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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
11/17

0-10 土曜日

 土曜日。授業そのものは休みだ―学校によっては、授業のある日もあるらしい。それを聞いた烈火は、背筋が凍るような思いをしたという―が、部活動は出来る。

 葵にとっては当然、部活動の日だったために、学校に烈火達も当然やってくるものだと思い込んでいた。

 思い込んでしまっていた。




 しかし、烈火達はまだ部活動に所属もしていなければ、授業があるわけでもない。

 となると当然、学校に来ないわけであって、口約束をしたはいいものの、それが果たせるわけではない。

 葵が理解する頃には、既に烈火達の姿はどこにも見えなくなっていた。

 葵が頭を抱える隣で、優奈は呆れたように大きく息を吐いた。



 もう一方の帰り道の、電車の中。

 こちらにも、項垂れてため息をつく女子高校生、烈火の姿があった。

 烈火は、返した言葉の、語気がちょっと強まり過ぎて、もしかして、先輩に喧嘩を売ってしまったように聞こえたんじゃないかと、真琴と七海に話している。

 真琴はくすくす笑いながら「売ったんちゃうでぇ、()うたんやでぇ」と訂正していた。



 その夜、葵のスマホに、「4/12(仮)」という、明日の日付そのままな名前のグループへの招待が届けられた。

 変なグループだと思い、一旦は無視したものの、その招待が優奈からのものだった事に気がつく。

 葵は首を傾げながら招待を受領すると、そこには既に烈火、真琴、七海、優奈の四人が参加していて、葵は合点がいった。

 本当に明日の話をするためのグループだったのだ。

 通話が既に始まっているようだったので、葵もそこに参加した。



 明日の女子卓球部の練習は午後の予定になっていて、午前中は男子達が使う予定だからここは使えない。

 近くに公園の体育館でも卓球台が並べられている曜日があって、その日なら卓球が出来る。

 しかし土曜日はあいにく別のスポーツの日に割り当てられていて、卓球台が並んでいる訳ではない。

 それらのことを既に優奈が三人に説明していたらしく、

 葵には「どうすんの?午後からの部活に来てもらう他ない思うけど」なんて一言振っただけだった。



「私が行きます。十三時にいきます」


 葵が答えようとする前に、烈火がいきりたったように口火を切った。

 届けられたのは声だけだったが、その迫力がこちらまで伝わってきそうだった。



「そんな強い言い方して、さっきまで落ち込んどったんは、どこの誰やっけなぁ」


「ちょっとまこちゃん!それ言わんとってよ!」


「せやったら、言葉の火ぃちょおっと弱めよかぁ」


 真琴が烈火を窘めると、烈火の声色は急激に弱々しくなった。

 真琴は可笑しそうに、「誰もとろ火にせぇとは言うてへんでぇ」と烈火をからかう。

 その様子がなんだかおかしくて、葵は声を上げて笑った。



「あの、すみません。ちょっと言葉に力入っちゃって…山吹先輩にさそってもらったのに、私、ついキツく言い返しちゃって」


 烈火の口調は、結局しおらしいとろ火のような勢いになったままだった。

 葵は目を丸くしてから、小さく笑った。


「あ、アレのコト?あんなの気にしなくていいよ。喧嘩ふっかけたのあたしの方なんだから。それより、十三時に来てくれるんだね?」


「はい、行きます。よろしくお願いします」


 葵はにんまりと口角を上げ、待ってるよ、と答えた。

 かくして、明日の決闘は、学校にて果たされる事となった。

 葵は通話から離脱すると、全員がそれに続いて、次々と離脱していった。



 翌朝。

 烈火は鳴り響くリンゴの目覚まし時計に手を置いて、けたたましい音を止めた。

 そして布団をまた被りこんで、意識を手放していった。



 気がつくと、烈火は卓球台の前に立っていた。

 服もお気に入りのサテンパジャマじゃなく、深紅の燃え上がる火柱の描かれたユニフォームを着ていて、誰かと対峙していた。

 相手も世界も真っ暗闇で、輪郭が辛うじてわかるくらいだ。

 何者かなんて分からない。

 しかし卓球台とピン球と、相手のラケットはハッキリと見えていた。



 相手はフォア側にツッツキをしてくる。

 ゆるやかに減速しながら台の上をはね、エンドラインを超えて手元に届けられたそれは、烈火にとって絶好のチャンスボールだ。

 いつもの様に右足に体重を乗せながらテークバックを取り、右足で地面を蹴り出した。



 打球(インパクト)の瞬間、ボールがこの世のものとは思えない程に重たく感じた。

 想像を絶するほどの下回転のかかったそれは、ラバーを激しく切りつけながら、真下の方へ落ちようとしていく。

 まるで鉛のようなボールだ。

 けれど、これはチャンスボールなんだ。

 負けていられるか。

 気合いと、根性と、ど根性でラケットを振り抜く。



 ボールはなんとかネットを超えたが、必死になって持ち上げたドライブが、輪を描くような山なりの軌道を描く。

 それが台上で跳ねるよりも前に、烈火は確信した。

 これは打ち返される。

 その確信を裏付けるように、相手はもう、後ろに置いた右足に体重を乗せ、大きくテークバックを取っていた。

 右足に乗せられた重心は、軽やかで力強いステップに乗って、前に構えた左足へと動いていく。

 左足が大地を踏みしめる。振るわれるラケットを、残像が追いかける。

 轟く足音とともに、金属音が鳴り響く――。



 なんていうのは烈火が見た夢であったが、恐怖のあまりに烈火は叫びながら飛び起きた。

 烈火は息を荒らげながら、さっきまでの光景が夢であったことに安堵した。

 寝ぼけながら時計を確認するが、烈火はどうも、アナログ時計が苦手である。

 ならとっととデジタル時計に買い換えれば良さそうなものを、高校生になりたての時分に、そんなことにお小遣いを回している余裕なんてないというもの。

 それにこの半分に分かたれた林檎の時計の愛らしいフォルムを気に入ってもおり、付き合いが長くなりつつあるのも相俟って、なかなか捨てるに捨てられない。



 それでも悲しいかな、彼との付き合いは長くあるというのに、彼との付き合い方はよく分からないまま。

 高校生になっても結局文字盤の読み方を覚えられず、今もこうして、寝ぼけて働かない頭を必死に回して、時刻を把握するのに苦心しているのだ。

 ええと今は、そう、短針が十と十一の間にあって、長針が十一と十二の間にある。

 あれ、どっちがどっちだったろうか。

 今は十一時?十二時?烈火は頭を抱えながら、居間へと向かっていった。



「れっちゃん、おはぁ」


「おはぁ」 


 居間に着くなり、烈火は耳を疑った。

 真琴の声がした気がしたのだ。

 寝ぼけ眼を皿のようにしながら、居間のほうを見直す。

 しかし、何度目を開閉しても、頬をつねったりしても、我が家のテーブルに居座って、優雅にタンブラーを口にしている真琴の姿が、消えることはなかった。

 しかも、時折クッキーの袋をあけて、口の中に放り込んだりもしている。

 昔から人気のあるらしい、しっとりとした食感のあれだ。なんとふてえ奴だ。



「まてまて。まこちゃん、なんで来とんのん」


「お邪魔してますぅ」



 烈火は、このおとぼけ娘がなんでまた…と頭を抱えた。

 約束も取り付けずにうちに来ることは初めてではない―むしろ、ほぼ毎回こうだ―が、毎度毎度、ドッキリを仕掛けにきたのかのように出現されるこちらの身にもなってほしいと、烈火は時折思う。



「れっちゃん、そろそろ行くでぇ」


「行くってどこに?」


「決闘ぉ」



 烈火は寝ぼけたまま、決闘なんてまた古臭いものを……なんて考えていた。

 しかし同時に、妙に身近なもののように感じられた。

 それに、普段は裾の長いワンピースを好んで着てくるような彼女が、今日は学校指定のジャージを着ている。

 どうしてだろう。

 決闘、決闘……。

 あれ、似たような言葉を聞いた気がする。

 それと同時に、時間のことが気になりだしてきた。



「……まこちゃん、今って何時?」


「十一時ちょうどくらい。ええ加減、時計の読み方覚えるか、買い替えるかしたら?」


 烈火はその瞬間に、稲光が走ったかのように思い出した。

 そうだ、山吹先輩と決闘をするんだった。

 卓球で。

 そして、今の時刻は十一時。

 約束の時刻は十三時。

 今から支度をすれば十分間に合うだろうが、焦り始めた烈火は、そんな事に頭が回らない。

 「やっばい遅れる!」なんて叫びながら、自分の部屋へすっとんで行った。



「相変わらずやなぁ、れっちゃんは」



 真琴はにこりとした表情で、烈火が戻っていく先を見送った。

 手に持ったタンブラーから、カミツレの香りが立ち上ってきた。



 二人ー道中で七海が合流したので、三人になったーが学校に着いたのは、結局、十三時ギリギリだった。

 同じ電車に―真琴と同じように、ジャージを着た―七海もたまたま乗り合わせてて、三人でおしゃべりをしながら歩いていたのだけれど、

 途中で烈火が時間ギリギリになった事に気がついて、猛ダッシュしてきたところだ。

 息を切らせながら卓球場に入ると、既に葵と優奈が軽くラリー練習を初めていて、かんかん、こんこんと音がこだましていた。

 十台も卓球台の並ぶ程に広い卓球場で、一組分の音しか聞こえないのは、なんだか変な感じがした。



「おはよう。部室使っていいから、準備してきといで」



 ラリーをしながら、優奈は言った。

 三人はスクールバッグを持ち直しながら、部室の中へと入っていった。

 シューズを履いて、ケースからラケットを取り出す。

 久しぶりに履いた卓球シューズの履き心地は、とにかく柔らかかった。

 ぐにぐにと足を動かしても、柔らかに形を変えながら足の裏にぴったり着いくるし、靴底がべたべたしている訳でもないのに、しっかり踏み込めばしっかり止まる。



 あれ、こんな良い感じやったっけ。

 忘れかけていた感触に、烈火は首を傾げた。

 体育館シューズならしばらく授業で履くこともあったが、あっちは靴底が硬くて動かないし、止まろうとして足に力を入れてもよく滑る。

 それに比べると、はるかに動きやすい。



 支度を終えて部室から出てくると、三人で空いてる台を一つ取り囲んだ。

 するとすかさず、葵が「優奈、そこ烈火と代わったげて」と言うものなので、優奈は真琴たちのいる方の台ヘ、烈火は葵のいる台の方へと移動した。



 これから決闘するんだ。烈火はぞくぞくした。

 とはいえ、お互い肩慣らしすらまだだし、まずは数本ラリーをするところからだけれど。

 特にどちらから言い出すでもなくボールを打ち出して、フォアハンドのラリーをはじめた。

 時折葵はフォアハンド側に体を移して、バックハンドで打ち込んでくる。

 バックハンドの方がテークバックを取れる空間が狭く、力強く振るのは難しいにも関わらず、

 葵のバックハンドは力強く、フォアハンドにも引けを取らない。

 七海の言った「相手は化け物や」の意味の片鱗を、垣間見たような気がした。



 しばらくのラリーで肩慣らしを終えたら、サービス権をじゃんけんで奪い合う。

 じゃんけんの女神は葵に微笑んだので、ピン球を葵の手に渡した。

 10-10(デュース)から始まる一セットマッチが、これから始まる。

優奈「卓球の小説やのに、11話もあって1回くらいしか卓球してないってマジ?」

七海「筆者が関係性のオタクさんゆえ……」

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