第二話 転生先はお先真っ暗?
辺り一面に広がる荒野と深い森。それを避けるようにして作った麦畑からとれる収穫は少ない。近隣の貴族家に出稼ぎへ出る若者が多く、領地にいるのは老人や女性ばかり。
「まずいな、早くなんとかしないと。問題ある家とあの老人は言っていたが、問題ありまくりじゃないか!!」
俺がブライス=マフラディーとして生を受けて7年。実家たるマフラディー男爵家の状況は酷いものだった。特産物は全くない。人口も少なく、店も質の悪い鍛冶屋や服飾店位だ。貧乏な上に借金有りまくりで、近隣地域の貴族との付き合いも断られる始末。
家族や使用人達を鑑定で見ても普通かそれ以下。せいぜい、母上が魔法使いとして優秀な位か。父上に至っては、政治力以外どこぞの阿斗並の能力だし。‥‥加えて実の父親じゃねえ。まあ、なんか事情がありそうなんだよな。じゃなければ普通だったら、俺は殺されてるはず。一応は男爵家の姓ももらってるし。
しかし、跡を継ぐ長男じゃなくて本当に良かったよ。こんな領地、改革しようとしたら10年単位の時間と膨大な金がいるからな。ちなみにここを継ぐ予定の長男はといえば‥‥。
「いやぁぁ! お願いですからやめて下さいませ、カルマン様!!」
「なんだ、男爵家の跡継ぎたる僕に逆らうのか? 安心しろ。しっかり囲ってやるから」
「嫌っ! 嫌です!!」
「うるさい! つべこべ言わず僕の女になれ。前から君の事は狙ってたんだ。大きな胸とかたまんないね」
‥‥真っ昼間から村娘相手に無理矢理迫ってやがる。お付きの連中は止めるどころか囃し立てる始末。おい、太っちょカルマン。領地の状況を更に悪化させてどうする。俺達の味方は屋敷のある本村落の連中位なんだぞ。周りの村落は男爵家に対する不満と怒りしかない。何かあったら爆発しかねんのに。
能力は父上以下なのに、野心だけはいっちょ前に高い。しかも暴飲暴食で太り気味。将来ろくな事をしなさそうだ。おっと、カルマンが村娘の服を脱がし始めやがった。さすがに見過ごす訳にはいけないし、とっとと止めるとするか。
「カルマン兄上。こんな所で油を売ってる場合ですか? 父上が探してましたよ。東の村落で魔物が出たので、早急に退治してくれとの事ですが」
「うん、ブライスか? ちょっと待て、この女を抱いてから行くから」
「ぶ、ブライス様。どうかお助け下さい。あっ!!」
「服の上からも分かる膨らみ。やはり上物だな。益々気に入ったぞ。やはり僕の妾としてふさわしい」
おい、7歳の子供の前で女性の乳を揉むな。なかなかに美乳‥‥おほん! だ、だから領民に陰で馬鹿にされるんだぞ。幸いこの馬鹿を動かす大義名分があるし、昼間の乱痴気騒ぎを終わらせるとしよう。
「兄上、事は一刻を争います。それにあまり遅いようだと、父上はロガ兄上に任されるかもしれませんね。ロガ兄上は荒事が得意ですからな」
「何!?」
ロガ兄上の名前を出した途端、カルマン兄上は村娘を離した。昔から仲悪いんだよな、上の兄達は。俺? 俺はどちらとも仲良くしたくないので、離れた位置から見守り中です。
「おい、行くぞ! ロガに仕事を取られたくない。まったく、父上も都合の悪い時に仕事を割り振って!!」
カルマン達は名残惜しそうに村娘を見ながら足早に去っていった。村娘は服を整えるや俺の方に近付いてくる。
「ブライス様、ありがとうございます。私はもうすぐ結婚するんです。夫となる方の前に、あのカルマン様に抱かれるなんて‥‥。絶対、あってはならない事ですから!」
カルマン兄上に対する嫌悪も隠さず、俺に礼を告げる女性。見れば、いつの間にか周りにいた村落の人々も頷いていた。
我が家の世継ぎに対する悪感情の高さを間近に見てしまうと、この家は次代で潰れるんじゃないかと思う。こんな家でも一応は実家だし、少しは手助けしないとな。
「ブライス様、娘を助けて下さりありがとうございます。この御恩は一生忘れません!」
「気にしなくていい。それより村で困った事は無いか? あれば父上に話をするが」
「そうですな‥‥最近村の畑を荒らす魔物がいるので退治して欲しいのです。今も我が物顔で畑に居座っておりまして。収穫を食べられては税を納める事も出来ません。カルマン様にはとても頼めませぬからな」
魔物か。この辺りは隣国のアストラ帝国ですら手を付けない辺境地域だ。手つかずの森や草原に山だらけで、魔物の住処にはうってつけ。故に魔物の襲来頻度が高いんだよなあ。
「分かった、何とかしよう。皆はここで待っていろ。俺が魔物を討伐するから。現れろ、ワイバーン!」
「凄い! ブライス様はワイバーンも呼べるんだ」
「たまげたのう。ブライス様が世継ぎから男爵家は安泰なんじゃが‥‥」
村人達の驚きや歓声を背に俺はワイバーンの背中に乗り込み、手綱を引く。翼を大きくはためかせたワイバーンは空へと舞い上がった。最近になって、ようやくワイバーンを召喚出来るようになったからな。いくら召喚魔法・極を持っているとしても、魔力がなければ使えないって仕様は先に言ってくれよ!!
そんな事を考えていると、すぐに目標となる魔物を見つけた。小麦畑の端から呑気に小麦を貪っている巨大猪か。まあ、ワイバーンなら殺れるな。
「税金兼食料を奪う害獣め、すぐに始末してくれる! いくぞ、ワイバーン!」
畑で小麦を食べている巨大な猪目掛け、俺はワイバーンを動かす。空から襲いかかってきた敵に対応出来ず、首を牙によって捉えられた魔物。ワイバーンは顎に力を込めて、暴れる巨大猪の首をへし折った。ち、血が凄い出てる!
「くっ、やはり血の臭いやその物には慣れないな! それだけ現代日本が平和だって事か。よし、村に戻ろう。君にも分け前をあげないとな」
俺の言葉を理解したワイバーンは、先程の村の広場へと進路をとる。と、広場で騒動が起きていた。あれは確か家宰のルバートか。相変わらずゴテゴテした華美な服装で悪目立ちがすぎる。‥‥あいつ嫌いなんだよな。領民達はいじめるし、兄貴連中に媚びへつらうしで。よし、ちょっと脅かしてやろう。
「お前達、さぼってないで働け! さもないと強制労働の‥‥」
「おい、ルバート。そこに降りるぞ!」
「ブライス様!? うわぁぁ!!」
ルバートの頭をかすめてワイバーンは広場に着陸する。そのまま口に咥えていた巨大猪を地面に置くと、広場に集まっていた村民達が歓声をあげた。
「ブライス様、ありがとうございます! おかげで助かりました」
「ワイバーンまで使役なさるとは‥‥なんたる才能じゃ」
「ブライス様、素敵」
うん、村民達のつかみは上々のようだ。やはり民衆の支持が有るのと無いのとでは、俺の生存率が変わってくる。さて、更に好感度を上げるとするか。
「皆、よく聞け! 畑を荒らす魔物は討伐した。本来ならこのまま本村落に持ち帰るが、先程の件もある。謝罪の意味も込めて、この村に提供しよう。ちょうど昼飯時だし、肉をたらふく食べて英気を養ってくれ」
「「「「ブライス様、ありがとうございます!!!!」」」」
俺がそう言った瞬間、食器や薪などを取りに村民達は家に慌てて帰っていく。貴族の俺もそうだが、ここじゃ肉なんて滅多に喰えないからな。貴重な食べれるチャンスは皆逃す訳がない。俺もナイフ等を出して解体準備をしていると、息せき切ってルバートが走ってきた。おい、カツラがずれてるが大丈夫なのか?
「ぶ、ブライス様! 勝手な事をされては困りますぞ!! 貴族が狩った獲物は貴族に所有権があります。それを勝手に‥‥」
「ルバート。文句は狼藉を行ったカルマン兄上に言え。先程村長の娘を衆人環視の中で犯そうとしたんだ。ここで飴を与えなければ不平不満が爆発しかねんからな。反論はあるか?」
俺の言葉に沈黙するルバート。カルマン兄上の不行状は領内にいる者はもとより、近隣地域の貴族も知っている。だから17歳なのに未だ嫁が来ないんだぞ。成人年齢が15歳のこの世界で嫁はおろか妾の1人もいないのはかなりまずいらしい。父上も必死に相手を探しているが、にべも無く断られる始末。ロガ兄上は最近になって妾を得たし、本人は相当焦ってるんだろうな。
「父上には後で俺が報告する。ルバート、お前はさっさと帰れ。カルマン兄上やロガ兄上の手伝いでもするんだな」
「で、ですが私はカルマン様よりそちらの娘を‥‥」
「その件も父上に俺が報告する。早く去れ、ルバート! ワイバーンが腹をすかせている。あまり待たせたら、お前を狙うかもしれんぞ?」
「ひぃ! か、かしこまりました、ブライス様」
ワイバーンを見て慌てて逃げるルバート。なんとか退いてくれたか。まだ7歳の俺がでかい顔を出来るのは、錬金術や召喚魔法を扱えるからだ。領民の病気を治したり、こうやって魔物討伐もしているからな。おかげで家での発言権が増してるし、もう少し他の村落の事も考えるよう父上に進言してみるか。