【30秒で読める怪談】祖母の怪死
東京に住む家族の「あるある」ですが、私の母は東京生まれではなく、地方出身です。
大学へ進学するために東京へ出て、そのまま就職・結婚・出産をし、現在にいたります。
年に1度、お盆か正月に田舎の実家へ帰るのも、よくある話ですよね。
もちろんそれぞれの家庭に事情があり、仕方がないのですが、母は田舎に残してきた両親のことをいつも心配していました。
幸いなことに、母の兄にあたる伯父が実家近くに住んでいましたから、祖父が亡くなったあと、祖母だけになってしまったときも、ある程度は安心していたようです。
幼い頃の私はそんな事情などつゆ知らず、年に一度の帰省時に、祖母の家周辺ーー自然豊かな森の中ーーで、都会では味わえない川泳ぎや「探検ごっこ」をして遊んでいました。
そうして私が8才の頃、祖母が亡くなりました。
突然だったので、とるものもとりあえず、父の運転する車で祖母の家へ向かいました。
祖母の家は、本当に山奥。
森の中の、まがりくねった道路を通ってたどり着くような場所で、コンビニはもちろん、隣人の家へ行くのにも数キロ歩かねばならないほどです。
母が車中でしてくれた話によると、祖母が亡くなっているのを最初に発見したのは、伯父でした。
お葬式の喪主でもある伯父は、山を下りて10キロほど先に家族と住んでいるのですが、なにか胸騒ぎがして、翌朝一番に実家へ帰ると、祖母がちゃぶ台につっぷして息絶えていたそう。
状況が状況だけに一応、通報したみたいです。
しかし警察からも「死後それほど時間はたっておらず、おそらく伯父が胸騒ぎを覚えた時刻に亡くなったのだろう」と言われた、との話でした。
「おばあちゃんももう年だからねえ。いつかこういう日が来るとは思ってたけど。伯父さんは『苦しまないで死んだみたいだ』って言ってたから、その点は良かったんじゃないかな」
車中、母はずっとしんみりしていました。
祖母の家へ着いたときには、すっかり夜。
出迎えてくれたのは、伯父の奥さんです。
私を見るのは久しぶりだったようで、「あらー、大きくなって」みたいなことを言われましたが、すぐに祖母の遺体の方へ案内してくれました。
途中にある和室から伯父が顔を出しました。
「おお、よく来た」
「突然でびっくりしましたよ。この間、会ったときはお元気だった気がするんですが」
「92才だからな。まあ、長生きした方だよ」
父と伯父でそんな会話が交わされている間に、母と私は仏間へ入りました。
祖母の遺体は、新品の布団の上に安置されていました。
前回、会ったのは9ヶ月ほど前。
最後の会話は、「またいらっしゃい。今度はお正月にいらっしゃい」だった気がします。
ついこの間まで、歩いたりしゃべったり食べたり飲んだりしていた存在。
食事を作ったりお風呂に入ったり掃除したりしていた存在。
それが今、息をせず、微動だにせず、ただ静かに置かれている。
「お顔を見てやって」
伯母にうながされて、私は祖母の上にかがみこみ、顔にかかった面布をそっと持ちあげました。
息をのみました。
「ヒャアァァァァーーーーーーーーーーーーー!!!!」
母の絶叫が聞こえました。
どんな死に方をすれば、こんな恐ろしい顔になるのでしょう。
口はガバッと開いて、眼球はどこか上を凝視しています。
白髪は逆立ち、ひたいの皺はナイフでえぐられたように深く刻みこまれています。
まるで地獄へ引きずりこまれているかのような、苦悶に満ちた表情。
伯母が言いました。
「葬儀会社の人が目を閉じさせようとしたんだけど、どうしてもダメで。明日来る人がペンチを持ってきて、なんとかするらしいんだけど……」
母は顔をおおって泣き出しました。
翌日に来た葬儀会社の人も、祖母の顔をスムーズに戻すことはできなかったようで、最終的にはアゴの骨を砕いて口を閉ざさせたようです。
目は開いたままで、ガーゼをのせて保護するしかありませんでした。
なぜ祖母はこんな恐ろしい顔で亡くなったのか?
警察が調べたあとですから、不審な点はなかったのでしょう。
真相を知るのは、祖母だけ。
いずれにせよ、せめて犯罪行為はなかったことを祈るばかりです。