03 ご用件は?
私がどんなに悩んだところで、教会はあの儀式を中止することはないだろう。だから考えるだけ無駄だ。
そう思って、とりあえずは儀式の失敗を祈りつつ様子を見ることにした。
私には手立てがないのだから仕方がない。
心配ではあるけど『永遠の聖女』の儀式のことは先送りにしようと私が決めた翌日のことだった。
「大変よお姉様!」
私が自室で前世の記憶の整理をしていると、またしてもノエルが部屋に飛び込んでくる。
感情が豊かすぎて、時々令嬢としてはマナーがなっていない時もあるけど、私はこの可愛い妹が大好きだ。ノエルも私を慕ってくれている。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「キリル・フェニックス様がいらっしゃたの」
「キリル・フェニックス?」
「『麗しの神官様』のことよ。いまお父様と応接室でお話しているわ」
「それって、やっぱり私が儀式の邪魔になっていたってことなのではないかしら。責任問題にでも発展したらお父様に申し訳ないわ」
「うーん、でも、怒っている感じゃなかったわよ。実はあの時、教会でわたしたちを見て、ひとめ惚れをしたとかだったりして」
神官なんだからまさかとは思うけど、ノエルだったらあり得る。
今までも、初めて会った人にいきなり交際を申し込まれたことが何度もあったらしい。
天使や妖精などに例えられるほどの可愛らしい容姿に、天真爛漫な性格のノエルは誰からも好かれていた。
あの時『麗しの神官様』と目が合った気がしたけど、それはノエルに視線を向けていたのかも。それを、私を見ていたのだと錯覚して勘違いをしてしまったのかもしれない。前世の記憶が戻ったことで、あの時私はかなり混乱もしていたし。
「教会の司教様って結婚はできるのかしら?」
「それは大丈夫みたい。だから、婚約者が決っていない人たちは狙っているんですって。『麗しの神官様』より素敵な方はいないから、それも当たり前よね」
「そうなの? 整いすぎた美しさで、私にはなんだか人形のように見えたんだけど」
「お姉様はタイプでじゃないの? もし本当に交際の申し込みだったらわたしは嬉しいわよ」
「ノエルがそう思っているのなら、本当にそうだといいわね」
ふたりでそんな話をしていると、誰かが部屋のドアをノックした。急いでターナが確認するとそれは侍従長で、私を呼びにきたらしい。
「私なの? ノエルではなくて?」
「そのようです。司教様がフレイヤ様にお会いしたいとのことでした」
私を名指ししているということは、やはり謝罪の要求かもしれない。行けばそれははっきりするだろう。
私は姿見で身なりを確認してから部屋を出ようとした。
「わたしはいいの?」
「はい。呼ばれたのはフレイヤ様だけのようです」
「ふーん。だったらわたしは自分の部屋に戻っておくわ。あとで何のお話だったか教えてね、お姉様」
「ええ。用事が済んだらノエルの部屋に行くわね」
その後私は、侍従長と一緒に応接室へと足を運んだ。
そこには父と母、その正面に『麗しの神官様』がソファーに座っていて、私が応接室に入ると、一斉にこちらに顔を向けた。
「フレイヤ、こっちに来て座りなさい。フェニックス殿、これが長女のフレイヤだ」
「フレイヤ・メーライドと申します」
私は挨拶をしてから、母の隣へ座った。
「私はキリル・フェニックスです。お呼びだてしてすみません」
「いいえ。先日は儀式の邪魔をしてしまって、大変申し訳ございません。発作で倒れてしまったものですから」
「謝罪には及びませんが、フレイヤさんのお身体は大丈夫なのでしょうか」
「ええ、いつものことですから……」
邪魔をしたことに対して、文句でも言いに来たのかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。私は確認の意味も込めて父の顔を凝視した。
「フェニックス殿はフレイヤと話がしたいらしい。おまえのことを気に入ってくださったそうだ」
「すみません、気に入ったのではなく、気になったんです。ですから、どうしても貴女に会いたくて、事前の連絡もとらず押しかけてしまいました」
気になった? ノエルではなくて私のことが?
「メーライド侯爵。申し訳ありませんが、フレイヤさんとふたりだけで話をさせていただくことはできないでしょうか」
「こうおっしゃっているが、どうするフレイヤ」
「私は構いませんが」
何故か嬉しそうにしている父と母の感じからして、ここで私が嫌だと言っても、説得されそうだ。
それに教会の、それも司教様とつながりができるなら、それは大歓迎。
『永遠の聖女』の情報が手に入るなら、ごまをすってでも好印象を与えなければいけないと思っている。
だけど『麗しの神官様』が私に会いに来た用件はいったいなんだろう。