14 偽装の恋人
その日私は、キリル様と、今一番人気のあるカフェでお茶をしていた。しかもオープンテラスのとても目立つ席で。
「お休みの日に申し訳ありません」
「いえ、すべては私の軽はずみな行動のせいですから、こちらこそすみません」
なぜこんなことになっているのかと言うと、キリル様と関わるようになってからというもの、卒倒することが極端に増えたからだ。
「他の司教たちが手を組んで、手柄を立てようとするなんて思ってもみませんでした。私も発言力を強化したいとは思っていますから、彼らの気持ちもわからないわけではないのですが……」
『英才』のキリル様だからこそ、彼は一人でもリピィを『うつつに誘導する』までは成功していた。
おかげでそのたびに私は倒れるから困ってはいるんだけど。
そんなキリル様が神聖の間にこもり、術式の実証を続けていたため、それを知った司教様たちが何人かで集まって自分たちも実験を始めたらしい。
白金水晶の指輪がちゃんと作用していれば、私は倒れるだけで済むんだろうけど、それがしょっちゅうだから、生活にも支障をきたして困っている。
倒れる場所によっては危険なこともあるので侍女のターナに『フレイヤお嬢様からは目が離せません』と言われ、迷惑をかけたくないので、部屋から出ずにソファーに座っていることが多い。
刺繍や本を読んだりして過ごすことが多いけど、それもいい加減飽きてきた。
だとしても、儀式を止める手立てもないし、司教様たちにキリル様が文句を言える立場でもないので、今は様子を見るしかないと思っていた。
ところが、キリル様に対抗している彼らが、何度やっても儀式がうまくいかないことに焦ったのか、最近キリル様と頻繁に会っている私にまで目をつけ始めたらしい。
キリル様に連れられて、『神聖の間』に入ったことで、私に何かあるのではないかと疑われているようだ。
私と『永遠の聖女』のつながりは、混乱を避けるために大司教様しか知らないそうなので、どうやらその司教様たちは、私に召喚魔術の能力があると勘違いをしている。
その証拠に私は何度かお誘いの手紙をもらっていた。
それを払拭させるために、私たちは恋人同士のふりをすることに決めたのだ。
有り難いことに、ちょうど私たちにはそんな噂が流れていたから、それに乗って、キリル様が私にぞっこんで、足繁く通ってきているということにして、なんとか誤魔化すつもりでいた。
キリル様が仕事を顧みず、私にちょっかい出しているなんてちょっと無理があるような気はするけど、恋人宣言することで私に声をかけてくる人を『私の恋人に何か用か』と牽制できるそうなので、それを周りに知らしめるため、こんな目立つことを二人でしている。
「とても注目されているような気がします……」
「でしたら、予定通りですよ」
そう言ってからキリル様は、私の銅色の髪を一房取ると、その髪に恭しく口づけを落とした。
「は!?」
「そんなに驚かないでください。こうやると、恋人らしく見えるそうですから」
「でも……」
いきなり、なんてことをするんだ。お芝居だとわかっていても、私の胸はどきどきがとまらなくなってしまった。
「すみませんが、私はこういうことに慣れていないので、お願いですからお手柔らかにお願いします」
「私もですが?」
「嘘でしょ!? そんな涼しい顔してよく言いますわね」
「それは仕方ありません。無表情なのは生まれつきのようですから」
「それも嘘ですわ。よく見ていれば、キリル様だって表情に出てますわよ」
私が嫌味っぽくそう言ったら、キリル様がきょとんとした。私にはそう見えた。
「そうでしょうか」
「今もあっけにとられていますわよね」
「ええ、そうですね」
今度は苦笑いをしている? はじめは表情が動いても眉間に皺を寄せるくらいだったのに。
「フレイヤさんもわかりやすいですよ」
それは私があまり社交の場に出ていないからだろう。人と接することが少ないうえに、家でもみんなが私に甘い。
普通の令嬢と違って、人とのやり取りを気にせず過ごしているからだ。
「淑女にそれは誉め言葉ではありませんわよ」
「そうでしたか。それはすみません。それより、フレイヤさんには許可を取りたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
キリル様は神官服の胸元からペンダントを取り出した。それは銀の鎖の先に茶色の宝石がついているものだ。
「それは?」
「赤虎目石です。フレイヤさんの運命色はたぶん茶色でしょうから、私はこれを身に着けようと思っています」
私がもらった白金水晶の指輪に比べたら、ものすごく地味だ。緊急で手に入る宝石がこれしかなかったのかもしれないけど、キリル様にはお世辞にも似合っているとは言えない。
「たしかに、人の目を欺くためには効果的だと思いますから、キリル様がかまわないのであれば、よろしいのではないでしょうか」
そうは言ったものの『麗しの神官様』に地味な宝石……なんだかとっても申し訳ない。
希少な白金水晶と簡単に手に入る赤虎目石……きっと、私たち二人は、周りからそんなふうに見えていることだろう。




