07 前世の私
次の日私は、再び教会で『永遠の聖女』と対面していた。
昨日の今日だというのに、朝早くキリル様から私を迎えにくると連絡があって、お昼過ぎには教会に連れてこられていたからだ。
突然のことで驚いたけど、術式の確認がしたいと言われたので、放置するわけにもいかず、私はそれに応じることにした。
「何度見直しても、フレイヤさんに不調が起きる原因がわかりません。実際にどんな影響が出るのかを知りたいので、申し訳ありませんが簡易魔術で試してみてもいいでしょうか」
「それは危なくありませんか?」
意識がなくなったまま、気がついたら死んでいたなんて絶対に嫌だ。
「通常は十名以上の神官が一斉に術をかけるものですから、私一人ではそれほど危険性はないと思っています」
「でもキリル様は『英才』と言われるほどの方ですわよね。他の方たちとは違っておひとりでも十分お力があるのではないですか」
「『英才』と言われてはおりますが、単純に人より魔力量が多いだけです。三人分くらいをまかなえてしまうので、能力があると思われがちですが、魔術の才能は凡庸ですよ。『麗しの神官』もそうですが呼び名だけが独り歩きしていて、正直戸惑っています」
それでも、やっぱりすごいことだと思う。
私は教会の奥深くにある、『永遠の聖女』が安置されていて、儀式を執り行うための『神聖の間』に案内されていた。この前、私たちがバルコニーから見下ろしていた、儀式用の広間だ。
周りにはキリル様以外にガラスの棺を守る衛兵が数名常駐しており、私たちのやり取りを監視している。
棺には絶対に触れないと事前に神殿で誓約までさせられているので、ポッドに接近できない私は、一メートルほど離れた場所から覗き込み赤毛の少女を観察していた。
そうそう、こんな顔だったわよね。
私の記憶の中では、それは標準的な容姿だった。それなのに、今では絶世の美女扱いなのがなんだか笑える。
「『永遠の聖女』の真っ赤な瞳が開くのを皆心待ちにしているんですよ」
となりからキリル様が話しかけてきた。そこらへんにいる女の子たちとさほど変わらないというのに、教会は夢を見すぎだと思う。
「真っ赤ではなくて真っ黒ですよ」
「はい?」
「瞳の色は黒……あっ」
「フレイヤさん?」
「すみません、何でもないです」
前世の私を目の前にしていたからだろう。つい、間違いを訂正してしまった。
『永遠の聖女』は目をつぶっているのだから瞳の色を知っているのはおそらく私一人だけだ。キリル様が真っ赤だと言ったのはたぶん髪の色から想像したのだろう。
言動には気をつけようと思っていたのにまずい。
「えっと、ところでキリル様はここで何をするつもりなんですか?」
私は慌てて話を反らした。
「ここにある魔法陣をひとつづつ発動させて、様子を見ようと思っています」
瞳の色のことは突っ込まれることもなく、床に特殊な製法で描かれている魔法陣を指さして、キリル様が説明を始める。
「簡単に言うと、この四つの魔法陣は『場を清める』『魂に接触する』『うつつに誘導する』『身体を目覚めさせる』それぞれの役割がありますので、それを順番に試します」
私は、どこで引っかかるか、なんとなく想像がついてしまう。たぶん私の魂がここの場所へ誘導されているのだろう。
これって、ここにある魔法陣の図柄をどうにかして削って消せないかな。でも、キリル様と衛兵の目を盗んでそんなことが私にできるわけがない。
それに不備に気がついて直されてしまえば、危険を犯してまでやる意味がなくなる。
本当にどうにかしたいのに。
「『永遠の聖女』はずっと眠り続けたままなんですよね。それには何か意味があるのではないのでしょうか」
「どんな意味ですか?」
それは、死んでるから目覚められないんだってば。
でも、そんなことを言ったら、キリル様にまた怒られてしまうだろう。
「実は眠り続けていたいとか?」
私の言葉で、キリル様の眉が少しだけよった。機嫌を損ねた?
「そうだとしても、『永遠の聖女』には目覚めてもらわなければなりません。彼女にはこの国の未来が掛かっているのですから」
「未来?」
「ええ、わが国は他国から後れを取っているのはご存知ですか? このままでは隣国に飲み込まれてしまう恐れもあることは?」
「申し訳ありませんが、政治のことはあまり」
「そうですか。とにかく彼女にこの国を救ってもらう必要があるのです」
「それは女神の末裔と思われているからでしょうか?」
本当に教会はこんなものにすがって何をやろうとしているの?
「そんなこと絶対無理なのに」
私の口から思わず言葉がこぼれてしまった。
ああ、私の大馬鹿。
怒られるどころの騒ぎではない。ここは教会のど真ん中なのだから。『永遠の聖女』を悪く言ったら、無事に家に帰してもらえないかもしれないではないか。
どうしよう。