高い、緩やかなボールだ。


 これではいくらしゃがみこみサービスと言えど、チャンスボールになってしまいかねない。



 そしてそれを、みすみす見逃す七海でもなかった。

 大きくテークバックを取り、粒高ラバーの方の面で持ちあげるようにドライブをかけてきた。


 回転の強いボールは、粒高ラバーの餌食だ。

 粒高ラバーは摩擦が弱いが、裏を返せば、回転の影響を受けにくいという長所でもある。

 そして相手の回転をそっくりそのまま、方向だけを反対にして返す性質上、相手の回転が強いほど、打球の回転も強くなる。



 しゃがみこみサービスによる強烈な回転が、そっくりそのまま上回転になって返ってくる。

 しかもボールの位置が体側に近く打ちづらい。


 体をどかして何とか返すものの、それも緩やかな弧を描くチャンスボールだ。

 烈火は危機を察知して、二歩ほど後ろに下がって中陣に構えた。


 七海は高めの位置にラケットを置くと、粒高の面から渾身のスマッシュを放った。

 ばこんという、粒高特有の鈍い打球音が響く。


 球威はあったが、後ろに下がったおかげか、脅威に感じるほどでもない。

 烈火は余裕を持ってテークバックを取れていた。

 右足に体重を乗せて地面を蹴りだし、前へ踏みこむエネルギーを、ラケットに乗せる。


 お返しだと言わんばかりのフルスイングは空を切り、ボールは烈火の後ろの方へと転がっていった。


 幸先の悪いスタートだったが、七海のボールに慣れてきたためか、やりづらさは薄れていた。

 相変わらずカットブロックを仕掛けたりカウンタープッシュをしてきたりと、何をしてくるか分からない恐ろしさはあったが、対応しきれない程でもなくなっていた。

 一本取り、取られ、取り返し、取り返され。拮抗したゲームは、9-9(ナイン・オール)までもつれ込んだ。



 七海のサービス。

 繰り出されたのは、フォア側へのロングサービスだった。

 バック側に構えていた烈火は、体勢をやや崩しながらも反応する。



 二バウンド目のあと、手元に向かって伸びてくる感じがした。

 今度は上回転だ。間違いない。

 烈火は無回転を打つつもりだったラケットを少しだけ伏せて、ボールにラケットの面を合わせて当てるように返した。


 七海がすかさず、大きくテークバックを取りながら、フォアハンドで強打出来る位置にまで回り込む。

 烈火も七海の動きに呼応するように一歩後ろに下がる。


 そして七海は、勢いそのままにラケットを振り上げて、ドライブをかける……なんて事はせず、フェイントをかけるように、勢いを殺しながら持ち上げるようにミート打ちをした。


 バック側、ネットの際にボールが落ちる。ドライブの撃ち合いになると予想して一歩下がった烈火にとっては、少々遠い距離。

 バックハンドなら十分間に合うだろうが、フォアハンドで打つには遠い。

 しかし、フォアハンドに絶対の自信があっても、バックハンドにはそこまで強い自信は持てない。

 かと言って、悩んでいられる時間なんてない。


 やぶれかぶれ、烈火は右足を強く蹴り出した。

 台の側面にまで回り込む。

 位置に着いたときには、ボールは既にバウンドの頂点にまで達した後で、その高度を落としつつあった。

 あともう半歩でも下がっていたら、間に合わなかったかもしれない。


 勢いそのままに、フォアドライブをぶちかました。

 前に踏み出した勢いの乗った、強烈なドライブだ。


 七海はラケットの裏面を向けて、カウンターを構える。

 弾き出すように振られた裏面は空を切り、ボールは七海のお腹にぽすっと落ちた。


 先に10点(マッチポイント)にたどり着いたのは烈火だったが、七海も意地で食いついて来る。

 次の一本は七海が取り返し、10-10(デュース)にまでもつれ込んだ。


 心なしか、足がよく動く。

 自信を持ってフォアハンドを振れる位置にまでよく動けている。

 その感触が、烈火を積極的にさせていた。


 取って、ミスして、取られて、取り返し。

 繰り返すうちに、16(シックスティーン)-14(フォーティーン)で第三セットは烈火が制した。



 続く第四セット、七海のサービスから。

 受け身な展開から始まるセットだが、このセットは何としても取りたい。

 他のセットだってそうと言われてしまえば、その通りではあるのだが。


 このセットを落としてしまえば、第五セットは相手に流れを渡したまま試合が展開されるかもしれない。

 試合の流れなんてものは曖昧なものに過ぎない。

 しかし 何故か存在すると信じられる。

 そして、妙なほどゲームの展開を左右してくる。


 不利を背負って第五セットに挑むくらいなら、いい流れが来ている今、勝ちきってしまいたい。


 一方で、七海としては流れを取り戻したい。

 そんな七海の選択は、バック側へのロングサービスだった。

 さっきの上回転のロングサービスに比べて、二バウンド目からの伸びが甘い。


 無回転と確信して、烈火は少し持ち上げるようにしながらバックハンドで強打した。

 しかしボールはネットにかかり、烈火の側へと落ちてくる。


 ボールを拾ってぽんと弾いて七海に返す。

 首を傾げながらラバーの方を見ると、真ん中の辺りを中心に、白い粉がくっついてきている。


 息を吐きかけてから、手のひらで拭い去る。

 くるりと回して裏面も同じように拭い去ってから、くるくる二回ほど回してから構え直した。


 七海の手のひらと、その上に乗るピン球に意識を集中させる。

 七海がサービスを放つと共に、意識を少し引いて、七海の姿まで視界に入れる。


 七海の二本目のサービスは、手首を外側に捻り返して、逆横の回転をかけるY(ヤング)G(ジェネレーション)サービス。

 それほど曲がっているようには見えないが、上回転か下回転かがつかみにくい。

 しかも台上できちんと三バウンドするくらいに短く出されているので、強打も狙いづらい。


 烈火は、とりあえずラケットの面を斜め上に向けた。

 もし上回転だったら浮き上がって相手のチャンスボールになるだけだが、上回転読みで弾いた時に、下回転だった場合には確実にミスになる。

 だったら、相手にチャンスボールを渡すほうがまだマシだ。


 ボールをツッツいた瞬間、ふわりと浮き上がる感覚がした。

 上やったか。

 危機を感じて二歩ほどさがる。


 七海は大げさにテークバックを取ったように見せて、バウンド直後(ライジング)にラケットを合わせて、止めるように打ち返してきた。


 烈火は後ろに下がったばかりの足で前に飛び出す。

 必死の思いで追いついて打ち返したが、掛かっていたのは下回転。

 打球はネットに捉えられ、こちらの側へと戻ってきた。


 本当にこの、青木七海というプレーヤーは、何を繰り出してくるか予想がつかない。

 烈火は思わず舌打ちをした。


 流れを完全に掌握され、気づけば得点板は0-6(ラブ・シックス)

 これまでで最悪の展開になった。

 烈火は台の下に引っ掛けてあったタオルを取り出して、顔に押し当てるようにした。


 公式な卓球の試合では、六点ごとにタオルの使用が認められている。

 それを使って小休止をする選手も多い。

 あまり長い時間は取れないが、それまでの展開を頭の中で振り返ったり、悪い流れを断ち切る手段としては悪くない。


 タオルを台の下に戻しながら七海の方を見ると、体操服の下にまでタオルを入れて汗を拭いていて、おへそが見えてしまっている。

 烈火はぎょっとしながら、「それ、外ではやらんようにな」と注意しておいた。

 七海は首を傾げながら「ん?分かった」と、生返事を返す。

 分かってるのだか分かってないのだか。

 先程まで気を張っていたはずなのに、なんだか気が抜けてしまった。


 無防備そうな一面を見せた七海だが、いざタオルを戻してゲームに戻ると、そのガードの甘さはどこへやら。

 前陣に張り付いたまま、幾度も幾度も烈火のドライブを止める。


 返ってくる強烈な回転に、烈火もラケットを上に向かって振り上げてかけるループドライブで凌がざるを得ず、

 ラケットを前に振ってドライブをかける、いわゆるパワードライブを打たせてもらえない。


 そして回転量の多いループドライブで凌ぐ度、七海のブロックは回転量を増していく。

 やがて烈火が落とすという悪循環に陥る。

 慣れてきていたはずの粒高に、またも辛酸を舐めさせられている。


 2-8(ツー・エイト)にもなってくると、いっそこのセットは捨ててしまって、次のセットを取り返すほうが楽なんじゃないかと思い始める。

 けれど、新しいセットが来るたびに、新しい手を見せてきた七海が、まだなにかを隠し持っていないとも限らない。


 どことなく緩い雰囲気を醸し出す七海から、彼女の佇まいには似合わない不気味さが溢れ出していた。烈火はピン球を台の上で弾ませながら、ぎりりと奥歯を噛み締めていた。

優奈「七海ってかなりトリッキーなプレイヤーよね。一方で烈火ちゃんは、完全無欠のパワーファイター。果たして、これからの展開はどうなるやら…」

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