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ドライバーズ・ハイ  作者: げっと
0章 赤坂烈火、新入生。
10/17

0-9 体験入部(二)

 烈火達は、それからの一週間の放課後をまるまる使って、他の部活も体験してみた。

 例えば、同じくラケットスポーツであるテニス。

 ボールもラケットも卓球のそれに比べて埒外に重たく、七海なんかは、ボールを打ち返す反動で手首まで折れてしまいそうになっていた。

 他には、バレーボール、弓道、美術、陸上競技……。

 回れたのは全部で九つくらいだ。

 そのうちのどれにも、烈火が肯首することはなかった。



 そんなある日の帰り道。三人が並んで校門をくぐると、にわかにこちらに走ってくる足音がした。

 そして間もなく、七海と烈火はその足音の主から、体当たりされながら首元に腕を回され捕まえられた。

 びっくりしながら振り返ってみると、興奮したような、けれどどこか寂しそうな表情の葵が、すぐ側にまで寄っていた。



「捕まえたぞぉ!おい、なんで卓球部来てくれなかったんよ」



 うりうりとじゃれながら、小脇に二人を抱えこむ。

 懐っこい犬のようだが、百七十センチを超えてそうな程に背丈のある彼女は、敢えて言うなら大型犬だ。

 体重が三十キロ前後にも達する、ゴールデン・レトリーバーだ。

 悪気がないのは分かっていても、それはそれとして少し怖い。

 七海も烈火も逃げ出そうともがいてみるが、その腕はピクリとも動かなかった。



「葵、ほどほどにしとけよ」



 後ろから、頭を抱えた優奈が歩いてくるのが見えた。

 葵の突進をするりとすり抜けていた真琴は、優奈に歩調を合わせにいった。

 優奈がそれに気づくと、俯き加減に、真琴のいない方へとから顔を逸らしだした。



「どうして来てくれやんかったんさ」



 そう毒づいた優奈の顔は、肩まで伸びた髪と、夕日の影に隠れてよく見えない。

 声色にもとげとげしさが混じっていて、あまり機嫌は良くなさそうだ。

 真琴は夕に染まった空に浮かぶ、雲を目で追いかけながら、ううんと暫く唸っていた。



「どの部活もぉ、見学するだけならタダや伺ったからですねぇ」


「ウチには一人も来てくれへんかったけどな」


「一人もぉ、ですかぁ?」



 真琴は意外そうに聞き直した。

 ここ数年、朝陽東高校卓球部は、男女ともに県大会で好成績を納めるなど、強豪校として名を馳せていたことを、真琴は覚えていたのだから。

 そんな部活に行きたいと思う経験者は、そう少なくないはずだ。

 とはいえ、優奈が嘘を言っているようにも、全く見えない。

 真琴は優奈の声色と顔色とを伺うも、真琴が優奈の方を向くと、優奈は余計に顔を背けてしまう。

 真琴は正面に向き直って、独り言ちた。



「でも私はぁ、優奈先輩とお友達になりたいと思ってますよぉ。もちろん、葵先輩とも」


「あんたよぅそんな、歯の浮くようなセリフ言えるな……」


()()()()()()()()よなぁとはぁ、よぅ言われますねぇ」


「褒められとらへんやろ、それ!」



 真琴はにこにことした表情を、一片にも崩さない。

 一方の優奈は、そっぽを向いたままだったり、怪訝な顔で睨んできたり、怒ったような驚いたような顔をしたりと、百面相に大忙しだ。

 真琴はそんな、めくるめく優奈の顔芸を眺めながら、緩めた口角を少しだけ引き締めた。



「けどぉ、仲良ぅ出来たら嬉しいなとはほんまに思ってますよぉ。

 やからきっとまた、卓球部にお邪魔します。

 れっちゃんと、ななちゃんと一緒に。

 でも今はまだ……れっちゃん、すっごく迷ってて。

 焚き付けてやる必要があるんです。

 やもんで時間かかるかも知れやんけれど、また連れていくんで。

 そん時まで、待ってて貰えますか?」



 真琴は小首を傾げながら尋ねていた。背に浴びた夕日から作られた影も、同じように頭を横に倒す。

 優奈は暫くは真琴の方を向いていたが、そちらに日はないはずなのに、なんだか眩しくて。

 思わずまたぷいと、顔を背けてしまった。



「……邪魔すんなら帰らすから」



 ぼそぼそした声で、返事は帰ってきた。

 そっぽを向いた優奈の頬が、夕の日に照らされているように見えた。

 真琴は前でじゃれ合う三人のほうを見ながら「あいよぉ」と答えた。



 前の方でじゃれあっている三人―どちらかというと、葵が一方的にじゃれついているだけだが―のほうはと言うと、葵の両腕のなかで、烈火も七海も口から泡を吹きかけていた。

 それを止める者も、気付くものもいない。

 遠のきかける意識の中で、七海がなんとか腕をタップしたところで、ようやく解放された。



「あっはは、ごめんごめん。力入りすぎちゃってたかぁ」



 反省の色があるのかないのか、葵は朗らかに笑いながら両手を合わせる。

 しばらくぶりに空気の味を感じられた七海と烈火は、暫く、桜の花びらが混ざり始めた空気の味を、今一度噛み締めていた。



「そんでさ、どうだった?他の部活、見に行ってたんじゃないの?」



 葵は、また二人の肩に組み付いた。

 烈火は肩にせかかる重みと、その熱を感じながら、答えを探していた。

 しかしどれだけ答えを探せども、見つかりそうな気はしなくて。

 それを表す言葉を見つけては、煙のようにするりと手の中をすり抜けて、やがてどこかに消えていってしまう。

 ただはっきりとしていたことは、特別な感想を抱けなかったということだけだ。



「んん、どうなんでしょ。あんまりピンと来てないというか…」


「やろな。れっか、全然く無さそうな顔してたし。卓球の時とダンチ」



 え、マジ?と驚きながら、葵を挟んで反対側にいる、七海の方を見る。

 七海は烈火の目を見つめ返しながら、ゆっくりとうなずいた。



「面白くなかったんや。ふぅん……じゃあさ、あたしと打ち合ってるときは楽しかった?」


「……はい」



 葵の問いに、烈火は、自分自身の胸の内を確かめながら小さく答える。

 葵のドライブを受けて、返して、返されて。

 あのドライブのやり取りの中で、なんだかヒリヒリするものを感じたのは確かだ。

 葵はしばらくじっと烈火の横顔を見てから、そっかと小さめに答えた。



「そしたらさ、ええと……れっかだっけ。

 決闘で決めようじゃん。内容はそうやね、10-10(デュース)からの一セットマッチ。

 あたしに勝ったら烈火の好きにしていいけど、あたしが勝ったら、春の総体までは付き合ってもらうよ」



 葵は更に体重を更に乗せかけてくる。

 烈火はなんとなく居心地が良くなくって、目をそらしてしまう。

 けれどやっぱり明るい返事は出来なくて、烈火は言葉を濁らせてしまう。

 答えを見いだせないまま歩き続けてまもなく、駅が眼前に現れた。

 改札をくぐれば、答えなくても済むかもしれない。

 烈火は葵の腕をすり抜けて、改札へと向かおうとした。



「逃げんの?それでもいいけど。やる気のない子を無理に引き止めてもしかたないしね」



 葵は乗せかけた体重を自分のもとに戻しながら言った。

 その時に、烈火は自分の胸中に、頭に、全身に、炎が滾るのを確かに感じ取った。

 葵の誘いを断ろうとしていたこともそうだが、葵の言い方もなんだか癇に障るし、何より、逃げ出したくなっていたことを見抜かれたのが、恥ずかしかった。

 逃げ出したいわけなんかじゃない。烈火はそう言い聞かせながら、葵のほうを睨みつけた。



「いや、やります。やりましょう。負けませんから」



 葵は一瞬驚いたのか怯んだのか、目を大きく見開かせた。

 ややあって、にやぁと緩やかに口角を上げていった。


 

「おっけ。そんじゃ、また明日ね!」



 葵は晴れ渡る夏の日差しのように笑って、烈火の肩を叩きながら、その隣をすり抜ける。

 まもなく、改札の奥へと消えていった。烈火も同じ改札を通るはずなのに、何故かそこに入っていけなくて、その場に立ち尽くしながら、消えていく葵の姿を見送った。



 立ち尽くす烈火に、後ろから真琴と優奈が追いついてくる。

 真琴は烈火の隣に並ぶなり、「なんや面白そうな話になっとるやん」なんて言って笑った。

 七海も意地悪げな笑みを浮かべながら、「がんばれれっか。相手は化け物や」と続く。

 そんな三人を追い越して、改札に飛び込んでいく、小さな影が一つ。



「待て葵、明日土曜や!」



 優奈の絶叫が、駅舎の中にこだました。

真琴「れっちゃんってちょろいとこあるよなぁ」

七海「なるほど。言われてみればそうかもしらん」

烈火「え、どういうこと!?」

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