1-1 二番台一回戦 烈火 vs 七海(一)
烈火の最初の相手は七海になった。
対面に七海を迎え入れると、ラリーを打って肩慣らしをする。
烈火がじゃんけんの手を構えた。七海も拳を構えて答える。
繰り出したグーで烈火が勝利を納めると、烈火は台に対して、体を真横に構えた。
対する七海は、粒高ラバーの貼ってある、赤い方の面を構えた。
二人の間に、緊張の糸がぴりりと張り詰める。
水平に広げられた手の上に、三ツ星のピン球が静止し、間もなく真上に投げ上げられる。
烈火は落ちてくるボールの斜め下のほうにラケットを当てて、押し込むようにサービスをした。
いわゆる無回転サービスだ。
球技において無回転といえば、不規則な変化をすることが特徴として上げられることが多い。
しかし卓球の無回転は、それほど大きな変化をしない。
一方で、ボール回転が打球にもろに影響する、卓球ならではの性質がある。
無回転サービスは、下回転サービスとよく似たフォームで出すことが出来る。
ボールの下側を切りつければ下回転になるし、当てるように押し出せば無回転になる。
下回転サービスをツッツキで返すと、ネットに沈むことなく真っ直ぐに返球出来るが、
無回転をツッツキで返すと、こちらはボールが浮き上がってチャンスボールになってしまう。
故に、下回転サービスと混ぜて使う事で、相手に的を絞らせないように出来るのだ。
更に言うと、粒高ラバーが相手の場合には、もう一つ意味がある。
粒高ラバーは摩擦力も反発力も弱い代わりに、相手のボールの回転を正反対に変化させて返す性質を持つ。
上回転なら下回転に、下回転なら上回転に、といった具合だ。
しかし、無回転の場合は、無回転にしかならない。
摩擦が弱いために回転をかけることは出来ず、反発力も弱い為に球威も出ない。
こうなると、粒高の良い面を活かしにくく、打球の制御が難しいという、粒高の悪い面が目立ちやすくなる。
そのために、粒高ラバーが無回転を対処するのは苦手な傾向にあるのだ。
烈火は、その事をちゃんと覚えていた。
ミドル側、やや短めに出されたサービスを、七海はペンの先でちょいと掬い上げるようにストップをした。
緩いボールだが、打球は台から外に出そうにない。
烈火は台上のピン球の間の、狭い空間でテークバックを取るのに苦戦をしながら、ボールをバックハンドで払いのけた。
払いをきっかけに、バックハンド同士のブロックとドライブのせめぎあいが始まる。
烈火がドライブを掛けると、七海は粒高ラバーの性質を活かした、真下に落とすようなカットブロックで下回転へと変化させる。
下回転がかかったボールをまたドライブで返すが、強烈な下回転がかかっているために、威力を出しづらい。
それに烈火がドライブを掛けるほどに、七海のブロックは回転量を増していく。
どこかで、バック側へ回り込んでフォアドライブをお見舞いしてやらないといけない。
そうしなければ、この膠着は崩せない。
烈火は意識しているものの、七海が少しずつコースを散らしてくるので、なかなかチャンスが掴めない。
焦れた烈火が回り込んだ瞬間。
七海はラケットを横にすべらせるようにしながら、フォア側へとコースを変えてきた。
一歩出遅れたが、足を大きく使って無理やりフォア側に飛びつく。
対角に向かって打てば、七海としても対角に、つまりフォア側へ返すほうが楽なはずだ。
そうなれば、あとはいつも通り、自慢のフォアドライブを振るうだけだ。
烈火は半ば祈りながら対角にドライブを放つ。
しかし無理な体勢が祟って、打球に十分な威力が出ない。
打球は七海の側に付くよりも前に、ネットに吸い込まれてしまった。
続く二本目も無回転サービス。フォア前へ。
サービスは台上で留まってくれることはなく、エンドラインを飛び越してしまった。
七海はチャンスとばかりに、手中のラケットをくるりと返す。
そして裏ソフトラバーの貼られた黒い面を向けて、烈火のサービスにドライブで応える。
対する烈火はドライブで応戦するも、七海はそれにまともには付き合わない。
ブロックを挟み、次はカウンターを振ったりしてペースを乱してくる。
粒高ラバーによる回転の変化にも翻弄され、気がつけば振るったドライブが台を飛び越していた。
あっという間に二点を失ってしまった。
ペースを握られたまま、次の二本のサービスの権利を七海に渡してしまった。
しかし焦ってしまっては、ラリー中の引き出しの多く、何をしてくるか読みにくい七海のペースに飲まれてしまう。
ここぞとばかりに、一本集中と気合いを入れた。
しかし勝負の世界というのは、それだけではどうにもならないというもの。
全力のドライブをなかなか打たさせて貰えず、試合のペースが掴めないまま、一点、また一点と失っていく。
悪い流れのまま、いつの間にか得点板は7-10を示す。
次の一本は、三球目から果敢にフォアドライブを振りに行った。
けれどラケットがボールを掠めただけで、真下に落ちてミスとなった。
第一セットは、で7-11七海が取った。
第二セット、七海からのサービス。
悪い流れのまま第一セットを落とした烈火は、どこかで流れを取り戻したい。
けれどサービスの権利は七海が持っているので、最初の二本はどうしても受動的な展開になってしまう。
悪い流れが、続きそうな予感がした。
七海のサービスを、悪い予感とともにバックハンドで払いのける。
バック側への二球目攻撃に、七海の姿勢が崩れた。
ボールは高く跳ね上げて、緩やかに烈火の側へと落ちてくる。
チャンスボールだ。
烈火はボールが十分に落ちてくるのを待ってから、台へと叩きつけた。
それからの烈火も、両ハンドのドライブで勇猛果敢に攻め立てた。
対する七海も、ただでは引き下がらない。
烈火のドライブ一本一本に対して、丁寧にブロックを決めていく。
が、試合の流れは烈火を味方した。
フォアドライブが火を噴いた。
一本、二本と、徐々に抜けてくボールが増えていく。
5-7。烈火が得点の優位を持っていた。
次の一本を取るための戦術を練りながら七海のサービスを待つ。
レシーブの展開で一点取れれば、それだけで心理的に楽になる。
こちらが得点的に優位を築けているなら、尚の事だ。
この点差を維持していれば、つまり、レシーブで一本、サービスで一本ずつ取れれば、最終的にはセットを取れるのだから。
気楽に行こう、そう思った矢先の七海の一手は、フォア側への素早いロングサービス。
不意を突いた一手だったが、烈火は焦らずテークバックをとる。
対角に撃ち抜くように、フォアドライブをお見舞いした。
しかし、上回転を打っているにしては、打球感が軽い。
ボールは思ったよりも上に上がらず、落ちるようにネットに吸い込まれていった。
烈火は首を傾げた。
そのピッチの速さから、スピードサーブとも呼ばれる事のあるロングサービスは、通常、上回転がかかっている。
上回転のボールをドライブしようとすると、ボールは上方向に引っ張られ、エンドラインを飛び越してしまいがちだ。
そのため、ラケットの面を斜め下向きに伏せて、ボールの上側を擦るように打つことが多い。
しかし、烈火の打球は下へ落ちた。
ラケットの角度を間違えただけだろうか?
不意を付かれたとはいえ、反応できる余裕は十分にあった。
嫌な違和感を抱えながら、七海のサービスを待つ。
二本目。今度はバック側へのロングサービス。ピッチは早いが、反応できないほどではない。
烈火は同じようにラケットの面を寝かせ、ボールの上側を引っ掛けるようにドライブした。
しかし、やはり打球が軽い。先程と同じく、ボールは下に落ちていった。
運良く、ネットの上端に引っかかって、七海の側に落ちた。
ネットの際に落ちたボールを、七海は必死に掬いあげたが、大きく打ち上がったそれは、烈火にとってはチャンスボールだ。
容赦なく台に叩きつけると、ボールは勢いよく跳ね上がる。
七海の手は届かない。
烈火は左手を上げてすみません、と一言謝った。
烈火は確信した。あのロングサービスは無回転だ。上回転じゃない。
無回転のロングサービスは、上回転のロングサービスよりもバウンドが直線的になるので、オーバーミスをしやすく難しい。
そう考えると、七海が上回転のロングサービスが出来ないとは考えにくかった。
烈火は大きく息を吐きながら、また台に対して真横を向きながらサービスを構えた。
七海は必死に食いついてくるものの、結局、流れを取り戻すには至らなかった。
9-11で第二セットは烈火が制した。
真琴「白熱した卓球回の、はじまり、はじまり~。しかし、のっけから1セットオールなんて、二人共張り切っとんなぁ」