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25 愛すること

「キ、キリル様!?」


 私が戸惑いながら名前を呼ぶと、キリル様は抱きしめている腕に力を入れた。


「は、離してください」


 私は逃げようとして、キリル様の身体を押してみた。だけど、びくともしない。


「なぜですか?」

「なぜって、こんなところを誰かに見られたら困ります」

「それだけですか?」

「他に何があるって言うんですか」


「でしたら、よかったですよ。フレイヤさんは私に抱きしめられることを嫌がってはいないということですから」

「あっ」


 キリル様がそんなことを言うから、驚いた私は思わず顔を上げた。

 彼の顔が数センチの距離にあったので、私は慌ててまた下を向く。


「でもそれは、ノエルが飛びついてきたのを受け止める時と同じです」

「でしたら頬がとても赤くなっているのはどうしてですか? ノエルさんが相手の時はそんなことありませんよね」

「だって、キリル様は他人ですから」


「フレイヤさん」

「は、はい?」

「その位置で私の胸に耳をあててくださいませんか。私の気持ちが伝わると思います。ちょっとすみません」


 キリル様が私の頭に優しく手をかけて、自分の胸に押し当てた。

 ドクン、ドクンとキリル様の鼓動を感じる。それもものすごい速さだ。


「私の心臓は正直なんですよ。フレイヤさんとふれあっていて、冷静でなんかいられませんから」


 そう言うと、キリル様が今度は突然私の手首をつかんだ。


「ほら、やっぱり。フレイヤさんも私と同じです。すごい速さで脈を打っていますよ」

「ち、違います」

「いいえ、これだけどきどきしながらも、フレイヤさんは私を本気で拒絶しよとはしていませんよね。それは私が特別だからではありませんか」

「だから、ノエルと同じだと……」


「ノエルさんに抱き着かれてこんな状態になるわけないじゃないですか。それに、必要がなくなったその指輪を今もしているのはなぜですか。それははずしたくないからですよね。フレイヤさんは間違いなく私に恋をしていると思うんです」


 白金水晶の指輪は、たしかにはずすことができなかったんだけど。


「でも、そんなわけありませんだって、私は人間では……」


 否定しようとした時、キリル様が私の顎に指をかけ持ち上げた。

 それで、嫌でも目と目が合ってしまう。それもあり得ないくらいの至近距離で。


 どうしよう。本当にどうしたらいいの。


「フレイヤさんは嘘をつけないと、いつも言っているじゃないですか。こんな顔をしながら、私のことは何とも思っていないなんて、到底信じられませんよ」

「そう言われても、この気持ちが本物だという証拠がありませんわ」


「ここまで言ってもまだわからないとおっしゃるのなら、フレイヤさんが理解できるようになるまで私がひとつひとつ教えて差し上げますよ」

「えっ!?」


 キリル様は何をするつもり?

 驚いて目を開いた私を見て、彼は優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。フレイヤさんが嫌がることはしませんから。もちろん本当の恋人同士になるまでは友人の距離を保つつもりですしね」


 だったら、今の状況は何? キリル様にはこの距離が友達の範囲に入るの?


「まずはそうですね……趣味の話でもしませんか」

「え? 趣味?」


「私はフレイヤさんが好きなものをまったくしりませんから。それに私のことも知ってほしいので」

「あ、はい。それならまずは、その手を離してもらえないでしょうか。このままでは、心臓が持ちそうにありません」


 私がお願いをするや否や、キリル様の表情が今までとは違ってとても分かりやすく変化した。それは、呆れているようでいて、実は困っているような感じにも見える。


「まったく。これで、認めないっていうのだから」

「すみません……」


「いえ、考えてみれば、私がフレイヤさんに愛を教えることができるなんて、嬉しくてたまりませんよ。ええ、そうですね。フレイヤさんには少しづつ自覚してもらった方がいいかもしれません。私もその方が楽しめそうですから」


 今度はとても嬉しそうだ。口角が上がっていて、こんなにわかりやすいキリル様も珍しい。


「では、まずフレイヤさんには乙女心というものを自覚してもらうことにしましょう」

「乙女心……ですか?」

「はい。すべて私に任せてください」


 そう言って私からやっと手を離したキリル様は、それからずっと私を質問攻めにした。

 好きなものを洗いざらい聞き出してから、教会へと帰っていった。


 本当はとても忙しいはずだから、私にかまっている暇なんてないと思うんだけど。


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