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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
12/17

0-11 土曜練習、決闘の時

 水平に広げられた葵の手のひらから、真上にピン球が投げ上げられた。

 ラケットはの瞬間まで体に隠され、狙いのコースも、回転も予想が出来ない。

 烈火の内の鼓動は、既に不安と緊張と、言い知れない期待感に昂っていた。



 葵は、手首をフォア側に翻しながらサービスをした。

 逆横回転のかかったY(ヤング)G(ジェネレーション)サービスだ。

 ボールは一旦は烈火のバック側を目指すものの、二回バウンドする内に、その軌道をフォア側に逃げるように変化させていく。




 右利き同士の場合の逆横回転のサービスは、相手のバック側に向けて返すのが定石だ。

 そうしなかった場合、ラバーとボールの間に起こる強烈な摩擦力のせいで、打球が相手のフォア側方向に吹っ飛んでいってしまう。

 勢いそのままにたちまち台の外へと飛び出していってしまうこともザラにある。



 烈火はラケットの面を葵のバック側に向けた。

 しかし出されたサービスが、斜め上の回転か、下の回転かが分からない。

 結局は下回転とあたりをつけ、ボールの下の方を、斜めに切るようにツッツキをした。




 打球がふわりと浮き上がる。

 かかっていたのは、斜め上の回転だった。

 それを見るやいなや、葵はすかさず台の側面に回り込んで、思い切りよくボールを叩きつけた。

 一瞬のうちに台に着き、高く跳ね上がったピン球に、烈火の手は届かない。

 まずは一本、葵が先に取った。



 サービス権が替わり、烈火の手元にピン球が渡る。

 次の一本を取れば勝負は振り出しに戻るが、落とせば葵が勝者だ。

 ラケットを握る右手が汗ばんでくる。

 ズボンでそれを拭い去ると、右手にラケットを持ち直し、左手を水平に広げた。


 ピン球を真上に投げ放ち、ボールの斜め下を鋭く、真っ直ぐに切りつける。

 下回転のサービスだ。



 下回転は、オーソドックスなサービスの一つだ。

 打つと打球がネットに飲み込まれてしまうので、ラケットの面を上に向け、ボールの斜め下側をくようにレシーブーツッツキと呼ばれる技術だーをするのが一般的だ。



 緩やかなレシーブが返ってきやすく、それを攻撃の起点にしやすいため、烈火のような攻撃型の選手に好まれるサービスだ。



 ボールは緩やかに葵のフォア側に落ちる。葵はラケットの面を上に向けて、こちらのフォア側にツッツキをしてきた。



 下回転のかかったボールが台で跳ね返って、エンドラインをはみ出してくる。

 それが全力で打ち込んでこいという、葵からの挑戦状に見えた。



 なら乗らないわけにはいかない。烈火は上体を捻って大きくテークバックをとり、右足で床を蹴り出す。

 勢いそのままに上体をもどし、左足を前に踏み込みながら、大きな円を描くようにラケットを振り回した。




 金属音にも近い快音と、左足で床を思い切り踏んづけた時の鈍い音が鳴り響く。

 下回転をモノともしない、全身全霊のフルスイング。

 弾丸の如く放たれたドライブが、葵のフォア側へ牙を向ける。


 葵は既に大きくテークバックを取っていて、カウンターの構えを見せていた。

 コンパクトなスイングが、烈火の放った弾丸に迫る。



 しかし葵がラケットを振り始めるよりも、烈火のドライブが速かった。

 ボールは葵の脇をすり抜けて、後ろの壁に跳ね返った。

 葵の口角が、俄に上がっていく。



「あっははは!たまんないねぇこりゃ。まさに文字通り、ええっと……炎のドライブだね!」


「烈火な」



 いつの間にか観客になっていた優奈にツッコミを入れられながらも、葵高らかに笑ってみせた。

 気持ち良いくらいに笑う先輩を前に、烈火も釣られて笑みを浮かべる。

 そして頬を引き締めながら、戻ってくる葵の姿を注意深く伺った。

 真剣勝負は11-11(デュース)に戻った。

 サービス権も葵の元に戻っていく。


 これまでの葵のボールに触ってきた感覚から、烈火は格の違いを思い知らされていた。

 葵の返してくるボールが、どれも回転量が多いのだ。

 ボールがラケットに当たった瞬間、とてつもない力でボールが引っ張られる感じがする。

 これがもし三セットマッチだったなら、いや、十一本取ればいい一セットマッチでも、きっと全く歯が立たないことだろう。


 けれどたった二本なら、チャンスがどこかにあるはずだ。

 そのための武器も、烈火の手中にある。


 先に証明した通り、絶対の自信と共に振り翳してきたフォアドライブが、通用しないわけじゃない。


 両手で頬を叩き、気合を入れ直す。

 勝たなきゃいけないわけではないけど、負けたくなんかなかった。


 葵が、さっきまでと同じようにピン球を投げあげる。

 そしてさっきまでと同じようにラケットを、打球ギリギリまでラケットを隠しながらサービスをする。


 同じようにフォア側を狙ってくるなら、それを弾き返して攻撃の主導権を握ってやろう。

 そういう目論見の元、烈火はフォア側に注意を向けた。



 繰り出されたサービスはさっきのような手首を翻して打つYGではなく、

 素早いバック側へのロングサービス。

 完全に予想の()()()()()()



 烈火はそれでも懸命に足を動かし、台の側面に回り込んで、フォアハンドで返す。

 なんとかボールは打ち返せたものの、威力はなく、コースも甘い。

 その先で葵は、既にテークバックを取って構えている。


 状況としては最悪だ。

 金属音を伴ったドライブが、烈火のフォア側に迫った。


 バック側に動かされたばかりで、体勢も苦しいと言うのに、葵の打球は容赦がない。


 けれど、負ける訳にはいかない。

 気合と根性と、言葉にならない咆哮を上げて、フォア側に飛びつきながらドライブを返した。


 烈火の全力には程遠いが、それでも高い弧線を描く力強いドライブが、台の中央、ミドルに届く。


 葵は、その瞬間を抜け目なく待っていた。

 ラケットを体の前で巻き込むようなテークバックから、バックハンドスマッシュを解き放つ。


 バック側に突き刺さるボールに、烈火も流石に追いつけない。

 すぐさまラケットを伸ばしてみるも、ボールはラケットの先端を躱すように抜けた。



「あの飛びつき間に合うんか……」



 優奈が驚嘆の声を上げる。


 台の側面に回り込むと、必然的に逆サイドへの距離が遠くなる。

 距離にして数十センチなものだが、コンマ何秒の世界で闘う卓球においては、この数十センチが致命的だ。

 バック側に回り込んだ直後に、フォア側にまで飛びついて強打することは、並大抵な瞬発力ではまず成し遂げられない。

 烈火は、それをやってのけたのだ。



 しかし、失点は失点。

 12(トゥエルブ)-11(イレブン)で葵がリードし、また後がなくなった。


 サービス権とともに、ピン球がこちらに渡ってくる。

 両手の汗を拭いながら、烈火はピン球を水平に開いた手のひらの上に静止させた。

 手のひらの表面を、どくどくと脈を打つのを感じる。

 投げあげたピン球の、手前側を斜めに切った。

 相手のバック側へと逃げるように曲がっていく、順横回転のサービスだ。



 横回転サービスは上下の回転を混ぜやすく、相手を揺さぶりやすい。

 上回転を混ぜたなら、ボールが浮き上がりチャンスボールになりうるし、

 下回転を混ぜたなら、ネットにかかってミスになりうる。

 どちらの回転が混ざっているかを見極めなければならない、厄介なサービスだ。


 葵はそれを見るやいなや、肘を高く上げて手首を内に巻き込み、

 腕全体をしならせながらボールの真横を切った。



 チキータだ。



 バナナの品種に根ざす名前が付けられたそれは、弾道がまるでバナナの形を描くほどに曲がっていくような、強烈な横回転がかかる。


 打球は烈火のフォア側に落ちると、ミドル向かって曲がってきた。


 ミドル側に来たボールは、返球がなかなか難しい。


 フォアハンドを振るには体側に近く、スイングが詰まりがちな一方、

 バックハンドを振るには正中線から遠く、腕だけで打ってしまいがちだ。


 それに、台の対角線に向かって打球ができるフォアサイド、バックサイドと比較して、ミドルはどこに打とうとしても距離が短い。

 そのため、台を飛び越してしてしまうリスクが、両サイドと比べて高い。



 しかし烈火は、そんなことなんてお構いなしに、フォアハンドを振れる位置にまで動いた。



 フォアハンドが詰まりがちなら、全力で振れる位置まで動けばいい。

 距離が短いらしいけど、だからってビビってちゃいられない。


 いつだってどこでだって、この最高の武器をお見舞いするための練習を重ねてきたのだ。

 裂帛の咆哮とともに、フォアドライブを振り抜いた。


 打球は鋭い弧線を描き、バウンドとともにさらに加速する。

 獲物に飛び掛かる蛇のように、葵のフォア側に襲いかかる。



 視線の先にいる葵は、満天の星空をそのまま描き出したような、明るい笑顔をしていた。

 すでに大きくテークバックを取っていて、烈火の最大の武器であるフォアドライブに対して、またカウンターをお見舞いしようとしている。


 その苛烈さから「烈火ドライブ」なんて異名が付けられる程に恐れられているフォアドライブを目の前にして、葵は、一片の曇りも、屈託もない笑顔を見せていたのだ。

 その脅威にも球威にも、怯む姿など一片にも見えない。むしろ、楽しんですらいそうだ。


 卓球台を隔てたその先にいる先輩の化けの皮が剥がれて、中に封じられていた化け物が自分の目の前に姿を見せた気がした。


 そして同時に、烈火は確信していた。

 中学まで通用させてきた通りには、自分のドライブは通用しないのだと。

 次のカウンターは、確実に入ってくるものだと。


 葵が鋭くラケットを振るう。

 金属音が鳴り響く。

 ボールの描く弧線が唸りを上げる。

 着球音が咆哮する。


 烈火がかけた全力に、さらに葵の全力が乗っかった、カウンターが決まった。

 烈火は負けじとフォアハンドを振るうが、ボールはその下をすり抜けていった。



 13-11(ゲームセット)

 10-10(デュース)からの真剣勝負は、葵に軍配が上がった。



「っしゃあ!どうよ!」



 全身で喜びを表しながら、葵はこちらに近づいてきた。

 先刻まで化け物のようにも見えた先輩が、今はもはや、

 有り余るパワーを発散させながら勝利にはしゃぐ子供にしか見えない。


 葵が右手を差し伸べてきたので、烈火も手汗を拭ってから握り返した。



「しっかしホントおっそろしいドライブだね。ヒヤヒヤしたよ」


「葵先輩こそ。私のドライブに食いついてくるの、まこちゃんくらいなもんやったのに」



 たった四点の勝負ながら、内容は濃密だった。

 烈火は悔しさもあったが、一種の清々しさすらあった。


 あれだけ調子づいたドライブを振るえたのに、それが必ず通用するわけじゃない。

 県内どころか、同じ学校の中に、自分のドライブを簡単に凌駕してくる相手がいるのだ。

 胸の内の炎が唸りを上げ、熱せられた血が、全身に駆け巡っていくのを感じた。

 熱の冷めやらぬまま、烈火達は結局、夕方になるまで練習に参加した。

 練習のなかで烈火は、性懲りもなく葵にもう一度、今度は帰りのアイスを賭けて、勝負を挑んだ。

 けれど結局5-11(ファイブ・イレブン)で撃沈して、アイスを奢ることになってしまった。

 真琴も七海も優奈も、各々におんなじようにアイスを買って、

 五人で仲良く食べながら帰った。



 次の月曜日、放課後。烈火は七海と一緒に卓球場に向かった。

 真琴は七限目の授業があるらしいので、後から合流するという。

 苦々しい顔をしながら分かったと返答すると、真琴は二人の頬を弄くり回した。



 卓球場に入ると、葵と優奈の姿が既にあった。

 葵は二人に気付くと、「おっす。あれ、真琴は?」なんて聞いてきた。

 七限目の授業があるから後で来る事を伝えると、葵も優奈も、うわぁ、と言わんばかりに、表情を凍らせた。

 烈火も七海も、同意するように頷いた。



「あれ、正式入部って今週からだっけ」


「はい」


「んじゃあ烈火……はさておき、七海は正式入部で良いんだね?」


「はい。決めてたことなんで」


「いえ、私も正式に参加します」



 葵は目を丸くした。

 優奈は体をすこし乗り出して、葵の視線を切るように振ってみる。

 葵は意識をこちらにより戻してきてから、なお質問を重ねた。



「真琴も?」


「はい」



 葵はしばらく固まった。

 おもむろに頬を抓り出したかと思うと、頬を押さえて蹲りだした。

 しばらくして、体全体の喜びを爆発させたように起き上がって、優奈の元に駆け寄って、そして抱き上げた。



「優奈、優奈!女子卓球部存続だよ!やった、やった!」


「わかった、わかったから離せ葵!」



 喜びに舞い踊る葵と、彼女に抱き上げられ、彼女の腕中で暴れる優奈と。

 そして彼女達を前に、呆気に取られている烈火と七海の姿が、そこにあった。

優奈「…たった4点の攻防で、5000字弱ってマジ!?いままで卓球書いてなかった分の反動か!?バランス考ええや!」

七海「バランスは大事だよ~♪」

真琴「人生は~長いよ~♪」

七海・真琴「長いはフランスパ~ン♪」

優奈「……なんやこいつら……」

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