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27 私の気持ち

 自分の気持ちを自覚してから、私は胸に穴が開いた感じがして何もする気がなくなってしまった。気がつくとキリル様からもらった指輪と本の表紙ばかり見ている。


 ノエルの言わせるとこれは恋煩いらしいので、どうやら私には恋愛感情が備わっていたようだ。


『気がつくといつも彼のことを考えているの』

『嫌われたらどうしよう。考えるたびに胸が張り裂けそうだわ』

『会いたい。ただそれだけよ』

『彼じゃないとだめなの』


 キリル様からもらった本の中で、主人公たちが口にした台詞に共感できる私は、普通の女性と同じ感情を持っているということらしい。


「でも、キリル様の気持が離れてしまったかもしれないから、最後に渡された本と同じ結末になりそうだわ」


 死に別れではないものの、実際、教会の関係者と貴族家の娘との接点は、どちらかが積極的に動かない限りほぼないに等しい。

 だから、二度と会うことがないと言っても大袈裟ではないのだ。


 もと貴族令嬢で教会に仕える大司教様や司教様と結ばれている人たちもいないわけではないけど、それは重鎮まで上りつめれば、今だったら政治に深く絡むことがある。だから、縁組を求める家も多かったからだ。


 これから教会がどうなるかは不明だけど、すぐに力がなくなるわけもなく、『英才』であるキリル様への縁談はなくなることはない気がする。


「キリル様には私に固執する理由なんてまったくないんだもの。愛しいと言われたときに、素直に受け入れておけば、こんな苦しい思いをしなくてもよかったのに」


 もう、ため息と、乾いた笑いしかでない。


「愁いを帯びているお姉様は美しすぎて目の保養になるけど、やっぱり楽しそうに笑っている顔がわたしは一番好きだわ」


「え、ノエル? いたの?」

「耽美なお姉様を堪能していたわ」

「耽美って……美しいって言われても、それだけはいまだにピンとこないのよ」


 美醜だけは、なぜかいつまでたってもリピィの美的感覚が抜けない。


 だれにも恐怖心を与えないために平凡で標準の顔を規格として作られたリピィに似ているこの顔は、やっぱり特別美しいとは思えなかった。


「あ、だからキリル様のことを最初は人形のようだと思ったんだわ」

「どういうこと?」

「リピィたちには表情があまりないのよ。顔にも声にも」

「あれだけ、人間ぽい容姿をしているのに」

「だからよ。人間と区別するためにあえてそういう基準になっていたの。恥ずかしがって頬を染めたり、眩しい笑顔でお礼を言われたら、持ち主が勘違いをしてしまうかもしれないでしょ。実際に表情がないアンドロイドでも夢中になってしまう人がいたらしいもの」


 それでも、裕福層でなければ手に入れられないほど高価だったので、社会問題になるほどのことは起こらなかった。


 あの宇宙船に乗っていたアンドロイドも数体ほどだったと思うから、リピィのようにきれいな状態で残っているものはなかったんだろう。


「お姉様のほうから手紙を出ししてみたら?」


 私は頭を左右に振ってノエルに返事をする。


「迷惑をかけたくないわ」


 それだけではなく、一番の理由は返事が返ってこなかったら怖いからだ。


 なんだかんだ言いながらも、このはっきりしない状態は、ほんのわずかだけど、まだ望みが残っている。

 本当に忙しいだけで、キリル様の気持ちは変わっていないのだと思い込むことで、つらさを少しは誤魔化せた。


「キリル様も手紙を待っているのかもしれないじゃない。キリル様の方こそ、お姉様から心配している手紙ひとつ来ないことを、その程度の存在なんだって嘆いているかもしれないわ。そういうのをすれ違いっていうのよ」

「だって、何を書けばいいのかわからないもの」

「そんなのキリル様への気持ちを正直に書けばいいのよ。キリル様からもらった恋愛小説の本でも参考にしてみたら? ねっ」


 ノエルから叱咤激励されて、私は自分のずるさに気がついた。

 傷つくのが怖いから、自分では何もせずに、キリル様から行動してくれるのを待っている。これでもし、本当にキリル様から相手にされなくなったとしても、自業自得だろう。


「そうね。キリル様の気持ちが変わってしまったとしたら、もう会うこともなくなるもの。自分の気持ちをはっきり伝えた方がすっぱりと諦めがついて先に進めそうな気がしてきたわ」

「頑張って、お姉様!」


 その後私は、自分の部屋にこもって便せんに自分の気持ちをしたためた。何を書いてもしっくりこないまま、書き直しを繰り返し、丸めた便せんがごみ入れにあふれている。


 悩み続けてやっと書きあがったのは、手持ちの便せんがあと一枚になってからだった。


「これが嘘偽りのない私の気持ちだわ」


 私はそれを見て頷いた。


 その手紙を封筒に入れて封をしようと思っていると、『失礼します』と言う声とともにターナが部屋に飛び込んできた。


「そんなに慌てるなんてターナらしくないわね」


 ノエルじゃあるまいし、と私はターナに笑いかけた。ところが次に彼女から告げられた言葉でその笑顔が固まってしまう。


「キリル様が玄関にいるの?」

「ええ、そうですよ」


 私はターナをそこに残し、部屋から玄関に向かって走りだした。

『司教様がいらっしゃいました』と言われたら、私がじっとしていられるわけがない。

 いつもはノエルに淑女らしく振舞いなさいと言っている私が、これでは示しがつかないけど、今日だけは見なかったことにしてほしい。


 玄関を入ってすぐの場所にある大階段の最上段まで来て、キリル様の姿を見つけた私は、一旦停止をしてそこで息を整えた。


 今日もキリル様はいつもと同じ司教様の専用服を着用しているのに、なぜか輝いて見える。見つめるだけで胸がドキドキするのがわかった。

 それでも普通に挨拶をしなければ。そう思っても冷静になれない自分を抑えながら階段を一歩降りようとしたその時に、私に気がついた彼がこちらを見上げたので目があった。


 あ、彼の胸元には黄水晶のペンダントが――。


「ない……そんな……」


 予想はしていたものの、現実を突き付けられた私は目の前が真っ白になって、階段のてっぺんから一歩も動けなくなってしまった。そのあと全身の力が抜けてその場所にゆるゆると座り込んだ。


「フレイヤさん!?」


 そんな私に驚いてキリル様が階段を駆け上がってくる。彼は最上段までは来ないまま数段手前で止まってから、へたり込んでいる私と目の位置を合わせた。


「大丈夫ですか?」


 とても心配そうな声色と表情をしている。彼が私に手を伸ばしてきたので、私は自分の腕を胸元で真横にしてそれを制止した。


「意識はしっかりされているようですから、また幽体離脱しているわけではなさそうですが……」


 キリル様が私の行動に戸惑いながらも、私の左手にはまっている白金水晶の指輪に視線を向けた。


「こ、これは、はずし忘れただけです」


 未練たらしく、まだそんなものをつけていたのかと思われたくない。私はすぐに指から抜き取るとキリル様に差し出した。


「もう必要ありませんから、お返ししますわ」


 キリル様が指輪と私の顔を交互に見てから、とても悲しそうな表情になった。


「本気でそう言っているんですか?」


 赤の他人に戻るのだから、こんな高価な指輪は返却するのが筋だろう。私は頷いたままキリル様の顔を見ることができなかった。だから彼があるものに目をむけたていることに気づくのが遅れた。


「これは……私宛ですね」

「え?」


 キリル様がそう言って手に持っていたのは、私が部屋から飛び出したときに手に握りしめていた、キリル様あての手紙が入った封筒だった。


「あ、それはだめです。返してください」


 くしゃくしゃになった封筒を私がキリル様から奪おうとしたら、彼が持っているその手を引っ込めたので私は階段上から前のめりになる。


「あっ」


 差し出していた指輪が私の手から零れ落ちたので、思わずそれに手を伸ばしてしまった。


「何をしているんですか」


 キリル様が落下しそうな私の身体を受け止め、そのまま抱きしめたので、階段を落ちていったのは指輪だけで済んだ。


「危険ですから、そのまま動かないでください」


 階段と言う足場の悪い場所で無理な体勢をしている私たち。もしバランスを崩したら、私たちも転がり落ちる可能性があったので、私はキリル様の言うことを聞いて身体を微動だもさせず静かにしていた。


 それから、十秒たっても、三十秒たっても、なぜかキリル様に動きはない。姿勢を変えて安全な状態にしようとする気配がまったくなかった。


「あの、キリル様?」

「これ、フレイヤさんが書いたものですよね」

「え?」


 キリル様は私を抱きしめながらも、器用に封筒から手紙を抜き取り読んでしまったようだ。そういえば、あれはまだ、封がしていなかった。


「やっと、フレイヤさんに気持ちが届いた」


「ち、違います。勘違いしないでください。私たちはもうそんな仲ではありませんから。指輪もあとで拾ってお返しますから、キリル様がお持ちの黄水晶のペンダントはそちらで処分してください」

「私がフレイヤさんからもらったものを捨てられるわけないじゃいですか」

「恋人のふりをするためだけに用意したものだったんですから、もう必要ありませんわよね」

「何度も言っていますが、それなら本物の恋人になればいいことですよ」


 キリル様が神父服の襟元から片手を突っ込んで、黄水晶のペンダントを取り出した。


「あ、していたんですかペンダント」

「肌身離さず、いつもしていますが」

「わたしはてっきり」

「てっきり? ああ、私が身に着けていないと思ったんですか? 仕事中は目立つので服の中に隠しているんですよ。相手がフレイヤさんなので特に」


 だったら嫌われてしまったと思ったのは、本当に誤解なんだろうか。


「フレイヤさんからの手紙の返事は口頭でしてもいいですか。今ここで」

「返事?」


「私もフレイヤさんを愛しています。このまま離したくはありません。だから私と結婚をしていただけないでしょうか」


 突然のプロポーズに私は戸惑いを隠せない。こんな逃げることもできない状況にしておいて『はい』以外の返事をキリル様が許してくれるのだろうか。


「手紙を見て、私はほっとしたんです。仕事が忙しくて会えなかった間、フレイヤさんもずっと私のことを想っていてくださったんだなと」


 たしかに、あれは私の正直な気持ちだ。もし少しでも望みがあるのであれば、一度拒絶したことをあれだけ悔やんだのだから、同じ失敗を繰り返したくはなかった。


「会いたくて、会えなくて、とても寂しかったんです。嫌われたんじゃないかって心配で、つらくて、だったら忘れてしまった方が楽だって何度も思いました。だけど、忘れられなかった。キリル様のことが頭から離れなかった。その手紙は紛れもなく私の本心です」

「でしたら返事は?」


「喜んでお受けします。今更どの口が言うんだと思われそうですが、私はキリル様とずっと一緒にいたいんです」

「それは私も同じ気持ちですよ。私の方が我慢できなくて先に会いに来てしまいましたしね」

「それって、私のことを焦らしていたってことですか」

「フレイヤさんが私と同じ気持ちなら、必ずフレイヤさんの方から私を求めてくださると思ったんですよ。辛抱できなかったのは私の方が先でしたけど、この手紙をここで読むことができて本当によかった」

「私がその手紙を出さないと思ったんですか」


「いいえ、私の腕の中から逃げられないこの状況だからですよ」

「はい?」

「手紙に書いた内容をその口から聞かせてください。それまで私はここから動きませんから」

「そんな……」

「だめですか?」


 キリル様が耳元で優しくつぶやくから恥ずかしさが何倍にもなったけど、私もキリル様に自分の気持ちを伝えたくて、この手紙を書いた。だから、いい加減覚悟を決めて、彼が望んでいる言葉を告げようと思う。


「キリル様」

「はい」


「私はあなたを愛しています」


 結局、とても悩んだあげく、私が本当に彼に伝えたかった言葉はその一言だけだった。




完結しました。ありがとうございました。

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