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24 愛と情

「うー」


 私は自分のベッドの上で寝転んで、クッションを抱きしめたまま、行儀悪く左右に転がりながら悩んでいた。

 私の記憶の通りリピィの身体は生身ではなく、やはり人工的なものだった。自分が何者なのか考えれば考えるほどわからなくなる。


「うー」

「お姉様?」


「え、ノエル? いつからいたの?」


 ノエルの存在に気がついて、私は起き上がり、急いで乱れたドレスと髪を整えた。


「声をかけたんだけど、反応がなかったから心配しちゃったわ。ターナからお姉様が、らしくないことをしているって聞いたんだけど、本当だったのね」


 私が唸りながらゴロゴロしていたのをノエルに見られていたらしい。


「うじうじ悩むようなことかしら?」

「だって私は人間ではなかったのよ。ノエルも『永遠の聖女』を見てわかったでしょ」

「それが何? 今のお姉様はわたしと血のつながったフレイヤ・メーライドだわ。前世が何だって関係ないじゃない」


「でも、きっと私の魂はノエルとは違うものだもの」


「同じか、同じじゃないかなんて、そんなこと、誰にもわからないわよ。もしかしたら、わたしだって、記憶がないだけでお姉様と同じ宇宙船に乗っていた人造人間だった可能性もあるわよね。それに、例えば前世がそのへんにいる蟻だったとするじゃない、その場合わたしは人に恋をしたらいけないの?」


 蟻って……それは極端すぎると思うけど、私の例があるから、頭ごなしに否定することはできない。


「そんなことは……」

「だったら、お姉様も悩んだり、迷ったりする必要はないんじゃないかしら。自分の気持ちに素直になればいいだけなのよ」

「そう……ね。ありがとう、ノエル」


「わかってくれたらいいの。大好きなお姉様から、わたしに対する愛情は条件反射だなんて言われて、あの時とても悲しかったんだから」

「あ、ごめんなさい。私もノエルのことは大好きよ。かけがえのない大切な妹だもの、この気持ちは嘘ではないわ」

「よかったー」


 ノエルがいつものように、私に飛びついて抱き着いた。だから私もノエルの背に手をまわして安心させるためにその背中をさする。


 だけど私には、ノエルにまだ隠していることがある。

 実はリピィだったころもご主人様たちに対して情のようなものは感じていた。

 でもそれは、リピィ(わたし)が所有者に対して逆らうことができない設計をされていたからだ。


 もし、ノエルを思う気持ちがそれと同じ感情だったとしても、私はノエルのことを、全身全霊をかけて守りたいと思っている。それは、人間同士の愛情にかなり近い感覚ではないだろうか。

 もしそれが間違いであったとしても、私が口に出さなければ誰にもわからないはずだ。

 ノエルや家族を悲しませたくはないから、私はこの気持ちを親愛だと思い込むことに決めた。




 それから、四日後の夕方、キリル様が約束通り私に会いにやって来た。


 同席してほしかったノエルが、突然どこかに姿をくらませたので、私は応接室でキリル様と二人きりだ。


「メーライド侯爵には王城で先にお話ししてありますが、教会内は保守派と改革派の意見が割れていますので、当分は混乱が続きそうです。ですが、いずれは政治的な利権は手放して、純粋に神を信仰するだけの組織に変わっていくだろうと、私は思っています」


 教会ほどの組織を根本から変えていくとなれば、それはそう簡単なことではないと思う。

 だから本当は、うちに来ている暇なんてないくらい、とても忙しいはずだ。


「あと、リピィ様のお身体は、私が責任をもってお預かりしています。後ほど、フレイヤさんのご希望にそったかたちで安置方法を考えたいと思っていますので」


「そうですか。わざわざご報告にご足労いただき、ありがとうございます。それからリピィのことも。キリル様にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 私は感謝の気持ちを込めてキリル様に頭を下げた。


「フレイヤさん?」

「はい」


「私はそれだけのために、こちらへお伺いしたわけではありませんよ」


 私が顔をあげると、キリル様が私を見つめていた。その目があまりにも真剣だったので、私は思わず目をそらしてしまった。


「約束しましたよね。貴女に会いに来ますと」

「それは、今度のことに私が大きく関わっていたからですわよね。リピィがああなった以上、今後は私が倒れる恐れもありませんから、キリル様にご心配いただく必要もなくなりますわ」

「ええ、それはもう大丈夫でしょう」


「でしたら、ご用件はそれでおしまいですわよね。今までありがとうございました」


 私とキリル様が一緒にいる理由がなくなったのだから、これからは会う必要もなくなるだろう。そう思ったら胸の奥がぎゅっとした。

 最近、キリル様のことを考えると、リピィの時には経験したことのない、なんとも言えない現象が起きていた。


「フレイヤさん、私の目を見てもらえませんか」

「これでも私は侯爵家の娘ですの。男性を凝視するような無作法なことはできませんわ」


「でしたらそのままでもかまいません。前にも言いましたが、私はフレイヤさんのことを愛しいと思っています。あの時フレイヤさんも私を好きだとおっしゃいましたよね。演技ではなく、本当の恋人になってほしい。そう願うのは私のわがままでしょうか」


「そんなことは……ありませんが、たぶん私にはキリル様と同じ気持ちを返すことができません。男性を愛するという気持ちがどういうものか私にはわからないんです」

「フレイヤさんが私に向けて言った好きは、ノエルさんへの好きと同じものということでしょうか」

「はい。たぶん……」


「フレイヤさんがそう思っているのでしたら、試してみてもよろしいですか」

「試す?」


「ええ、フレイヤさんが私のことを本当はどう思っているのか」


 そう言ってキリル様はソファから立ち上がり、私のそばへとやってくる。そして、となりに座ると、いきなり私のことを抱きしめた。


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