17 告白
翌日、倒れた私を心配していたキリルさまが、侯爵家にやって来た。
「昨日は助けていただいて、ありがとうございました。このお礼は後程ちゃんといたしますので」
「そんなことは気にしないでください。それよりフレイヤさんが怪我をしなくてよかったですよ。身体はいつも通りですか?」
「ええ、目が覚めてからはどこもおかしなところはありませんでしたわ」
「教会で誰かが術式を試したようで、本当にすみません」
「それはキリル様のせいではありませんから、謝らないでください」
キリル様の目の前で倒れたのは、儀式の見学の時を除けば初めてだった。
だけど、こうやって侯爵家にキリル様が訪れる時は、だいたいいつも私の体調の話から始まるので、挨拶のようなものになりつつある。
「あの、キリル様。お願いがあるんですけど聞いていただけますか」
「フレイヤさんには借りばかりですから、私ができることであればかまいませんよ」
私はあるものをキリル様に見えるように掲げる。
「もしよろしければ、このペンダントを身に着けていただけませんか。私が贈った物の方が真実味が増しますでしょ。それにキリル様が誰かに聞かれた時には嘘をつかなくて済みますし」
「わざわざ、これをご用意いただいたんですか?」
「余計なお世話かもしれまんせが、赤虎目石はなんとなくキリル様に似合っていない感じがしたので。この色は茶色っぽいですけど、黄水晶という宝石なんだそうです」
「そうなんですか。ではそちらに交換しますよ。ありがとうございます」
これはノエルに連れていかれた宝石店で選んだものだ。私は最初、キリル様に運命色の宝石をプレゼントすることは渋っていた。
だけど、私からの贈り物が市場で簡単に手に入るような安物では、侯爵家の恥になるとノエルに言われてしまったので拒否するわけにもいかなかった。
白金水晶の隣に並ぶなら、赤虎目石より黄水晶のほうがまだいいだろう。私に黄水晶ほどの価値があるのかは、いまだにノエルから言われた美少女の自覚がないので、よくわからない。
その後、ノエルの熱意に負けたこともあり、私はいろいろと吹っ切れた。だから、キリル様とは心のままに過ごそうと思っている。
「これがヒコウキですか? 私にはこれに人が乗って空を飛ぶなんて、想像すらできませんよ」
「本物は紙で出来ているわけではありませんから、実物とは違いが多いんですけど、ちゃんと同じように空を飛ぶようですよ。しかも、紙飛行機とは違って意のままに」
私が作った紙飛行機をキリル様が飛ばして感嘆の声を上げていた。
キリル様に彼の知らない話をすると、とても嬉しそうだ。だから私はそんな姿が見たくて、リピィの記憶からキリル様が驚きそうで、しかも私が伝えやすいものを選んで紹介を重ねている。
前世の話はあまりしない方がいいとは思いながらも、キリル様から強請られるとついつい話してしまう。
「そんなものが人の手で製造できるというのであれば、やはり、リピィ様をどうにかしないと」
「それは何度も言っておりますけど……」
「フレイヤさんが言いたいことはわかっていますよ。ですがそうなると、リピィ様はもう絶対に目覚めないという確証が必要なんです」
「キリル様はリピィのことを諦めたんですか」
「いいえ、私の目標は初めからぶれていませんよ。リピィ様が教会で想像しているような女神ならそれもよし、逆に頼れないというなら、その事実を教会に突き付けたい。どちらであっても、その功績をもって、上に行きたいそう思っていますから」
前に発言力を強化したいと言っていたし、キリル様は上昇志向が強いらしい。教会は能力があれば出世できると言われているから、司教様の上となると、大司教様の地位を目指しているんだろうか。
「私が協力できることはします。だからキリル様も私の味方になってください」
「そのつもりですよ」
「本当ですか」
「私にはフレイヤさんの得た知識が必要ですから」
女性として望まれているわけではなくても、私はキリル様のそばにいたい。そして彼の力になりたいと思い始めている。
「キリル様……」
「どうかされましたか?」
「折り入ってお話があります。信じてくださるかわかりませんが、聞いてほしいんです」
「フレイヤさんが嘘をつけない人だとわかっていますから、私は信じますよ」
「そう言ってもらえるとうれしいですわ。あの――リピィのことなんですけど」
「はい」
「今まで夢の話だと言って伝えていたことなんですが……」
本当のことを伝えようと、決心はしたつもりなのに、それでもまだ戸惑っている自分がいた。でも、キリル様は信じてくれると言ったんだからきっと大丈夫。
「今まで夢の中でリピィから聞いたと言って話していたことなんですけど、あれはすべて私の記憶なんです。信じられないかもしれませんが、私の前世はリピィで、教会に安置されている『永遠の聖女』は私自身なんです」
私は意を決してキリルに本当のことを告白した。
でも、彼の反応が怖い。
「それは、わかってましたよ」
「え?」
「フレイヤさんは嘘をつくのがとても下手ですから」
そう言いながらキリル様は優しく笑った。ように私には見えた。




