15 過保護なのは仕方がないけど
「お姉様。こんなところで何をやっているの!」
カフェで声をかけてきたのはノエルだった。
ノエルも今日は出掛けると言っていたし、私がこの店に来ることは伝えてあったから、買い物のついでに寄ったのかもしれない。
ノエルはいつからいたんだろう。キリル様が私の髪に口づけしていたところを見られていたのならかなり恥ずかしい。
「ノエルのお友達は?」
「みんなはお店の中にいるわ。わたしの思い違いだといいんだけど、なんだかふたりの距離が近くないかしら?」
「はい。私がフレイヤさんを口説いている最中ですから」
「「え!?」」
ノエルが固まった。そして私も。
リピィのことは家族にも話していないから、ノエルにもキリル様が侯爵家に通ってきているのは、私が倒れることの原因を探るためだと説明してある。
これはまったくの嘘ではないけど、恋人のふりをすることは完全な嘘になるから、私はノエルの顔を見ることができない。
「そうなの? だけど、たとえキリル様でも、お姉様はそう簡単には堕とせないと思いますよ。それにお姉様はこのところお加減があまりよくないのに、それを知っているキリル様が外に連れ出すのはどうかと思いますわ」
「それは私が来てみたいと言ったからなのよ。キリル様は悪くないわ」
「お姉様は黙っていて」
どうしちゃったの、ノエル?
「フレイヤさんは家からあまり出ないと聞いたので、気晴らしになるかと思いましたが、私の配慮が足りませんでした。今後は気をつけます」
「お父様は許しているみたいだけど、病気のことさえなかったら、お姉様は王族からも望まれるような人なんだから、誤解されるようなことはやめてください」
王族!? なにそれ? そんなこと初耳なんだけど。
「そうですね、申し訳ありません。フレイヤさん。私たちはそろそろ帰りましょうか」
どうしよう。私のせいでキリル様にいらぬ謝罪をさせてしまった。
「お気遣いなく。お姉様はわたしが連れて帰りますから」
なぜか、今日のノエルの口調はキリル様に対してあまりにも攻撃的すぎる。
私がおろおろしていると、ノエルが私の肩に手を置いた。
「ちょっと待ってノエル」
ノエルは何か勘違いをして怒っているのだろうけど、それでは今日の計画が台無しになってしまう。
これは、正直に恋人のふりをしているんだと、ノエルに話した方がいいのかもしれない。
「あのね、ノエル」
私はノエルの腕を引っ張り、顔を近づけた。そして周りに聞こえないように事情があって恋人のふりをしていると耳打ちをする。
「わざと? それってどういうこと?」
「家に帰ったら詳しく話すから」
「お姉様がそう言うのなら……」
とりあえず納得してくれたのか、ノエルはいつものような笑顔に戻り、キリル様を見つめる。
その変わり身の早さに驚いた。
「ごめんなさい。わたしの勘違いで、二人のお邪魔をしちゃったみたいですね。わたしはお店の中でお友達とお茶をしてから帰りますから、お姉様のことお願いします」
「ええ、わかりました」
ノエルは私たちから離れて、友達のいる席まで戻っていった。きっと、友達からいろいろ聞かれていることだろう。
「ノエルが申し訳ありません。普段はあんな態度をとる子ではないんですけど」
「フレイヤさんのことを心配されていたのでしょうから、私ならかまいませんよ」
「でしたら、いいのですが。それにしても、キリル様はさらっとあんなことが言えるんですのね」
「あんなこととは?」
「口説いているとか……」
「ああ、それでしたら、口説いているのは本当のことですから。フレイヤさんがもっと心を開いてくだされば、隠していることもすべて話してくださると思ってますよ」
「リピィのことですか……」
恋人なんていたことがなかったから、それがごっこだとしても、私は楽しくなって浮かれてしまっていたかもしれない。
ノエルに忠告されたように、キリル様のことを好きにならないように気を引き締めていないと。
だけど、恋人のふりをするためだとしても、流行りのカフェに来ることができたし、ケーキも美味しかった。普通の女の子たちが楽しむ雰囲気を味わって知ることもできたので、キリル様に連れてきてもらって、よかったとは思っている。
こうやって私ももっと外に出れたらいいけど、家族が心配するからそれは難しい。
それなのに、なぜかキリル様だけは、父たちが許してくれていた。
ノエルも言っていたけど、そのことを不思議に思ったから、母に聞いてみたら、なんと私に変な虫がつかないための男除けなんだそうだ。
『麗しの神官様』と張り合おうとする人はいないだろうからって言われたけど、そんなことしなくても、もともと誰ひとり言い寄ってきたこともないんだから。
わかっていることでも、自分でそんな反論をするのはむなしい。
家族にしたら、可愛い娘や妹なんだろうけど、一般的に見たら可愛いのはノエルに限るはず。
「これだけ目立てば、噂が広まるでしょうから、本当にそろそろ帰りましょう」
「そうですわね」
二人で席を立ちあがって店を出た、その刹那。
頭がくらくらする。これは幽体離脱の兆候だ。まずい、身体から力が抜けそう。
「キリル……さ……」
私が呼びかけると、キリル様が手を伸ばしてきて、倒れる前に私の身体を抱きしめた。
私は意識が途切れる直前、彼の温もりをはっきりと感じていた。




