第一話 転生する悲劇の男
目を覚ますと俺は先を見透せない闇の中にいた。先程まで感じていた強烈な熱さや痛みが嘘のように消えている。
「ここは‥‥ああ、そうか。俺は死んだんだ。確か妻に裏切られ、家の火災で焼け死んだはず。それにしても、死んだというのに随分殺風景な場所だな」
俺は辺りに広がる暗い闇を見渡す。すると、しばらくしてからまばゆい光が目の前に現れた。よくよく目を向ければ、長い白髭が印象的な爺さんである。神様か何かかな?と考えている俺を見るなり大きなため息をついた。
「名前は春日康夫か。やれやれ、なんともきつい人生の終わり方じゃな。幸いだったのは、その妻と不倫相手が殺人容疑と保険詐欺ですぐに逮捕された事か。あやつら殺人を計画したはいいものの、後処理が杜撰すぎて警察に保険会社、マスコミからも怪しまれたからのう。互いの家族も巻き込んで悲惨な事になっとるわ」
「‥‥そうか、由香も伸一も捕まったんだな。あいつら俺に隠れて不倫三昧しやがって! 貯金とか使い込んだのがバレたから殺しますは無いだろ!? まあ、俺も仕事人間で彼女を構う事が出来なかったから仕方がない部分もあるが」
由香と伸一とは幼稚園の頃からの幼なじみ。それは大人になってからも続き、よく3人で遊んだものだ。大学を卒業した俺は大手企業に就職。仕事に追われる毎日だったが、由香が甲斐甲斐しく世話をしてくれていたので助かった。しかし…。
「由香という娘はお主の金目当てじゃった。伸一とやらもお主に嫉妬していたようだの。幼なじみとはいえ、赤の他人。信じすぎた故の過ちよな」
「それは否定出来ない。くそっ! だからって殺されるとは思わなかったがな。とはいえ、起きてしまったのは仕方がない。とりあえず、ご老人。この後、俺はどうなるんだ?」
このままあの世行きになるなら良い。だが、他の選択肢もありそうで怖いんだよな。とか考えていたら、爺さん笑いやがった。さては心が読めるな?
「さよう、お主を異世界へ転生させようと思ってな。不幸な人生で終わってしまったからのう。せめて来世では楽しい人生でも送ってもらおうと考えた訳じゃ。ちなみに転生先は中世ヨーロッパに近い世界じゃぞ」
小説等でよくある異世界転生のパターンか‥‥。しかし、転生したとして楽しい人生になるかは分からない。勇者という名の戦闘道具として、王様辺りに使われたりしかねんからな。俺の疑念を読んだのか、爺さんは笑いながら答えた。
「ふむ、疑っておるな? くっくっくっ、死に方からして仕方あるまいがのう。何も強制的に魔王と戦えだの戦争に参加せよ等とは言わぬ。ただ、自分で望むのならそういった展開にもなりうるがな」
「俺は平穏に暮らせれば良いさ。それで異世界転生する訳だがチートな能力とかスキルは貰えるのか? このままの状態で転生しても、生まれた立場と場所によっては死にかねないんでね」
王族や貴族なら良いが、農民や奴隷なんかだといつ死ぬか分かったものじゃないんだよ。あの時代、下位層の人間には人権なんて無いに等しい。貴族のさじ加減で生き死にが決まるなんて事はざらだからな。
「お主、なかなかに慎重だのう。安心せよ、転生先はとある貴族の3男じゃ。‥‥かなり問題のある家だがの。あとスキルに関してはこの中から選ぶが良い。欲しいスキルの文字を指で押せば、そのスキルを獲得出来る。ただし、3つまでじゃぞ?」
問題はあるが貴族ならまだ良いか? とか考えていたら老人の隣からかなり大きな石碑が現れた。長方形の形をした石碑の表面には数多のスキル名が羅列されている。3つか‥‥これは慎重に選ばないといけないな。
「組み合わせとか色々と考え‥‥。いや、より実用的なスキルを選んだほうが‥‥」
「あっ、言うのを忘れておった。この石碑は3分で消える。それまでに選ぶのじゃぞ」
「カップラーメンの出来る時間かよ!? くそっ、早く良いスキルを見つけないと!!」
俺は石碑に近づき、書いてある文字を必死に追う。転生先の人生が掛かっているんだ。より良いスキルを選ぶ必要がある。高速詠唱、巨人の力。異常状態無効化に武器マスター。便利なスキルは数あれど、俺が探しているスキルではない。
上から順番に素早く視線を動かしていると、5段目でようやく欲しいスキルがあった。すぐに俺はその文字を指で押す。白い光が指から体へとまとわりつき、スキルを獲得したのが分かった。
「鑑定眼・神か。あらゆる事象を鑑定出来る鑑定スキルの究極形じゃな。なかなか良い選択をする」
老人が感心したような口振りを見せているが、俺はそれどころではない。欲しいスキルをあと2つ、この膨大な文字列から探さないといけないからな。ひたすら文字を追い続けるとようやくお目当てのスキルが見つかる。すぐに文字を指で押してスキルを習得。その余韻に浸る事なく、俺は再び視線を動かし始める。
「錬金術・極のう。様々な薬を作れるから便利じゃし、金も稼げる。なかなかに実用的なスキルだわい。お主、堅実じゃな。おっと、残り時間はあと1分じゃ」
1分!? もうそんなに時間が経ったのか。選べるのは1つだけ。本当はあと2つ欲しいスキルがあるが、こうなれば先に来た方を取るしかない。だが、なかなかその2つが見つからない状況に焦る俺。
「あと10秒、9、8、7、6‥‥」
老人によるカウントダウンが始まってしまった。石碑も振動を開始する。このまま見つからないのか? そう思っていた矢先、遂に望むスキルを発見。急いだせいか、指で文字を思い切り押してしまった。白い光が再び指から体に宿る。よし、何とか間に合ったらしい。最後のスキルを習得した瞬間、石碑は光の粒子となって姿を消してしまった。
「召喚魔法・神か。あらゆる幻獣や魔獣を召喚出来るスキルじゃ。派手に暴れるならもってこいな魔法よな」
「老人。俺はそこまでしないつもりだ。昔やってたゲームで攻撃魔法と召喚魔法、錬金術に付呪を使う魔法使いでよく旅をしてた。異世界に行くのならそれを真似てみようと思っただけさ」
俺が愛したとあるオープンワールドゲーム。それをやっている間は受験勉強の苦痛や就職活動の辛さ、仕事のストレスから逃れられたからな。まあ、そのゲームもゲーム機器も俺と一緒に灰になっただろうけど‥‥。
「なるほど、そういう考えでこのスキルを選んだ訳か。わしは悪くない選択肢だと思うぞ。他のスキルはおいおい自分で学び習得せよ。お主はスキルとスキル習得速度が並の人間の倍近くあるからの。ふむ、そろそろ転生の時間じゃな」
漆黒の闇の中に白い大きな光が輝き、俺に向かってくる。体の身動きがとれない。どうやら春日康夫としての人生はここまでらしい。しかし、気になる事がある。転生した俺ってまともな結婚出来るのだろうか? 明らかな失敗をした今生の二の舞は避けたい、絶対に!!
「最後に何か聞く事は‥‥ああ、お主の結婚相手なら5人おるぞ。かなり執着心が強く嫉妬深い5人じゃ。彼女達は浮気をせぬが、お主は浮気をするでないぞ? その5人以外に手を出したら、監禁かあるいは刺されかねんからのう。」
「おい! そういう事は早く言ってくれ!!」
転生する瞬間に爆弾発言を言うな! 最後まで文句を言えず、俺は光に呑まれていく。果たして異世界で俺はどうなってしまうのだろうか。