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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その31 全感染(ポンニチ怪談編)

作者: 天城冴

新型肺炎ウイルスのパンデミックの最中にもかかわらず、国際大運動大会の準備をすすめるニホン国。医療従事者さえ満足に打てないワクチンを大会関係者のみ優先的に接種させようとしていた。そして、その接種会場で選手、関係者が閉じ込められてしまう、外には特権を享受する彼らに怒り狂った感染者たちが…

極東の島国ニホンの首都、

爽やかな初夏の風が吹く中、巨大な運動施設の一室で、外の陽気とは裏腹に暗がりに身を潜めた数人の男女が、扉の向こうの様子をうかがっていた。

「ど、どうだ、外の様子は」

年配の男性が、年若いスポーツウエアを身にまとった青年に小声で話しかける。

「ウチダダ・コーチ、む、無理です。感染者であふれてます。一歩外に出れば、わ、我々も」

「ああ、くそ、なんてことだ!こんなところに来たばかりに!」

コーチと呼ばれた男性は頭を抱えていた。傍にいた10代の女性が困惑気味に

「でも、コーチ、私たち国際大運動大会の出場選手候補は全員、ここにきて新型肺炎ウイルスのワクチン接種を受けろと言われて来たんですから。ワクチン打たないと出場できないって」

「う、そうだったな、イケエイ。しかし、どうやって出りゃいいんだ、ここから。俺たち以外、ウイルスに感染してるかもしれないんだぞ。しかも、感染者は怒り狂って、俺らにも感染させようとしている状態なんだ!」

と、思わず扉をたたこうとしたウチダダ。その腕をつかんだ青年が、冷めた口調でウチダダを止めた。

「叩いたら、気づかれますよ、ウチダダ・コーチ。中に僕たちがいること。国際大運動大会の関係者の特権で、一般国民どころか医療従事者でさえ、ろくに接種できないワクチンを打つことに批判的な人間は大勢いますからね。しかも変異ウイルスに感染し、まともに治療も受けられない、下手すりゃ死を待つだけとなれば、ヤケになる人だって当然でしょうよ」

「お前だって、ワクチン打ちに来たんだろ、タケダン。いまやニホンはウイルスが蔓延状態。無症状ならいいだろうと呑気な奴もいるが、いざ発症すれば息ができなくなるとか、酷い後遺症が」

「そうですね、脳や神経の異常も出るそうですよ。炎症があちこちに起こるというんですから、それも当然か。こんな恐ろしいウイルスが猛威を振るう最中、国際大運動大会なんてものをやろうってんだから、ニホン政府も呑気なもんです」

「そりゃ、もう灯をともすリレーもやっちまったし。今更だろ、第一こうして選手やコーチである俺たちはワクチン打って、PCR検査もできて」

「選手と僕らコーチ陣とか国際大運動大会の関係者だけ、ですよね。普通の人はワクチンも打てずに、わけのわからない自粛要請におどらされてる。飲食店や若者が悪者扱いされて、失業、倒産で苦しんでるのに支援はほとんどない。意味不明のマスク会食だの団扇会食だの行政のトップの無能さで感染は拡大するばかり。こんな状況で、大会を開こうっていうこと自体オカシイって思いませんか」

「そりゃ、そのう。だ、だけどな、この大会を目指して頑張ってきた選手が、お、俺たちだって選手のためにだな」

「僕らのためでもあるでしょう。大会にでた選手を育成したスポーツクラブとなれば、入会者が殺到ですからね。この新型肺炎ウイルスのおかげで身体接触が激しく、更衣室があるようなスポーツクラブ、ジムなどは会員激減、立ち行かなくなって閉めたところもありますし」

「だからこそ、大会開催してくれないと。それにウエアとか提供してくれるスポンサー企業も」

「金もらえないと設備投資もできませんからね、新しいトレーニングマシンとか。今やそれを消毒するアルコール消毒液とか衛生備品にも金がかかる」

「わかってんなら、なんで、大会中止なんて言い出すんだよ、タケダン」

「死ぬよりマシだからですよ、ウチダダ・コーチ。ただでさえ、人の行き来がウイルス拡散の一員となっていると言われてます。普段接触しない大勢の選手や関係者が一か所に集まれば、無症状感染者、しかも世界中の変異株が交わりかねない、そうなればどうなるか。素人の僕らにも想像がつくでしょう」

「し、しかし俺たちは検査を」

「検査も絶対じゃないとか言って、厚労省自体が検査に否定的でしたよね、最初。それでも効果はゼロじゃないですけどね。しかも変異株となれば、検査をすり抜ける可能性も大きくなる。ワクチンだって感染を防ぐというより感染した場合の重症化を防ぐのが主っていうんでしょう?それじゃ、全員とまではいかないまでも大半が接種しないと意味ないじゃないですか」

「だから俺らはワクチン打ったから大丈夫だって」

「へえ、それなら何故、この扉から出ないんです。だいたい、このワクチンは2回打たないと効果がほぼないんでしょう?まだ1回目だし。それに関係者だけ打って、他の国民、医者や看護師まで感染の危機にさらされている、というかもうほぼ感染してるかもしれないんですよ。僕らだけ無事で、いいってことですか。家族、友人、近所の人々、それらすべて見殺しでも」

「し、仕方がないじゃないか」

「そうでもないでしょ。大会を中止して、かかる費用を全部検査とワクチン接種、治療薬開発と全国民の給付金にまわす。全国民のワクチン接種の完了と治療薬開発で経済が回復するまでに国民全員に最低の生活費を支給すれば、ここまで酷くはなかった。後で税をとろうとする事業者だけの協力金とかはやめてシンプルに金を配ればよかったんですよ。人の往来を制限してるのに、大会開催しようとするから、大丈夫なんだろうと人々は動き回る。制限だって大会開催を慮って十分にしなかった。金を大会にかけたせいで、首都は医者も設備も保健所にも十分な費用を回せず、感染者が続出した。検査だけでも十分にやったらこんな悲惨な状況にはならなかった。利権まみれの金のかかる大会開催をゴリ推ししたせいで、逆に僕らは全員命の危機にさらされてるんですよ、今度の大会に固執したせいでね」

タケダンの言葉に青くなる選手たち。イケエイがぼそっと

「私、死ぬの?せっかく病気を治したのに。大会に出ようとしたせいで、死ぬの?」

「そ、そんなことは」

ウチダダが否定しようとするが、イケエイはヒステリックに叫んだ。

「だって、ここから出られないんでしょ!外は私たちに選手や大会関係者に怒ってる感染した人達でいっぱい。出たら、どんな目にあわされるか。逃げたって、感染しちゃうんでしょ。わ、私なんて病気が治ったばっかりだから、すぐ重症化するかも!」

「そうだね、イケエイさん。君が病気に打ち勝ったのは立派だと思うけど、今度の大会は見合わせた方が良かったね。まだ君は次のチャンスがある、いやあったんだから。前の病気は治療法もあったけど、今度のウイルスは従来型でさえ治療法はよくわかってない。変異株はなおさらだ。もし、罹ったら…」

「大会予選なんて、出なきゃよかった!」

泣き叫ぼうとするイケエイの口を慌ててウチダダはじめ周りの人間が塞ごうとする。

「無理して予選に出て復活したせいでマスコミや大会やろうとするアホどもに担がれることになっちゃったからねえ、イケエイさんは。君が大会開催強行のシンボルの一つになったせいで、こういう事態になったのかも」

タケダンの無情な言葉に、目に涙をいっぱいにしたイケエイ。絶望のあまりぐったりと座り込む。その様子をみたウチダダはイラついて

「おい、タケダン、さっきから何なんだよ。俺たちは今、生き残れるかどうかの大変な時になんだって、俺やイケエイにそんなことを言うんだよ。一体どういうつもりで」

「僕ですか、もう生き残るっていうか、感染せずにいるつもりなんてないんですよ。姪が感染して治療も受けられずに亡くなったようです。妹夫婦も感染して重症、両親は絶望のあまり、さっき自殺したらしいです、携帯に連絡が来ましたから。だから、もう生き残る理由なんてないんですよ、家族全員、大切な人が死んだんだから」

絶句するウチダダ。タケダンは続けて

「恋人はどうしたって?ああ、恋人はもう死にましたよ。自粛要請のおかげで失業、せっかく治ったのにね。後遺症がひどくて、これも自殺。遠距離恋愛だったせいで、そばにいてやることもできなかった。県をまたいだ移動制限のせいですよ。ろくに感染防止の効果もなかったのにね、県外の通勤客とか制限してなかったんだから。そんなわけで僕ももういいんです」

と、タケダンはスィッチを押した。

ウィーンと全自動で、部屋のすべての扉が開いた。

外にいた人々が暗い目でこちらを向く。

ウチダダたちは凍り付いたように動けない。

「みんな、感染しましょうよ。ニホン国全員、みんな仲良くね」

タケダンの声が施設中に冷たく響き渡った。


どこぞの国ではナンチャラピックの関係者に対してワクチン接種を優先するなど、国民の声お構いなしに無茶苦茶やっているようですが、大丈夫だと思ってるんですかねえ。病から復帰したばかりの出場予定選手を持ち上げて”開催しないと、選手が気の毒”とか抜かす人もいらっしゃるようですが、変異株に感染して重症化、もしくは万が一のことがあったほうがよほどお気の毒な目だと思うのですが。

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