08 夢の話
「フレイヤさん、ちょっといいですか」
うあー、キリル様の目が怖い。やっぱり怒ってるんだ。
「私と一緒に来てください」
そう言われて、私は神聖の間から連れ出された。
廊下で二人きりになると、私は壁際に追いやられる。逃げられないように、キリル様は私の肩のあたりで両手を壁について、冷たい瞳で見下ろしていた。
「どういうことですか?」
低音で詰問してくるキリル様。
「申し訳ありません。部外者なのにケチをつけるようなことを言ってしまって」
謝りながら私が視線から逃げるように下を向いたら、キリル様は腰を曲げて顔を近づけてきた。
威圧感がすごいし、人形のようなきれいな顔で睨まれながら迫られると本当に怖すぎる。
「私が聞いているのは、教会への暴言についてではありません。フレイヤさんが絶対に無理だと思ったその理由ですよ」
「え、それは」
キリル様の質問に驚いて、私は顔を上げた。覗き込んでいるキリル様の白金水晶の双眸には怯えた私の顔が映っている。
「キ、キリル様。近すぎですわ」
「フレイヤさんが答えてくれたらどきますよ。それより、貴女はさきほどもおかしなことを口走っていましたね」
「おかしなこと……ですか?」
「『永遠の聖女』の瞳が黒いなんて、いったい誰から聞いたんです? 公式では一応、髪の色と同じ緋色だということになっていますよ」
「すみません。勘違いをしていたんだと思います。それから、無理だと言ったのは、私と同じくらいの女の子ひとりで、何ができるんだろうと思ったからで……」
「それは本当ですか? 私が初めてメーライド侯爵家に伺った時、フレイヤさんは何かを伝えようとしていましたよね。それを今ここで、私に教えていただきたいのですが」
それは前世のことだけど、そのまま話しても頭がおかしいと思われるだろうし、私の説明で納得してもらえる自信がない。
だから、キリル様にすべてを信じてもらえる保証がない限り口には出したくない。
「フレイヤさんは何かを隠していますよね」
「隠してなんて……」
「嘘をついても目が泳いでいるからわかりますよ。私はフレイヤさんを助けたいと思っているんです。それには貴女の協力が必要なんです」
私は蛇に睨まれた蛙のように、身体がすくんで動けない。
余計なことを口走った私が悪いんだけど、この雰囲気では何か言わないと、いつまでも離してもらえなさそうだ。
「夢を……見たんです」
「夢? なんの夢でしょうか?」
「赤髪の少女の姿です。その子の瞳が黒かったので」
「なるほど。それで?」
「ただそれだけです。あの日、『永遠の聖女』を初めて見たから、そんな夢を見たんだと思います」
「それだけですか?」
「はい」
キリル様は疑いの目を向けているけど、無暗に前世のことを告げれば、また何を突っ込まれるかわからない。
「憶測でしかありませんが、夢だと思っているその件はたぶん、儀式でフレイヤさんが倒れた時に『永遠の聖女』の意識とつながったからではないでしょうか」
それは間違ってはいないけど……。
「貴女がまだ何かを隠していることはわかっています。本当は夢の中で『永遠の聖女』と話でもされたのではないですか? ですから、目覚めたくないとか、国を救うのは無理だとか、そんな言葉が貴女の口から出てきたのでは?」
「そんな、私は話なんてしていません。本当にただの夢です」
夢で誤魔化そうと思ったのに、話しが変な方向にそれていく。
「そうですか。私はフレイヤさんは『永遠の聖女』とコンタクトが取れるのではないかと考えています。原因はわかりませんが、儀式によってそれが可能になっているのだとしたら、私に協力していただきたいのですが」
「無理です。私が力になれることなんてありませんわ」
「では、夢に見た話を教えてくれるだけでかまいません。早速、試しましょう」
そう言ってキリル様が私の前から移動した。神聖の間に戻ろうとしてドアに手をかけたけど、その場で動かない私に気がついて手を差し伸べてきた。
「儀式は怖いから嫌です」
私が拒否反応を示すと、キリル様はあっさりとその手をおろした。
「無理強いをするつもりはありませんが、今のままでは、儀式を執行するたびにフレイヤさんは倒れ続けますよ。解決法が見つからない限り、貴女も困るのではありませんか」
それはそうだけど。
「キリル様は、もし私が『永遠の聖女』の夢を本当に見たとしたら、私の話をすべて信じてくださいますか」
「はい、信じますよ。フレイヤさんのことはよくわかりましたから」
この前は話によるって言ってたのに。
だったら、私が夢に見たことにして小出しに前世の話をしたらどうだろう。
たとえ、キリル様からそれはおかしいと言われても、夢の話なんだから、私に説明を求められても困るって通せばよくない?
あとは、『永遠の聖女』に期待するだけ無駄だってことを、どうやって伝えられば納得してもらえるかなんだけど。